覚え書:「論点 沖縄 癒やされぬ悲しみ」、『毎日新聞』2017年03月17日(金)付。

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論点
沖縄 癒やされぬ悲しみ

毎日新聞2017年3月17日 東京朝刊

オピニオン
解説
紙面掲載記事
 今年本土復帰45年を迎える沖縄。澄んだ青い空と海、独特の文化に魅力を感じて沖縄を愛する本土の人も多いが、本土防衛の捨て石とされた歴史も、安全保障のため過大な米軍基地の負担を押しつけられる現状も変わらない。苦悩を訴えれば、本土の人から罵声を浴びせられる。深刻な「分断」が終わる日は来るのか。

日本にとっていまだに「他者」 比屋根照夫・琉球大名誉教授

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 昨年、1人の女性が沖縄の元米兵の凶行に遭い、危険性が指摘されていた米軍機オスプレイが墜落し、さらに大阪府警の若い機動隊員による「土人」発言があった。そして政府は2月、名護市辺野古沿岸部での海上工事に着手した。こうしたいくつもの荒波が押し寄せているにもかかわらず、どれも大きな国の壁にぶつかり飛び散ってしまう。これが沖縄の現状だ。

 沖縄の民意を無視して移設を推し進める安倍政権は、本土とは異なる沖縄の歴史や文化に対するリスペクト(尊敬)が決定的に欠落している。米軍基地が沖縄の人々の日々の生活にどれだけ重圧となっているか、基地を減らせば沖縄の振興にどれだけつながるか。そういったことへの無知や無関心があり、逆に「沖縄を甘やかすな」というヘイトが横行している。

 今年は沖縄戦から72年、本土復帰から45年となる。沖縄はこの間、不条理な権力に対して、人間的な尊厳をかけて抗議の意思を発し続けてきた。だが、本土の多くの人たちには「理解を超えるもの」と映っている。なぜ日米安全保障が大切なものだと分からないのか、なぜ国策に協力しないのか、と本土の人たちは思うのだろう。

 歴史的に言えば、琉球王国から沖縄県となった1879年の「琉球処分」以来、「沖縄差別」というものは存在し続けている。風俗習慣や言葉を含めた沖縄の文化の異質性に対する偏見であり、「他者」として沖縄を見る目だ。沖縄戦日本兵が沖縄の言葉を話している住民をスパイ視して虐殺したことなどは、その極限の形だ。

 今の本土と沖縄との関係を見ると、この「他者化」の流れはいまだに日本の歴史の底流で払拭(ふっしょく)されていないと思わざるを得ない。日本の精神的な土壌の中で沖縄に対する認識が根本的に変革されておらず、「嫌中」「嫌韓」といったアジア蔑視のような憎しみの連鎖に、沖縄も投げ出されている。

 翁長雄志知事が1〜2月に訪米し、懸命に沖縄の基地負担軽減を訴えている最中に、両政府の首脳が日米同盟の強化を確認し合うという現実。これこそが、沖縄は日本にとっていまだに「他者」なのだと見せつけられた光景だった。昨年にはヘリパッドの移設工事を巡って全国から集められた数百人規模の機動隊員が抗議活動を排除していったが、沖縄の人間を同胞と見ているのであれば、あれほどの強権を行使できただろうか。

 不条理な力によって民意が押しつぶされる異常な事態が続き、沖縄にとって光が見えない状況だ。だが、困難に直面しながらも、矛盾にあらがって新しい時代を切り開いてきたのが沖縄の歴史でもある。これから辺野古の埋め立てが始まろうとしているが、沖縄の海は沖縄の人間にとっての命であり、魂だ。権力が物理的に抗議活動を排除したり押しつぶしたりすることはできても、そこに込められた沖縄の魂を破壊することはできないだろう。沖縄で今起きている事態は、日本のこれからの行く道を表すものだ。市民的な自由や人間的な尊厳をこの国は守っていけるのか。問われているのはこの国のあり方であり、日本人そのものだ。【聞き手・佐藤敬一】

本土在住出身者 愛着と敬遠 比嘉孝・川崎沖縄県人会会長

 京浜工業地帯を抱える川崎市には、明治時代から多くの沖縄出身者が働きに来ており、現在も約1万人の出身者がいるという。県人会は、1923(大正12)年の関東大震災で被災した沖縄出身者同士が助け合ったのを機に、その翌年に発足した。

 当時は沖縄出身者に対する差別が根強かった。もともと独立した国家だったので、沖縄方言が本土の人に聞き取れなかったことや、米軍に占領され「日本ではない」と思われた点があるのだろう。銀行から融資を受けるのも難しく、出身者で無尽を作り、お金を融通し合った。沖縄言葉で言う「ゆいまーる精神」がなければ、私たちは本土でやっていけなかった。

 当時に比べれば、沖縄に対する本土の視線はずいぶん変わった。現在、県人会には約300世帯の会員がいるが、うち約70世帯が本土出身者。最近も「定年になったら沖縄に移住したい」という本土出身者が県人会に入会した。「三線(さんしん)を習いたい」など、沖縄に興味を持つ若い世代も少なくない。

 一方、本土に暮らす沖縄出身者や子孫の心情は多様だ。沖縄に愛着を持つ人がいる一方、親や祖父母の世代が受けた差別を聞いて育ち、沖縄を敬遠する人も少なくない。差別を避けるために、沖縄特有の姓を変えた人も大勢いる。出身者が「本土化」して沖縄人としての意識が希薄になり、それを沖縄を愛する本土の人たちが補っているのが実情といえる。

 辺野古移設についても思いは多様だ。本土に生まれ育ったためか、賛成者の割合は沖縄より高いと感じる。私自身、国と県の訴訟について、係争中は県の主張を支持していたが、最高裁で敗訴判決が確定した今は、判決を受け入れ、一方で過重な基地負担がある県の実情を国に訴え、沖縄振興予算の増額を求める方が得策だと思う。沖縄県貧困率は全国一高く、給食でしか食事を取れない子供が大勢いる。こうした実情が辺野古問題の裏に隠れているのは残念だ。

 県人会は親睦団体なので、会として政治的な立場をまとめることはない。それ以上に、本土において沖縄の文化を広報する役割を果たし、そのことで日本を平和にしたい。県人会では現在、2カ月に1度琉球音楽のライブを開いているほか、大型連休にはJR川崎駅東口で沖縄の祭典「はいさいフェスタ」に参加し、5日間で22万人の来場者を集めている。

 残念なのは最近再び、沖縄への冷たい視線を感じることだ。昨年6月、那覇市川崎市の友好自治体協定20周年を記念して、那覇市が寄贈したヒカンザクラの木を川崎市の公園に植樹したが、11月になって、何者かの手で折られてしまった。他にも多くの樹木があるなかでこの木だけが折られたのは、折った人の心に「沖縄との友好」が面白くない、という思いがあったのだろう。大変傷ついた。

 私たちは県人会の活動を活発化させ、しっかりとした地域コミュニティーを作り、沖縄出身者のみならず川崎の地域社会にも貢献したい。県人会としてもっと力を付けることで、殺伐とした社会を少しでも良くしたいと願う。【聞き手・尾中香尚里】

基地問題解決は現実主義で 高良倉吉・元沖縄県副知事

 沖縄の米軍基地問題は、それぞれの歴史認識沖縄戦の体験が絡み合い、複雑で難しい問題だ。だが、沖縄の地域感情に配慮したうえで何が問題なのかを明らかにして、もっと現実を見た形で一歩でも二歩でも具体的に解決を図っていくべきだ。一種の感情に流されず、クールな態度でリアリズムに徹する以外に解決の道はない。

 沖縄の人の心の中に、72年前の沖縄戦や27年間にわたる米軍統治時代などの歴史問題が存在するのは当然で、わだかまりもある。米軍に土地を取り上げられ、誰も望んでいない基地を押しつけられたとして、基地問題に対する答えを歴史認識に求める姿勢も否定はしない。過重な基地負担を「差別」と言いたくなることも分かる。

 だが、基地問題を議論する時には、歴史問題は脇に置き、実務的な議論をすべきだ。そうしなければ相手は聞く耳を持たず、具体的にどう解決すべきかというところに議論が進化していかない。差別論を前面に掲げて主張するだけでは、問題解決に向けた対話は生まれないだろう。

 実際に問題を解決できるのは政府であり、政府には負担軽減を図っていく責任がある。だからこそ、根本的な対立点を抱えながらも、いかに政府を説得してやる気を出させるかが問われる。沖縄の圧倒的な多数意思が辺野古移設に反対しているというのはその通りだが、基地問題には日本の安全保障をどうするかという難しい方程式が絡まっている。その時に自分たちの主張だけを並べ立てていては、互いが非難し合う関係になってしまい、問題は前に進まない。

 しかも、沖縄が抱える基地問題は、普天間飛行場辺野古移設だけではない。那覇軍港(那覇市)の浦添市への移設問題をはじめ、嘉手納基地(嘉手納町など)より南の6施設・区域の返還もある。辺野古移設については立場が違うことを認めながらも、一つ一つの基地問題については、負担軽減に向けて何ができるかを沖縄県と国が話し合う場を持たなければならない。それが「沖縄に寄り添う」ための具体的な場となるはずだ。

 辺野古移設反対という一点で翁長雄志知事を誕生させた「オール沖縄」は、沖縄の思いを国内外に強烈にアピールした。だが、それはあくまでも問題の出発点で、今問われているのは「どう問題を解決するのか」という各論だ。翁長知事はここまで移設阻止に向けて全てのエネルギーを集中させてきたが、裁判で敗訴が確定し、今は公約を実現するための具体的な手立てが見えていない、という印象を持つ。一方で反対運動は依然として根強く、移設問題が今後どう進んでいくかは正直分からない。

 本土の人たちに言いたい。国民全員が真剣に考えなくてはいけない「日本の問題」を「沖縄問題」として閉じ込めないでほしい。沖縄だけを悩ませないでほしい。沖縄の基地問題は、この国の安全保障や日米同盟はどうあるべきかということが問われている問題だ。安全保障という国民的なテーマが、沖縄という地域だけで常にクローズアップされ続ける状況は国の形としておかしい。【聞き手・佐藤敬一】

知事、新たな提訴へ
 米軍普天間飛行場宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡り、沖縄県と政府の対立が先鋭化。辺野古沿岸部の埋め立て承認取り消し処分を巡る県と国の訴訟は最高裁で県の敗訴が確定したが、翁長雄志知事は新たな工事差し止め訴訟を起こす考え。一方、米軍北部訓練場(東村、国頭村)のヘリパッド建設工事に抗議する人々を、大阪府警の機動隊員が「土人」と罵倒。反対運動を続ける地元平和団体幹部が逮捕され、5カ月間勾留されている。

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 ■人物略歴

ひやね・てるお
 1939年沖縄県生まれ。東京教育大大学院博士課程修了。琉球大法文学部教授、インドネシア客員教授などを務めた。専門は日本近現代思想史。著書に「戦後沖縄の精神と思想」など。

 ■人物略歴

ひが・たかし
 1947年川崎市生まれ。京浜スチール工業代表取締役南栄工業会長。2013年に川崎沖縄県人会会長に就任し、県人会活動を通じて沖縄文化のPRや地域貢献に努める。

 ■人物略歴

たから・くらよし
 1947年沖縄県生まれ。愛知教育大卒。琉球大法文学部教授などを経て、2013年から約1年8カ月、仲井真弘多知事時代の沖縄県副知事を務めた。琉球大名誉教授(琉球史)。著書に「琉球の時代」。
    −−「論点 沖縄 癒やされぬ悲しみ」、『毎日新聞』2017年03月17日(金)付。

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