Hatena::ブログ(Diary)

Essais d’herméneutique このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-09-15

覚え書:「そこが聞きたい 憲法施行70年 東京大名誉教授・樋口陽一氏」、『毎日新聞』2017年05月22日(月)付。

Resize7238


-----

そこが聞きたい

憲法施行70年 東京大名誉教授・樋口陽一

毎日新聞2017年5月22日

改憲、政治の作法問われる

 日本国憲法施行70年の3日、安倍晋三首相がビデオメッセージで9条改正と改正憲法の2020年施行を目指す考えを示し、論議を呼んでいる。現行憲法を歴史の中でどう位置付け、どんな視点で将来を論じるべきか。比較憲法学の泰斗、東京大名誉教授の樋口陽一氏(82)に聞いた。【聞き手・小田中大、写真・手塚耕一郎】

−−現行憲法の今日的な意義は何でしょうか。

 いきなりはしごを外すような言い方をあえてします。憲法が施行された1947年からもう70年さかのぼり、正確には1876年に、明治政府元老院は勅命を受けて「国憲」(憲法)の準備を始めました。本格的に近代化を進め、欧米列強に仲間入りするためです。その後、全国的に盛り上がった自由民権運動を上から囲い込む形で、89年に大日本帝国憲法明治憲法)==が出来上がります。

 明治憲法は欽定(きんてい)憲法ですが、その条文は19世紀後半の欧州のスタンダードに合致しています。列強に追いつき追い越す富国強兵のために近代国家の通則を頭から無視することができるはずもなかったのです。江戸幕府末期に結んだ不平等条約の改正を勝ち取るためにも、選挙で選ばれた議会と、政治権力に左右されない独立した司法が必要でした。やみくもに日本の独自性を主張するような憲法では使い物にならなかったわけです。

 明治憲法のもと、大正デモクラシーから昭和時代初期まで短期間とはいえ選挙による政権交代がありました。女性参政権はありませんでしたが、女性の普通選挙フランスでも第二次世界大戦後です。日本が特に遅れていたわけではありません。帝国議会の議事録をみると、よく知られた(立憲民政党衆院議員斎藤隆夫の「反軍演説」だけでなく、関東大震災時の朝鮮人虐殺治安維持法などを巡って政府に対して迫力のある追及が行われていたことが分かります。

 つまり、戦前の日本も、さまざまな曲折はあったにせよ立憲制をとってきたのです。そういう歴史が少しでも頭に入っていれば「日本民族は戦争に負けたから、縁もゆかりもない西洋かぶれの憲法を押し付けられた」という理解にはならないはずなんですけどねえ。

−−しかし、明治憲法のもとで日本は失敗しました。

 1945年に日本が受諾したポツダム宣言には「民主主義的傾向の復活、強化に対する一切の障害を除去すべし」とあります。米国は第二次大戦よりも前から日本研究を積み重ねていました。議会制度だけでなく労働運動や農民運動などを全部調べたわけです。だからこそ「復活」でした。では、なぜ「強化」だったのでしょうか。

 それは個人の解放です。人権はまさに個人を主体とする権利であり、近代デモクラシーは個人が前提になっていなければなりません。大隈重信の盟友だった明治の法制官僚で法学者、小野梓は「憲法の基本は民法にある。独立自治の良民による社会を造るには民法が大事だ」と言いました。しかし、実際には日本的な家制度、家長支配の社会でした。戦後の出発点で個人を解放するには、社会構造をそれに合ったものにする必要があり、民法の大改正と農地解放が行われたのです。安倍首相は「戦後レジームからの脱却」と繰り返しましたが、では、戦後レジームには何が入りますか。本当にひっくり返していいのですか。

−−2012年の自民党憲法改正草案をどう評価しますか。

 お粗末な出来だと言う人もいますが、私は、あの草案は一つの立場を前提にしてかなり注意深く作られているとみています。

 草案の前文には「天皇を戴(いただ)く国家」にはじまり「郷土」「家族」「伝統」という言葉が出てきます。一方で「活力ある経済活動を通じて国を成長させる」とも書かれています。要するに経済至上主義ですね。世界中で新自由主義のきしみが生じ、その結果、米国ではトランプ大統領が誕生し、フランスでは極右政党ルペン氏が大統領選の決選投票に残りました。日本でも地方の衰退など欧米と共通の現象がたくさん起きています。経済成長路線によるひずみを「古き良き日本」のイメージで何とか和らげたいという意図がはっきり出ているのではないでしょうか。

 現行憲法では居住、移転、職業選択の自由には「公共の福祉に反しない限り」という制限が付いています。これに対し、草案は「何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する」と言い切っています。前文の「活力ある経済活動」にきちんと対応させたのです。

 また、草案の第13条は「国民は人として尊重される」と定めています。現行憲法の「個人として」ではありません。個人から出発して国家や社会の成り立ちを説明する(17世紀の英国の政治哲学者)ホッブズ以来の考え方を取らず、近代思想を拒否する社会像の中に「国防軍」(草案第9条の2)を位置付けようとしたのです。

−−安倍首相自衛隊の存在を明記する9条改正に言及したことをどう考えますか。

 政治の作法、けじめが問われています。ビデオメッセージに加え、読売新聞の「首相インタビュー」をも党内向けと弁明しているようですが、それなら、50回以上も会議を重ねて作ったという12年の自民党草案はどうしたのでしょうか。他方、首相は国会で野党に「インタビューを熟読してほしい」と言い、応答責任を回避しています。改憲という最高の政治課題を掲げてきたはずの首相として、課題の重さと対照的な、あまりの軽さではありませんか。

−−最後に、憲法改正とは何かをお話しください。

 それぞれが理想の憲法像を出し合って議論することではありません。私たちを取り巻く国際的、国内的な条件のもとで、どう未来社会を構想するか。そのデザインが問われます。現在ないし近い将来、憲法を運用することになる政治勢力に何を委ねたらよいか、何を委ねると危ないのかを、具体的に議論する必要があります。

聞いて一言

 明治憲法にも立憲主義的な要素はあり、現行憲法の70年と、制定過程を含む明治憲法の70年は無関係ではないと樋口氏は語る。「天皇主権はだめで、国民主権は万歳」という単純な理解ではなく、明治憲法が当時の政治権力によってどう運用されたかを知ることが、今の憲法を考える手がかりになるのだろう。憲法は国のかたちを決めるものだからこそ、冷静な議論が必要だ。しかし、安倍首相の改憲提案をきっかけに、早くも政治的駆け引きが目立つ。樋口氏のいう「作法」がまさに国会に問われている。

 ■ことば

大日本帝国憲法

 「国憲編纂(へんさん)」を命じられた元老院の草案は議会に強い権限を認めていたため、採択されなかった。しかし、自由民権運動の隆盛を受け、明治天皇は1881年の勅諭で、90年を期に国会を開設すると表明。伊藤博文らを中心に大日本帝国憲法明治憲法)の制定作業が始まった。明治憲法は7章76条から成り、天皇主権のもとで、臣民の権利や司法権の独立を定めた。89年2月11日に公布、90年11月29日に施行された。美濃部達吉ら立憲学派が提唱した「天皇機関説」は学界の通説だったが、1935年に美濃部の著書が発禁処分になり、軍部の台頭で思想や学問の自由が圧迫された。

 ■人物略歴

ひぐち・よういち

 1934年生まれ。東北大大学院博士課程修了。東北大、東京大名誉教授。国際憲法学会名誉会長。「比較のなかの日本国憲法」「『日本国憲法』まっとうに議論するために」など著書多数。

    −−「そこが聞きたい 憲法施行70年 東京大名誉教授・樋口陽一氏」、『毎日新聞2017年05月22日(月)付。

-----

会員登録のお願い - 毎日新聞





Resize6736

投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20170915/p1