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Essais d’herméneutique このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-12-30

覚え書:「日曜に想う 一粒の麦、もし死なずば 編集委員・福島申二」、『朝日新聞』2017年07月30日(日)付。

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日曜に想う 一粒の麦、もし死なずば 編集委員福島申二

2017年7月30日


「まき髪」 絵・皆川明

 紛争テロ。憎しみの連鎖を断ち切れずにいるこの地上で、一粒の希望の種のような記事を6月末の新聞でみた。

 南米コロンビアで、半世紀にわたる闘争を続けてきた反政府ゲリラ組織が、政府との和平合意にもとづいて武装解除を終えた。自動小銃など多くの武器が国連派遣団に引き渡され、約7千人のメンバーは戦闘服を脱いだ。

 その一人の言葉がよかった。

 「敵を殺す生活から、子を育て、種をまく人生が始まる」。12歳で戦争孤児となり、戦闘員になった30代の男性だ。

 国民どうしが殺し合った歴史と憎しみの克服は容易ではあるまい。しかし、そこには未来から差し込む光がある。和平を導いた同国のサントス大統領には昨年のノーベル平和賞が贈られている。

 そして、これを「明」とするなら、平和賞をめぐる「暗」のニュースが、同じ紙面に並ぶように載っていた。

     *

 「西側で死にたい」、と見出しにあった。獄中で末期がんを病む中国民主化活動家劉暁波氏が欧米への移送を望んでいると記事は伝えていた。しかし望みはかなわぬまま、2週間後に拘束下で死去したのは周知のとおりである。

 当たり前のことだが、ノーベル平和賞は栄誉の裏に不幸をはらむ。戦乱でも抑圧でも、事態が深刻で、虐げられた人々が多いほど衆目を集める。ときには受賞者自身が苦難を象徴することがある。

 平和賞の歴史をひもとくと、獄中で受賞し、しかも獄死した人物が劉氏の前に1人だけいる。「カール・フォン・オシエツキーの生涯」(加藤善夫著、晃洋書房)という本にいきさつは詳しい。台頭するナチズムに立ち向かった、ドイツ言論人にして平和運動家だった。

 身に危険が迫るなか、周囲は亡命を勧めたがオシエツキーは拒み続けた。その理由を大意こう述べている。

 「国境を越えてしまった者が故国に叫びかけても、その声はうつろである。その者は外国の宣伝スピーカーの一つになってしまう。有効に闘うことを望むなら、国内にとどまって普通の人々と運命を共有しなければならない」

 同じ志を、劉氏も持っていたのだと思う。天安門事件のときは「安全地帯」であった米国から忠告を振り切って帰国した。事件で投獄されたが、釈放後も亡命の道は選ばず執筆活動を続けた。発表文の末尾には年月日と「北京の自宅にて」と記すのが常だったという。

 さかのぼれば、オシエツキーへの授賞はヒトラーを激憤させ、のちにノーベル賞委員会委員は全員ナチスに逮捕された。しかしこのとき示された反ファシズムの先見性と勇気は、戦後に「永久的な功績」とたたえられることになる。

 片やその時代、諸国の指導層は急伸するナチスに優柔不断な態度をとり、それがひいては「民主主義の敵」に取り返しのつかぬ弾みをつけさせたとされる。

     *

 5年前のこと、アウンサンスーチー氏がノルウェーオスロノーベル平和賞の「受賞演説」に立った。1991年の受賞のときには軍政下のミャンマーで自宅軟禁を強いられていて、式に出席できなかった。祖国民主化が兆(きざ)すなかで21年後の登壇がかなえられた。

 そのような日が、劉氏に来ることはなかった。だが抑圧の苦境のなかで「最大の善意をもって政権の敵意に向き合う」と述べていた言葉に、多くの人が非暴力抵抗の気高さを見た。時代も状況も異なるが、ノーベル平和賞の歴史において中国政府は、ナチス・ドイツと並ぶ汚名を刻んだといって過言ではない。

 冒頭のコロンビアの話が一粒の希望の種なら、劉氏は一粒の麦であろう。「一粒の麦、もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」。名高い言葉を恐れるかのように中国国内の締めつけは厳しさを増す。

 一つのノーベル平和賞の背後に、どれだけの理不尽と悲嘆があるかを想像したい。国際社会は腫(は)れ物にさわるかのような優柔不断と沈黙で、自由民主普遍的な価値を損ねてはなるまい。それでは劉氏を二度死なせることになる。

    −−「日曜に想う 一粒の麦、もし死なずば 編集委員福島申二」、『朝日新聞2017年07月30日(日)付。

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