覚え書:「耕論 なぜいま解散 高安健将さん、美根慶樹さん」、『朝日新聞』2017年09月22日(金)付。

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耕論 なぜいま解散 高安健将さん、美根慶樹さん
2017年9月22日

グラフィック・山本美雪

 安倍晋三首相が28日に衆院を解散する見通しだ。野党が6月から求めていた臨時国会をようやく開くのになぜ冒頭解散なのか。森友・加計学園問題で首相が約束した「丁寧な説明」はどこにいったのか。北朝鮮問題への対処は大丈夫なのか。そもそも、「え、なんでいまなの?」

 

 ■権力維持そのものが目的化 高安健将さログイン前の続きん(成蹊大教授)

 加計学園問題と稲田元防衛相の資質の問題を国会で追及され、支持率を落としたが、国会を閉じて静かにしていたら、野党第1党の民進党がスキャンダルに見舞われ、野党共闘も進まず、好機が訪れた――。首相が解散を検討している思惑はよくわかります。前回解散からもうすぐ3年です。しかし、有権者にとって、これは良いことでしょうか。

 「自己都合」の解散との批判を受けている今回は、任期2年を残して解散した2014年末の前回選挙と似た構図です。当時は7月の集団的自衛権の行使を認める閣議決定と閣僚のスキャンダルで支持率を落としていましたが、消費増税の延期を決め、「アベノミクスの信認を問う」と訴えた。

 解散のタイミングをみると、権力の維持を目的に合理的な選択をしています。12年の第2次安倍政権の発足以来、政権が「ケンカ上手」になっていることは間違いない。驚くのは、権力維持という党派的な理由を、露骨に優先させていることです。

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 国連総会ではトランプ米大統領も安倍首相も緊張を高める「圧力」を強調し、北朝鮮情勢は緊迫しています。安倍首相はつい1カ月半前にできた現内閣を「仕事人内閣」と言い、働き方改革など労働法制の改革を今秋に実現させると言っていました。また、憲法の規定に基づき、国会の中から要求があった臨時国会がようやく召集されるところです。解散は、国益、首相の言葉に対する信頼、国会の地位と矛盾しかねません。

 とはいえ、最後は選挙で勝てばいい。解散の「良しあし」を決めるのは選挙結果なのだから、という論理なのかもしれません。

 しかし、それは政治指導者の都合であって、有権者にとっては別の「良しあし」が解散にはある。だからこそ、政権運営を振り返って今後の数年間を託せるのかを判断する情報や時間が必要になる。

 英国の場合、その「良しあし」が、選挙結果にも影響します。そもそも、最も有利なタイミングを見計らって解散できるとしても、英国では、解散が政権与党に有利だとは言えません。英国では1974年以降、5年の任期が終わりに近づく4年を過ぎないと解散はほとんどありません。そもそも、前の選挙で掲げた公約の実現のために任期はあります。「時間を下さい」と言ったのに早い時期に解散するのは矛盾です。5月には英国でも急な解散がありましたが、自己都合の解散と見抜かれ、勝てませんでした。有権者は未来とともに政権の業績と信頼を意識する。選挙のサイクルが安定しているのは、政権側が有権者を恐れているからです。

 しかし、日本では事情は異なります。解散を決められる首相の裁量は「伝家の宝刀」「首相の専権事項」と称されます。ただ裁量は制約も受ける。それは制度的制約ではなく、政治的なものです。解散の正当性の是非は、有権者が許すかどうかにかかっています。

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 報道によると、選挙戦では消費増税分を教育や福祉に充てることを訴えるようです。前向きです。しかし、選挙ではこれまでの実績や政権運営も問われるべきです。政権は「アベノミクス」とともに、安保法制や共謀罪の趣旨を含む組織犯罪処罰法の整備という国のあり方の根幹に関わる政策も進めてきた。選挙になると、「未来」を語れば「過去」に対する批判は避けられると判断しているのかもしれません。

 選挙が終われば、そこで語ったことは忘れてもらえる。前回に続き、今回も「選挙は瞬間的なもの」という政権側の読みがあるように見えます。問題は、有権者に選択肢が見えないことです。解散を政権にとってのリセットボタンにするかしないかは有権者の判断と共に、野党が選択肢を示せるかどうかにかかっていることを忘れてはいけません。(聞き手・高久潤)

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 たかやすけんすけ 71年生まれ。比較政治学・政治過程論。ロンドン大(LSE)で博士号。著書に「首相の権力――日英比較からみる政権党とのダイナミズム」など。

 

 ■北朝鮮緊迫の中で理解不能 美根慶樹さん(元日朝国交正常化交渉政府代表)

 北朝鮮情勢が緊迫している中、衆議院解散のニュースには本当に驚かされました。今こそ、日本が外交力を発揮して緊張がこれ以上、高まらないように全力を尽くすべきです。ところが総選挙によって政治空白が生まれてしまう。私には全く理解できません。

 常識的に考えれば、米国が北朝鮮を軍事攻撃することはないでしょうし、北朝鮮も米国を相手に戦争を起こす気はないでしょう。しかし、怖いのは緊張が高まるなかでの偶発的な衝突です。

 最近の米朝の言葉の応酬は注意しなければなりません。トランプ米大統領は国連総会の演説で、金正恩(キムジョンウン)氏を「ロケットマン」と呼び、「米国と同盟国を守らなければならない時、北朝鮮を完全に破壊するほか選択肢はない」と警告しました。国連でのこうした発言は、北朝鮮をひどく刺激し、危機のレベルを上げていきます。

 米軍は、朝鮮半島の上空で南北軍事境界線ぎりぎりまで爆撃機を飛ばしています。来月には米国の航空母艦朝鮮半島近海に北上すると伝えられている。衆院選公示日と言われている10月10日は、北朝鮮労働党創建記念日です。この前後に核やミサイルの挑発が、またあるかもしれない。緊張が高まり、米韓軍と北朝鮮軍が偶発的にぶつかるおそれがあります。

 北朝鮮をめぐる危機があり、10月にはさらにリスクが高まることが予想されている。まさにそのときに、大義名分もなく任期も1年以上残っている衆議院を解散するのはおかしい、としか言いようがない。日本がすべきことは選挙ではなく、まず自らの防衛体制を固め不測の事態に備えることです。

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 しかし、政府からは国民に対して、万が一のときに国をどう守るかという説明がないまま、不安だけが必要以上にあおられています。日本のはるか上空を瞬時に通過したミサイル実験に対してJアラート(全国瞬時警報システム)を発し、列車を止めたり避難を呼びかけたりする対応に私は疑問を持っている。政府はもっと正しい情報を提供する必要があります。

 そのうえで政府は、国民を守るために、朝鮮半島で戦争という不測の事態を起こさないよう、最大限の外交努力を払わなければなりません。ところがこの重要な時期に、安倍首相は衆議院を解散し、選挙をしようとする。政府は当然ながら「選挙中であっても対応は万全だ」と言うでしょう。しかし、政治家にとって選挙は命がけです。首相をはじめ主要閣僚が東京を離れ、遊説に出ることもあるでしょう。政治空白は明らかです。

 そもそも安倍首相には、外交努力で緊張を緩和しようという意図が全くみられない。首相は米紙ニューヨーク・タイムズに「これ以上対話をしても行き詰まるだろう。一刻も早く北朝鮮に最大の圧力をかけるべきときだ」と寄稿しました。圧力一辺倒で本当に大丈夫なのでしょうか。

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 もうひとつ大事な点があります。11月初旬にはトランプ大統領が訪日します。それまでに北朝鮮への対応をめぐって日米の間で政策調整が必要です。選挙をやりながらできるのか、疑問です。

 北朝鮮への対応が選挙の争点になるとは思えません。与党は国民の安全を守るために安保法制も整え、圧力も強化していると主張する。野党は、この時期に解散するのは何事かと批判する。お互いに議論はかみ合わないでしょう。

 そもそも「森友、加計問題」を国会で追及されたくないのと、与党の支持率が回復しつつあり、選挙に勝てそうだから、というぐらいしか解散の理由は見当たりません。北朝鮮問題への対処という極めて重要な課題が、そんな党利党略のためにないがしろにされている。政府が不測の事態への対応に失敗すれば、後の歴史家は衆議院解散を愚かな選択だったと書くでしょう。(聞き手・桜井泉)

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 みねよしき 43年生まれ。ジュネーブ軍縮会議代表部大使をへて2007年から2年間、日朝国交正常化交渉日本政府代表を務めた。現在、平和外交研究所代表。
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