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2018-04-23

日記:権利侵害があまりに一般化していると、それを権利侵害と認識することが難しい

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 子どもの権利を考えるうえで重要なことは、「権利侵害があまりに一般化していると、それを権利侵害と認識することが難しい」ということだ。

 例えば、アメリカ全土で黒人奴隷が禁止されたのは1865年のことだ。それ以前には、「白人には、黒人奴隷を使う権利がある」と考える人も多く、「奴隷制度の禁止は白人の財産権の侵害」だと裁判所が判断したことすらあった。あるいは、割増賃金を払わない時間外労働労働基準法違反であるにもかかわらず、「サービス残業」が当たり前になっている現実がある。

 こうした状況を打開して、権利がきちんと実現される社会を創っていくには、どうしたらいいのか。まずは、日々の生活の中で辛いと思っていることを、まず口に出してみることが必要だ。その時、辛さを口にした本人も、それを聞いた相手も、「辛いけど、我慢するしかない」と思うことも多いだろう。しかし、そこでもう少しだけ考えてほしい。「本当にそれは我慢すべきことなのだろうか」と。

 社会を変えるための行動をとるのは、とてもエネルギーがいる。自分一人のことを考えたら、場合によっては、黙って我慢する方が楽かもしれない。でも、あなたが感じている「辛いこと」は、ほとんどの場合、あなただけの辛さではない。日本中で、世界中で、同じ辛さを感じている人がいる。そこには、より良い社会を創るための鍵がある。

 私たちが「子どもだから仕方ない」と思っていることの中には、「仕方ない」で済ませてはならない重大な権利侵害がたくさんあるはずだ。子ども時代に「仕方ない」と我慢せざるを得ない状況が続けば、大人になっても「社会を変えられる」という気にはならないだろう。それでは、いつまでたっても社会は変えられない。

 子ども声に耳を傾け、「そこに権利侵害はないか」「大人の責任を果たしているか」と問い続けなければならない。

    −−木村草太「序論 子どもの権利 理論と体系」、木村草太編『子ども人権をまもるために』晶文社2018年、29−30頁。

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子どもの人権をまもるために (犀の教室)
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覚え書:「J・G・バラード短編全集(全5巻) [著]J・G・バラード [評者]円城塔  (作家)」、『朝日新聞』2018年03月04日(日)付。

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J・G・バラード短編全集(全5巻) [著]J・G・バラード

[評者]円城塔  (作家)

[掲載]2018年03月04日

■探査し続けた内と外の宇宙

 今わたしの頭の中にはひとつの妄想が渦巻いていて、それはこういうものである。

 人がバラードの作品を読むときは、自分が生まれた時代に書かれたものを最も好むのではないか。

 第5巻をもって完結したこの短編全集は、1956年から1996年までに書かれた98編の作品を、年代順に収録している。とかく、難解とされがちなバラードの作品だが、デビュー作から読み進めていくというのはひとつのやり方である。

 わたしがバラードの作品として大好きなのは、4巻に収録されている「下り坂カーレースにみたてたジョン・フィッツジェラルドケネディ暗殺事件」や「どうしてわたしはロナルド・レーガンをファックしたいのか」といった作品たちだが、これを読んで、意味がわからないとか、人を馬鹿にしていると怒りだす人がいるのはわかる。

 だがしかし、70年代生まれのわたしにとって、この時期の作品は自然と頭に入ってくる。

 それが、この5巻に収録されている80年代以降の作品、たとえば「近未来の神話」あたりとなってくると、やや紙面に焦点が合わなくなってくる。

 といったところで、冒頭の妄想へと戻る。

 この、自身の成長期以降に登場したものを、馬鹿げたものと思う傾向は、テクノロジーに対して顕著であることが知られている。手紙世代は電子メールを馬鹿にする。

 バラードは、テクノロジーと人間の欲望の結びつきを強く意識した書き手であるから、読み手がテクノロジーについていけなくなった時点で、バラードの小説にもついていけなくなるというのはありそうなのだが、バラード当人にとってはどうだったのか。

 一文でいえば、バラードは宇宙そのものだった、というあたりになりそうで、彼はテクノロジーを通じた内宇宙と外宇宙の関係を考え続けた。宇宙空間へ向けて旅立つのも、自分の内面を掘り下げるのも、どちらも探査であるとした。人は自分の頭蓋骨(ずがいこつ)の中に閉じ込められているが、とても不思議なことにその外側へでることができる。その感覚もまた妄想であるかもしれないのだが。

 読み手がどこかの時代でついていけなくなってしまうような作品を最後まで書き続けることができたならそれはやはり、バラードの内宇宙が外の宇宙を写すことに成功していたから、ということになるのではないか。

 今20代の人々がこの5巻を読んだとき、意味がわからないと感じるのか、当たり前のことが書いてあると思うのかとても気になる。

    ◇

 James Graham Ballard 1930-2009年。英国の作家。中国上海生まれ。SFの「新しい波」(ニューウェーブ)運動の旗手だった。著書に『結晶世界』『太陽の帝国』『ハイ・ライズ』など。

    −−「J・G・バラード短編全集(全5巻) [著]J・G・バラード [評者]円城塔  (作家)」、『朝日新聞2018年03月04日(日)付。

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覚え書:「炎と怒り トランプ政権の内幕 [著]マイケル・ウォルフ [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞』2018年03月04日(日)付。

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炎と怒り トランプ政権の内幕 [著]マイケル・ウォルフ

[評者]立野純二(本社論説主幹代理)

[掲載]2018年03月04日

■生々しい内情に潜む真の危うさ

 

 為政者にとって、メディアに自画像をどう描かせるかは死活的な問題だ。とりわけ、トランプ米大統領は異形の存在である。政策よりも、見栄えが政治そのものだからだ。そのせいか、メディアへの敵視と偏愛が奇妙に同居している。

 寝室で3台のテレビを見つめる日々を送り、バスローブ姿で歩き回るとの報道に激高する。「フェイク」と報道機関をけなす一方、マードック氏らメディア界の大物を敬う。

 本書は、そんなトランプ氏の人間像と政権の混沌(こんとん)を衝撃のディテールで描いた話題作である。

 横紙破りの大統領令や、FBI長官の解任。折々の決断の裏に、家族、側近バノン氏、共和党の3陣営による確執があったのは有名な話だが、本書の凄(すご)みは関係者の会話や言葉の生々しさにある。虚実ない交ぜのドラマ風の筆致も加わり、ホワイトハウスという統治の象徴が安っぽいリアリティー番組の舞台に成り果てたことに驚愕(きょうがく)する。

 ただ、本書は労作ではあるが、政権全体を捉えたわけではない。ケリー首席佐官ティラーソン国務長官マティス国防長官ら、実質的に政策を操るプロ集団の姿は見えてこない。

 思えば、トランプ現象とは既成政治の破壊であると同時に、政治ニュースの大衆化でもあった。畏怖(いふ)すべき権力の中枢に棲(す)み始めた珍獣を見るような目線を、この著者を含む多くのメディアは共有している。

 その期待に応える過激言動で、トランプ氏は常に衆目を集めることに成功している。話題の清濁を問わず、「視聴率こそ政治力」と信じるナルシスト政治家としては上出来だろう。

 その陰で、語られなくなった米外交の歪(ゆが)みや世界秩序の変動がいかに大きく、危ういことか。大国の堕(お)ちた偶像といえども、いまだに核のボタンを預かる最高司令官に変わりはない。

 メディアが見据えるべき本質は何か。それを改めて考えさせる書でもある。

    ◇

 Michael Wolff 米国ジャーナリスト。USAトゥデー紙や英ガーディアン紙などに寄稿。

    −−「炎と怒り トランプ政権の内幕 [著]マイケル・ウォルフ [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞2018年03月04日(日)付。

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炎と怒り――トランプ政権の内幕
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覚え書:「ヒトごろし [著]京極夏彦 [評者]末國善己(文芸評論家)」、『朝日新聞』2018年03月04日(日)付。

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ヒトごろし [著]京極夏彦

[評者]末國善己(文芸評論家)

[掲載]2018年03月04日

■思わぬ形で新選組を読み替え

 

 京極夏彦新選組に挑んだ本書は、“鬼の副長”の異名を持つ土方歳三を人外(にんがい)のモノとして描いている。

 といっても、本書はホラーではない。7歳の時、密通した武家の妻が斬殺されるのを目撃し魅了された歳三は、刀で人を殺すという人倫にもとる衝動に取り憑(つ)かれたとされているのだ。

 だが人斬りが許されているのは武士だけで、農民の歳三は刀の所持も認められていなかった。この現状に不満を持つ歳三は、幕末の混乱を利用し、どれだけ刀で人を斬っても罪に問われない新選組を作り上げる。

 歳三は、上に立ちたいという欲望が強い近藤勇、相手をいたぶって殺す快楽殺人者沖田総司物事を思い通りに動かすことを好む山崎丞(すすむ)ら、いずれ劣らぬ人外のモノの隊士を手駒にして次々と暗殺を実行する。

 芹沢鴨粛清池田屋事件御陵衛士(ごりょうえじ)の謀殺など、新選組がかかわった事件が思わぬ形に読み替えられていくだけに、歴史に詳しいほど衝撃も大きいはずだ。

 効率的に人を殺す新選組を作った歳三に着目し、人を殺したい歳三と殺されたいとの欲望を抱く女・涼(りょう)の歪(ゆが)んだ関係も物語を牽引(けんいん)する本書は、歳三の組織運営の手腕を描き、歳三と恋人お雪の恋も印象深い司馬遼太郎の名作『燃えよ剣』へのオマージュだろう。

 司馬は、隊士を適材適所に配置し確実に任務を達成する歳三を、高度経済成長期の企業経営者に重ねた。これに対し、自分の欲望を満足させるのが第一の歳三が、目的のために隊士を平然と使い捨てる本書は、現代の労使関係のカリカチュアといえるかもしれない。

 戊辰戦争が始まると、大砲が何十人もの兵士を殺戮(さつりく)するようになる。人斬りにこだわる歳三は、こうした戦闘を「穢(きたな)い」と感じ、実際に人を殺したがゆえに、兵器の高性能化が人殺しの禁忌を無効化している現実にも気付く。ここには、なぜ戦争は愚かしいのか、なぜ人殺しは悪とされるのかをめぐる深い思索がある。

    ◇

 きょうごく・なつひこ 63年生まれ。作家。『姑獲鳥(うぶめ)の夏』『後巷説百物語』など。新刊に『虚談』。

    −−「ヒトごろし [著]京極夏彦 [評者]末國善己(文芸評論家)」、『朝日新聞2018年03月04日(日)付。

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覚え書:「日曜に想う 衆院選、イソップが教えること 編集委員・曽我豪」、『朝日新聞』2017年10月15日(日)付。

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日曜に想う 衆院選、イソップが教えること 編集委員・曽我豪

2017年10月15日

写真・図版

「あの頃のこと」 絵・皆川明

 現実政局取材に疲れると、本棚から引っ張り出す本がある。前にも一度引用したが、「イソップ寓話(ぐうわ)集」(中務哲郎訳 岩波文庫)だ。

 今回も、希望の党が登場した辺りから読み返した。相変わらず、登場する狼(おおかみ)や狐(きつね)やライオン、それぞれに、現実の政治家の顔が浮かんできてたまらない。

 選挙期間中ゆえ名前をあげて詳述は出来ないが、病気治癒のために果たせないことばかり神に約束する男の話や、神の怒りを遠ざけると公言するわりには人間の説得など普通のことが出来ない魔法使いの話など、実に興味が尽きない。

 ただ今回、イソップが同趣旨の訓話を繰り返し語ることに気がついた。

 やられたらやり返せ。それが人間を不幸にする。相手の非だけあげつらう者は既に自分が落ちる穴を掘っているのだ。

 そういう一連の作品群である。

 その昔、プロメテウスは人間を造ると二つの袋を首に掛けさせた。

 体の前には他人の欠点を入れる袋、背後には自分の悪い所を入れる袋。それ以来人間は、他人の欠点はたちどころに目につくのに、自分の悪い所は予見できない、ということになった。

 あるいは、蜜蜂の話。蜜を人間に与えるのが惜しくなった蜜蜂ゼウスの所へ行き、針で刺し殺す力を授けて下さいと願った。ゼウスはその嫉(ねた)み心に腹を立て、蜜蜂が人を刺すと、針が抜け、続いて命を失わねばならぬようにした。

     *

 さて、この政局でも明らかになったように、相手の非倫理性をたたいて力をそごうと願えば、ブーメランのごとく己の非倫理性が問われる。背中の袋や自分の運命が見えなくなるのは常道でない形でたたきのめそうとするからだ。結果残るのは政党政治そのものへの不信だけだ。

 やられたらやり返せはまだある。

 自身の疑惑と改憲戦略をリセットするため、政権が時ならぬ解散に打って出たのは確かに常道でなく奇策だ。ただ、それを逆手にとり、「一強」打破だけを旗印にこれまでの政治路線や政策を度外視して新党へ走り走らせようとしたのも同じく常道ではない。排除の論理を他人に課す者はやがて皮肉にも、自らが排除の論理にさらされる日が来るものだ。

 選挙は結局勝てば官軍だと身もふたもないことをいうなら、普段の政治論議の積み重ねなど意味がない。有権者が審判の力を発揮出来る政権選択選挙刹那(せつな)的な瞬間芸で決まっていいはずもない。わが国のことわざにもあるではないか。

 人を呪わば穴二つ。

 この選挙政党政治の姿が大きく変貌(へんぼう)する可能性が出てきた。安保法制体制を支持し改憲を志向する保守と異議を申し立てるリベラル。とりわけ保守は、複数の党に分かれ、公明党という中道を抱えつつも、総体として3分の2を大きく超える新たな力を得るかもしれない。

 だからこそ今、まだなすべきことがある。もとより選挙は国民に分断でなく融和をもたらすためにある。首相指名にせよ改憲の具体の方策にせよ、選挙後の合従連衡で想定外の展開が待つならば、有権者が納得ずくの審判など下せるはずがない。このままでは、不満や後悔、つまり分断の火種が残ってしまうだろう。

     *

 仮想敵をつくりいたずらに対立演出してきた劇場型政治にもさよならを言う時が来た。北朝鮮危機への対応から消費増税の可否と使途、原発問題まで、どこが合意できる争点で、どこが本当に相いれない争点か。残る1週間の論戦で、特に保守は国民に納得と安心をもたらすよう語る責務がある。それを怠れば強大な力へ最後の逆風も吹きかねない。

 さすがイソップ、こんな寓話もある。

 ヘラクレスが狭い道を歩いていると地面にリンゴのようなものが落ちていた。踏み潰そうとすると、そいつは二倍の大きさになった。こん棒で殴りつけるとますます膨らみ、道を塞いだ。あっけにとられていると、アテナ女神が現れて言うには「兄弟よ、やめるがよい。それは敵愾心(てきがいしん)であり争いであるのだ。相手にならず放っておけば元のままだが、もみ合うほどに、こんな風に膨れ上がるのだ」。

    −−「日曜に想う 衆院選、イソップが教えること 編集委員・曽我豪」、『朝日新聞2017年10月15日(日)付。

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(日曜に想う)衆院選、イソップが教えること 編集委員・曽我豪:朝日新聞デジタル





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