Hatena::ブログ(Diary)

Essais d’herméneutique このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-05-31

日記:「自分の義務遂行が犯罪であったことを識っておどろきながらも、決してそのことは理解しない」ルドルフ・ヘス

f:id:ujikenorio:20180601182823j:image

-----

 もし、私が、この地(クラカウ)で、思いもかけていなかった人間らしさと理解で迎えられなかったならば−−絶対に私は、こうした自己告白、自分の内奥の自我の暴露を、がえんじることもなかったろう。だが、その理解は、私の心の武装を解いた。この人間的理解にたいしては、不明な事情を私の及ぶかぎり明らかにすべく、力添えして応えねばならぬ負い目がある。

 だが、私はこの手記を取りあげるに当って、妻や子供たちにかかわる事柄、また、私の心の動き、内奥の疑惑などはすべて、公けの目にさらされぬようにと願っている。

 世人は冷然として、私の中に血に飢えた獣、残虐なサディスト大量虐殺者を見ようとするだろう。−−けだし、大衆にとって、アウシュヴィッツ司令官は、そのようなものとしてしか想像しえないからである。そして彼らは決して理解しないだろう。その男もまた、心をもつ一人の人間だったこと、彼らもまた、悪人ではなかったことを。

    −−R・ヘス(片岡啓治訳)『アウシュヴィッツ収容所講談社学術文庫、1999年、375−376頁。

-----

no title



f:id:ujikenorio:20180506171149j:image


覚え書:「酒の起源―最古のワイン、ビール、アルコール飲料を探す旅 [著]パトリック・E・マクガヴァン [評者]山室恭子(東工大教授)」、『朝日新聞』2018年04月21日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180528204548j:image



-----

酒の起源―最古のワインビールアルコール飲料を探す旅 [著]パトリック・E・マクガヴァン

[評者]山室恭子(東工大教授)

[掲載]2018年04月21日

 ごきげんバッカスのお通りだ!

 わーい、愉快愉快。人類が文明を生み出せたのは、お酒のおかげなんだって。酔っぱらうことで革新的な思考が刺激され、みんなでお祭り気分になれて共同体の絆も強まるってわけ。

 じっさいアルコールを求める人類の執念はすごいよ。たとえばトウモロコシ。5粒ぽっちしか実らないメキシコの草を、改良に改良を重ねて、ビールがつくれるまでに変身させちゃったんだから。

 世界中の酩酊(めいてい)の痕跡は、土器の内側にしみこんだ成分を化学分析すると分かるんだ。今のところ最古記録は9千年前の中国酒だけど、すぐに更新されそう。ニッポンのカッコイイ縄文式土器とか、化学分析すると何が出てくるのかな。

 もし古代エジプトピラミッド建設員になったら、ビールは大きな壺(つぼ)から、みんなでストローでチューチュー吸うんだよ。

 ほろ酔い人類にカンパーイ♪ じゃあね。

    −−「酒の起源―最古のワインビールアルコール飲料を探す旅 [著]パトリック・E・マクガヴァン [評者]山室恭子(東工大教授)」、『朝日新聞2018年04月21日(土)付。

-----






no title



f:id:ujikenorio:20180506171146j:image

酒の起源―最古のワイン、ビール、アルコール飲料を探す旅
パトリック・E・マクガヴァン
白揚社
売り上げランキング: 198,485

覚え書:「『ニッポン国VS泉南石綿村』製作ノート [編]原一男+疾走プロダクション [評者]佐伯一麦 (作家)」、『朝日新聞』2018年04月21日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180528204541j:image


-----

『ニッポン国VS泉南石綿村』製作ノート [編]原一男+疾走プロダクション

[評者]佐伯一麦 (作家)

[掲載]2018年04月21日

 副題に〈「普通の人」を撮って、おもしろい映画ができるんか?〉とある本書は、タフな表現者を追った「ゆきゆきて、神軍」「全身小説家」で知られる原一男監督が、アスベスト被害に遭った泉南の生活者たちの闘病や裁判闘争の姿をドキュメント映画に撮った、その製作の記録である。

 石綿村とは、かつて大阪府泉南に存在した、石綿アスベスト)製品を作る零細・中小工場が集中していた地域で、企業側による救済は行われなかったために、国に対する損害賠償訴訟が起こされた。一審で原告勝訴したものの控訴審では逆転敗訴し、最高裁で再度勝訴して、2014年に国との和解が成立した。

 被害者、弁護士、市民活動家裁判を闘うなかに、途中から撮影者も加わっていくところが原氏ならではといえる。撮影した被害者が唐突に次々と亡くなっていくところにドラマがあり、当事者たちのエゴイズムも見据えることで、生半(なまなか)でない証言となっている。

    −−「『ニッポン国VS泉南石綿村』製作ノート [編]原一男+疾走プロダクション [評者]佐伯一麦 (作家)」、『朝日新聞2018年04月21日(土)付。

-----







no title








f:id:ujikenorio:20180506171143j:image



覚え書:「みる 若者たちの部屋を撮る」、『朝日新聞』2018年05月19日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180528204538j:image


-----

みる 若者たちの部屋を撮る

みる

若者たちの部屋を撮る

2018年05月19日

 物事の比較には、条件をそろえる「規格化」が必要だ。55カ国1200人の若者の部屋を撮るに際し著者が選んだのは部屋の中心に座る若者に天井に据えたレンズを見上げてもらう方法だ。うち84人の部屋が本書に紹介されている。

 大陸や国は違えど、たいていはモノが多く、パソコンやスマホの姿が見える。それだけに、インドカザフスタンケニアのほとんど何もない部屋に、この地球を覆う不公平を思う。見上げる若者たちが、ほぼみんな笑顔なのが救いだ。 (大西若人)

 ▽ライツ社・3024円

    −−「みる 若者たちの部屋を撮る」、『朝日新聞2018年05月19日(土)付。

-----







no title


f:id:ujikenorio:20180506171140j:image




My Room 天井から覗く世界のリアル 55ヵ国1200人のベッドルーム
John Thackwray(ジョン・サックレー)
ライツ社
売り上げランキング: 14,658

覚え書:「改憲の足音、公布71年 赤坂真理さん、ピーター・バラカンさんに聞く」、『朝日新聞』2017年11月03日(金)付。

f:id:ujikenorio:20180528204534j:image


-----

改憲の足音、公布71年 赤坂真理さん、ピーター・バラカンさんに聞く

2017年11月3日

写真・図版

赤坂真理さん

 日本国憲法は3日で公布71年を迎える。衆院の8割が改憲派とされ、最も改憲が近づいた記念日と言えるかもしれない。ただ、熱いのは一部の国会議員や学者、熱心な運動家ばかり……。その議論、どこか欠落していませんか。海外の視点も交え、2人に聞いた。(木村司)▼3面=論議動き出す

 ■憲法、「わからない」から始めたい 赤坂真理さん(作家)

 憲法改正は時間の問題かもしれませんが、護憲派も、改憲派もウソがある。

 「日本人の平和に対する願いが憲法に実った」と護憲派は言ってきましたが、隠してますよね。「GHQ(連合国軍総司令部)の民政局が草案を書きました」となぜ言わないのか。「もらったのだけど、美しく、精神的な支えになってきました」と言えばいいでしょう。

 改憲したい安倍晋三首相は「戦後レジーム体制)からの脱却」と言いますが、その内実は戦後レジームそのもの。トランプ米大統領就任直後に訪米した安倍首相はハグされて喜んでいましたが、「恥ずかしいほどの対米追従」です。

 憲法といわれても私には正直、自分たちのものだという体感がない。憲法で権力を制限するという「立憲主義」。立憲民主党枝野幸男さんは衆院選で「立憲主義に戻ろう」と語っていましたが、「人権宣言」や「独立宣言」など、憲法の大もとみたいなものをつくった欧米と日本では、憲法が出来た背景が違います。欧米に学び、立憲主義はこういうものだというけれど、憲法という概念を腹の底から欲した経験が私たちにはありません。

 憲法も、立憲主義も、民主主義もわからない。そこから始めたい私にもわかるテキストが今、世界のニュースにあります。トランプ大統領です。難民の入国制限などを巡って、大統領令司法によって何度も差し止められました。憲法がまさに機能しています。「憲法を保ち、保護し、守る」。これが米国大統領就任式での宣誓内容です。

 立憲主義が本当にあるなら、それが書かれていないことが日本国憲法の大きな不備かもしれません。「憲法は時の政権政府の上位にあるもの」。そんな条文を書き加える議論が、まずはあっていいと思います。

     *

 1964年東京生まれ。米国天皇戦争責任を問われる少女を描いた小説「東京プリズン」が大きな反響を呼んだ。評論に「愛と暴力の戦後とその後」。

 ■改正、じっくり議論できるか注視 ピーター・バラカンさん(ブロードキャスター

 日本に暮らして40年になりますが、相手の気持ちを察し、気配りができるのは日本人の特性の一つだと感じています。ただ、別の見方をすれば、これは忖度(そんたく)。公僕である政治家を「先生、先生」と呼んでありがたがるような縦社会と相まって、権威のある人を喜ばせようとする傾向がある。

 憲法改正は最後は国民投票で決めますが、こうした国民性のもとでは、権力者の都合のいい改憲につながるかもしれません。

 英国では昨年、欧州連合(EU)離脱を問う国民投票があり、離脱派過半数を占めました。市民は、EUに多少の不満はあっても現状維持を望んでいたでしょう。でも、政権国民投票提案すると、一部の人が声をあげ、メディアが取り上げた。デマも飛び交って、一般市民もだんだんあおられていったのです。

 日本での憲法改正国民投票は早ければ来年。でも現状はどうでしょう。自衛隊南スーダン派遣では存在する日報がないと言われた。衆院解散は野党の混乱を計算したもので、有権者にじっくり判断してもらう姿勢とはいえない。北朝鮮情勢で政治家メディアも、あおるばかりです。

 国民投票は究極の民主主義です。9条は世界に誇るべきものだと私は思いますが、徹底的に議論して改正多数となればもちろん尊重したい。ただ、今のままでは心もとない。判断材料は示されているか、改正で何がどう変わるのか、メリットやデメリットは。十分議論を尽くす時間が確保されるか。こうしたことを注視していく必要があります。

 「ある日気づいたらワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。あの手口に学んだらどうかね」。4年前になりますが、当時も今も副総理麻生太郎氏の発言。撤回しても私は忘れません。

     *

 1951年ロンドン生まれ。大学で日本語を学び、74年に来日ラジオやテレビの音楽番組に多数出演。近著に「ロックの英詞を読む――世界を変える歌」など。

    −−「改憲の足音、公布71年 赤坂真理さん、ピーター・バラカンさんに聞く」、『朝日新聞2017年11月03日(金)付。

-----




改憲の足音、公布71年 赤坂真理さん、ピーター・バラカンさんに聞く:朝日新聞デジタル





f:id:ujikenorio:20180528200113j:image

f:id:ujikenorio:20180506171137j:image

2018-05-30

覚え書:「社説 名著ふたたび 混迷の時代だからこそ」、『朝日新聞』2017年11月03日(金)付。

f:id:ujikenorio:20180528204326j:image

-----

社説 名著ふたたび 混迷の時代だからこそ

2017年11月3日

 文化の日。深まる秋の一日、時間を見つけ、スマホを脇に置いて、本の世界にゆっくり浸ってみてはどうだろう。

 近年、古典や名著と呼ばれる作品が、装いを一新して再登場している。思い切った現代語訳に人気作家が個性を競う新訳、カバーや字体の変更。古くさくて読みにくいという印象をぬぐい、新しい読者に届けようという試みが広がり、ずいぶん手に取りやすくなっている。

 中でも一番の話題は、岩波書店の雑誌「世界」の初代編集長だった吉野源三郎がのこした「君たちはどう生きるか」だ。

 初版は日中戦争が始まった1937年。コペルニクスにちなんで「コペル君」と呼ばれる中学生が、自己と社会の関わりをみつめていく岩波文庫のロングセラーを、若者の流行をリードしてきた出版社マガジンハウスが漫画化した。発行部数は2カ月余で43万部に達する。

 「原作には、いじめ貧困など、現代にも通じる問題が描かれている。それらにどう向き合い、まさに自分ならどう生きるかをまじめに考えてみたい、という時代の機運を感じる」と担当者は話す。

 読み継がれてきた作品は、人をとらえて離さない面白さに富み、読み直しに堪える奥行きをもつ。人間の可能性も、卑小さも浮き彫りにして、生きる手がかりを提示する。そんな本が待たれていることを、名著の復活は教えているのではないか。

 気になるのは、こうした読者の期待を出版界全体がどれだけ真摯(しんし)に受け止めているか、だ。

 年8万点近い新刊の7割が、翌年には店頭から消える。現場からは、二匹目のドジョウを狙った企画の多さを嘆き、時間をかけた仕事ができなくなっているのを憂える声が聞こえる。

 書籍と雑誌の推定販売総額は約20年で4割以上落ち込んだ。「公共図書館文庫本を貸し出さないでほしい」。図書館関係者が集まる会合での文芸春秋社長の発言は、出版事情の厳しさを物語るとともに、文化の担い手の責務とは何か、人びとの間に論議を巻きおこした。

 苦しい台所でも、志をもって地道な努力を続けている出版社は少なくない。利益をあげる大切さは言うまでもないが、目先の利益を追うだけでは、出版文化はますますやせ細る。

 なぜいま、古典や名著が呼び戻され、読者にひとときの幸福をもたらしているのか。その意義を出版関係者はもちろん、社会全体で考え、受け継いだこの財産をさらに豊かにして、次代にしっかり手渡したい。

    −−「社説 名著ふたたび 混迷の時代だからこそ」、『朝日新聞2017年11月03日(金)付。

-----


(社説)名著ふたたび 混迷の時代だからこそ:朝日新聞デジタル


f:id:ujikenorio:20180528195531j:image


f:id:ujikenorio:20180506171027j:image

覚え書:「名画の中の料理 [著]メアリー・アン・カウズ [評者]野矢茂樹(立正大教授)」、『朝日新聞』2018年04月21日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180528204323j:image



-----

名画の中の料理 [著]メアリー・アン・カウズ

[評者]野矢茂樹(立正大教授)

[掲載]2018年04月21日

■読む「フルコース」をどうぞ

 本を読むのは料理を食べることとおんなじなのだ。たんに栄養をとるために料理を食べる人もいる。しかし、やはり料理は味わうべきものだ。ゆっくりと、ゆったりと、その一皿を味わう。ああ、そんな本の読み方を忘れていた。

 前菜から始まり、フルコースを堪能するように各章が差し出される。ほとんどは料理にちなんで著者が選んできた絵、小説やエッセイの一節、詩、そしてレシピであり、それらが並べられている。だから、読んでいてもまったく先を急ぐことがない。

 例えばあるページはヘンリー・ジェイムズのエッセイと「フランシス・ピカビア風オムレツ」のレシピ。まず卵8個を塩を加えてよくかきまぜます。

  その卵を鍋に注ぎましょう。

  そう、フライパンではなく鍋です。

  鍋をとろ火にかけ、フォークでひっくり返すようにまぜながら、バター230グラムを少しずつ加えます。

 ほら、なんだかバターの香りが漂ってくる。その左ページにはアントワーヌ・ヴォロンという画家がバターの塊をどどーんと描いた絵。私はそれを見て「なんだこれ」と思わず笑ってしまった。そしてもう一度、ヘンリー・ジェイムズフランスのブレスを訪れたときの文章に目をやる。

  「ブレスにはまずいバターなんてありゃしませんよ」。女主人がバターを目の前に置きながら、からかうように言った。

 「だからなに?」と言いたくなる人、読まなくてよろしい。でもね、このページを開いているだけでしばし時間が経つのですよ。レシピがまるで詩のようで、ときになまめかしく官能的でさえある。それじゃ、最後にサンドラ・M・ギルバートの詩から。

  真実を求めて どれだけ掘り返そうとしても ニンジンは知らん顔だ

 思わず、ニヤリとする。

    ◇

 Mary Ann Caws ニューヨーク市立大大学院センター特別教授。専門は英文学、仏文学比較文学

    −−「名画の中の料理 [著]メアリー・アン・カウズ [評者]野矢茂樹(立正大教授)」、『朝日新聞2018年04月21日(日)付。

-----






no title



f:id:ujikenorio:20180506171024j:image


名画の中の料理
名画の中の料理
posted with amazlet at 18.05.28
メアリー・アン・カウズ
エクスナレッジ (2018-03-03)
売り上げランキング: 299,740

覚え書:「すごい廃炉―福島第1原発・工事秘録〈2011?17年〉 [写]篠山紀信 [文]木村駿 [評者]椹木野衣 (美術評論家)」、『朝日新聞』2018年04月21日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180528204320j:image


-----

すごい廃炉―福島第1原発・工事秘録〈2011?17年〉 [写]篠山紀信 [文]木村駿

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2018年04月21日

■何も生産しない技術を競い合う

 震災後、福島第一原発の視察で構内に入った。緊張して臨んだが、すでに防護服が必要ない場所も多いと聞いて驚いた。「フェーシング」(表面遮水)を始めとする作業が進んだ成果らしい。

 ほかにも現地では、ふだん聞き馴(な)れない最新技術の名が飛び交っていた。多核種除去設備シルトフェンス、リプレース、サブドレン……。なかでもインパクトが強かったのが、本書でも詳しく取り上げられている凍土遮水壁だ。1?4号機原子炉建屋内への地下水流入を防ぐため、その周囲を総延長1500メートル、深さ30メートル、厚さ1・5メートルに及ぶ凍土壁で囲んでしまうというのだ。土木の世界では以前からあるようだが、これだけの規模で実施されるのは前代未聞らしく、素人にはまるでSFの世界である。

 読み進めるうち、私は1970年の大阪万博を思い出していた。前例のない「すごい」技術について触れられる際、提供している企業の名が必ず付されるからだ。事実、視察のときもまるでパビリオンのようにその前を通るたび解説が入った。

 大阪万博では、高度経済成長の頂点で、日本を代表する企業が未来の生活を生み出す先端技術を競った。ところが21世紀となり、そのころ未来の技術の一つに数えられていた原発が大事故を起こすと、今度は企業がそれを廃炉にする=無に帰する技術を競い合っている。まだまだ準備段階と言ったほうが近いとはいえ、廃炉への一歩一歩を写真と図解でわかりやすく伝える本書は、まるで21世紀の負の万博のためのガイドブックのようにも読める。

 あれだけの大事故に「すごい」という形容を使うのは気が引けなくもない。しかし見方を変えれば、なにも生産しない技術を競い合う様は確かに「すごい(恐ろしい)」。篠山紀信の写真はそのすごさを、単なる記録とは違う次元で躊躇(ちゅうちょ)なく捉えている。

    ◇

 しのやま・きしん 40年生まれ。写真家▽きむら・しゅん 81年生まれ。「日経コンストラクション」記者。

    −−「すごい廃炉―福島第1原発・工事秘録〈2011?17年〉 [写]篠山紀信 [文]木村駿 [評者]椹木野衣 (美術評論家)」、『朝日新聞2018年04月21日(日)付。

-----







no title








f:id:ujikenorio:20180506171021j:image



覚え書:「百貨店の展覧会―昭和のみせもの1945−1988 [著]志賀健二郎 [評者]サンキュータツオ(お笑い芸人、日本語学者)」、『朝日新聞』2018年04月21日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180528204317j:image


-----

百貨店の展覧会―昭和のみせもの1945−1988 [著]志賀健二郎

[評者]サンキュータツオ(お笑い芸人、日本語学者)

[掲載]2018年04月21日

■ワクワクに出会う偶然を提供

 百貨店の催事に関する論文を楽しく読んだことがあったので本書を手に取った。著者は小田急百貨店で文化催事を担当していた方で、のちに美術館の館長なども務めた。百貨店の展覧会でどのようなことが行われてきたのか、それが美術館の催事のようにきちんとデータベース化されていないという事実に気付いた著者は、百貨店の枠を超え、それぞれの百貨店がどういう時期にどんな展覧会を開いていたかを記述し、一覧化していく。こうしてトレンドが見えてくる。さながら「百貨店の展覧会」という企画展を楽しむように読んだ。

 美術館などでは紹介されない、画壇の主流からはずれた作家の展示会。写真や漫画などはアートと位置付けられる前から展示を行っていたこと。影絵の藤城清治や、ちぎり絵でも有名な山下清といった人々も扱う。50年代には未知なる場所であった奄美大島や華厳の瀧、のちには南極探検、ヒマラヤネパールといった研究の対象となる地も紹介し、大学や研究機関の科学コミュニケーションの場ともなった。日本人の好奇心が地表を覆いつくしていく様も見て取れる。花嫁修業全盛から「いけばな展」、脱美術展の時期からは文学展、宣伝美術の啓蒙(けいもう)期からは様々なデザイン展まで。

 「昭和のみせもの 1945-1988」という副題は、こうした展覧会がまさに興行であることを象徴している。展覧会目的でその場を訪れる人もいたかと思うが、百貨店という場での展示は、雑多な商品を扱い異なる目的で集まった人たちの目に触れるもの。そこにこれからの需要を喚起したり、好奇心を広げてもらう展示をする。いわば「事故」としてワクワクするものに出会えるセレンディピティを提供するのが百貨店の展覧会だ。現場の人でもあった著者の、百貨店の広告から戦略を見抜く行間読みも説得力がある。文化とは何か、自問自答する姿勢に学ぶところも多い。

    ◇

 しが・けんじろう 50年生まれ。小田急百貨店などを経て、渋谷ファッション&アート専門学校校長。

    −−「百貨店の展覧会―昭和のみせもの1945−1988 [著]志賀健二郎 [評者]サンキュータツオ(お笑い芸人、日本語学者)」、『朝日新聞2018年04月21日(日)付。

-----







no title


f:id:ujikenorio:20180506171017j:image


百貨店の展覧会 (単行本)
志賀 健二郎
筑摩書房
売り上げランキング: 23,927

覚え書:「折々のことば:922 鷲田清一」、『朝日新聞』2017年11月03日(金)付。

f:id:ujikenorio:20180528204314j:image


-----

折々のことば:922 鷲田清一

2017年11月3日

 朝に見て昼には呼びて夜は触れ確かめをらねば子は消ゆるもの

 (河野裕子

    ◇

 口もとを拭い、肌を洗い、むずかる声に安心する。迷い子になるのではないか、神隠しにあうのではないかと、この瞬間も子を案じる母の想(おも)いは、ぬめりと湿りで噎(む)せんばかり。娘の紅(こう)は長じてみずからも歌人となり、裕子の遺した歌の数々に「微細な陰影や湿り気に命を与えるような短歌の生理」が滲み出ていると懐かしむ。永田和宏・淳・紅『あなた 河野裕子歌集』から。

    −−「折々のことば:922 鷲田清一」、『朝日新聞2017年11月03日(金)付。

-----




折々のことば:922 鷲田清一:朝日新聞デジタル





f:id:ujikenorio:20180528195743j:image

f:id:ujikenorio:20180506171014j:image


あなた 河野裕子歌集
あなた 河野裕子歌集
posted with amazlet at 18.05.28
河野 裕子
岩波書店
売り上げランキング: 256,877

2018-05-29

日記:これはお前らの罪だぞ

f:id:ujikenorio:20180528203807j:image

-----

 だが、われわれにとってこれよりも遥かに重要なのは、われわれがいかにしてみずからわれわれがいかにしてみずからわれわれ自身を照らし出し、審判し、浄化するかということである。上に述べた外部からの弾劾はもはやわれわれの仕事ではない。これに反して、ドイツ人の胸のうちに十二年このかた、はっきりと聞き分けられるかどうかという点で多少の差はあるにしても、少なくとも折に触れては聞こえてくる聞きのがすことのできない内面からの弾劾は、今もわれわれのもち得べき自覚の根源なのである。それはわれわれが、年寄りであろうと若かろうと、内面からの弾劾に処して、自分の力で自分をどう変えていくかというその考え方を通して、自覚の根源となるのである。われわれはドイツ人として罪の問題を明らかにしなければならない。これはわれわれ自身の問題である。外部から来る非難をどれほど聞かされ、この非難を問題として、かつはまた自分を映す鏡としてどれほど活用するとしても、このような外部からの非難とは無関係に、ドイツ人としての問題を明らかにするのである。

 「これはお前らの罪だぞ」という上述の文句はまた次のような意味をもち得る。

 お前らはお前らが甘受した政権の行った行為に対して責任を負うのだぞ、ということである。この場合にはわれわれの政治上の罪が問われているのである。

 のみならずこの政権を支持し、これに関与したのはお前らの罪だぞ、ということにもなる。この点にわれわれの道徳上の責任がある。

--カール・ヤスパース(橋本文夫訳)『戦争の罪を問う』平凡社ライブラリー、1998年。

    −−カール・ヤスパース(橋本文夫訳)『戦争の罪を問う』平凡社ライブラリー、74−75頁、1998年。

-----






f:id:ujikenorio:20180506170905j:image


戦争の罪を問う (平凡社ライブラリー)
カール ヤスパース
平凡社
売り上げランキング: 223,346

覚え書:「野蛮なアリスさん [著]ファン・ジョンウン [評者]都甲幸治(早稲田大学教授(アメリカ文学))」、『朝日新聞』2018年04月21日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180528203804j:image



-----

野蛮なアリスさん [著]ファン・ジョンウン

[評者]都甲幸治(早稲田大学教授(アメリカ文学))

[掲載]2018年04月21日

■消えた町、戦争と暴力の記憶

 女装ホームレスアリシアが、再開発で消え去った町、コモリを言葉で蘇(よみがえ)らせる。そこに立ち現れるのは、いないことにされてきた人々の世界だ。

 子供時代、朝鮮戦争で北から逃れてきた父親は孤児になり、この町で下男として雇われると、見下されながらもなんとか金を掴(つか)もうとする。成人してようやく家を手に入れ、立ち退きのための莫大(ばくだい)な補償金をせしめても、家族の心は通いはしない。

 勉強する機会も得られないまま親に殴られて育った母親は、アリシアと弟を激しくせっかんすることでしか、自分の感情を表現できない。耐えかねた兄弟が行政に助けを求めても、家族の和が大事だと言われて追い返されるだけだ。

 近代化する社会の中で、戦争の記憶や家庭内の暴力は不都合なものとして隠されてしまう。だがそれは、見えない臭いとして人々につきまとう。殺された共産主義者の埋まっている地下には下水処理場がある。「匂いは透明な霧のように突然コモリに漂いはじめ、人の粘膜にくっつく」

 同様に、アリシアと弟の直面した悲劇の記憶も回帰する。兄を探して家を出た弟は、下水処理場から流れ出した大量の汚泥に埋もれて死ぬ。母親への怒りを体に刻みつけるように女物の服を身にまとったアリシアは彷徨(さまよ)いながら、消滅した町について語り続ける。

 1976年生まれのファン・ジョンウンは、数々の文学賞を受賞した、現代韓国文学を代表する一人だ。時に幻想的になる彼女の作品は、近代化に伴う忘却の暴力に向き合いながら、それに対抗する力を見据えている。

 たとえば生き抜くために、アリシアと弟は空想の生き物「ネ球」の話を共同で作る。こうした遊びの間だけ、二人は柔らかな魂の深みを受け入れ合う。時たま挟み込まれるこんな親密な挿話に、僕は現代においてもいまだ文学が存在することの意義を感じた。

    ◇

 Hwang Jung−eun 76年、ソウル生まれ。著書『百の影法師』『パ氏の入門』『誰が』などで数々の文学賞

    −−「野蛮なアリスさん [著]ファン・ジョンウン [評者]都甲幸治(早稲田大学教授(アメリカ文学))」、『朝日新聞2018年04月21日(土)付。

-----






no title



f:id:ujikenorio:20180506170902j:image


野蛮なアリスさん
野蛮なアリスさん
posted with amazlet at 18.05.28
ファン・ジョンウン
河出書房新社
売り上げランキング: 101,420

覚え書:「竹内好とその時代―歴史学からの対話 [編]黒川みどり、山田智 [評者]間宮陽介(青山学院大学特任教授(社会経済学))」、『朝日新聞』2018年04月21日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180528203801j:image


-----

竹内好とその時代―歴史学からの対話 [編]黒川みどり、山田智

[評者]間宮陽介(青山学院大学特任教授(社会経済学))

[掲載]2018年04月21日

■「対立物の一致」を内包する思想

 竹内好(よしみ)の風貌(ふうぼう)(本書巻頭の写真)はまったく圧倒的だ。柔道家のような頑強な体躯(たいく)、人を射抜くようなギョロリとした眼(め)。まぎれもない大人(たいじん)の風貌である。

 だがその彼がつけた日記には、手にした講演料や原稿料ばかりか、出入りの植木屋への支払いまで記されている。1960年には丸山眞男らとともに安保闘争を闘い、強行採決後に「民主独裁か」を書く。その彼が約20年前の開戦時には感動に打ちふるえ、「大東亜戦争と吾等(われら)の決意(宣言)」を書いていたのだ。

 まるでカメレオン的人間であるが、しかしカメレオン的人間像ほど彼に遠いものはない。彼の思想は最初の小さな点がやがて線になり、そして面になるというふうに、生成的なものである。後年、あの宣言は戦後の議論につながっている、と語っているが、ここにも、彼の思想の生成的特色がよく表れている。

 本書は竹内の思想生成を6人の歴史家が論じた好著である。戦前の魯迅開眼から戦後の「ドレイ」論、日本文化を、尊大と卑屈、外国崇拝と外国侮蔑が表裏となったドレイの文化と見る議論へ至る過程を主軸とし、いくつかの論点が枝分かれする。文学言論活動を閉鎖的な空間から開放することを目指した国民文学論、明治の精神という「伝統」に対する竹内の評価、それに彼のアジア主義論。

 竹内の思想には対立物の一致という面が多々あって、例えば丸山眞男によれば、竹内のナショナリズムインターナショナリズムと表裏である。また竹内の明治の精神とは抵抗の精神のことだという本書の著者の指摘は、伝統と個人主体性が表裏であることを考えるうえで重要であろう。国体論は国家を被造物ではなく自然と見るところに生じるというのは竹内自身の指摘である。

 空想だが、安倍政権下での伝統回帰、明治150年への取り組みを聞いたら竹内は烈火のごとく怒るにちがいない。

    ◇

 くろかわ・みどり 静岡大教授。著書に『共同性の復権』など。▽やまだ・さとし 静岡大准教授

    −−「竹内好とその時代―歴史学からの対話 [編]黒川みどり、山田智 [評者]間宮陽介(青山学院大学特任教授(社会経済学))」、『朝日新聞2018年04月21日(土)付。

-----







no title








f:id:ujikenorio:20180506170859j:image


竹内好とその時代 歴史学からの対話

有志舎 (2018-03-01)
売り上げランキング: 115,010

覚え書:「憎しみに抗って―不純なものへの賛歌 [著]カロリン・エムケ [評者]齋藤純一(早大教授)」、『朝日新聞』2018年04月21日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180528203757j:image


-----

憎しみに抗って―不純なものへの賛歌 [著]カロリン・エムケ

[評者]齋藤純一(早大教授)

[掲載]2018年04月21日

多様性ゆえの安定、再構築を

 このところ「ヘイトスピーチ」や「ヘイトクライム」といった「憎しみ」を含む言葉を耳にすることが多くなった。実際、ネット上では憎悪表現が当たり前のように飛び交っている。その標的とされ、心身に深い傷を被っている人も少なくないはずである。

 ようやくたどり着いたドイツで住民から罵声を浴びせられる難民アメリカで警官の暴力的な取り締まりにさらされる黒人、国境での保安検査で屈辱的な扱いを受けるトランスジェンダー(「自然」とみなされる性別が本人の感覚と合致しない人)。本書が取り上げるのは、何を語ったか、何を行ったのかとはまったく無関係に、侮蔑や憎悪を投げつけられる人々である。

 本書を読んであらためて重要と感じるのは、憎しみを引き起こす原因とそれが向けられる対象の間にはほとんど関係がない、ということである。難民移民はいわば叩(たた)きやすいから憎しみの標的とされる。彼らをいくら叩いたところで、生活不安がなくなるわけではないのにもかかわらず。人に憎しみの感情を抱かせる原因は複雑で解消しがたい一方、標的の選択は単純で、感情の投射は容易である。

 「彼ら」を締めだせば「われわれ」は安全や豊かさを取り戻すことができる。こうした考え方はなぜ執拗(しつよう)に現れるのか。「同質なもの」、「純粋なもの」は予(あらかじ)め存在せず、「異質なもの」、「不純なもの」を特定し、それを排除することを通じてつくりだされる。このメカニズムが、反ユダヤ主義ホロコーストの経験と記憶をしっかりと刻んだはずのドイツでいままた反復されようとしている。余所者(よそもの)は「少しくらい満足しておとなしくなるべきではないか」という感覚はすでに一部だけのものではなくなっている。

 一昨年ドイツで上梓(じょうし)された原著は10万部を超すベストセラーとなり、12カ国語に翻訳されているという。移民を排除すべしという主張は、いまや多くの社会で公然と語られるようになり、それは、憤懣(ふんまん)の捌(は)け口を求める需要に応えている。この本がいま広く読まれているのも、多様な諸価値やそれらのハイブリッド(不純)な交流を肯定する規範が明らかに壊れつつあるという危機感ゆえであろう。

 自身も性的マイノリティに属する著者は、文化的、宗教的、性的な多様性のなかでこそ落ち着くことができる、と言う。多様性ゆえの安定、排他的ではない安全性を構築しなおすために、どのような言葉や行為が必要なのか。私たちは「他者を傷つける能力」を併せもつだけに、そしてその能力はたやすく行使されるがゆえに、いかに憎しみに抗するかという問いをおろそかにするわけにはいかない。

    ◇

 Carolin Emcke 67年生まれ。ジャーナリスト。「シュピーゲル」「ツァイト」の記者として世界各地の紛争地を取材。2014年よりフリー。16年にドイツ図書流通連盟平和賞。

    −−「憎しみに抗って―不純なものへの賛歌 [著]カロリン・エムケ [評者]齋藤純一(早大教授)」、『朝日新聞2018年04月21日(土)付。

-----







no title


f:id:ujikenorio:20180506170856j:image


憎しみに抗って――不純なものへの賛歌
カロリン・エムケ
みすず書房
売り上げランキング: 138,430

覚え書:「折々のことば:921 鷲田清一」、『朝日新聞』2017年11月02日(木)付。

f:id:ujikenorio:20180528203754j:image


-----

折々のことば:921 鷲田清一

2017年11月2日

 本当に叫びたいこと、一人一人の腹の底の、血の吹きだすような訴えに、社会は応えてくれない。だからひどくバラバラ。責任がない。

 (岡本太郎

     ◇

 「結局は疎外感だけが残る」と続く。一見何でもやれそうに見える社会だが、人はただ「許された範囲内でもがいている」だけ。息抜きや憂さ晴らしにかまけていないで、その孤立をもっと突きつめよと、前衛芸術家は檄を飛ばす。何ができるか、できないかではなく、何をしたいか、どうありたいかに重心を移せと。『原色の呪文』から。

    −−「折々のことば:921 鷲田清一」、『朝日新聞2017年11月02日(木)付。

-----




折々のことば:921 鷲田清一:朝日新聞デジタル





f:id:ujikenorio:20180518212550j:image

f:id:ujikenorio:20180506170853j:image



原色の呪文 現代の芸術精神 (講談社文芸文庫)
岡本 太郎
講談社
売り上げランキング: 134,177

2018-05-28

覚え書:「耕論 平成の政治とは 待鳥聡史さん、佐藤俊樹さん」、『朝日新聞』2017年11月01日(水)付。

f:id:ujikenorio:20180523192437j:image

-----

耕論 平成の政治とは 待鳥聡史さん、佐藤俊樹さん

2017年11月1日

グラフィック・野口哲平  

 自民党の圧勝に終わった衆院選。平成初頭からの政治改革がめざした二大政党制という「夢」は、本当についえたのか。政権交代が遠のいたのは、制度の欠陥ゆえか、社会の変化のためか。平成の30年の政治は、日本に何をもたらしたのだろうか。

 ■政権交代、非自民の行動次第 待鳥聡史さん(政治学者

 今回の選挙結果は、野党側の失策という面もありますが、平成初期からの政治改革に不十分な点が残っていることや、選挙制度改革の際に未知だった現象が起きていることを示したものと思います。

 改めて認識されたのは、非自民勢力が分かれていたら、自民の圧勝になることです。本気で対抗するなら、選挙協力を徹底し、少なくとも小選挙区では必ず自民対非自民の構図を作るべきです。

     *

 だが、現行の衆議院選挙制度は必ずしもそれを後押ししない。小選挙区があることではなく、比例代表との並立が問題です。前回までの共産党のように、小選挙区で当選可能性がない小政党比例代表での得票増のために小選挙区に候補を立てる。また、政党が分裂することへの躊躇(ちゅうちょ)がなくなる。すると、一緒になって対抗するはずの勢力が、分かれて選挙に臨んでしまう。分かれて筋を通すことを重んじる比例代表と、まとまって対抗することを必要とする小選挙区の並立から生じる矛盾です。

 2005年の郵政選挙以降、衆院選では上位二つの政党が伯仲した結果にならず、一方が300議席前後をとっています。小選挙区制では、第1党と第2党との間で勢力が揺れ動く「スイング」が起こるのですが、比例代表との並立のために、小選挙区で候補を立てる小政党に、劣勢な側の党が大きく足を引っ張られる。その分、スイングの振れ幅が大きくなり、優勢な側の党がさらに大勝します。

 さらに先進国の多くに共通する現象として、主要政党が強固な支持基盤を持たなくなっている。自分の支持基盤に経済的なパイを手厚く分配することが難しくなり、政党と支持者の関係が流動化しています。浮動票「風」頼みにならざるをえないことも、選挙結果の振れ幅を大きくしています。

 自民党は伝統的な支持基盤が強く残り、公明党の協力もある。それでも、2009年の衆院選では120議席程度まで落ち込んだ。自民ですらそうなので、非自民側はもっと底が抜ける。連合はある程度固定的な支持基盤ですが、労組の組織率も下がり、実質的な集票力は非常に落ちています。

     *

 政治改革の目的の一つは、旧社会党のような政党をつくらないことでした。3分の1程度の議席を占めながら、批判勢力であることに安住する。外交安全保障護憲に過度に軸足を置き、社会・経済的な政策には低い優先順位しか与えない。そうではなく、有権者が最も重視する社会・経済政策について自民党との違いを打ち出し、政権交代をめざす政党の出現を促そうとしたのです。

 前原誠司氏が野党共闘路線をやめたのも、この前史を踏まえるとわからないでもない。民進党安保法制反対から、外交安全保障を最大の争点にする姿勢が強まり、旧社会党的な政党になりそうだった。今回、野党共闘で多少議席を伸ばせても、政権はとれないという判断だったのでしょう。

 野党第1党の立憲民主党が、政権交代を本気でめざすなら、安保法制廃止や護憲が前面に出るようでは厳しい。自公よりも少し弱者に優しい社会・経済政策に主張の基盤を置く必要があるでしょう。ただそのときに、共産党との共闘関係を続けられるかどうか。

 平成の政治改革がめざした二大政党制が、見果てぬ夢に終わったとは思いません。現行制度がもつ二大政党化への推進力は決して小さくない。2009年の民主党は結党13年で政権をとりました。特に非自民側が制度の特徴を踏まえた行動がとれれば、今後も大きなスイングは起こりえます。

 しかし今回の選挙では、10年後の日本の社会や経済をどうするといった中長期的なビジョンがほとんど出なかった。そこで論戦を挑まないと、政権を担える勢力という評価は得られず、現状維持の選挙が繰り返されるだけでしょう。

 (聞き手 編集委員・尾沢智史)

     ◇

 まちどりさとし 1971年生まれ。京都大学教授。専門は比較政治論。著書に「代議制民主主義 『民意』と『政治家』を問い直す」「政党システムと政党組織」など。

 ■「強い首相支持率が牽制 佐藤俊樹さん(社会学者

 平成は、グローバル化という潮流のなかで日本の「総中流社会」が崩壊し、格差が広がっていった時代です。その変化に対応しながら、より公平な社会をつくっていく。それがつねに政治の焦点になってきました。

 小泉政権郵政改革、マニフェスト選挙政権交代を実現した民主党……。平成の政治の基本潮流は「改革路線」でした。保守・革新の枠を超えて、政党の崩壊や分裂を繰り返しながら、改革の旗印が消えることはありませんでした。ところが、今回の衆院選ではその旗手に名乗りをあげた希望と維新が票を伸ばせなかった。「改革の時代」の終わりではないでしょうか。

 新しい国会勢力図は自民、立憲民主、希望、公明共産維新です。立憲民主を「社会+民社」と考えれば、要するに自民、社会、民社、公明共産という懐かしき面々。二大政党制という平成の夢が破れ、一周回って、安定与党批判勢力という昭和の政治に戻ってきた感があります。

     *

 背景にあるのは有権者の改革疲れだと思います。平成の初頭、日本は米国を脅かす経済大国でしたが、GDPは伸び悩み、今では中国に抜かれました。苦しい改革を重ねてきたのに、人々の暮らし向きはさほど変わっていません。

 現在の日本経済世界経済の動向に大きく左右されます。政府が打ち出す政策の効果はもともと限られている。さらに、以前は低成長や少子高齢化は日本特有の課題だとされていましたが、最近は多くの国で同じ状態になりつつある。横並び意識が強い日本人には危機感を感じにくい状況です。

 安倍政権の安定ぶりにはそんな巡り合わせもあったように思います。「改革」の旗印がまだ説得力を持ちつつも、次第に政治への期待が低下していった。

     *

 そのなかで、政治のあり方自体も大きく変わってきています。

 まず、政治家が「選良」ではなくなった。むしろ「政治は変わった人たちがやること」になっています。今回の選挙でもスキャンダルを抱えた候補者善戦ぶりが目立ちました。漢字を読み間違えた首相マスコミ批判したり、失言をとりあげたりしても、「上から目線で足を引っ張っている」という反発が起きる。「立派な人」でないことは、もはや政治家にとって致命傷ではないようです。

 それはもう一方で、インテリ層への不信につながっています。グローバル化は国内での格差を広げながら、国外の人に機会を開くことになりました。それに反発する人々にインテリ層が「ポピュリズムだ」とレッテルを貼れば、「この人たちは自分たちの味方ではない」と思われます。トランプ大統領を生み出した米国民の感情と同じです。インテリ層は「みんな」の声を代弁しないし、代理もしてくれない。そんな風に見られています。現代の政治で「みんな」の声を代表するのは世論調査です。

 衆院小選挙区比例代表並立制の下では、首相のリーダーシップが強化されます。これも平成の産物ですが、そうなると、国会ではその強い首相を牽制(けんせい)しきれない。それらに代わり、世論が首相をコントロールするようになりました。人々が「これは行き過ぎ」と感じると、マスコミ各社の世論調査で一斉に内閣支持率が低下し、方向転換を余儀なくされる。いわば首相と世論が直接対話して政治を動かしていく。今後もこのスタイルは続くでしょう。

 平成の格差拡大のツケは社会保障に回されました。少子高齢化も進み、負担の不公平が目立ちます。安倍首相是正に向けて「全世代向け」を打ち出しましたが、若者施策を重視すれば、高齢者医療費などは削らざるを得ない。団塊の世代がどこまで受け入れるのか。これもまた首相と世論の対話のなかで解決していくしかありません。

 (聞き手・日浦統)

     ◇

 さとうとしき 1963年生まれ。東京大学教授。統計を使った階層社会の研究で知られる。著書に「不平等社会日本」「格差ゲームの時代」など。

    −−「耕論 平成の政治とは 待鳥聡史さん、佐藤俊樹さん」、『朝日新聞2017年11月01日(水)付。

-----

(耕論)平成の政治とは 待鳥聡史さん、佐藤俊樹さん:朝日新聞デジタル


f:id:ujikenorio:20180518212054j:image


f:id:ujikenorio:20180506170753j:image

覚え書:「書評:雪の階(きざはし) 奥泉光 著」、『東京新聞』2018年04月15日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180523192434j:image



-----

雪の階(きざはし) 奥泉光 著

2018年4月15日

◆心中事件の謎を幻惑的に

[評者]池上冬樹文芸評論家

 『「吾輩は猫である殺人事件』は夏目漱石の名作、『神器−軍艦「橿原」殺人事件』はメルヴィル白鯨』と小栗虫太郎黒死館殺人事件』。このように、奥泉光には先行する作品を意識したミステリー構造の小説が多いが、本書の場合は武田泰淳の『貴族の階段』である。

 昭和十年、春。女子学習院高等科に通う笹宮惟佐子(いさこ)は親友の宇田川寿子(ひさこ)が失踪したことを知る。数日後、寿子は富士の樹海陸軍士官とともに遺体となって発見され、警察は心中とみなすが、惟佐子は疑問を抱く。「できるだけはやく電話をしますね」という仙台消印の葉書が届いていたからだ。惟佐子は、幼少期の遊び相手で新米写真家の牧村千代子と事件解明に乗り出す。

 『貴族の階段』は、二・二六事件を背景にして貴族と軍閥の暗闘を政治とは無縁の女性の視点から描いている。公爵の娘氷見子は父と来訪者の秘密の会話を記録するが、惟佐子も政治家父親に頼まれて口述筆記に勤(いそ)しむし、氷見子同様男と積極的に関係をもち、重要な場面で睡眠薬を用いる。兄と妹、女同士の関係、セクシャリティ主題も『貴族の階段』と通じている。

 しかし五百枚の武田作品に比べて、本書は千三百枚。何よりも心中事件の解明という本筋に様々な脇筋を絡めて、奥泉作品らしい万華鏡的世界を作り上げている。二・二六事件の一年前から事件当日までを綿密に描きつつ、天皇機関説をめぐる華族軍部の緊迫した対立ドイツや日本における民族至上主義的な言説、心霊音楽協会、神的人種、霊視能力などオカルト的な要素も満載して、虚実の境界の幻惑をたくらんで読者に目眩(めまい)を覚えさせる(この目眩こそが奥泉文学の魅力だ)。

 相変わらず推理作家も顔負けのプロットは巧緻だし、記憶のイメージの収斂(しゅうれん)や伏線の回収も見事。特に自由自在に視点が移動する滑らか極まりない語りは至福そのもの。武田作品と読み比べ、小説の深化を味わうのも一興だ。

中央公論新社・2592円)

<おくいずみ・ひかる> 1956年生まれ。作家。著書『石の来歴』『東京自叙伝』など。

◆もう1冊 

 奥泉光著『「吾輩は猫である殺人事件』(河出文庫)。苦沙弥先生殺害の謎に、生きていた吾輩が他の猫たちと共に挑むミステリー。

    −−「書評:雪の階(きざはし) 奥泉光 著」、『東京新聞2018年04月15日(日)付。

-----






東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)



f:id:ujikenorio:20180506170746j:image



雪の階 (単行本)
雪の階 (単行本)
posted with amazlet at 18.05.23
奥泉 光
中央公論新社
売り上げランキング: 17,939

覚え書:「【書く人】補欠人生っていい 『恨みっこなしの老後』 脚本家・橋田寿賀子さん(92)」、『東京新聞』2018年04月29日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180523192431j:image


-----

【書く人】

補欠人生っていい 『恨みっこなしの老後』 脚本家橋田寿賀子さん(92)

2018年4月29日

 

 「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」などのドラマで、普通の人の悲喜こもごもを書いてきた脚本家橋田寿賀子さんが、自分を楽にする老後の生き方をつづった。

 娘に対する文句ばかり言っていたお姑(しゅうとめ)さんの悲しい最期を見て「死の間際で人を恨みたくない」と、この表題に。けれども「私には恨みを持つ人はいないんですよ」と語る。「子どもはいないし亭主にはじゅうぶん返してもらって感謝してるし、お友達にだって何かしてあげて裏切られたって覚えがない。みんな私が優しくして差し上げた以上に、していただいてる」

 <何をもって幸せとするかは、その人次第><自分が意地悪で、鬼をいっぱい飼っていることを自覚していると、人に何かされたときにも、腹が立ちにくい><人生「二流」がちょうどいい>−。本につづられた考え方なら心穏やかにいられるだろうとうなずける。

 「本当に、二流人生はいいですよ。学生時代もバレー部で補欠だったので試合で方々行けて、でも何もしないで試合見たりボール拾ったりしてればよくて、補欠人生ってのはいい。一番になりたいと思ったら苦労しますよ。賞が欲しいとかいいもの書こうとか思ったら神経すり減ります。二流でいいと思うから書き飛ばして、たくさん書けた。傑作は一つもないですけど」

 とはいえ、一九八三年から放送されたNHKの連続テレビ小説おしん」は、平均52・6%、最高62・9%と、ドラマ部門ではいまだに破られていない高視聴率を記録している。「いい時代だったんですよ」

 『文芸春秋』に寄稿するなどして話題を呼んだ「安楽死」についても、人に迷惑をかける状態や自分が何もわからない状態になったとき、自分のように家族がいない人は「選択肢として安楽死を選べるといい」と書く。「病気の人に死ねと言うことになる、障害者が殺された事件も肯定することになるからいけないって、反論がいっぱいきました。でも、そういうときが来たら死なせてくれるって思えば今を安心して生きられる。生きる『保険』が欲しいだけなんです」

 窓から海が見える熱海のご自宅で話を聞いて、帰り際、卓上の和菓子を包んでくれた。ドラマの場面のような温かいもてなしに、幸福感もいただいた。

 新潮社・一〇八〇円。 (岩岡千景)

    −−「【書く人】補欠人生っていい 『恨みっこなしの老後』 脚本家橋田寿賀子さん(92)」、『東京新聞2018年04月29日(日)付。

-----







東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)








f:id:ujikenorio:20180506170742j:image


恨みっこなしの老後
恨みっこなしの老後
posted with amazlet at 18.05.23
橋田 壽賀子
新潮社
売り上げランキング: 22,586

覚え書:「【東京エンタメ堂書店】花開き、舞い散る「桜」の物語」、『東京新聞』2018年04月02日(月)付。

f:id:ujikenorio:20180523192428j:image


-----

東京エンタメ堂書店】

花開き、舞い散る「桜」の物語

2018年4月2日

 今年の桜は例年より早く咲きましたね。五分咲き、満開、葉桜。どれも味わいがあります。もうお花見は終わった方もまだの方も、春本番はこれから。次は本の世界で桜を楽しんでみませんか。 (運動部長・谷野哲郎)

◆純粋に不器用に

 ハラリハラリと舞い散る桜の花びらを見ると、気分が落ち着くという人も多いはず。同じように、静かにくつろぎたいときには、<1>『桜風堂(おうふうどう)ものがたり』(村山早紀著、PHP研究所、1728円)がお薦め。昨年の本屋大賞ノミネート作品で、心がほんわかと和む一冊です。

 主人公の月原一整(いっせい)は、不運な事件をきっかけに長年勤めた銀河堂書店を辞めることになります。人生の再出発を余儀なくされた一整ですが、田舎町の書店「桜風堂」を営む老人を訪ねたことで、運命が変わり始めていきます。

 元同僚で児童書担当の苑絵(そのえ)、文芸担当の渚砂(なぎさ)、桜風堂店主の孫・透くんら登場人物全員がいとおしい。「一冊でも多く、本が売れますように」という純粋な思いと不器用な生き方が伝わって、鼻の奥がつんとなりました。

古木庭師の生涯

 サクラの木そのものをもっと知りたい。そんなときは<2>『櫻(さくら)守』(水上勉著、新潮文庫、767円)はいかがでしょうか。ひたすら桜を愛し、守り続けた庭師弥吉の生涯。「水上文学」と呼ばれる、独特かつ上質な文体で桜の世界に浸ることができます。

 「灰色の肌にふれた。とんとんとたたいてみた。幹芯はうつろだろうに、皮は相当の厚みである」。ソメイヨシノよりも山桜、里桜を愛した師匠・竹部を慕った弥吉。ダムの底に沈みゆく樹齢400年のアズマヒガンを救おうとする場面は心が動きました。

◆懐かしく瑞々しい

 桜は、蕾(つぼみ)から花びらが開く瞬間も美しいですよね。そんな初々しさを体験したいなら、<3>『サクラ咲く』(辻村深月著、光文社文庫、605円)です。中高生が主人公の3編を収録。どれも学生特有の瑞々(みずみず)しい感性にあふれ、懐かしさが込み上げました。

 表題の作品は内気な中学1年生・塚原マチがクラスメートと友情を深める物語。マチは偶然、学校の図書館で本に挟まった「サクラチル」と書かれた便箋を見つけます。同じように返信して始まった不思議な文通。誰が、何のために書いたのか−。ミステリーの要素も楽しめる青春小説に仕上がっています。

 この3編は違う話なのに、どれも少しだけ登場人物が重なっています。これは辻村作品の特徴でもあるのですが、気付いたときには不覚にも涙が出ました(同じ思いの人もきっといるはず!)。

 筆者の中で桜といえば、『小説 秒速5センチメートル』(新海誠著、角川文庫)、漫画は『夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国』(こうの史代著、双葉社)が断トツの1位。どちらも紹介済みなので、今回は違うものを選びました。

 ほかにも桜に関する良作は多く、最近では『最後の医者は桜を見上げて君を想(おも)う』(二宮敦人著、TO文庫)、『桜のような僕の恋人』(宇山佳佑著、集英社文庫)、『桜の下で待っている』(彩瀬まる著、実業之日本社文庫)などが深く印象に残っています。

 切ない心情や幸せな思い出。桜には誰もが言葉に残したくなるような何かがあるのでしょう。それもこの花の持つ魅力の一つだと思うのです。

    −−「【東京エンタメ堂書店】花開き、舞い散る「桜」の物語」、『東京新聞2018年04月02日(月)付。

-----







東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)


f:id:ujikenorio:20180506170739j:image

桜風堂ものがたり
桜風堂ものがたり
posted with amazlet at 18.05.23
村山 早紀
PHP研究所
売り上げランキング: 43,069


櫻守 (新潮文庫)
櫻守 (新潮文庫)
posted with amazlet at 18.05.23
水上 勉
新潮社
売り上げランキング: 51,704


サクラ咲く (光文社文庫)
辻村 深月
光文社 (2014-03-12)
売り上げランキング: 6,662

覚え書:「社説 学び直し 大学の針路探る機会に」、『朝日新聞』2017年11月02日(木)付。

f:id:ujikenorio:20180523192425j:image


-----

社説 学び直し 大学の針路探る機会に

2017年11月2日

 安倍内閣が設けた「人生100年時代構想会議」は、社会人が仕事に必要な知識や技術を身につける「学び直し」をテーマの一つにかかげる。

 受け皿に想定されているのは大学だ。だが適任かどうかは、教員の専攻分野や人数、地域の事情などによって異なる。視野を大学以外にも広げて、議論を進めるべきだ。

 一方、少子化による学生減で厳しい状況にある多くの大学にとって、社会人の受け入れは以前からの課題だった。投じられたボールを受けとめ、自校の針路や将来像を考える機会にしてもらいたい。

 政権が描くのは産業を担う人材の能力向上だ。IT分野などは働きながら新しい知識を取り入れていかないと、技術革新のテンポに追いつかない。社会全体をみても、終身雇用は崩れ、企業の盛衰も激しい。転職再就職をしたい人や、正社員をめざす非正規労働者への再教育がますます必要になる。

 経済界政権の思惑を離れても、自分の仕事や生活を充実させるために、学び直しを志向する人は少なくないはずだ。

 育児で仕事を休んでいたが、復職前に最新の専門知識を勉強したい。シニア世代になっても腕をみがき、新たな仕事に挑みたい。町づくり活動に役立つノウハウを学びたい――。

 こうした声に応えてくれる場が地域にあれば心強い。

 日本の大学(学部入学者のうち社会人は推計2・5%で、諸外国よりかなり低い。

 理由の一つは、企業実務などに対応した教え方ができる教員が少ないことだ。だが、そうした人材を新たにスタッフに迎えるには経費がかかる。ただでさえ苦しい研究費にしわ寄せがいくのを避けるためにも、大学間で提携の方法を探るなど、知恵をしぼる必要がある。

 もう一つの理由は、個人や企業がコンサルティング会社を使った社内研修や通信教育、資格学校の利用などで、個別に対応してきたことだ。こうした既存のサービスと大学との間で、どう役割を分担するか。その検討も課題になる。

 地方都市は都会に比べ、どうしても学び直しの場が少ない。だからこそ大学が大きな役割を果たせる可能性がある。地元で働く人に耳を傾け、地域に貢献する講座を工夫してほしい。

 社会人のニーズは「土日か夜間に、短い期間で、安く、実践的な勉強がしたい」と明確だ。教室での対面講義ばかりでなく、ネットによる動画配信なども有効活用できるに違いない。

    −−「社説 学び直し 大学の針路探る機会に」、『朝日新聞2017年11月02日(木)付。

-----




(社説)学び直し 大学の針路探る機会に:朝日新聞デジタル





f:id:ujikenorio:20180518212325j:image

f:id:ujikenorio:20180506170736j:image

2018-05-27

日記:日常生活と「政治」をどう近づけられるか

f:id:ujikenorio:20150830151406j:image

-----

日常生活と「政治」をどう近づけられるか

内田樹 政治的な意思表示にはいろんなレベルがある。もちろん投票行動もあるだろうけど、それ以外にも、デモをすることもあるし、僕みたいにものを書いて意見を述べることもある。学校で周りの人としゃべることもあるだろうし、いろんなかたちで政治が無数にあると思うんですね。SEALDs KANSAIは「いろんなやり方があるから、いろんなやり方をやってみましょう」という立場だと思うけれど、やり方が変われば、そこで掬い上げられてくる人々の意見や感情はそれぞれ違ってくるわけだから、できるだけ多くの人たちの多くの思い、多くの思想を掬い上げてゆけば、長期的、集団的には正しい判断が下る。

 SEALDsの運動の基本には、そういう人間の知性に対する根本的な信頼があると思うんですよ。無駄な議論を打ち切って、すぐに決めようと言う人たちは、長い時間をかけてことの理非を検証すれば、人間理性は正しい結論に至るということを本当は信じていないんだと思う。それは、激しい言葉を使って、論敵を論破しようとしたり、罵倒したりする人もそう。衆人環視のなかで人を「馬鹿野郎!」と罵ったり、完膚無きまでに論破しようとする人は、結局、聴衆の知性を信じていないわけです。「目の前でこてんぱんにやっつけて見せなければ、お前たちはどっちが正しいかわからないだろう?」と思っているから、ああいうことをする。聴衆の知性と判断力を信じていたら、ああいう話し方はしまっせん。もっと丁寧に、情理を尽くして語るでしょう。

 SEALDs KANSASIがやっている仕事、「困った、困った」と言いながら「あれをやってみよう、これをやってみよう」と次々に試みていることは、すごく迂遠に見えるかもしれないけど、長期的・集団的には人間は大きく判断を過たないという、人間の集合的な知性の働きに対する素朴な信頼が根本にあるような気がする。でも今の政権は、はっきり言って国民の知性に信頼を置いていないでしょう。情報を開示しないのも、情報を全部開示すると国民は「間違った推論をする」と思っているからだし、原発震災の被害状況を明らかにしないのも「パニックになるから」と言う。要するに、「お前たちはまともな判断ができないから、オレたちが代わってことの是非について判断してやるから、黙っていろ」ということでしょう。国民も立法府司法も、行政府以外の人たちの知性を信用していない。だから、代わりに考えてやる。代わりに決めてやるという。SEALDsが提出した延会の動議の「もうちょっと話しませんか。もうちょっと悩みませんか。もうちょっと困ってみませんか」の根本には、困っているうちに何とかなって、それなりの答えにたどり着くはずだ、という知性についての楽観主義があるような気がして、僕はそこにすごく共感するんです。

    −−内田樹×SEALDs「マイナス3とマイナス5だったら、マイナス3を選ぶ」、SEALDs『民主主義は止まらない』河出書房新社2016年、143−145頁。

-----



f:id:ujikenorio:20180430223621j:image

民主主義は止まらない
SEALDs
河出書房新社
売り上げランキング: 366,710

覚え書:「書評:官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか 軽部謙介 著」、『東京新聞』2018年04月15日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180523192843j:image



-----

官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか 軽部謙介 著

2018年4月15日

◆見せ方だけは巧みに

[評者]服部茂幸=同志社大教授

 本書は二〇一三年四月に異次元緩和が始まるまでのアベノミクスの形成過程を追跡したものであるが、様々な裏話があって興味深い。今年三月まで日銀総裁だった岩田規久男氏などの考えに従い、政治家たちは2%のインフレ目標の早期実現を目指すことを日銀に約束させた。当時の甘利明経済再生担当相は、その進捗(しんちょく)状況は経済財政諮問会議によってチェックすると明言したという。

 けれども、五年がすぎてもインフレ目標達成の目処(めど)はたたない。経済財政諮問会議日銀の約束違反をチェックすることを忘れている。押しつけた側だったはずの岩田氏も、今では金融政策は全てではないと言い訳している。インフレ目標も、説明責任も全く無意味であることが分かる。政治は時として不合理な政策を採用するが、不合理な政策は結局のところ失敗するのである。

 本書によると、自民党でも緩慢なインフレを起こしてデフレから脱却するというリフレ派に懐疑的な人が主流である。しかし、政治家たちは白川方明(まさあき)前総裁の「見せ方」が下手なことには不満であった。総裁黒田東彦(はるひこ)氏に代わっても、デフレ脱却という目標がはたせていないのは同じである。見せ方が格段に上手(うま)いことと、それによって政治家たちの批判を回避できていることの二点は、日銀にとって好都合なことだと言えるであろう。

岩波新書・929円)

<かるべ・けんすけ> 時事通信社解説委員。著書『ドキュメント ゼロ金利』など。

◆もう1冊 

 篠原尚之著『リーマン・ショック』(毎日新聞出版)。発生時、財務省財務官として対応に当たった著者の回想録。

    −−「書評官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか 軽部謙介 著」、『東京新聞2018年04月15日(日)付。

-----






東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)



f:id:ujikenorio:20180430223618j:image


覚え書:「日本の初期モダニズム建築家 吉田鋼市 著」、『東京新聞』2018年04月15日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180523192840j:image


-----

日本の初期モダニズム建築家 吉田鋼市 著

2018年4月15日

◆戦前作品の奥行き、幅

[評者]市川紘司=建築史家

 近代建築の歴史は、最大公約数的に言えば、前近代的様式主義から、機能合理主義や白く抽象的な国際様式への変遷としてまとめられる。本書が焦点化するのは、そうした大枠の史的変遷の中ではしばしば取りこぼされてしまう、モダンでありながら別様式の特徴も併せ持つような、端境期建築家の取り組みだ。

 著者はこれを「初期モダニズム」と呼び、本野精吾から前川国男まで、建築家十三名について戦前(大正−昭和前期)の現存作品を題材に論じる。長く神奈川県の近代建築調査に携わった著者らしく、取り上げる建築物は必ず実見し、そうして下される評価は非常に歯切れが良い。保存問題等を切り口に「モダニズム建築」の基本的枠組みも示されており、戦前の日本建築にアプローチするための良質な入門書となっている。だが単なる入門書ではない。横浜山下町に作品が集中的に遺(のこ)る川崎鉄三や新聞投書欄で建築の芸術性を論争した山越邦彦等、傍流と言うべき建築家の個性的な仕事にも光を当てる。戦前の日本建築の奥行きと幅の広さを改めて知ることができるはずだ。

 著者はアール・デコ建築研究の日本における第一人者。アール・デコもまた様式主義モダニズムのあわいに位置づく芸術様式であった。モダニズムを過剰に神格化せず、その傍流や手前に着目する姿勢は、本書にも通底している。

(王国社・1944円)

<よしだ・こういち 横浜国立大名誉教授。著書『アール・デコ建築』など。>

◆もう1冊 

 S・モーコックほか著『名作モダン建築の解剖図鑑』(長田綾佳訳・エクスナレッジ)。世界の建築の傑作を紹介。

    −−「日本の初期モダニズム建築家 吉田鋼市 著」、『東京新聞2018年04月15日(日)付。

-----







東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)








f:id:ujikenorio:20180430223613j:image





日本の初期モダニズム建築家
吉田 鋼市
王国社
売り上げランキング: 864,682

覚え書:「本のエンドロール 安藤祐介 著」、『東京新聞』2018年04月15日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180523192837j:image


-----

本のエンドロール 安藤祐介 著

2018年4月15日

◆奥付の奥にある人の想い

[評者]カニエ・ナハ=詩人装幀家

 本にもエンドロールがあることに、うかつにも私は、本書を読むまで気づかずにいた。たくさんの本を読んできたのに。詩人の、装幀(そうてい)家のハシクレとして、私も何冊か本をつくっているのに。一冊の本をつくるのに、これほどまでにたくさんのひとたちが関わっていること。彼らそれぞれに、それぞれの仕事へのこだわりや情熱があり、それらが一冊の本に結実していること。そして、彼らにもそれぞれの生活があり、それぞれの家族や大切な人があり、それぞれの物語があることに、本書を読むまで、気づかずにいてしまった。

 本書の主人公は印刷会社の営業で、名前を浦本学(うらもとまなぶ)という(彼を通して、私たちは普段目にすることができない、本づくりのうらがわを学ぶ)。彼は出版社と印刷所を往来し、編集、印刷職人、デザイナー校正など、人と人とを、仕事と仕事とを日々繋(つな)いでいる。本づくりの生命線、血管のような役割をしている。主人公をはじめ本づくりのプロセスを担う、どの登場人物にも生き生きと血が通っているのは、著者が三年間にわたって実際の印刷会社、製本会社、出版社の方たちを取材した賜物(たまもの)だろう。描かれた印刷職人の仕事の手つきにほれぼれとさせられ、営業や編集や書店員の本を届けたい想(おも)いがあふれるセリフたちに、胸が熱くなる。このひとたちがいれば本の未来は大丈夫、とおもわせる(電子書籍と紙の本が引き立て合うことで共存していく提案も、物語の中でされている)。

 本書を読んだあとで、この本が、そして他のどの本も、読む前よりも掌(てのひら)に重たく感じられる。その重たさが、いとおしい。それはつくったひとたちの魂とでもいうような、かけがえのない重たさだ。エンドロールである奥付の、その奥にある、普段は見えない真のエンドロールを、本書は私たちに見せてくれる。一文字も見逃してはいけない、至上のエンドロールなのに、うかつにも私は、視界が滲(にじ)んでしまって読むことが困難になってしまった。

講談社・1782円)

<あんどう・ゆうすけ> 1977年生まれ。作家。著書『営業零課接待班』など。

◆もう1冊 

 稲泉連著『「本をつくる」という仕事』(筑摩書房)。書体開発、製本、印刷、校閲、製紙、装幀など、本作りを支えるプロに聞く。

    −−「本のエンドロール 安藤祐介 著」、『東京新聞2018年04月15日(日)付。

-----







東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)


f:id:ujikenorio:20180430223609j:image


本のエンドロール
本のエンドロール
posted with amazlet at 18.05.23
安藤 祐介
講談社
売り上げランキング: 8,389

覚え書:「耕論 リベラルを問い直す 山口二郎さん、竹内洋さん、増原裕子さん」、『朝日新聞』2017年10月31日(火)付。

f:id:ujikenorio:20180523192834j:image


-----

耕論 リベラルを問い直す 山口二郎さん、竹内洋さん、増原裕子さん

2017年10月31日

写真・図版

グラフィック・佐藤慧祐

 衆院選で躍進した立憲民主党。「リベラル」(自由)な価値観を重視する政党との期待がある一方、保守との境界そのものがあいまいとの指摘もある。リベラルとは。改めて問い直す。

 ■保守護憲派含め再編を 山口二郎さん(法政大学教授)

 私が世話役を務める「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)は、総選挙立憲民主党共産党社民党安保法制・憲法9条改正反対、原発再稼働反対、森友・加計学園疑惑の徹底究明など7項目で合意し支援しました。

 リベラルの価値を大切にし、安倍政権に反対する野党小選挙区で一本化する。巨大与党に勝つには、それしかありません。安倍内閣支持率が低下しているのに、与党が圧勝した最大要因は民進党の自己分裂でした。

 野党協力の軸となる民進党前原誠司代表が、公示直前に希望への「合流」を決めたときは、「裏切られた」と感じました。結果として民進党が割れ、リベラル勢力立憲民主党をつくった。枝野幸男代表は「リベラル」と呼ばれるのを好まないようですが、9条改憲反対、所得再分配の強化を訴えるなど公約リベラル色が強いものです。かつての民主党民進党の「バラバラ感」が消えて有権者にも分かりやすい。立憲民主比例代表で1千万票を超えて野党第1党となり、リベラル再生の足がかりとなりました。

 リベラルとは何か。

 日本には、戦前からリベラルの太い流れがある。戦争と軍部独裁に反対したジャーナリスト石橋湛山(後の首相)や衆議院で反軍演説をした斎藤隆夫らです。伝統は憲法9条に受け継がれ、戦後民主主義の大きな柱となりました。

 もう一つは、20世紀米国民主党進歩派のように、あらゆる人が差別なく人間らしく生きる権利を保障すること。そして公平な分配のために政府は積極的な施策をとることです。国家主義ではなく個人の尊厳や社会の多様性を大事にするリベラルの価値は、今の日本に必要なものです。

 今後も政党間の協力は大きな課題です。安保法制反対の運動以後の野党協力は、抵抗の段階でした。次にリベラル政権を目指す建設の段階に進まなければなりません。

 自民党宏池会のような保守内の護憲派を含めて与野党を再編しないと、左派の弱い日本で政権交代はできない。安倍総裁自民党を右に寄せすぎ、党内でのバランスがなくなった今、かつての自民党内での国家主義リベラルの権力交代を、政党間で実現するのが新たな政権交代のイメージです。単に宏池会の路線に戻るのではなく、21世紀の現状に合わせ、安全保障問題や社会保障について政策提言をしていくべきです。この路線で、共産党を含めた野党協力ができるかが、問われます。

 国会では維新や希望も含めて改憲政党圧倒的多数となりました。いずれ憲法改正が発議されるでしょう。最後のとりでは国民投票です。リベラル勢力が総結集して運動を展開しなければなりません。

 (聞き手・桜井泉)

    *

 やまぐちじろう 58年生まれ。専門は政治学北海道大学教授をへて現職。著書に「政権交代とは何だったのか」「ポピュリズムへの反撃」など。

 ■自民に対抗、新しい言葉で 竹内洋さん(関西大学東京センター長)

 立憲民主党枝野幸男さんは、結党直後から「自分は保守リベラル」「保守リベラル対立しない」などと発言していました。選挙後にはテレビで、自分を「30年前なら自民党宏池会です」とも言っていました。「リベラル派」の印象を薄めたいかのような発言に聞こえました。

 リベラルという概念は、複雑な要素はありますが、55年体制の「右・左」「保守・革新」という2大軸の延長線上にあると思っています。「保守・革新」で色分けされた戦後政治の記憶がある人たちなら、現在の「リベラル」が何を指すのか、何となくはわかります。冷戦崩壊を経て、今は保守と対抗する概念に「革新」ではなく「リベラル」が使われていますから。

 ただ、左右の対抗軸は今や実線ではなく、見える人にだけ見える点線のような分岐線にすぎません。若い世代には、その点線さえも蒸発していて見えません。そもそも自民」の英訳は「リベラル・デモクラティック」であるし、長年、一貫した主張を続けているように見える共産党社民党がなぜリベラル勢力なのかもわかりません。

 私が「革新幻想の戦後史」という連載を約10年前に始めたとき、「革新」の文字だけでは、それが社会、共産党などを指すことがわからなかった大学院生がいました。戦後の「保革」の対立図式は若い世代にはもう縁遠いのです。

 一方で、右派であるはずの安倍政権同一労働同一賃金教育無償化といった、ある意味、革新的な勢力が長く主張してきたような政策を取り込み始めています。

 そんな現在、マスコミが好んで使う「保守」「リベラル」という図式は、実は選択の軸たり得ないような気がします。枝野さんはそれを察知しているから、自分たちの政治姿勢を「リベラル」という言葉では表現できず、「まっとうな政治」「下からの草の根民主主義」といった政治スタイルへの言及が多くなったのかもしれません。もとより立憲民主党希望の党に向けて一瞬吹いた風が、袋小路で行き場を失って流れてきたという恩恵を受けたのですから、この機に、自民党と対抗できる社会像を新しい言葉で提示してほしいと思います。

 現在の安倍政権に非寛容や独善、おごりがあるなら、それは一強で「外部」がないからです。かつて自民党政権には、党内に権力を狙う違う派閥が控え、国会には一定数の無視できない野党がいました。「外部」との緊張関係にさらされていたのです。

 立憲民主党も、反対だけの党になったり、数合わせに走ったりせず、自民党に柔軟な態度で臨み、だからこそ自民党が無視はできないような、存在感のある「外部」になってほしいと思います。

 (聞き手・中島鉄郎)

    *

 たけうちよう 42年生まれ。専門は教育社会学、歴史社会学。著書に「教養主義の没落」「学歴貴族の栄光と挫折」「メディア知識人」など。

 ■「排除の論理」に最も遠い 増原裕子さん(LGBTコンサルタント

 同性愛者やトランスジェンダーといったLGBTの人びとが生きやすい社会をつくるための活動をしています。企業が人材を確保し、国際的に活動するには、人種や性に関わること、障害があるかどうかなどで差別をしないことが条件です。それこそがリベラルと呼ばれるべきことで、人権を大切にし、多様な人が、個人として自由を享受し、生き生きと輝く状態だと思っています。

 私自身もレズビアンの当事者ですが、小学校の時から家族にも友達にも打ち明けられず、誰にも相談できないという悩みと生きづらさをひとりで長く抱えていました。大学卒業後にパリに留学したことが大きな転機になりました。

 自由・平等・博愛建国の精神として根付いていて、個人自由が尊重されている。「みんなと同じじゃなくてはだめだ」と押しつける空気から解放されたように感じました。もっとも、顔と名前を出してLGBTの活動ができるようになるまでは、そこから10年かかりましたが。

 留学した前年の1999年に、PACS(パックス)という、同性同士のカップルであってもパートナーとして公式な地位を与える制度がフランスで導入されました。保険金の受取人になれたり、税金でも優遇されたりと、結婚とほぼ同じ権利が与えられる制度で、それから16年後に導入された渋谷区世田谷区同性カップル公認制度のモデルにもなりました。

 まだまだ日本の社会では、LGBTに対して、嫌悪感や恐怖感、戸惑いを持つ人が多いのは事実です。こうした課題への姿勢は、政治家がどれだけ差別人権の問題に真剣に取り組もうとするのかを判定する、リトマス試験紙になると思っています。

 どれだけの政治家人権や幸せ、抑圧されて非常につらい思いをしている人のことを考えているのだろうかと疑問に思うことがあります。もちろん、大事な政策課題はいろいろあるでしょうが、一人ひとりの内面につながることはとても大事なはずです。それなのに選挙戦でも十分な議論が聞こえてきたでしょうか。

 その意味では、今回の選挙を通じて、「排除の論理」とか「踏み絵」といった言葉があふれたのは非常に悲しいと思いました。「この多様性は認めるけれども、あの多様性は認めない」といった発想や態度は、人権を守ることや、リベラリズムとはもっとも遠いのではないでしょうか。

 社会の「当たり前」の枠からはみ出ていることに悩み、差別いじめを受け、場合によっては自ら命を絶つといった苦しみを抱えている人はまだまだ多いのが現実です。ぶれずに、あきらめずに、多様性が認められる成熟した社会を目指していく必要があります。

 (聞き手・池田伸壹)

    *

 ますはらひろこ 77年生まれ。東京都渋谷区パートナーシップ証明書交付第1号。共著に「同性婚のリアル」など。

    −−「耕論 リベラルを問い直す 山口二郎さん、竹内洋さん、増原裕子さん」、『朝日新聞2017年10月31日(火)付。

-----




(耕論)リベラルを問い直す 山口二郎さん、竹内洋さん、増原裕子さん:朝日新聞デジタル





f:id:ujikenorio:20180518211919j:image

f:id:ujikenorio:20180430223606j:image

2018-05-26

覚え書:「文化の扉 西国三十三所、慈悲の旅 来年開創1300年/「免罪符」求め、観音さまへ」、『朝日新聞』2017年10月29日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180519221039j:image

-----

文化の扉 西国三十三所、慈悲の旅 来年開創1300年/「免罪符」求め、観音さまへ

2017年10月29日


写真は各寺院提供/グラフィック・山中位行

 日本最古の巡礼の道とされる「西国三十三所(さいこくさんじゅうさんしょ)」は来年、開創1300年を迎える。京都清水寺奈良長谷寺をはじめ33寺にまつられるのは観音菩薩(かんのんぼさつ)。33の姿に変えて人々を救うという観音さまの慈悲に出会う旅に出かけてみませんか。

 西国三十三所京都奈良など近畿を中心に2府5県にまたがる。道のりは1千キロに及ぶ。

 始まりは奈良時代の718年。「西国巡礼縁起」によると、長谷寺を開いた徳道上人(とくどうしょうにん)が病で仮死状態になり、冥土で閻魔(えんま)に会った。閻魔は「最近、地獄に落ちる者が多い」と嘆き、伝えた。「観音さまの霊場にお参りすれば、功徳を得られる。観音さまの慈悲を説け」。閻魔から33の宝印(ほういん)(印鑑)と起請文(きしょうもん)(契約書)を授かった徳道は現世に戻り、33の宝印を広めた。

 この宝印に込められたのは「地獄に落ちないように」。西国三十三所は、いわば「地獄の免罪符」で、すべて巡れば地獄に落ちなくてすむことになる。

 だが、伝承では、徳道のころはまだ巡礼が受け入れられず、徳道は兵庫中山寺(なかやまでら)に宝印を納めた。平安時代の10世紀、花山(かざん)法皇が宝印を掘り出し、三十三所を再興したと伝わる。平安後期には天皇公家が巡るようになり、鎌倉時代から室町時代にかけ徐々に庶民にも広まった。

     *

 巡礼がもっとも盛んになったのは江戸時代中期以降。街道が整い、宿も増えた。庶民の楽しみの一つは旅。伊勢参り熊野詣(もうで)が三十三所と結びついた。

 江戸を出発して伊勢神宮を参拝し、三十三所1番目の和歌山青岸渡寺(せいがんとじ)へ。近畿をひと回りして、33番目の岐阜華厳寺けごんじ)。さらに中山道(なかせんどう)へ抜け、信州善光寺をお参りして江戸に戻った。一生に一度の大旅行だった。

 それまでは、たんに「三十三所観音霊場」と言っていたが、このころ、江戸から見た「西国」を付けて呼ぶようになった。順番も今の1〜33番に定まり、江戸の近くの坂東三十三所秩父三十四所も盛んだった。

 西国三十三所御朱印(ごしゅいん)や千社札(せんじゃふだ)の始まりでもあるという。お参りした証しに納経帳(のうきょうちょう)を寺に納め、寺は確認の意味で印を押した。この印が、近ごろ人気の御朱印のルーツだ。また、参拝者は寺の天井などに木札を打ち込んだ。木札が紙に変わり、千社札になった。10年以上かけて33寺すべてを33回巡る参拝者も出てきた。三十三度行者(ぎょうじゃ)と呼ばれ、三十三所を各地に広めた。

 帝塚山大学の西山厚教授(日本仏教史)は「多くの名刹(めいさつ)を含み、わが国を代表する巡礼として、昔も今も多くの人々の心をとらえている」と言う。

     *

 四国八十八カ所との違いは何か。八十八カ所は山岳信仰などに由来し、海辺や山中で苦行する道「辺路(へじ)」が遍路になったとされる。同行二人(どうぎょうににん)といい、弘法大師とともに歩く。西国三十三所は観音さまの慈悲を授かる巡礼で、「遍路」とは呼ばない。

 極楽浄土にいる阿弥陀如来と違い、観音さまはあえて浄土には行かない。現世で苦しむ人々を幸せにしようと誓いをたて、33の姿に変える。33とは無限を意味し、あらゆる姿に変えて人々を救ってくれる。竹生島宝厳寺(ちくぶじまほうごんじ)(滋賀県長浜市)の峰覚雄(かくゆう)・管主(かんしゅ)(住職)は「観音さまは正式には観世音(かんぜおん)菩薩。世の音を目で見るのではなく、苦しむ人の声なき声を心で観(み)る」と言う。

 峰さんが実行委員長を務める記念事業では、寺に親しんでもらおうと、子ども向けの御朱印帳や寺ごとの特別印を作った。来年4月15日には長谷寺で記念法要を営む。「心の豊かさがおろそかになった今こそ、観音さまの寺をお参りし、心の奥底に眠る真理を再発見してほしい」(岡田匠)

 ■心の浄化、今こそ 俳優・杉本彩さん

 西国三十三所を紹介するテレビ番組のナレーションを務めています。京都で生まれ育ったので、お寺は生活の中に溶け込んでいて、清水寺や六角堂はよく行きました。お寺は自然豊かで、心に蓄積されたものが、ふっと浄化されます。人々の幸せにとって、心の安定がいかに大切か見直されている時代だからこそ、お寺が求められていると思います。

 観音さまには、人を包み込むやさしさや深さ、たおやかさを感じます。心を静めてくれ、まさに女性にとって理想の姿です。京都をはじめ、三十三所の多くがある関西には、首都圏にはない歴史や文化の重みがあります。1300年も継承されてきたのは、ものすごく大変なこと。お坊さんだけでなく参拝する人たち、みんなで守ってきたはずで、お寺の持つ底力、揺るぎない強さを感じます。

 三十三所すべてを巡るのは、時間的な余裕がないと大変かもしれません。でも、期限はありませんし、1番から順番に巡らなくても問題ありません。ゆっくりと何年もかけて自分のペースで巡ってほしいと思います。

 <訪ねる> 開創1300年記念事業として、毎月1回、番号順に1寺ずつ、特別な御朱印を授ける「月参り巡礼」をしている。11月5日は20番善峯寺(よしみねでら)、12月10日は21番穴太寺(あなおじ)。「スイーツ巡礼」と銘打ち、寺や門前で売られている和洋菓子の食べ歩きも勧める。

    ーー「文化の扉 西国三十三所、慈悲の旅 来年開創1300年/「免罪符」求め、観音さまへ」、『朝日新聞2017年10月29日(日)付。

-----

(文化の扉)西国三十三所、慈悲の旅 来年開創1300年/「免罪符」求め、観音さまへ:朝日新聞デジタル


f:id:ujikenorio:20180518211400j:image


f:id:ujikenorio:20180430222754j:image

覚え書:「著者に会いたい プロ野球と鉄道 田中正恭さん」、『朝日新聞』2018年04月28日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180519221036j:image



-----

著者に会いたい プロ野球鉄道 田中正恭さん

著者に会いたい

プロ野球鉄道 田中正恭さん

2018年04月28日

田中正恭さん

カープ初Vと新幹線の深い関係 田中正恭さん

 

 「カープの初優勝は新幹線のおかげ、かもしれませんよ」

 プロ野球広島東洋カープが初めてセ・リーグを制したのは、球団創設から26年目の1975年のことだ。

 この年の開幕前、山陽新幹線岡山駅から博多駅まで延伸した。それまでセ・リーグ新幹線の恩恵をほとんど受けなかった、唯一の球団だった。「ハンディだった遠征事情が好転したのは大きかった」と分析する。

 全国にチームが点在するプロ野球に遠征は不可欠。交通機関、特に鉄道とは切っても切り離せない、と両者の関係に目を付けた。36(昭和11)年にできたプロ野球のルーツである日本職業野球連盟時代から鉄道での遠征事情をひもといた。

 当時の時刻表をめくると、東京?大阪急行列車で10時間。さすがに効率を考慮して、多くの球団が1カ所に集まって試合した。それでも戦前に旧満州北海道への遠征も組まれ、「本当に日本人は野球が好きなんだ」と実感させられた。

 戦後にフランチャイズ制が確立するとホームとビジターでの試合が定着。チームが集中する関東・関西エリア以外の球団は大変だった。福岡が本拠の西鉄ライオンズは50年代後半に黄金時代を迎えるが、いったん遠征に出ると、数週間は九州を留守に。ホームとビジターで勝率が極端に違った。「野武士軍団は地理的不利にも勝ったんです」

 鉄道を中心に執筆活動をする傍ら、プロ野球も愛する。神戸出身で親子2代の阪急ブレーブスファンだった。上京してからは東京応援団に入り、地方遠征にも足しげく通った。「当時はファンも応援団も本当に少なくて、義務みたいなものでした」

 夜行列車で各地に赴いた。四国へ向かうための「瀬戸」、松江には「出雲」、札幌は「北斗星」ーー「二つの趣味が一緒にできて、地方遠征は本当に楽しかった」と振り返る。

 かつては鉄道会社のチームが多かったが、阪急を含むパ・リーグ在阪私鉄3球団が消滅するなど、いまは阪神西武のみ。「ちょっと寂しいですが、いまも野球観戦の足として鉄道の役割は大きい。神業のような臨時ダイヤなど注目してください」

 (文・写真 宮本茂頼)

    ◇

 交通新聞社新書・864円

    −−「著者に会いたい プロ野球鉄道 田中正恭さん」、『朝日新聞2018年04月28日(土)付。

-----






no title



f:id:ujikenorio:20180430222750j:image



覚え書:「著者に会いたい バベる!―自力でビルを建てる男 岡啓輔さん」、『朝日新聞』2018年05月05日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180519221033j:image


-----

著者に会いたい バベる!―自力でビルを建てる男 岡啓輔さん

著者に会いたい

バベる!―自力でビルを建てる男 岡啓輔さん

2018年05月05日

岡啓輔さん=東京都港区三田、篠田英美撮影

■200年もつ「自分の世界」を造る 岡啓輔さん

 東京都港区内の一等地。約5千万円の値引きを実現して1550万円で40平米ほどの土地を購入した(詳しい経緯は著書に記述)。現在、自宅用の地下1階、地上4階の鉄筋コンクリートビルを建設し続けている。

 足場を組み、鉄筋や型枠を作り、コンクリートを流し込む作業は、全て自分自身でする前代未聞の「セルフビルド(自力建築)」。ところどころ波打った壁などの個性的な造りは異彩を放っており、2005年に着工しながら現在も作業が続いていることもあいまって「三田ガウディ」とも呼ばれる。「最初は3年ぐらいで建つと思っていたのですが……」

 1級建築士の資格を持つが、これまでに大工や鉄筋工など建築関連の実務に携わる様々な仕事を経験。そのうえで恩師の建築家・故倉田康男氏と禅問答のような対話を重ね、建築を「世界そのもの」と捉えるように。自力で建てるという選択は「自分の世界」を造ることに他ならず、「結局、全部自分でやんなきゃどうしようもない」との結論に至ったのだという。

 著書では自身が目にした経験から、多くの建築現場でセメントに加える水が「水増し」されていることや、基礎工事の不正などが横行している現状を告発阪神・淡路大震災の直後には神戸を訪れており、倒壊したビルについても、手抜き工事の可能性を指摘している。

 ゆえに、自分で建てるビルは徹底的に強度にこだわり「200年は持つ」と断言。東日本大震災時も建設中だったが、びくともしなかったという。

 09年、現場を含む周辺の再開発計画を知る。これが今回の出版の契機にもなった。当時は立ち退きの危機もあったが、開発業者と対話を続け、「見通しは少し明るくなってきたようにも思える」。問題は、自宅ビルを自分で建てているため、他の仕事が出来ず自身の収入がないこと。そのため、現在はビルの買い手を探している。ただし、条件は「僕と妻が生きている間は住ませてもらうこと」だ。「僕らが死んでも、頑丈なビルは残る。買った本人は住めないかもしれないけれど、絶対にお得な買い物だと思うんですよね」

 (文・後藤洋平 写真・篠田英美)

    ◇

筑摩書房・2376円

    −−「著者に会いたい バベる!―自力でビルを建てる男 岡啓輔さん」、『朝日新聞2018年05月05日(土)付。

-----







no title








f:id:ujikenorio:20180430222747j:image



バベる! (単行本)
バベる! (単行本)
posted with amazlet at 18.05.19
萱原 正嗣 岡 啓輔
筑摩書房
売り上げランキング: 18,196

覚え書:「著者に会いたい フェアトレードタウン―“誰も置き去りにしない”公正と共生のまちづくり 原田さとみさん」、『朝日新聞』2018年05月12日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180519221030j:image


-----

著者に会いたい フェアトレードタウン―“誰も置き去りにしない”公正と共生まちづくり 原田さとみさん

著者に会いたい

フェアトレードタウン―“誰も置き去りにしない”公正と共生まちづくり 原田さとみさん

2018年05月12日

フェアトレード名古屋ネットワーク代表・原田さとみさん

■「ちょっと、楽しく」関心広がる 原田さとみさん

 名古屋市中心部のテレビ塔の下で、フェアトレードのファッション雑貨を扱う店を開いている。店には国際認証マーク付きチョコレートや、カンボジアの女性らが編んだ水草のかごバッグ、薬草で染めたスリランカ製の洋服などが並ぶ。名古屋みやげのお菓子にもフェアトレードの砂糖を使っている。

 20代のころ地元テレビ局の情報番組で顔が知られた存在だった。子育て中に、カカオ農園の児童労働の新聞記事を読み「息子を笑顔にしてくれるチョコの向こうで、小さな子たちが過酷な労働をしている不平等を何とかしたい」と思った。

 フェアトレードとは、途上国生産者の人間らしい生活が成り立つ公正な消費をしようという考え。できることからやろうと、フェアトレードのチョコを販売し始め、次第に町ぐるみでフェアトレードに取り組む活動にはまっていった。名古屋市は2015年9月に日本で2番目にフェアトレードタウンに認定された。原田さんは現在、推し進めたNPO法人の代表だ。

 タウン作りは国際的な運動で世界で2千以上が認定されている。日本では11年に熊本市が初めてで、次いで名古屋神奈川県逗子市浜松市と続いた。現在は札幌市岐阜県垂井町などで準備が進められている。

 日本のタウン認定組織の設立に尽力してきた渡辺龍也・東京経済大教授は「これだけ早く広まるとは思わなかった。日本の認定基準は厳しく、フェア(公正)である対象も環境や障害者と幅広い。世界と比べても奥行きがある」と評価する。

 名古屋市ではフェアトレード商品を扱う店が、約250から3年間で約370に増えている。また、全国で初めて学校給食フェアトレード認証の白ゴマを使い注目を集めている。

 「今、ちょっとフェアトレードをやりたいと思う企業が増えているのを感じます。認知されてお金にもなる。そこは、この運動が続いていく上で大事なことです。それと楽しくなければ」と原田さん。

 5月12日は「世界フェアトレード・デー」。テレビ塔周辺の公園では、にぎやかなイベントが計画されている。

 (文・写真 久田貴志子)

    ◇

 渡辺龍也編著 新評論・2700円

    −−「著者に会いたい フェアトレードタウン―“誰も置き去りにしない”公正と共生まちづくり 原田さとみさん」、『朝日新聞2018年05月12日(土)付。

-----







no title


f:id:ujikenorio:20180430222743j:image



覚え書:「平成とは あの時:2 国連PKO派遣、舞台裏 編集委員・三浦俊章」、『朝日新聞』2017年10月31日(火)付。

f:id:ujikenorio:20180519221025j:image


-----

平成とは あの時:2 国連PKO派遣、舞台裏 編集委員・三浦俊章

2017年10月31日


写真・図版

カンボジア内戦と和平への歩み

 カンボジアでの国連平和維持活動(PKO)で、日本は初めて自衛隊陸上部隊を海外に派遣し、戦後の安全保障政策の分岐点となった。現地の国連機構のトップを務めた明石康さんの当時の日記から、そのドラマを再現する。

 ■始まり 湾岸戦争後遺症、残る中で

 1991年10月、カンボジア内戦に終止符を打つパリ和平協定が調印された。国連武装解除を行い、行政を管理、憲法制定議会選挙を実施する。和平プロセスを担う国連カンボジア暫定行政機構(UNTAC)の設置が決まった。当時明石氏は軍縮担当の国連事務次長だった。

 「次期事務総長ブトロス・ガリ氏に会う。カンボジア特別代表の話があり、やや驚く。1960年代カンボジア駐在当時のシアヌーク氏との衝突があったことに触れ、彼の性格的不安定、外交上の約束を平気で破る態度から、私が任にふさわしいか疑問があると述べた。同時に、UNTACは、国連にとりリスクの多い活動であり、チャレンジとしてはこれ以上のものは無く、事務総長が私に固執し、カンボジアを含む関係国が賛成するならば、受諾を考えるが、1週間の余裕が欲しいと言う」(91年12月31日)

 明石氏は日本の波多野敬雄・国連大使に電話する。翌元日日本政府の反応が返ってきた。

 「東京の反応は大体好意的とのこと。ただし、国連局長がPKO法案へのマイナスの影響を気づかっている様子(私が特別代表に任命されると、日本の貢献はそれだけでよく、平和維持活動への参加がなくともよいではないかということになりかねない)」(92年1月1日)

 当時の政府自民党湾岸戦争後遺症の中にあった。90年のイラクによるクウェート侵攻後、政府自衛隊派遣の枠組みを模索したが、世論や野党の反発が強く、試みは頓挫。日本は135億ドルを拠出するが、「カネしか出さない」と批判されたというトラウマが残った。カンボジアは再挑戦のチャンスだった。

 代表に就任した明石氏は日本政府の強力な支援を受けるが、当時の国論を二分したPKO派遣問題は、以後長い影を落とすことになる。

 ■駆け引き 調停、難民帰還…課題山積み

 カンボジア明石氏を待っていたのは紛争4派(プノンペン政権シアヌーク派、ソン・サン派ポル・ポト派)の意見の対立を調停し、武装・動員解除、難民帰還、憲法制定議会を選ぶ総選挙を実施するという、きわめて困難な課題だった。

 カギを握っていたのは、かつての統治者としてなお国民の信任があついシアヌーク氏の存在だった。だが、その本人に問題が多かった。

 「ありあまる才能と経験からくる自己過信、術策をろうする傾向、会う人ごとに機嫌をとる性癖などあり、能力と頭脳が傑出していることからadviceを軽視し、discussionを重んじないこともある。彼は究極的に民主主義者ではない。しかし、彼のprestigeと能力を抜きに、カンボジアの安定は望めない。欠陥や性癖に目をつぶりながら、彼をおだて、勇気づけ、彼の意見を可能なかぎり尊重しながらやってゆく他はないだろう」(92年12月31日)

 シアヌーク氏は、なにかあると、かつての亡命先である北京に引きこもった。明石氏は、ときには北京まで出かけて説得しつつ、粘り強く信頼関係を維持した。

 カンボジア和平を担うUNTACには、世界中から2万2千人が参加した。トップである明石氏は、あくまで国際公務員としての立場を貫かねばならない。

 しかし、日本を強く意識する時もあった。内戦を終わらせたパリ協定から1周年。王宮前で行われたパレードに、1カ月前に到着した自衛隊も参加した。

 「日の丸が一つだけ外国に出ることはよくない。しかし44カ国の国旗国連旗と一緒に出ることは、新しい国際安全保障へのコミットメントを示しているのだ。非現実的な孤立の時代が終わりを告げ、日本も世界の中に入ったのだ」(92年10月23日)

 ■日本人の犠牲 厳しい国内の反応、撤退論も

 93年になると選挙が迫ってきた。南部タケオ州に駐屯する自衛隊だけでなく、各地に文民警察官、国連選挙ボランティアらが展開していた。

 4月8日。中部コンポントム州で国連選挙ボランティア中田厚仁さんが車で走行中に何者かに撃たれ、殺害された。情勢は緊迫する。明石氏は幹部会を招集した。

 「選挙のやり方を『攻め』の姿勢から『守り』の姿勢に全面的に変える必要について合意。しかしそれでもわれわれの人員を全部テロから守ることは不可能なのは明らか」(93年4月8日)

 国連選挙ボランティアからさらに犠牲者が出たらボランティア全員が引き揚げる、という所まで行った。

 5月4日。タイ国境近くのアンピルで文民警察官の高田晴行・警部補(のちに警視に昇進)が武装集団の襲撃を受け、亡くなった。日本国内の反応は一段と厳しくなる。野党だけでなく、一時は自民党からも撤退論が出た。警察庁からは配置換えによる安全確保の要請が来た。

 「邦人にだけ配置換えを認めたり、プノンペンへの一時集合を認めたりするわけにはゆかない。文民警察全体の安全を見直す中での検討を約束した」(5月10日)

 「PKO協力本部事務局長から国内情勢、特に宮沢総理の苦衷と、警察庁による色々な批判や注文、派遣の警察官夫人たちが来て泣いて訴えられたことなど聞かされた。かなりemotionalな空気である」(5月14日)

 明石氏には、日本が敏感過ぎるとも思われたが、それが現実だった。のちに一時帰国中、故高田警視の妻と電話で話をした際に、危険は予知できなかったのかと問われた。

 「その地域でポル・ポト派による危険は増していたが、実際に遭遇したような激しい攻撃は予想できなかったと述べるしかなかった。辛(つら)い会話だった」(7月29日)

 ■新政府樹立 総選挙投票率89%、達成感

 殺害事件後も治安は沈静しなかった。ポル・ポト派総選挙に参加せず、妨害工作を続けた。状況は予断を許さない。北京に滞在していたシアヌーク氏は、明石氏の要請を受けて帰国する。

 選挙初日を迎えた。

 「夜中に、ものすごい轟音(ごうおん)がして、ポル・ポト派による砲撃が始まったのかと思った。真相は、はげしい雨の到来だった。時計は午前4時近くを指していた。あとでUNTAC本部で何人かが同じ懸念をいだいていたと知った」「小学校の投票所に行く。大変な人出だ。次にオリンピック・スタディアムの投票所に移動。老若男女の拍手に迎えられた。新生カンボジアを祝う気持ちが、ジーンと胸に伝わってきた」(5月23日)

 恐れていたポル・ポト派の大規模攻撃はなかった。6日間にわたった選挙投票率89%。シアヌーク派を継いだフンシンペック党が第1党、旧プノンペン政権の人民党が第2党となり、両派の暫定政府ができた。

 現地での1年半の任務を終え、明石氏が離任する時が来た。王宮で開かれた晩餐(ばんさん)会に出席、宴は午後6時から午前1時半まで続いた。

 「シアヌーク王は、私とUNTACへのお別れの言葉を言った。大変な讃辞で、これがUNTACと二度も縁を切った人かと思った。拍手のあと『蛍の光』の中を退出。私は十分むくわれた気持ちで去った」(9月25日)

     ◇

 あれから約四半世紀、日記の刊行が決まった。UNTACで報道対応にあたり、編集協力した石原直紀・立命館大特任教授はこう振り返る。「停戦監視や武装解除の支援に加えて、文民警察、難民帰還、復興支援などを含む画期的な複合型PKOだった。個別部門の達成度は様々だが、民主的選挙を経て政府をつくるという目的は達成した。国連PKOの成功例として評価できる」

 ■内向き平和主義ではだめ 明石康さん

 日記の習慣はなかったのですが、カンボジアの仕事を引き受けたとき、価値のある経験になるから備忘録をつけたほうがよいと助言する人がいたのです。

 仕事が終わると晩に書いていました。時間があるときはかなり長い記述になっています。昔のことで忘れていましたが、読み返すと、シアヌークさんとのやりとりなどかなり厳しい表現もありますが、もう故人になられましたし、歴史の資料として刊行しようと決断したのです。

 国連活動については、学者の書いた論文や本はありますが、交渉に携わった当事者が内部から書いたものは少ない。UNTACは、ゼロから国連がつくりあげたPKOです。政治、復興支援人権など様々な要素が複雑に絡んだ国際政治の応用問題。それをどう解決に近づけたかという記録です。読み物として興味をもってもらえるかは自信がありませんが、研究者外交に携わる人には役立つかもしれません。

 カンボジア和平から約25年がたちました。PKOは、武力を使って戦争に参加することとは違う、説得と対話に基づいて平和を一歩一歩築く気の遠くなる作業です。そのことについては、日本国民の理解もある程度進んできたのではないでしょうか。

 なぜそんな危ない所に行くのか、なぜ自分たちの子どもが行くのか。国民の中に割り切れない気持ちが残っているのはわかりますが、内向きの平和主義ではいけない。自分たちだけが安全になるだけではだめなのだと私は考えます。

     *

 あかし・やすし 国際文化会館理事長。1931年生まれ。1957年に初の日本人職員として国連本部入り。UNTACに続いて旧ユーゴ問題担当・国連事務総長特別代表。

 ■私と平成 編集委員・三浦俊章(60)

 むっとした熱帯の風。街を行き交う自転車タクシー。あのときの情景がよみがえった。25年前外務省担当だった私はカンボジアを訪れ、明石特別代表にも取材した。PKO日記を読むと、やはりという所と、そうだったのかという驚きがあった。機密に触れるなどの理由で公開を控えた部分もあるが、当事者による第一級の資料であることはまちがいない。

 印象深かったのは、PKOをめぐる意識のずれである。何としても自衛隊を出したい日本政府憲法平和主義との関係から懸念を覚える世論。いっぽう明石氏の視点は、あくまでも国連活動と日本の役割にあった。

 国際貢献リスクをどう考えるかは、平成日本が直面したリアルな課題だった。だがその後イラクでも南スーダンでも、リスク論にはフタをかぶせ、自衛隊派遣の事実だけが積み上がった。PKOも住民保護のため武器使用を辞さないものに大きく変質している。カンボジアが提起した問いに、正面から向き合えていないのではないか。

 ◆キーワード

 <カンボジア内戦> カンボジアは1970年以降、国家元首シアヌークの追放、ポル・ポト派による虐殺ベトナムの軍事介入と動乱が続いた。背景には、冷戦下の大国間の対立があった。冷戦終結後の91年、ようやく和平の道筋がつき、国連PKOに新国家樹立の準備が任された。

 ◇日記からの引用は、読みやすさを優先して原文を一部省略、表現を改めた箇所があります。日記は「カンボジアPKO日記」(岩波書店)として11月7日に刊行予定。

    −−「平成とは あの時:2 国連PKO派遣、舞台裏 編集委員・三浦俊章」、『朝日新聞2017年10月31日(火)付。

-----




(平成とは あの時:2)国連PKO派遣、舞台裏 編集委員・三浦俊章:朝日新聞デジタル





f:id:ujikenorio:20180518211633j:image

f:id:ujikenorio:20180430222740j:image

2018-05-25

日記:学問の目標について=ニーチェ

f:id:ujikenorio:20180526143529j:image



-----

 第一書 一二

 学問の目標について。 −−なんだって? 学問の究極の目標は、人間に出来るだけ多くの快楽と出来るだけ少ない不快をつくりだしてやることだって? ところで、もし快と不快とが一本の綱でつながれていて、出来るだけ多くの一方のものを持とうと欲する者は、また出来るだけ多く他方のものを持たざるをえないとしたら、どうか? −−「天にもどとく歓喜の叫び」をあげようと望む者は、また「死ぬばかりの悲しみ」をも覚悟しなければならないとしたら、どうか? おそらくそうしたものなのだ! ストア主義者なら少なくともそういうものであると信じていたのであり、彼らが人生から出来るだけ少ない不快をしか受けないためにとて、出来るだけ少ない快楽を望んだのは、辻褄の合ったことだった。(彼らが「有徳な者は最上の幸福者」という格言を口にしたとき、そこにはこの学派の大衆むけ看板ならびに紳士連に対する懐疑論的な鋭い標語がこめられていたのだ。)今日もなお諸君は次のことがらのどちらかを選択するのだ、 −−できるだけ少ない不快、要するに無苦痛か(社会主義者やあらゆる党派の政治家たちが彼らの人民に勿体振って約束するものも結局のところこれ以上のものではない)、それとも、これまで滅多にしか味わえなかった素敵な快楽や悦びのゆたかな増大に対する代償としての、出来るだけ多くの不快か! もし諸君が前者を選ぼうと決心するなら、したがって人間の苦痛な状態を鎮め軽減させようと欲するなら、そのときこそ諸君は悦びを味わいうる諸君の能力をも抑えつけ縮減させなければならぬ。実際のところわれわれは、学問によって、一方の目的をも他方の目的をも同じように促進することができる! おそらく今日なお学問は、人間亜からその喜びを奪い去り、彼を一そう冷たく、一そう彫像的に、一そうストイックにするというその力のゆえに、ひろくひとびとの熟知するところとなっているのだろう。だがまた学問はそれ以上に偉大な苦痛の齎し手として発見されることもあるだろう−−そうなったあかつきにはおそらく同時に、学問のもつ逆の力も、悦びの新しい星空を輝かしめるその巨大な能力も、発見されることだろう。

    −−ニーチェ(信太正三訳)『悦ばしき知識 ニーチェ全集8』ちくま学芸文庫1993年、74−76頁。

-----




f:id:ujikenorio:20180430222114j:image


覚え書:「文庫この新刊! 福永信が薦める文庫この新刊!」、[朝日新聞]2018年04月21日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180519221303j:image



-----

文庫この新刊! 福永信が薦める文庫この新刊!

文庫この新刊!

福永信が薦める文庫この新刊!

2018年04月21日

 (1)『怠惰の美徳』 梅崎春生著 荻原魚雷編 中公文庫 972円

 (2)『額の星/無数の太陽』 レーモン・ルーセル著 國分俊宏、新島進訳 平凡社ライブラリー 1728円

 (3)『危口統之 一〇〇〇』 危口統之著 一〇〇〇文庫 3996円

    ◇

 編者、訳者、出版者達の、著者への愛が溢(あふ)れた3冊。(1)百年以上前に生まれた人。戦争体験をベースにした名作で文学史に刻まれている、硬派な文学者。その通りだが、それは著者の半面。ほんとはこの男、こんなに普通の人間だった。寝るのが大好きで、職場でも軍隊でも怠けるのを忘れず、人に媚(こ)びず、動物に媚びず、時に自分の視点すら疑う。全頁(ページ)に漂うユーモア。著者の声がそのまま真空パックされたかのような随筆群。猫と蟻(アリ)と犬が悲惨な目にあう恐るべき傑作「猫と蟻と犬」、丹尾鷹一名義で書かれた最初期の短編なども読める。これだけで著者の全てがわかっちゃう「怠惰な」1冊。(2)著者は一体何者か。小説家劇作家大富豪チェスプレーヤー、薬物中毒者、旅人……、一人何役もこなし、20世紀芸術に多大な影響を与えた。横道にそれまくる芝居、物語がちゃんと進むことがかえって恐怖な芝居、好対照の戯曲2編を収録。初演当時、観客席はヤジや、ヤジへのヤジで、舞台上より大盛り上がりだったとか。それもわかるなあ。これら2編、生身の役者以上に、言葉の方に生命力を感じさせるから。著者は人間をカッカさせる言葉を生み出す、宇宙のような存在だった。読者を「前よりももっと恐ろしい気持ち」にさせるべく、彼の書いた言葉は今なお生き生きと跳びはねる。(3)著者は演出家だが、作品は既存の舞台からはみ出る、独特な表現だった。劇場、美術館など、場所にこだわらなかった。観客も役者も、彼の手にかかればその「役割」から自由になって、はみ出した。早すぎる晩年、実際の父親を役者として起用したのも彼の「はみ出た」発想がそうさせたのだろう。本書は彼が遺(のこ)した膨大なアイデアノート。単なるノートの範疇(はんちゅう)からはみ出し、もはや文学。しかも、普通の文学からもはみ出て、読者の脳みそに直接突き刺さる。闘病記も収録するが、不思議なことに楽しく読める。著者は読者のすぐ近くにいる、そんな書き方によって、闘病記の形を取りながらそこから、見事にはみ出してみせたのだ。(小説家

    −−「文庫この新刊! 福永信が薦める文庫この新刊!」、[朝日新聞2018年04月21日(土)付。

-----






no title



f:id:ujikenorio:20180430222110j:image

怠惰の美徳 (中公文庫)
梅崎 春生
中央公論新社 (2018-02-23)
売り上げランキング: 10,405

覚え書:「文庫この新刊! 東直子が薦める文庫この新刊!」、[朝日新聞]2018年05月05日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180519221300j:image


-----

文庫この新刊! 東直子が薦める文庫この新刊!

文庫この新刊!

東直子が薦める文庫この新刊!

2018年05月05日

 (1)『ちいさな桃源郷 山の雑誌アルプ傑作選』 池内紀編 中公文庫 972円

 (2)『ラオスにいったい何があるというんですか?』 紀行文集 村上春樹著 文春文庫 940円

 (3)『海辺の週刊大衆』 せきしろ著 双葉文庫 630円

    ◇

 新緑をゆらす風が気持ちいい。こんな季節こそ、ふらりとどこか遠くへでかけてみたい。せめてテキストの上だけでも。ということで、非日常の場所へ誘われる本を紹介したいと思う。

 (1)は、副題の通り、山の雑誌「アルプ」に掲載されたエッセーを集めたもの。当然、山に関わるエッセーが並んでいるのだが、書き手は、作家、詩人哲学者写真家書家、学校の先生など、多岐のジャンルにわたる。「アルプ」は昭和三三年から五八年まで三〇〇号発行された。「私の家の庭続きに母方の祖母、そこから田圃(たんぼ)続きに曽祖母の家と、そのまわりの山畑、河原、小川は駆けめぐっても駆けめぐっても尽きない面白さがあった」と書いたのは、詩人の堀内幸枝。すでに失われてしまった時代の澄んだ空気が脳内を満たし、植物や動物、子どもたちや風が、生き生きと蠢(うごめ)きはじめる。

 (2)は、「紀行文」という呼び名が本当によく似合う。村上春樹は、自らの旅を描くとき、もっともリラックスしているような気がする。村上独自のユーモア、あたたかさ、茶目っ気が、その土地の個性をつやつやと輝かせてくれる。長い時を経て過去に訪ねた街を再訪した際の文章もあり、時代の変化と、作者自身に流れた時間経過がもたらす機微も読みどころ。表題に「ラオス」があるが、アジアよりも、ヨーロッパ各地やアメリカを描いた文章の方が多い。熊本地震の前後に熊本を訪問した記録もあり、ホットな一冊でもある。

 (3)は、漂流先の無人島には「週刊大衆」しかなかった、というシュールな設定の小説。無人島のサバイバル術は全く描かれず、この一冊の雑誌を巡る妄想がひたすら繰り広げられる。「週刊大衆」が存在する場面を想像したり、様々な指示代名詞を付与したりなど、その度毎(ごと)のイメージの違いを味わいつくす。「猿蟹(かに)合戦」と「週刊大衆」が結びつくなんて! 言葉でどこまで遊び尽くせるかを実験した一冊なのだと思う。この本を原作とした、又吉直樹主演の映画も、現在上映中。

 (歌人、作家)

    −−「文庫この新刊! 東直子が薦める文庫この新刊!」、[朝日新聞2018年05月05日(土)付。

-----







no title








f:id:ujikenorio:20180430222106j:image


海辺の週刊大衆 (双葉文庫)
せきしろ
双葉社 (2018-04-12)
売り上げランキング: 132,976

覚え書:「売れてる本 ソール・ライターのすべて [著]ソール・ライター」、[朝日新聞]2018年05月12日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180519221257j:image


-----

売れてる本 ソール・ライターのすべて [著]ソール・ライター

売れてる本

ソール・ライターのすべて [著]ソール・ライター

2018年05月12日

■おしゃれな写真のお手本?

 世の写真表現は、「大きな写真」と「小さな写真」に大別できそうだ。社会問題や戦争、大自然を正面から捉えた「大きな写真」と身近な事物にまなざしを向けた「小さな写真」。自らが暮らした街ニューヨークをスタイリッシュに撮り続けたソール・ライター(1923〜2013)は、間違いなく後者だ。

 本書の作品群でも、ガラスの反射と透過の効果や、俯瞰(ふかん)、クローズアップといった大胆な構図を生かし、大都市での生活が活写されている。写真史を塗り替えるような存在ではないだろうが、とにかくしゃれている。

 ファッション写真で活躍するも一度世間から姿を消した写真家は、06年の作品集や12年制作のドキュメンタリー映画で再注目されたらしい。でも人気の理由はそれだけではないだろう。

 この本は、昨年東京で多くの人を集め、今は兵庫県・伊丹市立美術館に巡回している回顧展(20日まで)の図録も兼ねている。同館によると、来場者は年齢性別を問わずセンスを感じさせる人が多いという。

 社会問題などの背景がある「大きな写真」と比べて身近な分、感性で味わえるのだろう。物語を知らないと理解しにくい宗教画や歴史画と違い、やはり都市生活を描いた印象派が日本で人気があるのと似ている。

 浮世絵ナビ派に影響されたとされる大胆な構図に加え、カラー写真の「赤」の魅力も見逃せない。全体としては退色気味なのに、傘や口紅、手にした花、信号など点景としての赤が際立ち、見る者を引き寄せる。小津安二郎が晩年のカラー映画作品で、やかんなどの赤で画面を引き締めたこととも重なる。

 回顧展の来場者はカメラ所持率が高く、鑑賞後にガラス越しの撮影に挑む人もいるという。「インスタ映え」なる言葉が流布する時代に、身の回りに美を見いだし、トライすれば撮れそうな、かっこいい写真のお手本になっているのかもしれない。

 きっとそのとき、「赤」も意識されていることだろう。

 大西若人(本社編集委員

    ◇

 青幻舎・2700円=10刷3万2千部。17年5月刊行。「展覧会場でよく売れる。東京では入場者数に対して購買率が20%を超えた。通常は7%ぐらいなので驚異的だった」と担当者。

    −−「売れてる本 ソール・ライターのすべて [著]ソール・ライター」、[朝日新聞2018年05月12日(土)付。

-----







no title


f:id:ujikenorio:20180430222104j:image

All about Saul Leiter ソール・ライターのすべて
ソール・ライター
青幻舎
売り上げランキング: 991

覚え書:「特集ワイド 「ノーベル賞疲れ」小説に−− 春樹さんを解放せよ 「ファン」加藤典洋さん訴え」、『毎日新聞』2017年10月30日(月)付夕刊。

f:id:ujikenorio:20180519221253j:image


-----

特集ワイド

ノーベル賞疲れ」小説に−− 春樹さんを解放せよ 「ファン加藤典洋さん訴え

毎日新聞2017年10月30日 東京夕刊

村上春樹さんのノーベル文学賞受賞を期待して集まったファンら。カズオ・イシグロさんの受賞決定の知らせを聞き、クラッカーを鳴らして祝福した=東京都渋谷区で2017年10月5日、小川昌宏撮影


加藤典洋さん=太田康男撮影

 「世界中探しても、ノーベル賞にこれほど痛めつけられている人はいませんよ」。小説家村上春樹さんのことだ。「長い拷問からもう解放してあげるべきだ」と文芸評論家加藤典洋さんは訴える。【藤原章生

<受賞スピーチ村上春樹さん「部外者排除しても自分に傷」

村上春樹氏のイベントで飛び出した三つのサプライズ>

村上春樹氏が朗読する「騎士団長殺し」は“低音の魅力”>

村上春樹氏イベントで川上未映子さんが「飛び入り」対談>

チャンドラー小説の「響き」に魅せられた村上春樹氏>

ユーモア消え「消化不良感」

 今年は英国人作家、カズオ・イシグロさんに決まったノーベル文学賞。毎年秋になると、英国ブックメーカー(賭け屋)が受賞予想を発表し、村上さんの名前が必ず上位に出てくる。これを受け、期待に満ちた報道が恒例になっている。

 「騒ぎがひどくなったのは『海辺のカフカ』の英訳版が出て『ニューヨーク・タイムズ』の今年の10冊に選ばれた2005年ごろからです。それから数えれば12年。2〜3年なら『残念だったねえ』で済むんですが、『今年もダメでした』をこんなに続けられたらハラスメントです。10年を過ぎたらもう拷問でしょう。他の国で、これまでこの賞でこんな目に遭った作家っていないんじゃないですか。どんな人間でも参るはずです」

 日本人は一般的に世界の晴れ舞台での同胞の活躍を殊の外、好む。クロサワ、オザワ、イチローの活躍は彼ら個人の業績だが、それを「日本人の誇り」と我が事のように喜ぶ傾向が強い。イシグロさんの人物評でも、彼の中にあるかもしれない「日本人性」に着目する血統主義的な報道が目立つ。

 村上さんはそんな日本人気質の被害に遭っている形だが、加藤さんは、これには致し方ない面もあるという。

 「ある意味では人気がありすぎ、売れすぎるんです。これは本人の責任ではないともいえるが、彼の小説の主人公のせりふを借りれば、『いや、お前のせいさ』というところもある(笑い)。なにしろ読者を大事にする小説家ですからね。どうしても多くのファンが受賞を期待するし、メディアも出版社も騒ぎ立てる」

 本人は気にしているのか。

 「気にならないはずはありません。安部公房(故人)はノーベル賞障害になると編集者に言われ、離婚ができなかったと伝えられていますが、村上さんはそういうタイプだとは思えない。とはいえ、このところの作品は気になります」。ノーベル賞との関連はわからないが、最近の作品には停滞、疲れを感じるという。

 「本当にこの人は今、しんどい立場にあると思う。『安倍1強』じゃないけど、皆が遠巻きにしている。心ある雑誌でも充実した、踏み込んだ(批判的な)村上特集をやって、現状に風穴を開けるくらいのことをすべきです」

 これまでは一貫して評価してきた人たちも、そうなれば、全力で批判を試みるだろうと言う。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(13年)と「騎士団長殺し」(17年)。最新の長編2作品はともに力作で、引き込まれたものの、不満がないわけではないからだ。「全般にかつてあったユーモアがなくなったし、終わり方が中途半端です。消化不良感がある」と評する。

 「色彩……」は、若かったある日、共同体のようだった男女4人の親友から突然、絶交を言い渡された主人公の物語だ。その16年後、彼の水先案内人のような年上の恋人から、絶交の経験が傷になっていると指摘され、自分が排除された理由と、自分自身を探っていく。

 「最後にフィンランドに暮らす友人から、恋人に正直に好きだと言いなさいと言われ、その助言に従いますが、自分のことで頭がいっぱいなので、告白される相手への配慮がない。そこから生まれるマッチョ(男性中心主義的)な感じを相殺するためか、最後、今度は希望をにおわせるきれい事で終わっています」

 「騎士団長殺し」は肖像画を描くことをなりわいとする画家が主人公。妻を寝取られ孤独と向き合うところから物語は始まる。傷心を認めないクールな姿勢は「ねじまき鳥クロニクル」など他作品にも見られる、おなじみの内面世界だ。そんな彼が借家の屋根裏で、ナチス支配下オーストリアで暮らした画家の作品を見つけ、周囲が一気に動き出す。主人公が少し成長する形で終わるのは前作に近いが、やはりこの終わり方も、加藤さんには物足りない。

 「最後になってなぜか妻を許してよりを戻し、父親が判然としない妻の子を大事に育て、平凡な人間に戻るところがこれまでになく、新鮮です。でも、そこで終わっている。続編があると書評に書いたのですが、ありませんでした(笑い)。なぜ妻と和解できたのか。なぜ芸術を捨て俗の世界に戻るのか。その辺り、文学になる一番大事なところが書かれない。だから、新しい展開の感じに乏しい」

 小説とは「書かれるもの」ではないだろうかと加藤さんは言う。人間が書くものではなく、小説がその力をもって、人間に書かせるものだと。「1Q84」(09〜10年)でも続編を期待したが、「今度の小説でもその先はなかった。私の中では打率が下がっています」。

 「騎士団長殺し」にはアウシュビッツ南京大虐殺の話が出てくる。

 「たとえば第1部の終わりに収容所の話が出てきますが、小説家がこういう問題に触れる場合、ちょこっとエピソード的に中途半端な使い方をするのは、よくないと思うんです。第2部を期待させるのに据わりがいいから使ったと思われても仕方がない。どこかに当事者がいて、もし読んだら、イヤだと思うでしょう」

 これも近年の作品の「疲れ」と、加藤さんは感じている。

 ただし、村上作品の魅力は物語の一貫性やつじつまにあるのではなく、1ページ目からすっと主人公の内面世界に読者を引き込む平易ながら独特な語り口と、数ページ読んだだけで、読み手の夢までをも占領するような喚起力だ。ダビンチが未完成作品をいつまでも持ち歩いたように、作品の完成度はさほど意味がない。そんな私見をぶつけると、加藤さんは「それは彼に対し、とても上等で親切な見方ですね」と笑い、こう続けた。

 「僕は初期の作品から彼を評価し、何冊も作品論を書いてきたファンです。この後、もう一つ大きな仕事ができる大きな作家であることは間違いない。だからこそ、真剣につきあいたい。ノーベル賞騒ぎは確かにきつい試練です。何しろ受賞するまで終わらない。不愉快きわまりない。同情しますが、これも一つのチャンスだと受けとってもらいたいと無責任ながら思います。もう来年から騒がない、と宣言する新聞や雑誌、書店が出てくると、日本の文化のためには面白いんですけどね。僕も少なくともこれを機に、ファンとして、ノーベル賞騒ぎには以後『ストライキ』の沈黙で臨むことにします」

 もう一度、あっと驚かせてほしいと、加藤さんは願っている。

 ■人物略歴

かとう・のりひろ

 1948年生まれ。村上春樹作品は「羊をめぐる冒険」(82年)で衝撃を受けて以来、批評にあたる。村上論に「村上春樹イエローページ」「村上春樹は、むずかしい」など。近著に「もうすぐやってくる尊皇攘(じょう)夷(い)思想のために」。

    −−「特集ワイド 「ノーベル賞疲れ」小説に−− 春樹さんを解放せよ 「ファン加藤典洋さん訴え」、『毎日新聞2017年10月30日(月)付夕刊。

-----




no title





f:id:ujikenorio:20180430222100j:image

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編
村上 春樹
新潮社 (2017-02-24)
売り上げランキング: 1,783

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編
村上 春樹
新潮社 (2017-02-24)
売り上げランキング: 2,178

2018-05-24

覚え書:「特集ワイド 投票前に読み直してみる 遠のく憲法前文の理想」、『毎日新聞』2017年10月20日(金)付夕刊。

f:id:ujikenorio:20180516200532j:image

-----

特集ワイド

投票前に読み直してみる 遠のく憲法前文の理想

毎日新聞2017年10月20日 東京夕刊

終戦直後永田町の焼け跡から国会議事堂を望む=1945年9月23日撮影

 衆院選も大詰めだ。争点の一つが、戦後日本の柱である憲法を変えるかどうか、という議論である。1票を投じる前に改めて見つめ直してはいかがだろう。憲法の原点とは何か、その前文に記された理想とは何だったのか−−。【吉井理記】

 秋の東京永田町にいる。いつもなら臨時国会が開かれているのだが、今年は冒頭解散で選挙戦に突入した。議員がいない国会議事堂は静かである。

 議事堂を望みつつ、国会図書館で1冊の古書を読み返した。現憲法が施行された1947年、旧文部省が中学生向けに作った教科書「あたらしい憲法のはなし」である。「みなさん、あたらしい憲法ができました」という一文で始まり、憲法の考えを説く。

 冒頭に、こんな一節があった。「(憲法の)前文というものは、二つのはたらきをするのです。その一つは、みなさんが憲法をよんで、その意味を知ろうとするときに、手びきになることです……もう一つのはたらきは、これからさき、この憲法をかえるときに、この前文に記された考え方と、ちがうようなかえかたをしてはならないということです」

「誓い」実現の努力してきたか

 「手びき」たる前文に、憲法の理想や価値観が凝縮していることに異論はないだろう。あれから70年。あるいは「この憲法をかえるとき」を迎えるのであれば、先人たちがどんな国を目指したのか、問い直すのも有権者の務めではないか。

 「憲法制定は僕が小学校に入学した年です。いわば僕らは戦後民主主義の最初の世代。学校で先生がまず黒板に『ミンシュシュギ』と書いて……」と振り返るのは、昭和史など近現代史を掘り起こしてきた作家、保阪正康さん(77)だ。

 「僕らの世代は、周囲の価値観の変化に敏感なんです。小学校の作文の授業で『将来の夢』を書かせられたんだけど、級友が『陸軍大将』と書いて教師に叱られた。つい数年前なら『よく書いた』と激賞されただろうに、ね。子どもながら『戦争がなければこの憲法はなかった』ということを実感した世代です。前文も、小学校の授業で読んだっけ」

 その保阪さん、自身を「改憲派でもないし、護憲派でもない」との言い回しで評した。一部の改憲論者が説くような、復古調の改憲論には反対だが、憲法は絶対に変えてはならない、といったタイプの硬直した護憲論にも批判の目を向けてきた。

 「前文に『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し……』とありますね。『きれいごとだ』とか『中学生の作文だ』という批判もある。その通りかもしれない。でも目標を掲げる時、きれいごとになるのは当然ですよ。悪いことじゃない。一方で、この憲法を『平和憲法』と呼ぶ人たちにも不満です」

 理想を掲げた前文があり、理想を条文にした9条がある。でも、これだけでは「平和憲法」ではなく「非軍事憲法」だ、と説く。

 「平和の実現には努力や忍耐、知恵がいるんです。でもそうした努力を、私たちは払ってきたか。『護憲』を唱えるだけでは『平和憲法』にはならないんです。前文などの理念を強めるよう、9条をもっと明瞭にしたり、ドイツナチス時代の価値観の復活を基本法で禁じたような条文を加えたり。憲法理念を守るならばこそ、柔軟に考えねば」

 政治哲学専門家にも聞いてみたい。成蹊大名誉教授の加藤節(たかし)さん(73)である。開口一番、「情けない国になりましたねえ」と言葉に力がない。

 「前文は、日本が国際社会で『名誉ある地位を占め』るために目指すべき理念が書かれています。『恒久の平和を念願』する国民になることと、『他国を無視』せず『専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会』に連なることに、国の名誉や誇りを見いだす、ということです。それは『自国のことのみに専念』し、戦力をよりどころとする自愛的ナショナリズムと対極のはずだが、現実はそうじゃない」

 例えば北朝鮮問題。北朝鮮国際社会を無視して核・ミサイル開発に傾倒し、一方の米国トランプ大統領武力行使をちらつかせて圧力を強める。日本はその米国を「一貫して支持する」と表明している。日米の立場は違っても、対話せず「他国を無視」するような姿勢は共通だ。

 「言葉による説得や交渉で、態度や意見を変えることができるという『人間の可変性』を信じることで政治が成立するんです。現憲法平和主義の前提も、この政治・人間観です。人類を滅ぼす危険をはらむ核の時代にこそ、対話を前提にする憲法平和主義が重要なのですが……」

 日本も世界も、この理念に逆行しているように思えてならない、と加藤さんの憂いはいよいよ深い。「私たちは『崇高な理想と目的を達成する』という誓いを、自ら破ってはいないでしょうか。例えば外交軍事力や日米安全保障にすがるのではなく、各国と多角的な平和条約網を作ることが憲法の精神にかなうのですが、日本人はいつからか、理想の達成を誇りとする志を捨ててしまったようです」

 その日米関係を起点に、戦後日本の解剖を試みた「永続敗戦論」(2013年)で知られる社会思想学者、白井聡さん(40)は衆院選公示日の10日、東京都内で開かれた「自主憲法制定」を掲げる民族派団体「一水会」の勉強会で講演していた。著書のキーワードでもある「戦後日本の対米従属」をどう乗り越えるか、がテーマだ。確かに現憲法を「対米従属象徴」と否定し、改憲を求める声はある。翌日、改めて白井さんに「憲法の原点」を問うた。

 「あれだけ悲惨な戦争を繰り返さないためにどうするか。そこが日本や世界の出発点でした。だからこそ憲法が『美しい理想』を掲げたことは事実ですが、戦後日本は本当に美しかったでしょうか」

 日米安保に基づいて日本が米国に協力したからこそ、米国アフガニスタンなどで「対テロ戦争」を行えた。この過程で、誤爆などで多くの罪のない人が死に、今も死につつある。日本は無罪か。まして「戦後日本は平和だ」と言えるのか。問いは日本人全体に向けられている。

 「『現憲法による平和』には欺瞞(ぎまん)が含まれています。それでも現憲法、特に9条が、米国の戦争に無制限に協力することの歯止めにはなってきた。改憲を唱えるなら、その前に日米安保米国従属の在り方を見直さないと、欺瞞は欺瞞のまま、変わりません」

焼け野原から世界見据え

 再び永田町国会図書館で現憲法を制定した46年の帝国議会の議事録を見つけた。憲法改正案特別委員会で憲法案の本格審議を前にした7月9日。委員長芦田均(後の首相)が総括質疑で訴えかけるのだ。

 「この議事堂の窓から眺めてみましても、我々の眼に映るものは何であるか。満目蕭条(まんもくしょうじょう)たる焼け野原であります。そこに横たわっておった数十万の死体、灰じんの中のバラックに朝晩乾くいとまなき孤児と寡婦の涙、その中から新しき日本の憲章は生まれいずべき必然の運命にあった……独り日本ばかりではありませぬ。戦に勝ったイギリスでもウクライナの平野にも、揚子江の柳の陰にも、同じような悲嘆の叫びが聞かれているのであります。この人類の悲嘆と社会の荒廃とを静かに見つめて、我々はそこに人類共通の根本問題が横たわっていることを知り得ると思います」

 芦田の言葉をかみしめ、永田町を歩いた。あの当時、焼け野原だった国会議事堂周辺は、飢えた民衆が土を耕し、カボチャやイモを育てていた。

 保阪さんの言葉を思い出した。「作家の半藤一利さん(87)と言い合うんです。『憲法を100年もたせよう』と。そうすれば、憲法理念は日本人に根付く。あと30年です。その時は世界が憲法理念に追いつくだろう、とね」

 私たちは、どんな憲法を求め、新たな国民の代表を国会議事堂に送り出すのだろうか。

日本国憲法 前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

    −−「特集ワイド 投票前に読み直してみる 遠のく憲法前文の理想」、『毎日新聞2017年10月20日(金)付夕刊。

-----







no title


f:id:ujikenorio:20180430221855j:image

覚え書:「お寺はじめました [著]渡邊源昇 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2018年04月14日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180516200529j:image



-----

お寺はじめました [著]渡邊源昇

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2018年04月14日

■一から布教「好きでやってます」

 「お寺はじめました」と一言で片付けてしまうほど簡単な話ではないのです。

 15歳で同級生の住職の父親に「お坊さんにならないか」と声を掛けられて「なります」と即答。住職が「楽しそう」に見えたからと言って遊び半分で釈迦がすべてを捨てて仏道の世界に入ったことと同じ道を歩むにはよほどの覚悟か宿命的な仏縁がなければ出家などできるものではない。

 きっと腰がくだけて日蓮宗の総本山身延山久遠寺から逃亡、下山するに違いないと手ぐすね引きながら脱落する瞬間を期待(?)していたにもかかわらず、この若者は世界三大修行のひとつ加行所(荒行)という死の寸前まで身を投じる極限の修行まで完遂、その結果「自分の中にも仏がいる」ことを自覚する域にまで到達。彼の修行には内なる仏の体験があって初めて、自分と向き合う〈生き方〉が可能で、感動を超えて、異次元の領域に接触した気分にさせられた。でもご本人はそんな過酷な修行に対する愚痴など一言もなく、自然体に淡々と掃除中心の日々の修行で生活を描いて見せる。

 本書の趣旨は一からお寺をやってみたいというお寺活動である。そのために民家を借りて、そこを拠点に布教活動をしながらお寺に人々を寄せ集めなければならない。たったひとりの寺活動は何の商売をするより大変だ。総本山での骨身を削る修行の体験があって初めてできる大事業である。

 僕は本書を読みながら何度もかつての中学生が決意したあの発心は一体何だったんだろうと考えると、不思議な気持ちにさせられる。彼の中の内なる仏が同行二人となってあの修行とお寺造りに力を添えることだろう。彼の周辺にはいろんな人たちが集まってきている。「なぜ寺を建てるの?」と友人の住職にきかれ、「好きでやってますから」と答えるこの言葉が全てを語っている。僕の一番好きなところだ。そして、気に入っている。

    ◇

 わたなべ・げんしょう 87年生まれ。日蓮宗の僧侶。2014年に埼玉県越谷市に越谷布教所源妙寺を開堂。

    −−「お寺はじめました [著]渡邊源昇 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞2018年04月14日(土)付。

-----






no title



f:id:ujikenorio:20180430221852j:image


お寺はじめました
お寺はじめました
posted with amazlet at 18.05.16
渡邊 源昇
原書房
売り上げランキング: 89,633

覚え書:「エンタメfor around 20 ゲームと現実、焦燥と昂揚と」、『朝日新聞』2018年04月28日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180516200526j:image


-----

エンタメfor around 20 ゲームと現実、焦燥と昂揚と

エンタメfor around 20

ゲームと現実、焦燥と昂揚と

2018年04月28日

 「日本が中国に完敗した今、26歳の私が全てのオッサンに言いたいこと」――。昨年12月に、そう題された記事が講談社ウェブサイト「現代ビジネス」に投稿され、大きな反響を呼んだ。タイトルどおり20代の著者が書く「中国シリコンバレー深センシンセン)についてのリポートであり、そこにはめざましい成長を続ける中国への羨望(せんぼう)と、すでに輝かしい時代を通り過ぎた日本への絶望、そして、その現実を直視せず、見当違いの戦略で日本の若者を疲弊させる年長世代への抗議が率直につづられていた。内容はもちろん、読む者の胸に突き刺さる切実な文体が、とりわけ印象的だったのをおぼえている。

 『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』はそんな話題の書き手・藤田祥平の、初の自伝的小説だ。1991年生まれの少年があるネットゲームと出会い、なんの見返りもなくすべてを捧げ、いつしか伝説のネットゲーマーと呼ばれる存在になっていく。

 本作はまずゲーム小説として大変面白い。複雑なゲームの内容を巧みに抽象化し、それでいて臨場感たっぷりに読者を引き込む。同時に、数々のゲームとともに語られる体験談には、友人と運営する共有サーバーで行った悪事の告白なんてものまでふくまれていて、21世紀の初めを十代として過ごした著者ならではの時代の証言になっている。

 しかし何より本書は、直球で普遍的青春小説だ。時に虚構を交え……というよりも虚構を通じてしか描けない真実を求めるようにつづられていく。ゲームでの達成を糧に文学を志し、恋をし、そして母の自死に直面、再びゲームの世界で、今度は宇宙艦隊を率い戦い始める。焦燥と渇望と絶望、捨て身と裏返しの不思議な昂揚(こうよう)感と全能感に満ちた日々が、ストイックでありながら熱を秘めた文体で、鋭く切り取られている。若い世代言葉にできない思いを代弁し、そして年長世代に忘れていた情熱を思い出させてくれる一冊だろう。

 なお本書とほぼ同時に、ゲームサイト「IGN JAPAN」連載の著者のゲームエッセー『電遊奇譚(きたん)』が単行本化された(筑摩書房・1944円)。本書と相補的な関係にある一冊であり、ぜひ、一緒に読まれたい。(前島賢=ライター)

    −−「エンタメfor around 20 ゲームと現実、焦燥と昂揚と」、『朝日新聞2018年04月28日(土)付。

-----







no title








f:id:ujikenorio:20180430221849j:image



手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ
藤田 祥平
早川書房
売り上げランキング: 6,867

覚え書:「古典百名山 サミュエル・ベケット「ゴドーを待ちながら」 桜庭一樹が読む」、『朝日新聞』2018年04月14日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180516200523j:image


-----

古典百名山 サミュエル・ベケットゴドーを待ちながら」 桜庭一樹が読む

古典百名山

サミュエル・ベケットゴドーを待ちながら」 桜庭一樹が読む

2018年04月14日

■私も同じ!ドン詰まり

 この演劇は、木が一本生えてるだけの場所で、二人の老人が、神(ゴッド)のようで神(ゴッド)じゃない何者か(ゴドー)をただただ待ち続けるお話だ。しかも、こんな不毛な会話を交わしながら。

 「ゴドーを待つ」

 「ゴドーが来るまでね」

 「なーんにも起こらない、だーれも来ない、だーれも行かない、もうやだよ!」

 「ゴドーか?」

 「涙も涸(か)れたか」

 ウーン、どうしてわたしは、このヘンテコな古典を何度も読み返してしまうのかな!?

 著者は一九〇六年アイルランド生まれ。第二次世界大戦のとき、レジスタンス運動に参加したことから、ナチ秘密警察に追われる身となった。南仏の村に身を隠し、じーっと戦争終結(ゴドー)を待った苦しい経験が、本作に影響を与えた、という説もある。

 この作品に描かれているのは何か? それは、いいことも悪いことも何も起こらないし、その状況を変えることさえ許されないという無力な人間が、まず絶望し、やがてその絶望に慣れ、苦しみに無自覚になっていくさまだ。だから二人は無意味な会話をし続けるほかないのだ。

 刑務所で上演すると、受刑者が「俺たちみたいだ!」と大喜びするらしい。でも、べつに刑務所に限らないんじゃないかなぁ……。学校や職場や家庭においても、わたしたちがそういうドン詰まり状態(ゴドーをまちながら)に置かれることは、ときどきあるよね?

 カミュは『異邦人』で、第二次世界大戦によって神なき時代が始まり、不条理な事件が起こる物語を描いた。でもこの作品では、そこからさらに袋小路に進んで、不条理な事件さえもう起こらない。“来ないものを待つふりをする”という、究極の不条理劇の超絶傑作――!

 ベケットは戦時下における個人的経験を、普遍の物語に昇華してくれた。だから、いま読んでも面白く、胸苦しく、わたしもつい、「自分みたいだ!」と喜んでしまうのだ。(小説家

    −−「古典百名山 サミュエル・ベケットゴドーを待ちながら」 桜庭一樹が読む」、『朝日新聞2018年04月14日(土)付。

-----







no title


f:id:ujikenorio:20180430221846j:image





ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)
サミュエル ベケット
白水社
売り上げランキング: 60,788

覚え書:「特集ワイド 9条2項+「自衛隊」=交戦OKか」、『毎日新聞』2017年10月27日(金)付夕刊。

f:id:ujikenorio:20180516200520j:image


-----

特集ワイド

9条2項+「自衛隊」=交戦OKか

毎日新聞2017年10月27日 東京夕刊

 衆院選での与党勝利を受け、安倍晋三首相改憲に改めて意欲を見せている。今回の選挙公約自民党は「憲法への自衛隊明記」の方針を掲げた。戦争の放棄、軍備と交戦権否認を定めた9条に、自衛隊の存在を加えると何が変わるのか。日本国憲法原則の一つである「平和主義」や自衛隊の役割の変化について専門家に聞いた。【井田純】

権力縛る憲法、変質

海上自衛隊練習艦「やまゆき」=山口県下関市のあるかぽーと岸壁で、佐藤緑平撮影

[PR]

 まず、自民党選挙公約を確認しよう。経済政策などと共に示された柱の6番目が「憲法改正」だ。いわく、「現行憲法の『国民主権』、『基本的人権の尊重』、『平和主義』の3つの基本原理は堅持しつつ、憲法改正を目指」すとし、その改正の最重要項目を「自衛隊の明記」としている。安倍首相自身は5月、9条の1、2項を変えずに「自衛隊」について明記する考えを表明している。ただ、どのような条文を盛り込む考えなのかは示されていない。

 「9条に第3項のような形で自衛隊の規定を付け加える場合、現在のところおおむね3通りのケースが想定されています」。こう説明するのは、元山健・龍谷大名誉教授(憲法学)。自民党の掲げる改憲案に反対している千葉県市民連合の呼び掛け人の一人でもある。安倍首相のこれまでの発言のほか、自民党内や首相周辺の議論を基に、元山さんら憲法学者が予想する条文の文言は別表の通りだ。

 元山さんによると、A案は文字通り「自衛隊の存在」を規定する文言を加える形。B案は「自民党が検討する条文のたたき台」として今年6月に毎日新聞が報じた内容とほぼ同一になっている。C案は安倍政権と関係が深いとされる保守団体「日本会議」系列のシンクタンク議論されていた中身にも通じる案だという。

 「安倍首相の狙いは、集団的自衛権行使に完全に道を開くC案に沿った条文を加えることではないか、と考えています。安倍政権は2014年に解釈改憲によって集団的自衛権行使を容認する閣議決定をし、翌15年にはその方針に沿った安全保障関連法を強行的に成立させた。今度は、さらに憲法自体を安保関連法に合わせようという考えなのでしょう」

 もしこのまま実現したら−−。憲法が「権力を縛る」という本来の役目を果たすのではなく、権力が変えた現状を追認してしまう、と元山さんは指摘する。

 安保関連法が施行されている現状で、9条に自衛隊条項を加えると何が可能になるのだろうか。

 「あれだけの反対を押し切って成立させた安保関連法制の使い勝手が悪いという指摘が、保守派の中から出ています。一つは、連立与党である公明党意向などで盛り込まれた自衛隊の海外派遣要件国際法上の正当性自衛隊員の安全確保などを条件としたものです。もう一つは、憲法9条2項が規定する交戦権否認です」

F15戦闘機の機体をチェックする整備士=那覇市航空自衛隊那覇基地で、前谷宏撮影

 元山さんが例に挙げたのは、自衛隊を海外に派遣した時の「駆け付け警護」を巡る問題だ。安保関連法に基づく新たな任務で、その内容は、自衛隊が活動エリアから離れた場所にいる国連職員や非政府組織(NGO)関係者らの生命を守るために駆け付け、武器を使用することだ。

 従来の法制度では、正当防衛緊急避難以外は憲法が禁じた「武力行使」に当たるとされていたが、安保関連法によって、国連平和維持活動(PKO)参加5原則を満たした上での「駆け付け警護」であれば可能と定められた。

 元山さんが解説する。「そもそも『駆け付け警護』という概念自体、英語には該当する表現すら存在しない、日本だけの考えです。この任務で武器を使用すれば、結局、9条2項が禁じている交戦権行使に発展する可能性が高い」

 だが、憲法上の制約は、9条改憲で変わると元山さんは語る。

 「法律には『後法優先』という、後に成立した法が優先する原則があります。ですから『交戦』を禁じた2項が残っても、C案のような条文を加えれば、政府は『国民の安全確保』を理由に実質的な戦闘行為ができると考えるかもしれません。専守防衛原則が崩れてしまう」。さらに、自衛隊評価を高めてきた「災害派遣」もなくなるのでは、と指摘する。「自衛隊法3条は、『国の安全を保つため、我が国防衛すること』を自衛隊の主たる任務とし、続く『必要に応じ、公共の秩序の維持に当たる』という部分を根拠災害時の活動が行われています。上位法である憲法9条の改正でこうした規定がなくなれば、ただの『軍隊』ができあがることになる」

隊員、危険にさらす懸念

自衛隊の観閲式=埼玉県陸上自衛隊朝霞訓練場で、宮武祐希撮影

 改憲論者として知られる小林節慶応大名誉教授(憲法学)は憤っていた。「今の自衛隊加憲論は、本質的な矛盾の解決にはつながらない。国家百年の計としては無責任な議論だと思っています」。長く自民党国防族の政策ブレーンを務めてきたが、今の改憲案は、安全保障上も自衛隊にとってもプラスにならないと断じる。

 改憲で焦点になりそうな交戦権否認については、こう説明する。「主権国家として認められた交戦権行使をしない意味は重い。国際法上の戦争では軍が他国の兵士を撃っても殺人に当たらない。だが、日本は安保関連法制で、憲法軍隊ではない自衛隊を、法律レベルで海外に出られるようにしてしまった。他国軍隊のような行動の自由もないまま派遣される自衛隊には迷惑な話です」

 自衛隊条項を加えてもこの矛盾は残る、というのが小林さんの考えだ。「2項を残したままでは自衛隊をかえって危険にさらすことになる、というのが伝統的な自民党国防族の考えです。安倍首相は、災害派遣などで信頼を培ってきた自衛隊への国民感情を利用して、『こんな頼りになる自衛隊を、憲法学者左派政党違憲と言っている。ひどいですね、自衛隊員がかわいそうですね』と訴えているに過ぎない」と批判するのだ。

 さらに、「安倍首相は、今の憲法が嫌いだから一矢報いたいという感情レベルの話なのでしょうか。自衛隊に関する条文を付け加えれば、確かに形の上で『合憲』にすることはできるかもしれないが、問題は解決しません」と言い切る。必要なのは「9条を改正し、個別的自衛権を軸に『国防軍』の役割を明記すること」と小林さんは主張する。

 自衛隊員は、憲法に明記される存在になるかもしれないことをどう受け止めているのだろうか。「防衛大卒幕僚クラスのエリートの中には喜ぶ人もいるでしょう。ですが、(現場で指揮を執る)陸曹クラスなどは、歓迎していない人も多いと思います。戦争がないに越したことはない、というのが本音ですから」。元陸自隊員で、ベテランズ・フォー・ピース・ジャパン(平和を求める元自衛官と市民の会)代表を務める井筒高雄さんはそう話す。

 1988年に入隊し、91年に最精鋭部隊である陸自レンジャー隊員となったが、PKO法の成立を機に、93年に依願退職した。安倍政権の姿勢に疑問を感じている。「安保関連法制を審議した時は、憲法学者や国民の多くが反対する中を強引に成立させたのに、今度は、憲法学者違憲と言うから憲法を変える、というのはダブルスタンダードに映ります」

 安保関連法制によって、自衛隊の海外派遣の仕組みが作られ、多くの国民が支持する被災地での任務とは180度違う任務が恒久法の中に位置づけられている。「北朝鮮のミサイル開発などで、国民が自衛隊の新たな役割を期待していて、そのために憲法を変えようというなら分かります。しかし、今の議論はそうではなくて、憲法で縛りをかけられているはずの政治家の側が憲法を変え、海外で戦える自衛隊にしようとしている。隊員に戦場で死ぬ覚悟を求めるのであれば、隊員にも家族にも、国民にもそのことを示すべきです」

 組織論観点から、高良(たから)鉄美・琉球大学院教授は警鐘を鳴らす。「現憲法に書かれている行政組織は、内閣会計検査院だけです。そこに『自衛隊』と明記されれば、それは憲法上の機関になる。それがどれだけ大きな意味を持つかを考えなければいけません」

 その意味を、近年、与那国島への陸自基地建設など先島諸島への配備計画が加速している沖縄で説明する。「人口の多い沖縄本島で配備増強となると、反対運動は大きいでしょう。だが、人口の少ない島に自衛隊が配備されると、人口比で隊員が圧倒してしまう。そうした状況で自衛隊憲法上の存在になれば、自衛隊の配備自体に反対することが問題視される危険性がある」

 辺野古米軍新基地建設に対する反対運動が続く沖縄では今、自衛隊の加憲論議は目立たない、と高良さん。だがこの先、自衛隊の存在が憲法上認められたら、基地問題に苦悩する沖縄はさらに混乱する可能性があると懸念する。「自衛隊には予算面でも装備面でも大きな質的変化が生まれるでしょう。けっして良好とはいえない日中関係を考えると、沖縄への自衛隊配備増強は、むしろ緊張を高めかねません」

 戦後日本の平和主義の根幹を形作ってきた9条。改憲論議が拙速なものにならないよう注視したい。

 <日本国憲法9条>

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又(また)は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 (元山さんら憲法学者が想定する「9条第3項」の例)

3 A案 前項の規定は、自衛隊の存在を妨げるものとして解釈してはならない。

  B案 前項の規定は、我が国防衛するための必要最低限度の実力組織としての自衛隊を設けることを妨げるものと解釈してはならない。

  C案 前項の規定は、国際法に基づき、我が国の独立と平和並びに国及び国民の安全を確保するために、内閣総理大臣を最高指揮官とする自衛隊の設置を妨げるものではない。

    −−「特集ワイド 9条2項+「自衛隊」=交戦OKか」、『毎日新聞2017年10月27日(金)付夕刊。

-----




no title






f:id:ujikenorio:20180430221840j:image

2018-05-23

日記:現場主義という名の反知性主義

f:id:ujikenorio:20180209005821j:image


-----

 現場主義、行動主義、「いまここ」主義個別主義家族主義、そしてすべてを貫く「愛と信頼」主義。彼らが一様に言うところの「行動してみなければわからない」ということばは「関係してみなければわからない」と言い換えられるし、さらには「関係しさえすれば何とかなる」という素朴な信念は、すでに反知性主義の芽をはらんでいる。当たり前だが、彼らは決して知的水準に問題があるわけではない。しかし、知性よりも感情を、所有よりも関係を、理論よりも現場を、分析よりも行動を重んずるという共通の特徴ゆえに、知性への決定的な不信から抜け出すことができないのだ。

    −−斉藤環『世界が土曜の夜の夢なら  ヤンキーと精神分析角川書店、2012年、165頁。

-----




f:id:ujikenorio:20180430221554j:image





覚え書:「石を聴く―イサム・ノグチの芸術と生涯 [著]ヘイデン・ヘレーラ [評者]椹木野衣 (美術評論家)」、『朝日新聞』2018年04月14日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180516200238j:image



-----

石を聴く―イサム・ノグチの芸術と生涯 [著]ヘイデン・ヘレーラ

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2018年04月14日

■孤独を代償に、自由を武器に

 イサム・ノグチの凄(すご)さを初めて実感したのは、札幌の郊外にあるモエレ沼公園を訪ねた時のことだった。ノグチはすでに鬼籍に入っていたが、未完ながらその全容は着実に姿を現しつつあった。

 驚いた。一見してはただ広いだけに見えた公園の敷地が、歩を進めるにつれ、生き物のように表情を変えたからだ。私は初めて、ノグチが大地そのものに命を吹き込もうとしているのに気がついた。

 そのノグチが亡くなって、今年でちょうど30年にあたる。すでに昨年あたりから、ノグチにまつわる書籍がにわかに目立つようになっていたし、今もまとまった展覧会が国内を巡回中だが、ノグチがそんなに破格の芸術家だということが、まだまだしっかりと伝わっているとは思えない。彫刻におけるモダニズムの最も正統な後継者くらいに考えられていないだろうか。けれども、ノグチにとっての彫刻とは「まったく目に見えず、重さがない」「いたるところに出現し、時を忘れてぼくたちがそれを聞くとき、それを見るとき、認識として明晰(めいせき)にそれを知る」のであり、もっと言えば「全世界はアートだ」とまで断言される性質のものだった。

 本書は、そんなノグチの生涯を、これまでの成果をふまえ、もっとも総合的に綴(つづ)った決定版の評伝と言える。のちに国粋主義者となる詩人の野口米次郎と、ギリシャ神話を好んだアイルランド系アメリカ人のレオニー・ギルモアを両親にロサンゼルスで生まれ、父を追って来日するも受け入れられず、父とも父の国とも終生、摩擦の絶えなかったノグチ。戦時下では日系アメリカ人として進んで強制収容所に身を置き、晩年にはアメリカを代表する20世紀最高の彫刻家としての名声を得ても、なお癒えないアイデンティティー危機に晒(さら)され続けたノグチ。そんなノグチが、行き詰まると国籍や歴史とは無縁の石の声に耳を傾け、最後には石の中へと還(かえ)ろうとしたのは、なかば必然であったのかもしれない。本書の随所で顔を出すギョッとさせられる性の奔放も、生殖と家や国家を切り離そうとする渇望に発していたのではないか。

 だが、所在を定めず、いつも旅の渦中にあり、孤独を代償に自由を武器とするその生き方は、むしろ私たち21世紀を生きる者の規範となりつつある。日本でノグチの遺灰の一部を納めた石=墓からは瀬戸内を望める。もとはゴミの集積地であったモエレ沼公園のある札幌と、かつてその恩恵が忘れられつつあった瀬戸内が、いま旧来の美術館に代わる新しい時代の国際芸術祭の舞台になりつつあるのも、歴史の影に半身を置き続けたノグチの導きかもしれない。

    ◇

 Hayden Herrera 米国ニューヨーク在住の美術史家、キュレーターニューヨーク市立大で博士号を取得。邦訳された著書に『フリーダ・カーロ 生涯と芸術』『マチスの肖像』。

    −−「

-----






no title



f:id:ujikenorio:20180430221550j:image



石を聴く――イサム・ノグチの芸術と生涯
ヘイデン・ヘレーラ
みすず書房
売り上げランキング: 65,637

覚え書:「復興の空間経済学―人口減少時代の地域再生 [著]藤田昌久、浜口伸明、亀山嘉大 [評者]石川尚文(本社論説委員)」、『朝日新聞』2018年04月14日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180516200235j:image


-----

復興の空間経済学―人口減少時代の地域再生 [著]藤田昌久、浜口伸明、亀山嘉大

[評者]石川尚文(本社論説委員)

[掲載]2018年04月14日

■人や産業の集積・分散で考える

 「津浪(つなみ)後の復興は目覚ましく、たちどころに失われた戸数、人口の満たされてしまう状態にある」

 本書の導入部には、こんな引用がある。1933年に起きた昭和三陸地震の10年後に、地理学者が書いた本の一節という。私たちが東日本大震災後に見てきた光景とは、随分違う。

 本書はこの対照をもたらした要素として、人口の動き−−被災地域だけでなく、日本全体の人口の増減や分布の変化に着目する。

 かつての津波被害のときは、日本の人口は増え続けており、豊かな漁場といった資源の希少性は高まる一方だった。それゆえ「三陸沿岸部には、復興を自然に成し遂げる条件があった」

 では、日本全体が人口減少に転じたいま、復興のあり方はどのような影響を受けるのか。何に注意すべきなのか。本書は、「空間経済学」を用いて、その分析を試みている。

 空間経済学は、都市や産業の集積がどのように生まれるのか、といった「地理的空間における経済学の一般理論を目指す」分野とされる。共著者の一人、藤田昌久は、この領域を切り開いてきた第一人者だ。

 極めて抽象度の高い理論が、被災地の複雑な現状にどこまで適用できるのか。ハードルの高いテーマを前に、論の運びがやや錯綜(さくそう)している印象も受ける。

 だが、人や産業を吸引する「集積力」と、反対に流出を招く「分散力」による論点の整理や、人口が増えるときと減るときの都市の盛衰は、単純に逆の過程をたどるわけではないといった指摘は、腑(ふ)に落ちるところが多い。現状の厳しさを描きつつも、理論的にあり得る復興の糸口を探る視点も貫かれている。

 被災地はもちろん、人口減少が加速する地域社会の課題については膨大な議論があり、その重さに圧倒されることもある。そこに分け入るための「見取り図」を与えるものとして、本書のような試みがさらに進展することを期待したい。

    ◇

 ふじた・まさひさ 甲南大特別客員教授▽はまぐち・のぶあき 神戸大教授▽かめやま・よしひろ 佐賀大教授。

    −−「復興の空間経済学―人口減少時代の地域再生 [著]藤田昌久、浜口伸明、亀山嘉大 [評者]石川尚文(本社論説委員)」、『朝日新聞2018年04月14日(土)付。

-----







no title








f:id:ujikenorio:20180430221545j:image


復興の空間経済学 人口減少時代の地域再生
藤田 昌久 浜口 伸明 亀山 嘉大
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 64,304

覚え書:「潜伏キリシタンは何を信じていたのか [著]宮崎賢太郎

[評者]宮田珠己(エッセイスト)」、『朝日新聞2018年04月14日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180516200232j:image


-----

潜伏キリシタンは何を信じていたのか [著]宮崎賢太郎

[評者]宮田珠己(エッセイスト)

[掲載]2018年04月14日

■先祖崇拝を重視し独自形に変容

 長年にわたりカクレキリシタンフィールドワークを続けてきた著者は、彼らが仏教を隠れ蓑(みの)にキリスト教信仰を守り続けたという旧来の説に異を唱える。むしろそれは、伝統的な神仏信仰の上にキリシタンの神も合わせて拝む民俗宗教だった。

 本書は明治政府禁教令を取り下げるまでの潜伏期に当の信仰を持ち続けた人を「潜伏キリシタン」、禁教令廃止後もキリスト教に戻らなかった人たちを「カクレキリシタン」として区別し、「隠れキリシタン」という言葉にまとわりつくイメージの払拭(ふっしょく)を試みる。

 つまり彼らは隠れていたキリスト教徒ではなく、「カクレキリシタン」という独自の信仰形態を持つ人々だったというわけだ。その信仰の中核にキリストやマリアの要素はなく、日本古来のタタリ観や先祖崇拝が重視された。1865年大浦天主堂でプチジャン神父のもとに村人が現れ、マリアへの信仰を告白したという有名な信徒発見の奇跡も、実証的な学問の立場からはありえないとし、神父の創作であろうと喝破。さらに「長崎天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が正式に世界遺産に登録されれば、仏教を隠れ蓑にキリスト教信仰を守り続けたというキャッチフレーズが、より一層流布されるであろうことに懸念を示す。

 「隠れキリシタン」幻想に踊らされるな、というわけだが、むしろ私は本書を読むにつれ、ますます「カクレキリシタン」に魅力を感じるようになった。納戸のような奥まった場所で秘密裏に祀(まつ)るうち、キリシタンという意識は薄れ、これは人に知られては効き目がなくなる神様であるという認識に変わっていったなどという話は、文化人類学者クリフォード・ギアツの、インドネシアに伝播(でんぱ)したイスラム教がその過程で東南アジア的性格に変容したとする研究を思い起こさせ、それが新しい宗教の萌芽(ほうが)の瞬間のようにすら思えて興味深かったのである。

    ◇

 みやざき・けんたろう 50年生まれ。長崎純心大客員教授宗教学)。『カクレキリシタン信仰世界』など。

    −−「潜伏キリシタンは何を信じていたのか [著]宮崎賢太郎

[評者]宮田珠己(エッセイスト)」、『朝日新聞2018年04月14日(土)付。

-----







no title


f:id:ujikenorio:20180430221541j:image




潜伏キリシタンは何を信じていたのか
宮崎 賢太郎
KADOKAWA (2018-02-22)
売り上げランキング: 6,446

覚え書:「特集ワイド アウシュビッツのガイド、中谷剛さんに聞く ヘイトとガス室は一本の線 「今の日本は黄信号」」、『毎日新聞』2017年10月06日(金)付夕刊。

f:id:ujikenorio:20180516200229j:image


-----

特集ワイド

アウシュビッツのガイド、中谷剛さんに聞く ヘイトガス室は一本の線 「今の日本は黄信号」

毎日新聞2017年10月6日 東京夕刊

説明する中谷剛さん。写真は、ビルケナウに停車した列車から降り立つ人々。1車両あたり約70人がトランクとともに詰め込まれ、数百キロ以上も離れたところから、運ばれた=ポーランドオシフィエンチムで2017年9月17日午後3時8分、鈴木美穂撮影

アウシュビッツ第1収容所の正門には「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」の文字が掲げられている。収容者らは毎日この門をくぐり、十数時間の労働に出かけた=ポーランドオシフィエンチムで2017年9月17日午後2時53分、鈴木美穂撮影

 ナチス・ドイツアウシュビッツ強制収容所の跡地にあるポーランド国立博物館オシフィエンチム)で、唯一の日本人公式ガイドを務める中谷剛(なかたにたけし)さん(51)を訪ねた。ぜひ聞いてみたかったからだ。戦後72年。戦争の記憶が薄れ、排外主義が台頭する中、「負の歴史」を繰り返してしまう懸念があるのか、と。【鈴木美穂】

 9月17日午後。アウシュビッツ強制収容所跡に降り立つと、朝から降り続く雨で視界はかすみ、赤レンガの建物群は、陰気な空気を漂わせていた。

 日本語での見学ツアーの参加者は記者を含め25人。博物館として公開されている、アウシュビッツ第1収容所(20ヘクタール)と、3キロ先のビルケナウ(140ヘクタール)の両収容所跡を3時間かけて歩いて回る。

 中谷さんは大学卒業後、ベッドメーカーに就職。転機は1991年だった。学生時代に旅したポーランドで出会った若者と再会するため、仕事を辞めて再訪した。永住権を取り、働いていたワルシャワ日本料理店で、同僚のポーランド人から「アウシュビッツ収容されていた」と打ち明けられ、壮絶な実体験に衝撃を受けた。「歴史に関わろう」と一念発起し、ガイドを目指した。日本人初の公式ガイドとなって20年。昨年は年間430組を案内した。

 アウシュビッツは、ナチス・ドイツ第二次世界大戦中の40年、占領下のポーランド政治犯収容するため開設、後にユダヤ人らを大量虐殺する「絶滅収容所」となった。130万人以上が連行され、ユダヤ人がその9割を占めた。

 「ここは、博物館であると同時に犠牲者を追悼する場でもある。どうか忘れないで」と中谷さん。

 「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」と書かれた収容棟の正門前ではこう語った。「収容者は毎日、この門を通って十数時間の労働に出ました。逃亡を防ぐ有刺鉄線が敷地を囲み、電流が通っていました。少ない食事で重労働を強いられ、餓死する人も少なくなかった」

 正門をくぐると、赤れんがの収容棟が整然と並んでいた。ポプラの緑が目に染みる。大学のキャンパスを歩いているかのようだ。心中を察したのだろうか。中谷さんが口を開く。「水たまりに気をつけて。水はけの悪い道がなぜこのままか。収容者がローラーを引き、地ならしした道だからです」

収容所生んだ民主主義

 展示室は収容棟などとして使われていた建物だ。敷地内には、ユダヤ人らが虐殺されたガス室や焼却炉跡、犠牲者の骨粉を捨てた池が残されている。欧州各地に住んでいたユダヤ人は当時、「東部に移住させる」と言われ、連行された。ナチス親衛隊(SS)が没収した犠牲者の革靴やかばんに加え、命を奪った害虫駆除薬「チクロンB」の空き缶などが虐殺痕跡を残している。

 あるガラスケースは部屋ほどの大きさがあり、犠牲者の髪で埋め尽くされていた。目にした時、「どれだけの量があるのか」と聞かずにはいられなかった。中谷さんが語調を強める。「8トンですが、何人分かは計算していません。衝撃的ですが、それ以上の人が殺された。もっとも数が問題ではありません。たとえ1人でも、『髪や目の色が違う』『ユダヤ人だから』と殺されたのが問題なのです」

 ユダヤ人は人間らしい扱いを一切されず、列車で到着すると、引き込み線脇の荷降ろし場でSSの医師らに「選別」された。労働できるか否か、を顔色を見て決める医師の指先が生死を分けた。連行されたユダヤ人の75〜80%がすぐさまガス室に送られたという。

 収容所ではドイツ人の精神的負担を軽減するため、ガス室への連行や死体焼却はユダヤ人らに担わせた。証拠隠滅のため、こうした役割の収容者も定期的に殺した。

 一枚の写真に言葉を失った。ガス室に送られる直前の人たちを収容者が隠し撮りした白黒写真。野外で裸にされた女性らがガス室へと誘導されている。天地が傾き、ピントがずれていることが撮影者の緊迫感をも伝える。戦後、ナチス・ドイツ戦争犯罪を立証する一枚となった。「事実を伝えなければとの思いがあったのではないか。フィルムは歯磨き粉のチューブに隠し、抵抗組織を通してポーランド古都クラクフに送った。彼らの命を懸けた知恵と工夫によって、今知ることができるのです」

 歴史を冷静に伝えることを信条にする中谷さんだが「ぜひ認識してもらいたい」と熱弁を振るう場面があった。「収容所をつくった政治家民主主義の下で、国民から選ばれました。だから国民が訴えれば閉鎖できたでしょう」と。

 加えて、国際社会の役割にも言及する。「多くのユダヤ人が列車で欧州各地からこの地に連行された。世界は当然知っていたのに見て見ぬふりをした。過ちを一国だけで防ぐのは昔も今も難しい。でも、国際社会が連携して働き掛けていたら、ナチス・ドイツの行動を止められたかもしれない」

 解説は「本質」に近づいていく。「ナチス・ドイツはなぜ収容所をつくることができたと思いますか」。次のような解釈が広く知られている。

 第一次世界大戦に敗れ、多額の賠償金にあえぐドイツに、世界大恐慌が追い打ちをかけた。社会荒廃が進む中で、裕福な人が多いと思われていたユダヤ人への妬み、積年の偏見が噴き出した。そこにナチス・ドイツが受け入れられる土壌が生まれた−−。

 中谷さんはさらに踏み込む。「当時の政治家は国民のこうした『反ユダヤ』感情を利用し、社会不安の要因をユダヤ人のせいにした。しかもこうした政治家ほど人気を集めた。常識から離れた『人間の優越性を髪や目の色で決める』という政策にブレーキがかけられなかったのは、なぜか。国民の支持があったからです。異を唱えた学者は主流派から外され、国民も『都合の悪い真実』に耳を貸さなくなった。衆愚政治の結果、アウシュビッツの悲劇は起きた。民主主義の恐ろしさ、その教訓は今にも通じています」

 参加者からの反応が少ないことが気になっていたのだろうか。見学が終盤に差し掛かった時、中谷さんは私たちを「挑発」するかのような言葉を発した。

 「皆さんがアウシュビッツに関心を持つということは、今の社会にも多かれ少なかれ(排他的な空気が)見え隠れしているからでしょう。でも考えてください。今、私の話を『聞かなくては』という雰囲気ですよね。私はこの場でもう権力を持っている。危ない道に入っています。いぶかしげな目を向けるならいいが、皆が身を乗り出して私の話を聞いている。これこそが誤った道を歩んだ権力者と国民の姿というものなのです」

 危険な社会を生み出す萌芽(ほうが)は日常生活に常に隠れているということなのか。

私たちの選択次世代左右

 見学後、中谷さんの考えを詳しく知ろうとインタビューに応じてもらった。語り口は変わらず、穏やかだ。「ホロコーストの始まりは市井の人々が口にした『反ユダヤ』感情、ヘイトスピーチでした。それが時間をかけ、ガス室での虐殺につながった。ヘイトスピーチガス室は『一本の線』で結ばれている。歴史を学ぶことは、私たちの国が今どこに位置しているかを知る『道具』となるのです」

 ならば、日本の「現在地」が気にかかる。中谷さんは「黄色信号ではないか」と危機感を募らせている。日本でのヘイトスピーチを伝えるニュースに心底驚いたからだ。「参加者の中にはナチスのシンボルであるかぎ十字を身につけ、ヒトラーへの忠誠を表すあいさつを使う人もいた。悪意がないだけに、無知は怖い」

 原因は「日本の教育に責任がある」と見ている。「近代史、とりわけ20世紀の戦争についての知識が欠如していることが問題。歴史と現在は地続きで切り離せません。歴史に学び、教訓として未来に生かすことが必要なのです」

 政治家からはナチスに学べ、というような発言が飛び出した。「僕は政治家の発言を許容する社会が気持ちが悪い」と言い切った。

 日本ではナチス・ドイツへの抵抗感が乏しいだけでなく、「歴史修正主義」の動きも見え隠れする。やはり負の歴史は繰り返すのかと不安を吐露すると、中谷さんはこの日一番の笑みを浮かべ、「人間って捨てたもんじゃないですよ」と語り、こう続けた。

 「一人でも多くの人が歴史の現場に足を運び、自らが正しいと思う歴史を選ぶことが大切です。私たちの選択次世代の20年、30年先をも左右する。政治指導者の歴史観をうのみにするのでなく、自分自身で将来を引き受ける覚悟が重要なのです。そう生きる人が増えていけば、おのずと社会はバランスが取れていくと思います」

 人間の手による惨劇を今に伝える中谷さんは、「人間の可能性」を限りなく信じていた。

    −−「特集ワイド アウシュビッツのガイド、中谷剛さんに聞く ヘイトガス室は一本の線 「今の日本は黄信号」」、『毎日新聞2017年10月06日(金)付夕刊。

-----




no title




f:id:ujikenorio:20180430221538j:image

2018-05-22

覚え書:「特集ワイド 利己主義ばかりのこの国で サラリーマン、酔って語るは政(まつりごと)」、『毎日新聞』2017年10月18日(水)付夕刊。

f:id:ujikenorio:20180516200016j:image

-----

特集ワイド

利己主義ばかりのこの国で サラリーマン、酔って語るは政(まつりごと)

毎日新聞2017年10月18日 東京夕刊

新橋駅ガード下の「羅生門」はサラリーマンらで満席だ=東京都港区で10日、根岸基弘撮影

 将来を託す衆院選の真っただ中、街場も政治談議で盛り上がっている。政界が建前の世界ならば、酒場は本音のるつぼだろう。サラリーマンの聖地、東京新橋のガード下から取材を始め、会話に耳を傾けてみると−−。【鈴木梢】

ステーキ増税いいけど、煮込みはダメよ ファンのため全力、野球の方がずっといい

 JR新橋駅に近い、ガード下にある居酒屋「羅生門」は、終戦間もない1947年におでん店として創業した。以来、アーチ橋の下で明かりを絶やさず、癒やしを求めるサラリーマンの活力源となってきた。カウンターで肩を寄せ合う出張帰りの2人組は、35年来の常連という星川義幸さん(67)と、仕事仲間の上尾野辺(かみおのべ)明彦さん(59)。この日は上尾野辺さんの誕生日。コップ酒で祝っている。

 2人の隣に座り、名物の「煮込み」を注文しようと壁を見上げる。メニューの下には後から付け加えたように、「+税」と書かれた札が張ってある。

 すると、ご主人がポツリ。「5%のころはまだお客さんから税金をもらわず我慢していたんだけど、8%に上がった時はさすがに厳しくてね。外税にしたんですよ」。選挙では、消費税を10%に上げるか、凍結するかも争点の一つとなっている。

 星川さんが「国は借金だらけだから、消費税は上げていいんだよ。下手すりゃ20%だっていい」と切り出すと、周りから反論が噴出。それでも持論を展開し、「ステーキに消費税をかけてもいいけど、この煮込みにかけちゃ駄目だよ。ぜいたくできない人だって食べなきゃ生きていけないんだから」と続けた。

 上尾野辺さんが「でも卵とかしょうゆとか、それぞれ増税か据え置きか区別するのが大変だっていうじゃないですか。政治家は業界とくっついているからできないんでしょ」と返すと、既得権益にまみれた政治に義憤を覚える星川さんはこう言い放った。「しがらみがあって決められないというなら、俺が決めちゃうよ」

 「安倍1強」に審判を下すこの選挙公示前、しがらみ政治を「リセットする」と息巻く政党が中心となって野党勢力が結集するかに思われた。

 「要は自民党も、モリ・カケ問題をリセットしたいから選挙するわけじゃないですか」。森友、加計(かけ)学園問題を話題にした上尾野辺さんは、電気設備の会社で営業部長を務める。「これから公共事業が増えないと困りますよ。建設業界は五輪需要が出始めているようですけど、うちの業界はまだですからね」。そう嘆くと、星川さんが「国のことを話しているんだよ。ちっちゃいねえ、考えが」とたしなめる。

 コップからこぼれた升の酒も飲み干すと、2人の口はより滑らかになった。

 思えば、芥川龍之介の小説「羅生門」は、災害に見舞われ飢餓に苦しむ社会を舞台に、「利己主義」とは何かを掘り下げた。現実に目を移すと「自分ファースト」の空気が世界を包み、この国の政治も自己都合と利害関係で動いているようだ。

 店内のラジオから、各党首が公約を訴えるニュースが流れてくる。「候補者選挙の時しか顔を見せず、街頭に立ってお願いします、お願いしますと連呼するだけ。選挙は所詮、数合わせ。心改めて、国民の目を見て政策を語らなきゃ駄目だよ」

 熱弁を振るう星川さんは、髪を淡い緑色に染めている。「『小池カラー』じゃないよ。白髪だから染めてみただけ。65歳を過ぎてさ、介護保険料をたくさん払うわけ。でも、いざサービスを受けようとしたら、施設が足りなくてなかなか入れないっていうじゃない。施設不足と言えば、保育園もそう。政治家が待機児童ゼロを掲げても一向に実現しない。選挙に勝つために言っているだけだからでしょ」

 そう言えば、新橋に向かう途中に出会った2歳と0歳の子どもを連れた女性(35)も嘆いていた。今は育児や家事を1人で担う「ワンオペ育児」の真っ最中。取材の間も2歳の子どもの機嫌をとるため、スマートフォンでNHKの教育番組おかあさんといっしょ」の動画を見せている。「正直、子育てに時間を取られ、新聞もニュースも見る暇がない。本音を言うと、投票に行くのがやっとです」

 子ども保育園に預けられなければ、復職を諦めなければならない。その焦りは募っているが、政治の力を借りるのではなく、自分で解決するしかない問題だと感じている。

 「羅生門」で飲んでいると、政治と同じぐらい熱が籠もる話題があった。選挙戦と並行して進むプロ野球クライマックスシリーズ上尾野辺さんは横浜出身で、今季セ・リーグ3位のDeNAの大ファンという。「今年こそ日本一」と鼻息は荒い。

 週末の14日、野球ファンがどれぐらい選挙に関心があるのか気になり、横浜に向かった。ファーストステージ初戦、DeNAは甲子園球場で2位の阪神と対戦。横浜スタジアムではパブリックビューイングが開催され、試合を中継するバックスクリーンに向かってファンが声援を送っている。

 日本シリーズ進出を懸けた決戦にただならぬ意気込みを感じるが、選挙野球をてんびんにかけたとしたら、どちらが大事なのか−−。

 「そんなの野球に決まっているじゃないですか。国民そっちのけの政治より、選手とファンが一体になれる野球の方がずっといい」。宇都宮市から横浜に帰省し、スタンドに駆け付けた会社員の男性(44)は政治への期待はなく、投票には行かないつもりだという。

 川崎市に住む会社員の男性(45)は、冷めた目で政治をウオッチしてきた。「政治家は景気が回復したと言いはやしているけど、うちのような大手企業でも給料は上がっていませんよ。経済政策の恩恵を受けているのはピラミッドの頂点のごく一握り。どんなに志を高く正義感を持って働いても、その一握りにはなれやしない。そんな状況に嫌気が差している人たちが、この場所に幸せを求めて来るんじゃないですか?」

 だから、支持政党はない。「政治にはビジョンが見えない。政治家は国民のために動いているのではなく、どう見ても自分のため。でも、選手たちは、チームやファンのために全力を尽くしていますよ」

 若き日は高校球児。男性にとって、野球は今も夢を見せてくれるもの。DeNA4番の筒香嘉智(つつごうよしとも)選手のホームランはその象徴だ。「筒香の打球は他の選手とは違い、別格なんです。バットに当たった瞬間から弾道が鋭いからスカッとして、元気を与えてくれる。政治や企業のリーダーは相手を出し抜いたり、足を引っ張ったりするばかり。感動や活力を与えてくれる政治家はいるんでしょうか?」

 そんな諦めから、過去の選挙では投票に行っていなかった。だが、今回はそんな失望を投票に結び付けるつもりだという。

 投開票日は22日。政治は、夢や希望を取り戻せるのだろうか。

    −−「特集ワイド 利己主義ばかりのこの国で サラリーマン、酔って語るは政(まつりごと)」、『毎日新聞2017年10月18日(水)付夕刊。

-----











no title




f:id:ujikenorio:20180430221428j:image

覚え書:「水田マリのわだかまり [著]宮崎誉子 [評者]斎藤美奈子(文芸評論家)」、『朝日新聞』2018年04月14日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180516200013j:image



-----

水田マリのわだかまり [著]宮崎誉子

[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

[掲載]2018年04月14日

■工場で働くやけくそ16歳の胸中

 佐多稲子『キャラメル工場から』(1928年)って知ってます? 野澤富美子『煉瓦女工』(1940年)は? どちらも主人公は10代の少女、どちらも作者自身の工場労働体験取材した小説だった。

 宮崎誉子は彼女たちの末裔(まつえい)じゃないかと私はかねがね思ってきた。戦前のいわゆるプロレタリア文学も含め、工場労働をしっかり書きこんだ小説は必ずしも多くない。だけど宮崎誉子は労働現場にこだわる。6年ぶりの本『水田マリのわだかまり』は、まさに平成のプロレタリア文学だ。

 主人公の「私」こと水田マリは16歳。母は宗教にのめり込んで娘の学資保険を解約し、父は家を出ていった。やけくそモードになったマリは3日で高校を中退、洗剤を扱う工場にパートで通いはじめた。

 洗剤をボトルに充填(じゅうてん)するライン、パウチ(袋)に充填するライン、段ボールをベルトコンベヤーから下ろしてパレットに積む仕事。フィリピーナから派遣ギャルまで、ここには300人の女性が働いている。

 〈まさかマリが工場なんてさぁ、昔の奴隷みてーじゃね?〉と案ずる彼氏には〈どんだけ時代錯誤脳なのよ?〉と答えるが、大丈夫かと問われれば〈大丈夫じゃねーよ。洗剤の原液が持つ破壊力がマジ、鼻の奥まで侵入してくんだもん〉。

 なのになぜ工場?

 彼女はじつは別のわだかまりを抱えていた。中学2年のとき、いじめが原因で同級生自殺したことが忘れられないのである。

 見て見ぬふりをした罪悪感。それゆえ〈容赦ないスピードで回転するベルトコンベヤーは、甘えが許されず、まるで罰を受けているみたいで安心する〉。

 平成のプロレタリア文学は闇ではなく、薄曇りである。学校も工場も、いじめが横行する一種階級社会であることをマリは見抜いている。怒りでも苦しみでもない、わだかまり。リアルすぎて恐(こわ)い。これが労働疎外ってやつなんだ。

    ◇

 みやざき・たかこ 72年生まれ。作家。98年「世界の終わり」でデビュー。著書に『少女@ロボット』『派遣ちゃん』。

    −−「水田マリのわだかまり [著]宮崎誉子 [評者]斎藤美奈子(文芸評論家)」、『朝日新聞2018年04月14日(土)付。

-----






no title



f:id:ujikenorio:20180430221425j:image


水田マリのわだかまり
宮崎 誉子
新潮社
売り上げランキング: 93,324

覚え書:「AIvs.教科書が読めない子どもたち [著]新井紀子 [評者]野矢茂樹(立正大教授)」、『朝日新聞』2018年04月14日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180516200010j:image


-----

AIvs.教科書が読めない子どもたち [著]新井紀子

[評者]野矢茂樹(立正大教授)

[掲載]2018年04月14日

■「東ロボくん」の挑戦と限界

 世の中にはAIに関する発言が溢(あふ)れ、素人にはなんだかよく分からないことになっている。そんな中でこの本は、快刀乱麻を断つがごとく、いやあ、歯に衣(きぬ)着せぬとはこの本のことである。そしておそらく、ものすごい企画力と行動力をもっているんだろうなあ。著者は、東大合格をめざすロボット「東ロボくん」の開発者であり、また「全国読解力調査」を立ち上げ、子どもたちの読解力がどれほど危機的なものかを知らしめた人である。

 東ロボくんは偏差値で60近いところまで来ている。60ぐらいまではいけるだろう。しかし新井さんはそのあたり止まりと見ている。AIは数学の言葉で動く。だから、数学の言葉で捉えられることなら、AIは人間より強くなれる。だけど、それは与えられた枠組みの中での計算で、枠組みそのものを問い直すことなんかできないし、文章を入力してあたかも意味が分かっているかのような反応はできても、意味が分かってるわけじゃない。

 逆に言えば、枠組みを問い直す力、意味を読みとる力こそ、AIにない人間の力なのだ。じゃあ、私たちはそういう力をもっているか。子どもたちはどうか。そして、子どもたちの読解力を調べ始めた。結果は、こんな文さえ読めないのかと、慄然(りつぜん)とするものだった。「人間の未来にもっと危機感を持て!」と新井さんは喝破し、「でも道はある!」と励ましてくれる。

 私としてはなるほどと納得し、そうだよなあと共感するばかりなのだが、ちょっと待てよ。AIは数学の言葉で動くというのは、現在の技術の延長で考えればそうなのだろう。しかし、もしその前提が崩れれば、AIの可能性はさらに拡大するのではないか。分かってないと怒られそうだが、思考の前提を疑うのは哲学者お家芸なのである。あ、そうそう。AIにはできない職業のリストに哲学者が入ってなかったのが、私には不満でした。

    ◇

 あらい・のりこ 62年生まれ。国立情報学研究所教授。著書に『数学は言葉』『コンピュータが仕事を奪う』など。

    −−「AIvs.教科書が読めない子どもたち [著]新井紀子 [評者]野矢茂樹(立正大教授)」、『朝日新聞2018年04月14日(土)付。

-----







no title








f:id:ujikenorio:20180430221421j:image

AI vs. 教科書が読めない子どもたち
新井 紀子
東洋経済新報社
売り上げランキング: 33

覚え書:「童謡の百年―なぜ「心のふるさと」になったのか [著]井手口彰典 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2018年04月14日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180516200007j:image


-----

童謡の百年―なぜ「心のふるさと」になったのか [著]井手口彰典

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2018年04月14日

■時代の要請に応えた変遷たどる

 私の本書への関心は、童謡、唱歌に対する日本人のイメージが「心のふるさと」に収斂(しゅうれん)されることへの疑問から来る。本書はそれに丁寧に答えてくれた、というのが正直な感想だ。

 1930年代、駐独駐在武官大島浩ナチスの高官に気に入られたのは、パーティーの挨拶(あいさつ)で、必ず達者なドイツ語で童謡を歌ったからだという。高官たちはときに涙ぐんだと私は聞いた。童謡を「心のふるさと」と説くのは、国家や民族を問わないのだろう。

 今年は「童謡百年」だという。鈴木三重吉が「赤い鳥」を創刊した年から数えてである。唱歌の誕生からは約135年。この間、童謡、唱歌はそれぞれの時代の国家目標、新メディアの登場などにより、多様な変化をとげた。文語体口語化、子供より大人が愛唱する時代、テレビ番組「ちびっこのどじまん」など、時代の要請とそれにこたえての変遷を本書は辿(たど)る。そして童謡が、「日本人の心のふるさと」に変化していく過程を分析した。

 大正期、童謡運動の牽引(けんいん)者であった北原白秋は、新しい童謡(大正期の創作童謡)と在来の童謡(わらべ唄)には、日本の伝統に連なる一貫性が必要だと主張し、「郷愁」が重要だと指摘する。大人も魅(ひ)かれるのはその点で、「兎(うさぎ)追いしかの山 小鮒(こぶな)釣りしかの川」なのであり、その記憶に涙を流すのであろう。

 童謡史において大正期は重い意味をもつ。北原は、子供は無垢(むく)であるだけでなく、残虐性をもちあわせていると説く。それが彼の作詞した童謡「金魚」(「赤い鳥」大正8年6月号に掲載)に表れている。母親が外出して戻らないことへの悲しみから、子供が金魚を殺す。残酷だとの批判に、主題は「母への思慕」だと説明している。

 童謡の両面を正確に見据えた記述は、一面しか見ない視点より広がりをもつ。国家権力が示すナショナリズムと一体化する童謡の危険性も浮かびあがる。

    ◇

 いでぐち・あきのり 78年生まれ。立教准教授音楽社会学)。『ネットワーク・ミュージッキング』など。

    −−「童謡の百年―なぜ「心のふるさと」になったのか [著]井手口彰典 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞2018年04月14日(土)付。

-----







no title


f:id:ujikenorio:20180430221418j:image



童謡の百年 (筑摩選書)
井手口 彰典
筑摩書房
売り上げランキング: 161,420

覚え書:「折々のことば:919 鷲田清一」、『朝日新聞』2017年10月31日(火)付。

f:id:ujikenorio:20180516200004j:image


-----

折々のことば:919 鷲田清一

2017年10月31日

 KEEP BRITAIN KIND AND TIDY

 (デイヴィッド・シュリグリー)

     ◇

 紙屑(くず)をゴミ箱に捨てる人物ドローイングに、KEEP BRITAIN TIDY(英国をきれいに)という標語を添えた環境美化キャンペーンのポスターがある。英国現代美術家はその紙屑を、「不寛容」「人種差別」「ヘイト」「脅威」といった語に描きかえ、そこにKINDの一語を書き加えた。「英国を優しく」と。Clean−up(清掃)は、浄化粛清をも意味する。国情の危うさをアートユーモアで撃つ。

    −−「折々のことば:919 鷲田清一」、『朝日新聞2017年10月31日(火)付。

-----




折々のことば:919 鷲田清一:朝日新聞デジタル





f:id:ujikenorio:20180512213839j:image

f:id:ujikenorio:20180430221413j:image

2018-05-21

日記:私は安倍総理と日蓮大聖人が少し重なって見えちゃいます。

f:id:ujikenorio:20180519215606j:image

私自身、創価学会公明党の問題には、もう呆れ果てて関わりたくないというのが正直なところなのだけど、見過ごすことの出来ない認識を発見したので、まあ、歴史の記録として残しておきたい。こういう認識は、公明党を支援することに熱を上げる創価学会活動家第一に注意しなければならないことなのではないか。

5月19日に「私は安倍総理日蓮大聖人が少し重なって見えちゃいます。」とツイートするものの、散々問題を指摘されるとツイートを削除して遁走のご様子。いちおう、魚拓はツイプロで保存しておいた。しかし、本当にオワコンなのは、学会員公明党を支援することは、まあ、理解できなくはないけれども、公明党与党にいるかどうかと関係なく「安倍首相はすごい」だそうな。おしまいやん。

いちおう、ツイートでのその「バカさ加減」について言及はしておいたので、歴史の記録として残しておく。


no title





f:id:ujikenorio:20180423200658j:image

覚え書:「書評:死体は嘘をつかない ヴィンセント・ディ・マイオ&ロン・フランセル 著」、『東京新聞』2018年04月08日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180516195533j:image



-----

死体は嘘をつかない ヴィンセント・ディ・マイオ&ロン・フランセル 著

2018年4月8日

 

◆小説より奇な真実を発掘

[評者]千街晶之ミステリ評論家

 海外では「検死医マッカラム」、日本では「アンナチュラル」など、検死をモチーフにしたテレビドラマは根強い人気を誇っているけれども、あれほど劇的な出来事は現実にはまず起こらないだろう…と考えるのは大間違い。アメリカの検死医だったヴィンセント・ディ・マイオが四十五年間の現役時代に扱った数々の事件を、作家ロン・フランセルと共著の形で振り返る本書は、語弊を承知で言えば、ひたすらフィクションのように面白い。

 ニューヨーク市検死局長を務めた父を持つ、親子二代の検死医であるディ・マイオは、幾つもの有名事件に関わり、豊かな知識と経験をもとに死因を究明してきた。中には、ケネディ大統領暗殺容疑者オズワルドとして埋葬された遺体は本人なのか…という陰謀論に基づく疑惑を解明するために、死後十八年経(た)ったオズワルドの墓から遺体を発掘したようなケースもある。

 黒人の少年が白人に射殺された事件を扱った第一章「白と黒の死」、過激派人種解放運動に関わっていたらしき二人の男性が謎の爆死を遂げる第四章「身元不明の爆死体」あたりは、ディ・マイオの検死により意外な真実が暴かれる展開がミステリ小説さながらで、自分が読んでいるのがノンフィクションであることをつい忘れそうになる。一方、幼い子供が犠牲者となる第三章「空っぽのゆりかご」や第六章「日常にひそむ怪物」などのエピソードは、やはり読んでいて辛(つら)い。

 第一章のような事件では、人種対立観点に基づくわかりやすいストーリーに人々が飛びつきがちで、メディア政治団体ばかりかオバマ大統領までが世論を煽(あお)る発言をした。そんな中、ディ・マイオは中立的な法医学の見地から、必ずしも大衆受けはしない、しかし確実な真実を告げる。

 ただし、その真実が法廷で受け入れられるとは限らない。ただ面白いだけではない本書の苦みを帯びた読み心地は、そこに由来している。

 (満園真木訳、東京創元社・2700円)

<Vincent Di Maio> 米国の元検死医。Ron Franscell 米国の作家・ジャーナリスト

◆もう1冊 

 上野正彦著『死体は語る』(文春文庫)。東京都監察医を三十余年務めた著者が、扱った変死体をもとに様々な事件についてつづる。

    −−「書評:死体は嘘をつかない ヴィンセント・ディ・マイオ&ロン・フランセル 著」、『東京新聞2018年04月08日(日)付。

-----






東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)



f:id:ujikenorio:20180423200655j:image


死体は嘘をつかない (全米トップ検死医が語る死と真実)
ヴィンセント・ディ・マイオ ロン・フランセル
東京創元社
売り上げランキング: 44,553

覚え書:「【書く人】暗部を探る駆け引き 『トマト缶の黒い真実』 フランス人ジャーナリスト ジャン=バティスト・マレさん(31)」、『東京新聞』2018年04月22日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180516195530j:image


-----

【書く人】

暗部を探る駆け引き 『トマト缶の黒い真実』 フランス人ジャーナリスト ジャン=バティスト・マレさん(31)

2018年4月22日

 

 「食料品の世界は大手企業が支配し、民主主義が守られていない。自分が日々消費するものについて深く知らないことは、非常に大きな罪だと感じました」。世界中に流通するトマト缶から、農業ビジネスの暗部に迫ったジャン=バティスト・マレさんは、二年半にわたる取材を終えた感想を語る。

 農業が盛んなフランス南部のプロバンス地方で生まれた。二〇〇四年、古里のトマト加工工場が中国企業に買収された。それを機に地元農家との取引が打ち切られ、情報もシャットアウトされるように。工場の中を見たいと交渉しても、決して許可されなかった。当時現場で目にしたのが、メードインチャイナと書かれた青いトマト缶。「なぜ中国のものがここに?」。その疑問が、長い旅路の出発点になった。

 濃縮トマトでビジネスを広げる中国将官、産地を誤認して買い求める消費者、法の網をくぐって過酷日雇い労働をする移民…欧米、中国アフリカと世界を巡り、あまたの証言を集めた。それらがパズルのピースのように組み上がり、中国経済施策の貪欲な実態や、弱者を搾取するグローバル経済のひずみが浮かび上がる。その旅の果て、著者はトマトが原料とは思えないほど黒ずんだ粗悪品「ブラック・インク」にたどり着く。

 取材対象が隠したがるものをいかに暴くかがジャーナリストの手腕。本書には監視の目を盗んで工場内を捜索したり、キーパーソンに取り入って情報を引き出したりと、スリリングな場面も登場する。「大事な情報を握る人の話は九十パーセントくらいうそ。にこやかに聞きながら駆け引きをして、最後にしっかり裏付けをするのがポイントです」という。

 「私は楽観主義なので、よりよい世界をつくるために貢献できると思っている。ただし、それは座って眺めているだけでは実現しない。動くことが大事だ」と力を込めるマレさん。前作では巨大企業「アマゾン」の配送センターに潜入取材して内情を告発フランスベストセラーになった。第三作にあたる本書では、国際的なジャーナリストとして飛躍した。「自分はまだまだ駆け出し。取り上げたいテーマもたくさんあるので、これからもっともっと記者として成長したい」

 田中裕子訳、太田出版・二〇五二円。 (岡村淳司)

    −−「【書く人】暗部を探る駆け引き 『トマト缶の黒い真実』 フランス人ジャーナリスト ジャン=バティスト・マレさん(31)」、『東京新聞2018年04月22日(日)付。

-----







東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)








f:id:ujikenorio:20180423200652j:image



トマト缶の黒い真実 (ヒストリカル・スタディーズ)
ジャン=バティスト・マレ
太田出版
売り上げランキング: 2,190

覚え書:「【東京エンタメ堂書店】<小林深雪の10代に贈る本>読書の春にミステリー」、『東京新聞』2018年03月26日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180516195527j:image


-----

東京エンタメ堂書店】

小林深雪の10代に贈る本>読書の春にミステリ

2018年3月26日

 春休み。卒業や、学年が終わって、次の始まりを待つ季節。そして、宿題がないので、じつは読書の秋よりも、じっくり本を読むには最適の季節。さあ、この春、時間を忘れて一気読みしたいミステリーを読んでみませんか?

◆輝く永遠の名作

 <1>アガサ・クリスティーそして誰もいなくなった』(ハヤカワ文庫八二一円)

 定番中の定番ですが、ミステリーといえば、やはりクリスティー。近年も、次々と映画化、ドラマ化され、さらに読者を増やし続けています。

 最初の一冊なら、孤島に集められた十人が、マザーグースの童謡になぞらえて一人また一人と殺されていく本作を。クローズドサークル(閉鎖された空間)での、見立て殺人(童謡や言い伝え通りに事件が起こる)という設定が効いています。巻末の解説で、赤川次郎さんが<一番好きな作家で一番好きな作品。こんな本が書きたいという目標。>とまで書いている代表作です。

 わたしも中学時代にクリスティーに夢中になり、名探偵ポアロの登場する『アクロイド殺し』では、最後の一行で驚きの悲鳴をあげました。また可愛(かわい)いおばあちゃん探偵、ミス・マープルも大好きです。『パディントン発4時50分』に出てくる数々の料理など、英国文化や生活描写も魅力的で憧れました。

◆日常に謎解きを

 <2>北村薫『空飛ぶ馬』(創元推理文庫、七七八円)

 主人公の女子大生「私」が探偵役の落語家の円紫さんと「日常の謎」を解いていくシリーズ一冊め。五つの短編が収められています。

 殺人など派手な事件は起こりません。ごく普通の人たちの日常生活、そこで起こるちょっとした心の変化、すれ違い、小さなつまずき、または気遣いを描いていきます。

 「砂糖合戦」では、喫茶店で三人の女の子たちが、それぞれの紅茶のカップに七、八杯も砂糖を入れるのを見て、その理由を推理していきます。謎解きのスリルは、日常のいたるところで探せるんですね。

 そして、主人公の「私」がチャーミング。少年のようなショートカットで、やせっぽち。少し古風でお母さんを「母上」と呼び、落語と読書が大好き。こんな友達がいたらいいなと思わせてくれます。

 わたしは表題作の「空飛ぶ馬」が一番好きなのですが、主人公は最後にこう言います。<解く、そして、解かれる。解いてもらったのは謎だけではない。私の心の中でもなにかが静かにやさしく溶けた。>

 この本を読み終わった時、まさに同じ気持ちになれる温かなミステリーです。

◆少女の甘い悪夢

 <3>皆川博子『倒立する塔の殺人』(PHP文芸文庫、七四一円)

 舞台は、第二次世界大戦終戦前後の東京ミッションスクールです。少女たちの友情と愛憎。そして、その果ての殺人事件が描かれます。

 でも、その殺人事件よりも恐ろしいのは、淡々とした戦争描写です。食糧難からの飢え、学徒勤労動員による軍事工場での作業。空襲によるサイレンや爆撃。戦争に行ったまま帰らない父親。家族や友人のあっけない死が、リアルに迫ってきてゾッとします。

 でも、そんな中でも、少女たちは防空壕(ごう)で「美しく青きドナウ」を歌い、ダンスを踊り、本を読み、画集を眺め、ノートを回して小説を書き継ぎ、憧れの女生徒にスミレの花束を贈ります。極限状態でも、いや、それだからこそ、人は、芸術や憧れを求める。芸術や憧れとは、干からびた心を水のように潤してくれる、必需品なのだとわかります。

 甘く美しい悪夢を見ているような、幻想的な読書体験をぜひ。

 <こばやし・みゆき> 児童文学作家。『作家になりたい!(3)』(講談社青い鳥文庫)発売中。

    −−「【東京エンタメ堂書店】<小林深雪の10代に贈る本>読書の春にミステリー」、『東京新聞2018年03月26日(日)付。

-----







東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)


f:id:ujikenorio:20180423200648j:image


倒立する塔の殺人 (PHP文芸文庫)
皆川 博子
PHP研究所 (2011-11-17)
売り上げランキング: 119,956

覚え書:「特集ワイド 山尾氏勝たせた女性の「現実」」、『毎日新聞』2017年10月25日(水)付夕刊。

f:id:ujikenorio:20180516195524j:image


-----

特集ワイド

山尾氏勝たせた女性の「現実」

毎日新聞2017年10月25日 東京夕刊


逆風が伝えられた選挙戦だったが、山尾さんを待つ女性たちがいた=愛知県大府市で、2017年10月15日、田村彰子撮影

 意外な結果と言うべきなのか。既婚男性との交際疑惑が週刊誌に報じられたことで民進党を離党し、無所属衆院選を戦った山尾志桜里さん(43)=愛知7区=が、834票差で自民前職との大激戦を制した。「逆風」の中、彼女を押し上げたものは何か。【田村彰子、斎川瞳】 

「声届けて!」私生活より切実さ

 「今からそちらにうかがいますから、よかったら待っててくださいね」

 衆院選中盤の15日午後、愛知県大府市内には時折冷たい雨が降った。選挙カーの上でマイクを握った山尾さんは、集まった数人の女性にこう呼び掛けた。

 演説が終わると、山尾さんは聴衆の元に駆け寄り、子どもを抱き上げた。母親には「共働きなの? 実家が近くにないと特に大変だよね」と切り出し、子育ての悩みを話題にした。

 山尾さんは2016年2月、国会で「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名ブログを取り上げ、待機児童問題の解消を安倍晋三首相に迫り、注目された。今年9月の民進党代表選後、当選2回の山尾さんを幹事長に抜てきする人事案が固まった。だが交際疑惑が報じられたことで山尾さんは党を離れた。

 無所属で臨んだ今回の選挙。連合などの組織票は見込めず、山尾さんは「どぶ板選挙」を貫いた。陣営幹部によると、街頭演説と聴衆との握手に多くの時間を割いた。「臆せず逃げ出さず、市民の元に飛び込んでいくことが鍵になると感じたのです」と山尾さん。地元でいくら汗をかいたとしても「交際疑惑」は女性に嫌悪感を抱かせかねない。実際、街頭演説では「帰れ」といったヤジはあった。また、街頭演説を聴いていた女性(38)は「彼女と握手もしましたよ。でも、投票するかどうかは分からない。不倫疑惑が問題になるのかは分かりませんが、不審な気持ちは拭えません」と冷ややかだった。ただ、選挙戦では、山尾さんを応援している女性が目立った。

 その背景には山尾陣営が女性の支持を固める戦略を取ったことがある。選挙前は、喫茶店や個人宅などに女性を集め、騒動をわびるとともに声に耳を傾けた。そして「子育てや女性問題を取り上げる議員は少ない。だから私を使ってほしい」と訴え続けたのだ。

 その姿勢に女性は一定の理解を示したのか。子連れで集会に参加した女性(44)は「安倍首相に待機児童の解消を訴える姿をテレビで見ましたが『その通り!』と思いました。男性議員は私たちの深刻さが分かっていない。子育てに悩む女性を手助けしてくれるのは山尾さん以外には浮かばなかった」と話す。

 女性団体が反発するかと思いきや、そうでもなかった。これまでの衆院選では表立って山尾さんを応援しなかった「女性首長を実現する会 愛知」は支援を表明した。その声明文には「(山尾さんは)私たちの望む男女平等政策の実現に向け尽力している貴重な代議士のひとりです」と記し、彼女の政治生命が奪われれば政治状況が後退、悪化しかねないと表明した。事務局長の栗原茜さんは「私たちは、個人的なスキャンダルと政治家の資質は別だと考えています。さらに週刊誌が出た後『女性たちががっかりしている』という趣旨の報道がありましたが、『それは違う』と示したかった」と説明する。交際疑惑は支援に無関係と判断したわけだ。

 ブログに「保育園落ちた」と書いた女性は今、山尾さんに対してどんな感情を抱いているのだろう。交際疑惑は「疑われる行動をしたのはうかつだった」と批判するが、「国が待機児童解消へ動き出すきっかけを作ってくれたと思っていますので、とても感謝しています」と実績は相変わらず認めている。

 安倍政権は「女性が輝く社会」を掲げているが、成果は見えていない。その現実を変えたいと行動する女性議員−−。山尾さんはその象徴なのだろうか。ブログの女性も「20年以上前から言われている待機児童問題は、国が本腰を入れていたら何年も前に解決できたのではないでしょうか。山尾さんには、これからも待機児童や女性にとって不利益な問題をバリバリ解決していってほしい」と期待する。

脱「男性社会」への意思表示?

 山尾さんの当選を「男は邪魔!」「日本男子♂余(あま)れるところ」などの著書があるノンフィクション作家の高橋秀実(ひでみね)さんはこう見ている。「有権者は、プライベートではなく冷静に仕事ぶりを評価したのではないでしょうか。法律に通じている彼女を立法者として選ぶのは当然だと思いますね。それが国会議員の本業なんですから」。有能な候補だからこそ、有権者の支持を集めたと分析する。

 高橋さんは「優秀な女性はいっぱいいます」とも言うのだが、国会議員の男女比はアンバランスだ。スイスに本部がある列国議会同盟の調べでは、衆議院の女性議員の割合は解散前9・3%で193カ国中165位、選挙後は10・1%になった。

 この数字が示すように国会は「男社会」にほかならない。高橋さんは「軍隊体育会系の流れなのか男性が多い組織は、先例主義だし、やたら序列をつけたがる。その結果が日程調整で物事が決まる今の国会じゃないですか。そのほうが男性は楽なんですよ」と話す。そんな慣習を女性ならば変えていけるのではないかと指摘する。「有能な女性議員が増えていけば、なあなあでは済まないでしょう。『うるさい女』と陰口を言っている場合じゃなくなり、きちんと議論しなければいけません。いっそのこと、国会で『自由討議』を増やして論戦を繰り広げてほしい。安倍首相は『女性が輝く社会』などと言っていますが、見本としてまず国会で実現すべきです。女性議員が増え、活躍すれば無能な人はいなくなるはず。その方が有能な男性議員だって輝けるんじゃないでしょうか」

 上智法学部教授の三浦まりさんも女性の視点を政治に生かすべきだと主張する一方で「壁」の存在を感じている。「女性議員が政策を作りたいと希望しても実行するには、ポストを握っていたり選挙支援をしてくれたりする、権力がある男性議員の支持を取り付けないといけません。圧倒的に男性が多い中では発想や行動が必要以上に男性的になってしまい、女性の感覚と乖離(かいり)する恐れがあります」と説明する。そうした中でも山尾さんは女性の声を積極的に取り上げようとしていたと評価する。「女性候補者が多く、選択肢がある状況ならば、プライベートが気に入らないとの理由で投票しなくてもいいかもしれない。でも、女性議員が少ない現状では、有権者マイノリティーの意見をすくい上げられる女性が必要だと判断し、山尾さんに1票を投じたのでしょう」

 女性議員が少ない現実があるからこそ、スキャンダルがあったとしても山尾さんを「女性の代弁者」として支持した層は大崩れしなかったのだろう。

 山尾さんは投開票が行われた22日夜、事務所で「赤ちゃんを抱っこしたお母さん、子どもの手を引いたお父さん、これほど女性や子どもたちの手を握った選挙は初めて。その真剣なまなざしに応えたい」と支持者の前で誓った。深夜も続けられた開票状況をテレビで見守っていた三浦さんは「組織に頼れなくなった分、より女性の切実な声を実感したのではないかと思います。山尾さんには女性の訴えを取り上げることを自分の使命としてほしい。また、各政党には、女性の声をすくい上げれば、組織力に頼らなくてもこれだけの票になるんだと気づいてほしい」と話した。

 山尾さんは女性たちの期待にどう応えていくのだろうか。

    −−「特集ワイド 山尾氏勝たせた女性の「現実」」、『毎日新聞2017年10月25日(水)付夕刊。

-----




特集ワイド:山尾氏勝たせた女性の「現実」 - 毎日新聞


f:id:ujikenorio:20180423200645j:image

2018-05-20

覚え書:「論点 2017衆院選 憲法論議の行方」、『毎日新聞』2017年10月20日(金)付。

f:id:ujikenorio:20180516195259j:image

-----

論点

2017衆院選 憲法論議の行方

毎日新聞2017年10月20日

 憲法改正をめぐる衆院選の論争にすれ違いが目立つ。9条への「自衛隊の明記」など4項目の改正を公約に掲げる自民党。一方、希望の党日本維新の会憲法改正には前向きだが、重点分野は異なる。総選挙で「改憲勢力」が拡大する可能性が浮上する中、野党の一部は「9条改憲反対」の訴えに力を入れる。憲法論議をどう見るか。

牧原出氏

内政の争点、覆い隠す側面 牧原出・東京大先端科学技術研究センター教授

 与党の中でさえ賛否が分かれている憲法改正を、自民党衆院選公約にあえて掲げた。経済を中心とする内政上の争点を覆い隠す側面があるのは否定できないだろう。安倍晋三政権の看板経済政策であるアベノミクスのうち「第三の矢」である成長戦略を打ち出すことが難しくなってきているからだ。

 自民党公約に盛り込まれた憲法改正4項目のうち、9条について安倍首相は「1項(戦争放棄)と2項(戦力不保持)をそのままにして自衛隊を位置づける」と提案した。憲法を改正しても改正しなくても実際上は大きな変化が出るわけではない。しかし、将来的には、限定的にしか認めていない集団的自衛権行使の範囲を広げ、安全保障関連法に基づく自衛隊の任務が拡大する可能性がある。いずれ、2012年の自民党憲法改正草案のように「9条2項を削除する」という議論が再浮上するかもしれない。

 災害などの緊急事態への対応や、教育の無償化には憲法を改正する必要はなく、一般法律で対応が可能だ。一方、「1票の格差」を是正するために導入された参院の合区を解消することは、憲法改正によって取り組むべき課題だと思う。合区を解消して県を選挙区の単位とするためには「1票の格差」を許容する規定を憲法に盛り込まないといけないだろう。

 衆院選自民党勝利したとしても憲法改正に勢いがつくとは私は見ていない。首相個人への信任ではなく、党への信任であり、分けて考える必要があるからだ。今春までは安倍政権支持率が高かったので、国論を二分する安全保障関連法や改正組織犯罪処罰法(共謀罪法)を成立させることができた。だが、首相は森友・加計(かけ)学園問題などで説明責任を果たしておらず、内閣支持率は低迷する可能性がある。選挙後も内閣支持率が低いままだと、首相憲法改正の旗を自ら振るのではなく、党に委ねるのではないだろうか。

 自民党希望の党日本維新の会など、できるだけ多くの政党の賛成を得られるような憲法改正案をまとめようとするのではないか。選挙結果次第で希望の党憲法改正について党内で意見がまとまらない可能性がある。自民党が「来年中の憲法改正案発議、国民投票」に持ち込みたいとの日程を設定する場合、自民党公約の4項目の中から改正案が発議される可能性が高い。だが、自衛隊憲法9条に位置づける憲法改正案を発議する場合は、専門家を納得させられるだけの練られた条文案でなければ、議論百出の末、国民投票で否決されるだろう。

 国会憲法改正案の内容を慎重に議論した上で発議するのは重要なことだと思う。その後の国民投票憲法改正案が承認されたとしても、否決されたとしても、その点に変わりはない。現行憲法は国民が選んだ憲法ではないので、国民投票の実施は国民が憲法を選びとる機会になるからだ。否決されたとしても、未来永劫(えいごう)に憲法改正ができなくなるわけではない。憲法改正は日程にこだわらず、じっくりと腰を据えて議論すべきだ。【聞き手・南恵太】

森本敏

自衛隊明記、政治の責任 森本敏・元防衛相

 諸外国から見ると、戦力不保持と交戦権否認を定めた憲法9条2項の条文は、自衛隊の戦闘能力などの現状と比べ、違和感があるに違いない。これまで政府憲法の解釈によって自衛隊を合憲と説明してきた。自衛隊の存在を憲法に明記すれば、戦後長らく続いてきた「自衛隊は合憲か違憲か」という議論は行われなくなる。代わって「これから自衛隊にどのような活動をさせるか」という運用論が主になり、論議の焦点が変わるだろう。

 自衛隊憲法に明記されていないため、防衛相当時の国会答弁では自衛隊について「自衛のための必要最小限度の実力」の保持は憲法上認められているという従来の政府の見解を引用してきた。憲法にきちんと書いてあれば説明するまでもない。自衛隊員にとっても、国民の負託を受けて任務を遂行することが明確になるので、自衛隊を明文化した方がいい。内外で評価の高い自衛隊憲法上疑義がある状態にしたままにしておくのは政治の怠慢だ。

 安倍晋三政権には、今まで放置されてきた自衛隊のあり方について、あいまいさをなくすことが政治の責任だとの考え方があると思う。憲法改正を発議するには、改正に前向きな勢力が3分の2の議席を得ないとできない。選挙結果を踏まえ、発議が可能になった機会をとらえて改正を実現するのは為政者の重要な役割といえる。

 ただ、今回の衆院選は、郵政民営化が問われた2005年の郵政選挙と異なり、憲法改正が一大争点になって是非が問われる選挙戦にはなっていない。仮に自民公明両党合わせて与党が大勝したとしても、憲法改正について多数の国民の支持が得られたと受け止めるのは早計なのではないか。有権者は消費税率を引き上げた後の増税分の使途や、日常生活に密着した問題にも関心があったのであり、憲法改正は数多い争点の一つにすぎないからだ。

 憲法改正自民党は「自衛隊の明記、教育の無償化・充実強化、緊急事態対応、参院の合区解消」の4項目を選挙公約に盛り込んだ。しかし、教育の無償化にはその対象や財源論が不可欠であり、具体的な議論は深まっていない。憲法改正に前向きな希望の党も「9条を含め改正論議を進める」というが、スタンスがよく分からず、党として意見を集約し切れなかった印象がある。党首討論会でさえ、憲法改正を巡って十分かみ合っていなかった。本格的な議論衆院選後になる。

 安倍首相は20年の改正憲法施行を目指しており、今秋から自公間で議論が始まり、早ければ来年の通常国会憲法改正案を発議することもあり得るだろう。与野党議論にあたっては、衆参の憲法審査会で丁寧な資料をつくり、議論の中身が国民の目に見えるようにしてほしい。マスコミ世論調査では、自衛隊の存在を明記する9条改正案に回答者の過半数の賛成はまだ得られていないのが現状だ。自民党だけが決めるのではなく、できるだけ多くの議員が発議に加わらないと、国民投票に向けた国民の理解は得られない。【聞き手・中村篤志

吉岡忍

改革者の顔した権力に用心 吉岡忍日本ペンクラブ会長

 日本ペンクラブの創立には「表現の自由」という憲法理念が深く関わっている。島崎藤村を会長に設立されたのは1935(昭和10)年。その頃の日本は満州事変国際連盟脱退と国際的孤立を深めていた。

 約100人の文学者が集まった。藤村はフランスジャーナリスト清沢洌米国小説家岡本かの子は欧米と、外国暮らしが長く、世界が日本の都合だけでできていないことを体験的に知っていた。だが、日中戦争太平洋戦争と続く時代、言論統制が強まり、ペンの息の根も止められた。

 国際ペンも、第一次世界大戦の荒廃を目の当たりにした欧州文学者たちの議論から21年に生まれた。敵味方に分断されていた彼らも、戦時下で最初に規制されるのは言論の自由だ、と気づいたからである。言論表現の自由と平和。日本ペンクラブと国際ペンの双方にとっての柱といえる。

 言論表現の何が問題とされるかを考えるとき、第1回芥川賞作家である石川達三の「生きている兵隊」が参考になる。南京事件に関わった軍隊取材した小説で、編集部が描写を自主規制したにもかかわらず、掲載した「中央公論」は発売禁止となり、作者も編集者も新聞紙法違反で有罪判決を受けた。

 小説は住民虐殺など戦争の残虐さだけでなく、生きるか死ぬかの戦場で次第に精神的変調をきたしていく若い日本兵の姿を描いていた。私は60年代後半、ベトナム戦争米軍脱走兵をかくまい、海外に逃がす活動をした際、人間として壊れていく若者に会った。その後、アフガニスタン旧ユーゴスラビアでも社会的不適応に悩む元兵士たちを見た。戦争は昔もいまも、渦中の人間たちを破壊し、背後の社会を息苦しくさせる。

 日本ペンクラブは今年、「共謀罪」の強行採決に際して、法案審議のやり直しを求める声明を出した。また、北朝鮮核実験非難するとともに、世界が冷静に、情理を尽くして対処するように求める声明も出した。2005年に憲法改正国民投票法案の白紙撤回を求める声明を発表したのは、曖昧な文言で広範な規制が及ぶ危険を否定できないからだ。言論の自由多様性民主主義の基本であり、マスメディアインターネット言論の規制には大いに疑問を感じる。

 気をつけなければいけないのは、戦争も、言論統制も、改革者の顔をした権力がやるということだ。かつてヒトラーは「貧困を救え」「ドイツの森を守れ」「若者よ、社会に奉仕しよう」と叫んで政治的熱狂をあおり、政権を奪取した。日本の軍部政党政治の腐敗をなじり、凶作にあえぐ農家を救おうと呼びかけて権力を握り、戦争の悲惨へと人々を引きずり込んでいった。

 現代には情報洪水というわなもある。情報があふれ、スマートフォンで何でも調べられるが、そこには現場も現実もなく、生身の人間もいない。ものを知る、知る構えをつくるには、歴史や現実や人間とたくさん関わり、対話しなければならない。若い人には目先の改憲護憲情報に惑わされず、自分の力でじっくり考えてもらいたい。【聞き手・岸俊光】

憲法改正を巡る各党の主張

自民党 自衛隊の明記など4項目中心

希望の党 9条を含め改憲論議を進める

公明党 不備があれば条文追加(加憲)

共産党 安倍政権の9条改悪に反対

立憲民主党 衆院解散権の制約などを論議

日本維新の会 教育無償化統治機構改革等

社民党 9条の平和主義を守りいかす

日本のこころ 自主憲法の制定を目指す

 ご意見、ご感想をお寄せください。 〒100−8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp

 ■人物略歴

まきはら・いづる

 1967年生まれ。東京大法卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員研究員、東北大大学院教授などを経て現職。専門は行政学政治学。著書に「『安倍一強』の謎」など。

 ■人物略歴

もりもと・さとし

 1941年生まれ。防衛大卒外務省情報調査局安全保障政策室長などを経て2012年6月、野田佳彦内閣で民間人出身初の防衛相となった。現在、拓殖大総長、防衛相政策参与。

 ■人物略歴

よしおか・しのぶ

 1948年生まれ。ノンフィクション作家。元放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会委員長代行。著書に「墜落の夏 日航123便事故全記録」「M/世界の、憂鬱な先端」など。

    −−「論点 2017衆院選 憲法論議の行方」、『毎日新聞2017年10月20日(金)付。

-----

論点:2017衆院選 憲法論議の行方 - 毎日新聞



f:id:ujikenorio:20180423200545j:image

覚え書:「書評:宝塚戦略 小林一三の生活文化論 津金澤聰廣 著」、『東京新聞』2018年04月08日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180516195256j:image



-----

宝塚戦略 小林一三の生活文化論 津金澤聰廣 著

2018年4月8日

◆モノからコトへ先駆

[評者]森彰英ジャーナリスト

 鉄道関係者の間で「阪急モデル」という言葉がよく使われる。鉄道を幹として沿線の不動産開発、流通・娯楽などの枝葉を茂らせるグループ経営で、阪急電鉄創業者小林一三によって原型が作られた。しかし沿線の少子高齢化が進む中で見直しが迫られている。二十七年前に書かれた本書の「序」に登場する宝塚ファミリーランド、阪急西宮スタジアムは今はなく、阪急百貨店大阪ステーションシティにのみ込まれ、かつての存在感はなく、高級住宅地・芦屋高齢者の街となった。この本は古びてしまったのか。

 だが、読み進むうちに現代に通じる新しさを感じた。例えば、小林が創出した百貨店や遊園地のイベントは今、盛んに言われているモノ消費からコト消費への誘導であったし、まちづくりコミュニティ構築の提案は今の自治体デベロッパー提案よりもはるかに先行している。彼の人脈形成を追った「実業家小林一三」では意外な発見をした。彼を慶応福沢諭吉人脈に連なると思っていたが、早稲田の社会思想家・安部磯雄に私淑し、大衆本位の娯楽提供や郊外の開発などは安部の社会改良論の実践であった。

 標題通りに宝塚歌劇についてはその誕生、育成から世界的なエンタテイメントに発展するまでの叙述に著者は力を傾けているが、結論は宝塚が情報生活文化産業の原点になったということである。

 (吉川弘文館・2376円)

<つがねさわ・としひろ> 1932年生まれ。関西学院大名誉教授。

◆もう1冊 

 小堺昭三著『小林一三−天才実業家と言われた男』(ロング新書)。時代を読む力、独創的な経営哲学の背景に迫る。

    −−「書評宝塚戦略 小林一三の生活文化論 津金澤聰廣 著」、『東京新聞2018年04月08日(日)付。

-----






東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)



f:id:ujikenorio:20180423200541j:image



覚え書:「書評:私の少女マンガ講義 萩尾望都 著」、『東京新聞』2018年04月08日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180516195253j:image


-----

私の少女マンガ講義 萩尾望都 著

2018年4月8日

◆生命が輝きだす瞬間

[評者]小林深雪児童文学作家

 萩尾望都先生の漫画を読むと、いつも天地がひっくり返るほどびっくりする。そして、その作品の余韻は、不思議な重みを持って胸の奥に深く深く沈む。こんな刺激的な体験は、めったにできない。

 著者の漫画を読んだことのない方、少女漫画に興味がない方。今、この書評をスルーしようとしたあなた。ちょっと待ってください! 四十六ページを開いて、八ページだけ読んでください。そうしたら、この本のすべてと萩尾漫画を読まずには、いられなくなるはず。

 そこには、野田秀樹さんも舞台化したあの傑作短編「半神」の全十六ページが再録され、どのように、この漫画を紡ぎ出したのか、その創作作法がページごとに語られているのです。すごい!

 漫画の中の主人公たちは、常に瞬間のコマの中にいます。その停止画の連続がみずみずしく動き、輝き出し、わたしたちの前に生命を持って現れる。その秘密を、あなたは知りたくないですか? 

 一九六九年のデビューから常に漫画のフィールドを広げてきた萩尾先生が、イタリアで行った講義を完全収録。その鋭い洞察力と漫画への深く優しい眼差(まなざ)しで「リボンの騎士」から「大奥」まで、少女漫画史を紐(ひも)解いてくれます。また、原発事故をテーマにした「なのはな」や新作「春の夢」など自作を語るインタビューも。全漫画関係者と漫画好きは必読!

 (新潮社・1620円)

<はぎお・もと> 1949年生まれ。漫画家著作ポーの一族』『11人いる!』など。

◆もう1冊 

 福田里香著『まんがキッチン おかわり』(太田出版)。「ポーの一族」など名作漫画から生まれたお菓子とエッセー。 

    −−「書評:私の少女マンガ講義 萩尾望都 著」、『東京新聞2018年04月08日(日)付。

-----







東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)








f:id:ujikenorio:20180423200537j:image



私の少女マンガ講義
私の少女マンガ講義
posted with amazlet at 18.05.16
萩尾 望都
新潮社
売り上げランキング: 5,963

覚え書:「書評:瀬戸内文化誌 宮本常一 著」、『東京新聞』2018年04月08日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180516195250j:image


-----

瀬戸内文化誌 宮本常一 著

2018年4月8日

島嶼の変遷に心を寄せる

[評者]神崎宣武民俗学者

 宮本常一にとって、「瀬戸内海」は終生の研究テーマであった。本書は、昭和二十一年から五十三年までに月刊誌叢書(そうしょ)類に寄稿した十五本の文章を編じたものである。編者の田村善次郎がいう。「宮本先生の方法は、人文地理的な景観伝承を資料とし、さらに文献をも援用することによって、島嶼(とうしょ)社会の変遷と現状を明らかにしていこうとするものであった」

 かつて、瀬戸内海には、現在(いま)からは想像もつかぬほど頻繁に多くの木造船の往来があった。漁場を求めて漂泊する家船(えぶね)、米・衣料・茶碗(ちゃわん)・テグス(漁糸)などを売る行商船、それに出買(でがい)船(肥(こえ)買船や木綿船など)である。

 そして、船で往来する人たちのうち何人もが島に移住することにもなった。とくに、サツマイモが入ってきてからは、島の暮らしは半農半漁の形態となって安定した。が、実は、そこに至るまでには数えきれないほどの往来と出入りがあったのだ。

 さらに歴史をさかのぼって、古くは海賊船の往来もあった。中世から近世初期にかけて、その一部は定住性をもつことにもなった。だが、海賊船は、明治末ごろまではみられた、という。その襲撃を防ぐため、米穀類や鉄鉱石を運ぶ大型帆船では、常に船内で粥(かゆ)を炊いていたそうである。そして、相手が海賊船であるとわかると、いきなり煮えたぎった粥を彼らの頭からかぶせたのだ。

 航海に必要な「山アテ、星アテ」(位置の確認)は、羅針盤やナビが発達するまでは、どの船にとっても必需というものであった。

 いまでは、昔話としても聞きとりにくくなった、そうした話を、宮本常一は、ごく日常の会話の延長にあるかのごとく、平易に書き記している。そこには、周防(すおう)大島に生まれ育ち、以降も故郷を忘れることのなかった宮本の、やさしくもたしかなまなざしがある。

 もう二度とこのような民俗書は出ないであろう、と脱帽する。

 (八坂書房・3024円)

みやもと・つねいち> 1907〜81年。民俗学者。著書『忘れられた日本人』など。

◆もう1冊 

 宮本常一著『塩の道』(講談社学術文庫)。表題作と「日本人と食べもの」「暮らしの形と美」…日本人の生きる姿を伝える三作を収録。

    −−「書評瀬戸内文化誌 宮本常一 著」、『東京新聞2018年04月08日(日)付。

-----







東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)


f:id:ujikenorio:20180423200533j:image



瀬戸内文化誌
瀬戸内文化誌
posted with amazlet at 18.05.16
宮本常一
八坂書房
売り上げランキング: 499,707

覚え書:「折々のことば:917 鷲田清一」、『朝日新聞』2017年10月29日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180516195246j:image


-----

折々のことば:917 鷲田清一

2017年10月29日

 内面と外面のむすびつきのたががはずれているのが人間なのである。

 (野村雅一

    ◇

 犬たちとは違い(?)、人の感情とふるまいは直結していない。他人と同じ空間にいるとすぐさま同調や反撥(はんぱつ)が生じ、顔をつくろったり声色を整えたりしている。しかも身体のそうした所作には「暗黙で、しばしば無意識の、しかし精緻な」文化の癖がことのほか深く浸透している。人は自分が思っているほどに個性的ではない。文化人類学者の『身ぶりとしぐさの人類学』から。

    −−「折々のことば:917 鷲田清一」、『朝日新聞2017年10月29日(日)付。

-----




折々のことば:917 鷲田清一:朝日新聞デジタル





f:id:ujikenorio:20180512213425j:image

f:id:ujikenorio:20180423200530j:image



身ぶりとしぐさの人類学

2018-05-19

日記:あんときのデジカメ:Pentax Optio M30 2007年 日常生活のメモに便利な中堅機

01 PENTAX optio M30064



■ ペンタックス・エントリークラス初の「薄型」

 中古だと割合と安く手に入るのがペンタックスコンパクトデジタルカメラです。昨年は、いわゆる「超小型」といわれるOptioの「S」シリーズを「あんときのデジカメ」でもいくつか紹介しましたが、今回はエントリークラスの「M」シリーズの「Optio M30」(2007年3月発売)を手に入れましたので、1ヶ月弱の試写ですが、ご紹介したいと思います。

「あんときのデジカメ」のシリーズを始めるまで、筆者は、Optio S5n(2005年3月)、Optio X(2005年6月)、Optio I-10(2010年2月)を使ってきましたが、シリーズをはじめて気がついてみると、割合とペンタックスコンデジがかなり集まってきましたが、ジャンク扱いで保証なしみたいなそれをあつめてきた割には、実際には充電してみると「つかえるやんけ!」みたいなのが多く、同じようなラインナップで言うと富士フィルムコンデジが、充電してみたけど「つかえないやないけ!」というのとは非常に対比的です。

さて、エントリークラスの「M」シリーズのOptio M30は、ジャンク扱い本体のみで90円で、送料いれて300円程度で入手しましたが、その出来栄えはいかがなものでしょうか。

 いわゆる「S」シリーズは、名刺サイズで「超小型」なんですけど、割とボテッとした筐体。それに対して「M」シリーズの3代目の「M30」は、筐体の厚さが「半分」とはいわないまでもすっきりとした薄型ボディ。前2機種が乾電池仕様でしたがM30から専用充電池。純正のリチウムイオンバッテリーD-LI63を持っていなかったのですが、富士フィルムのNP-45と共用電池なので、こちらをセットして使ってみました。M30の乾電池から充電池への仕様変更は、単なるエントリークラスで終わりにしない「スタイリッシュ」プラスというのはペンタックスの挑戦かも知れません。発売時のレビューなどを見ると「中堅機」という位置づけのようです。

■ ペンタックスの挑戦

さて、先に「ペンタックスの挑戦」などと言及しましたが、M30は2007年春モデル。同時発売のOptioシリーズは、1/1.8型1,000万画素のハイエンドモデルOptio A30」ほか、薄型スタイリッシュの「Optio M30」という今回ご紹介する「あんときのデジカメ」。そして防水防塵の「Optio W30」、3型タッチパネルの「Optio T30」、エントリーモデルの「Optio E30」という堂々のラインナップ。エントリークラスをEシリーズに振り分けたことで、Mシリーズを、薄型金属ボディで「かっこええ」という看板商品にシフトさせたんだなあということが伺い知れます。

筐体は前述した通り、確かに薄くスタイリッシュ。筆者が常用してきたSシリーズが角張った筐体であるのに対して、角部に丸みを帯びたデザインは引っかかりがなくポケットからの出し入れもスムーズで、操作パネルやボタンのレイアウトや仕様は同じ設定で、ペンタックスユーザーであれば、操作系にまったく戸惑うことなく使いこなせることに、「ありがたや」という感でございます。

通常、この手の新しい試みを始めると、操作系が一新されるパターンが多いので、ここは積極的に評価したいところ。ただし、2.5型という大きな液晶モニターを搭載しながら、表示画素数が低く、視野性が悪いため、実写の同時的再現がよくありません。輝度が低いので、そういうもんよって撮影して画像をPCで確認すると「なにやこれ」とか「おお、ばっちりやないけ」という博打的なところがちょっとつらいところでしょうか。

■ せめて35mm相当には対応して欲しい広角端

でわ、仕様をおさらいしましょう。撮像素子は、総画素数738万画素原色フィルター1/2.5型CCDとこの手クラスとしては普通の仕様。色使いはめりはりはあるものの、過度な強調はなく非常にナチュラルな仕上がり。なので、曇天時には工夫した撮影をしないのと非常に凡庸というか間延びしたような写真になってしまいます。

レンズは、35mmフィルムカメラ換算で38−114mmの3倍ズームで、開放F値はF3.1−5.9。2007年のコンデジだと、28mm相当の広角レンズ搭載機がそれなりに出揃っている時期なので、解放38mmというのはチト厳しいのではないかと思います。ちなみに2007年時点でペンタックスのラインナップに28mm相当からのズームレンズを備える機種は存在しません。広角ワイドがトレンドになりつつあった時期ですから、もう少し頑張ってほしいというのが正直なところです。そして望遠端のF値が暗いのマイナスポイント。

全体として起動や書き込みなど動作に関しては必要十分で今なお使えるカメラですが、28mmとは言わないまでも、せめて35mm相当の広角レンズぐらいは搭載して欲しいなあというのが残念なところでしょうか。マクロにも強く、ズームの全領域でバランスのいい写真が取れるのでここが問題というところでしょうか。

いずれにしても、日常生活に持ち歩くすスナップ的な使い方や、メモカメラとしての完成度は非常に高いカメラです。

以下、作例。プログラム撮影。ISO100、ホワイトバランスオート、露出補正なし。S.ファイン(7M)で画像は保存。筐体はiPhone6sで撮影。


02 PENTAX optio M30055

03 IMGP0043

04 PENTAX optio M30031

05 0513IMGP00001

06 IMGP0126

07 PENTAX optio M30007

08 PENTAX optio M30003

09 101_0429020

10 102_0426020

11 102_0426016

12 0513IMGP00016

13 100_0424000

14 IMGP0047

15 IMGP0104

16 PENTAX optio M30030

17 0515IMGP00003

18 0515IMGP00030

19 100_0428022

20 0515IMGP00018

21 IMGP0093

22 0513IMGP00021

23 0515IMGP00000

24 0515IMGP00002

25 102_0426000

26 101_0425005

27 101_0425002

28 102_0426022

29 0509IMGP000018

30 0509IMGP000019

31 0515IMGP00037

32 0515IMGP00033

33 PENTAX optio M30048

34 IMGP0119 (2)

35 101_0429009

36 101_0429011

37 101_0429014

38 IMGP0097

↑ 広角端38mmで撮影(A)。

39 IMGP0098

↑ (A)を光学望遠端114mmで撮影。

40 IMGP0115

41 IMGP0108

42 103_0419001

↑ 広角端38mmで撮影(B)。

43 103_0419002

↑ (B)を光学望遠端114mmで撮影。

44 100_0428009

45 100_0428013

46 100_0428017

47 100_0428003

48 100_0428010

49 102_0416003

50 PENTAX optio M30018




Optio M30|コンパクトデジタルカメラ | RICOH IMAGING

Flickr

51 PENTAX optio M30065<script async src="//embedr.flickr.com/assets/client-code.js" charset="utf-8"></script>


f:id:ujikenorio:20180423200405j:image

覚え書:「著者に会いたい 小説禁止令に賛同する いとうせいこうさん」、『朝日新聞』2018年04月07日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180513152750j:image



-----

著者に会いたい 小説禁止令に賛同する いとうせいこうさん

著者に会いたい

小説禁止令に賛同する いとうせいこうさん

2018年04月07日

いとうせいこうさん

■暗い時代に素っ頓狂を書く いとうせいこうさん

 なんともおかしな小説である。近未来の列島で小説禁止令が発布されている。75歳の「わたし」は芸人の世界に詳しく、俳句界の巨匠・金子兜太と親交があり、批評家・柄谷行人を敬愛する。将来の著者を思わせる主人公はしかし、新しい戦後にペンを奪われ、いち早く小説禁止令に賛同した作家だった。

 「随筆と小説のギリギリ」をめざしたという。夏目漱石中上健次の作品を通じて小説の構造をとらえようと論じ、過去形を使うと事実らしくなると小説技術を冷笑する。自身の過去の作品も引いて、私小説メタフィクション文芸評論、どれも一部があてはまり、全体はそうでない。きまじめな語り口は滑稽さを増幅させる。

 「いらいらしながら書いていたらこうなっちゃった」とのこと。「人間はどうしてこんなに愚かなんだ、と。今の政治に対する反発ややるせない怒りがこれを書かせた。暗い時代に素っ頓狂なことを書くのも小説家の役割だと思う」。不完全でぽんこつな方が小説はきっと自由なのだ。「“名作”じゃない感じがあれば成功です。名作みたいなものこそが戦争へと動かしていく感じがする。人々を一つにして」

 テレビに舞台、音楽、しばしば仏像を見る旅をする。多忙な人だ。それなのに、別の作品を書きあぐねて「小説とは何か」を考えていたら、3、4カ月で本書ができたという。夢中になると書くスピードがどんどんあがる。

 ほぼ同時期に、ルポ『「国境なき医師団」を見に行く』(講談社)を書き、精神科医でミュージシャン星野概念との対談『ラブという薬』(リトルモア)も刊行された。ノンフィクションフィクションの筆致が混ざり、エッセーには小説の世界が侵食する。器用なのか不器用なのか。

 出演する舞台が6月から始まる。「こういう時期に書きたくなる。小説を書いているときは読者の反応は感じることはできない。舞台は出ていっただけで客の様子が肌でわかる。肌でうけるほど書く意欲がわく。ひとつのことだけやれとなると、具合が悪くなりそう」

 (文・中村真理子 写真・伊ケ崎忍)

    ◇

集英社・1512円

    −−「著者に会いたい 小説禁止令に賛同する いとうせいこうさん」、『朝日新聞2018年04月07日(土)付。

-----






no title



f:id:ujikenorio:20180423200401j:image

小説禁止令に賛同する
いとう せいこう
集英社
売り上げランキング: 85,456

覚え書:「著者に会いたい スイート・ホーム 原田マハさん」、『朝日新聞』2018年04月14日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180513152746j:image


-----

著者に会いたい スイート・ホーム 原田マハさん

著者に会いたい

スイート・ホーム 原田マハさん

2018年04月14日

原田マハさん

フーテン暮らしが創作の源泉 原田マハさん

 フーテンのマハ。最近、そう自称している。

 1年の3分の1は家がある長野県蓼科。3分の1はパリを拠点に、美術作品を見るために欧州各国に赴く。残りの3分の1は、東京取材や講演のために訪れる日本各地だ。

 フーテンが好きなのはインスピレーションを得られるから。「えっというようなことが起こる。不思議な人に出会ったり、おもしろい看板をみつけたり。出合い頭に、おもしろい話を聞くこともある。好奇心と体当たり精神があれば街の空気感をキャッチできるし、旅をすれば何か収穫がある」

 『スイート・ホーム』にも、取材に出かけた街の空気感を詰め込んだ。阪神間山の手の住宅地にある洋菓子店が舞台の連作短編集。パティシエ一家の愛情に満ちた生活、その街に住む人たちとの触れ合いが描かれる。さりげない日常の中にある幸せを、そっとすくい取ったような一作だ。

 「人生はつらいことも多い。でも乗り越えて、元気に笑顔でいられるのが一番幸せなこと。この物語では、それをパッケージできた。『おいしいケーキができました、どうぞ召し上がれ』という感じです」

 アート小説と呼ばれる作品群『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』『サロメ』『たゆたえども沈まず』などは張り詰めた弦のような緊張感があるが、今回の作品には日だまりのようなぬくもりがある。

 小説家になって、取材先で一人ひとりの人生の物語を聞かせてもらう幸運を得た。「それを文字にする、物語に置き換える書記のような存在が私。読んでくれた方が生きる力を持ってくれたとしたら、それが私が書き続けている証しです。書くという行為が、私にとっても生きる力になっています」

 フーテンのマハの話に戻る。実は、書く場所もまちまちだ。「デスクにかじりついて、うなっていても何も出てこない。出先や取材先が私の書斎。電車の中や公園のベンチ、駅の待合室でも書きます。でも、一番集中できるのは、パリと往復する飛行機の中。外に逃げられないから、書くしかない」

 (文・西秀治 写真・横関一浩)

    ◇

ポプラ社・1620円

    −−「著者に会いたい スイート・ホーム 原田マハさん」、『朝日新聞2018年04月14日(土)付。

-----







no title








f:id:ujikenorio:20180423200358j:image





スイート・ホーム
スイート・ホーム
posted with amazlet at 18.05.13
原田 マハ
ポプラ社 (2018-03-08)
売り上げランキング: 13,095

覚え書:「著者に会いたい ケラリーノ・サンドロヴィッチ2―百年の秘密/あれから ケラリーノ・サンドロヴィッチさん」、『朝日新聞』2018年04月21日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180513152741j:image


-----

著者に会いたい ケラリーノ・サンドロヴィッチ2―百年の秘密/あれから ケラリーノ・サンドロヴィッチさん

著者に会いたい

ケラリーノ・サンドロヴィッチ2―百年の秘密/あれから ケラリーノ・サンドロヴィッチさん

2018年04月21日

ケラリーノ・サンドロヴィッチ=飯塚悟撮影

■人生は「終わり方」だけではない ケラリーノ・サンドロヴィッチさん

 作・演出する劇団「ナイロン100℃」は、やりとりのおかしさに笑いがこみ上げ、人の存在の危うさにどきりとさせられる舞台で知られる。それは、戯曲として読んでもおもしろい。

 再演を機に出版された「百年の秘密」。軸となるのはティルダとコナという女性同士の友情だ。12歳から78歳、さらに死後まで、二人と家族の断片的スケッチが、時代を行きつ戻りつしながら展開し、壮大な年代記になっていく。徐々に明らかになる秘密や関係の変化、伏線も含め計算し尽くされた巧みな構成と思ったが、6年前の初演の際、本番ぎりぎりで書き上げたものなのだという。

 「新作はいつもそうですが、初めて最後まで通せたのは公演初日みたいな感じで、火事場のバカ力で完成させたような」

 東日本大震災から1年という時期だった。舞台の中心で登場人物を見守る1本のニレの大木や、劇中で解説役も担うティルダの家の女中が、悲惨な場面を前に観客に語りかける「しかしながら、この日だけがお二人の人生だったわけではございません」という言葉など、読んでいても震災のことが思い浮かぶ。やはり、影響を受けたという。

 「津波犠牲者の人生をたどる番組を見ていて、希望にもえていた人生が突如暗転したと強調されるんですが、あまりに残酷だなと。人生をもっと肯定したい、こういう形で終わったからひどい、ではなく、笑っていた瞬間、幸せだった瞬間をクローズアップしていきたいと」

 作品では、それぞれの登場人物にかけがえのない貴重な瞬間が訪れる。舞台なら一瞬だが、戯曲なら読み返し、見逃すことなく味わうことができる。

 「戯曲って小難しく感じると思うんですけど、読み方が分かれば楽しい。せりふだけですから、小説よりも分かりやすいと言えば分かりやすいですよね。俳優を通していない分、想像する余地も大きいですし」

 再演は7日から東京下北沢本多劇場で始まり、兵庫愛知長野の3県を回る。戯曲を読んだ後、想像をいっぱいに膨らませて舞台を見た。だが、それでも発見があり、また戯曲を読みたくなった。

 (文・星賀亨弘 写真・飯塚悟)

    ◇

ハヤカワ演劇文庫・1620円

    −−「著者に会いたい ケラリーノ・サンドロヴィッチ2―百年の秘密/あれから ケラリーノ・サンドロヴィッチさん」、『朝日新聞2018年04月21日(土)付。

-----







no title


f:id:ujikenorio:20180423200355j:image


覚え書:「メディアの戦後史 特高拷問描いた石川達三 「言論の自由」貫いた生涯」、『毎日新聞』2017年09月07日(木)付。

f:id:ujikenorio:20180513152737j:image


-----

メディアの戦後史

特高拷問描いた石川達三 「言論の自由」貫いた生涯

毎日新聞2017年9月7日 東京朝刊

1949年11月8日朝刊(東京本社最終版)に連載された小説「風にそよぐ葦」205回の横浜事件過酷な取り調べを描いた場面

 「平尾は銃剣をもって女の胸のあたりを三たび突き貫いた。他の兵も各々短剣をもって頭といわず腹といわず突きまくった。ほとんど十秒と女は生きて居なかった。」

 第1回芥川賞受賞者の石川達三(1905〜85年)が38年、日中戦争従軍して書いた小説「生きている兵隊」で、日本兵無防備中国人女性を殺害する場面だ。月刊誌中央公論」の同年3月号に発表されたが、約4分の1が伏せ字削除された。

 「平尾は・・・あたりを・・・。他の兵も各々・・・まくった。ほとんど十秒と・・・。」

 さらに即日発禁処分になり、書店にあった雑誌は警察に押収された。石川は中央公論の編集者とともに戦前の言論統制法の一つ「新聞紙法違反」に問われ、禁錮4月、執行猶予3年の判決を受けた。「皇軍日本軍)兵士の非戦闘員殺りくを記述したる安寧秩序を紊乱(ぶんらん)する事項」を執筆したためとされた。

 石川は必ずしも反戦だったわけではなく、有罪判決を受けた後も再び従軍作家として活動した。だが筆禍は続く。石川が敗戦直前の45年7月、毎日新聞に連載した小説「成瀬南平の行状」は事前検閲によって15回で打ち切りになった。「言論表現の自由ということをしきりに考えた。殊に筆禍によって体刑を受けるに至って、言論自由への要求は骨身に滲(し)みこむようなものとなった」(「経験的小説論」)。戦時の心境について後にこう振り返っている。

 戦後。「生きている兵隊」は45年末、伏せ字を外して出版された。石川の長女、竹内希衣子さん(80)はその頃の父の姿を覚えている。「してやったりと喜んでいましたよ」。しかし自由が得られたわけではなかった。46年の短編小説「戦いの権化」は連合国軍総司令部(GHQ)の民間検閲局(CCD)の事前検閲によって公表が禁止された。

 GHQの検閲体制が事実上解かれる49年、石川は毎日新聞で小説「風にそよぐ葦(あし)」の連載を始めた。日米開戦前の40年以降を舞台に「個人というものがぼろくずのように扱われた」時代の風に倒される人々の姿を描き、足元から自分たちを見つめ直す試みだった。

 「戦時中の国家権力や軍部に対する私の小さな復讐(ふくしゅう)であった」という小説の主人公のモデルは「生きている兵隊」の版元の中央公論社社長、嶋中雄作。戦時最大の言論弾圧とされ、拷問で4人が獄死した「横浜事件」のいきさつや拷問の模様を描いた。「言論の自由はわずかに神奈川県警の一特高警察の力によって見事に蹂躙(じゅうりん)された」。逮捕されたジャーナリストの細川嘉六も実名で登場させた。

 中断を挟んで2年間続いた連載小説は、日本国憲法の施行日の場面で幕を閉じる。主人公に「国家とか社会とか、そういうものには、望みが持てなくなった。人間の誠実な心だけは、信じられる」と言わせながら、国民主権理念として、検閲を禁じ、言論の自由を保障した新しい憲法に希望を託した。「日本人はいまだ嘗(かつ)て、個人の権利と自由個人の尊厳について、あれほど明白に厳格に規定された憲法を持ったことはなかった」(「経験的小説論」)

 石川は「日本ペンクラブ」会長となり、生涯を通じて言論の自由に向き合った。「風にそよぐ葦」は戦後70年を迎えた2015年、岩波書店が「現代文庫」に加えた。担当編集者の上田麻里さん(48)は「石川は言論の自由がなかった時代に、書かなければならないことを書き続けた『ぶれない』人だった。戦争を知らない世代が大半となった今、言論は少しずつ萎縮している。この小説はその自由を守ることがいかに困難で大切かを訴えている」と話す。【川名壮志】=次回は10月5日掲載予定

    −−「メディアの戦後史 特高拷問描いた石川達三 「言論の自由」貫いた生涯」、『毎日新聞2017年09月07日(木)付。

-----




no title





f:id:ujikenorio:20180423200352j:image

2018-05-18

覚え書:「走り続けて 伝えることの難しさ 情報発信も研究者の仕事=山中伸弥」、『毎日新聞』2017年10月29日(日)付。

f:id:ujikenorio:20180513152529j:image

-----

走り続けて

伝えることの難しさ 情報発信研究者の仕事=山中伸弥

毎日新聞2017年10月29日 東京朝刊


=小松雄介撮影

 「科学コミュニケーション」という言葉をご存じでしょうか。難しく、とっつきにくい印象のある科学の知識を、広く共有しようとする取り組みを指す言葉です。専門家一般市民の間でのコミュニケーションはもちろん、ある分野で専門を究めた研究者でも、少し分野が変われば素人ですから、異なる分野の専門家同士のコミュニケーション科学コミュニケーションと呼ばれます。

 iPS細胞のような生命科学、IT(情報技術)、AI(人工知能)といった先端技術など、さまざまな科学技術がものすごいスピードで進展しています。私は、新しい技術の可能性や課題について、その使い手である一般の皆さんと意見交換する科学コミュニケーションは、研究者にとって重要な仕事の一つだと考えています。

 現在は、一定以上の額の公的研究資金を得た研究者には、講演会などで研究内容を一般の皆さんに伝えることが推奨されています。私も主に、取材講演会で研究について説明し、できるだけ多くの皆さんに正確な情報を発信するよう心がけています。しかし、「科学コミュニケーションは難しい」と感じることも多くあります。例えば、新しい研究成果を論文で発表した時です。記者説明会を開き、自分では正確に研究内容を説明したつもりなのですが、想像以上に大きく報道され、「患者さんに過度な期待を抱かせるのではないか」と不安に思うことがありました。

 さらに研究者は、科学技術が抱える課題についても情報を発信しなければなりません。iPS細胞の例を挙げると、「iPS細胞から卵子精子などの生殖細胞を作る研究や臓器を作る研究は、社会でどこまで許容されるか」について、市民と対話しながら合意を作っていく必要があるでしょう。

 バランスよく正確に情報を伝え、市民との相互理解を図る取り組みを進めるには、研究者だけでは限界があります。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は国際広報室という部署を設け、イベントを企画するなど、一般の皆さんとのコミュニケーションを進めています。また「上廣倫理研究部門」という部署では、市民に生命倫理に関する調査をして、その傾向を分析する研究もしています。

 研究者に代わってコミュニケーションを担う「科学コミュニケーター」も増えています。科学コミュニケーターは、大学院などで研究に携わった後、コミュニケーション能力を身に着けた専門家です。CiRAでも複数の科学コミュニケーターが活躍しています。

 CiRAに限らず、全国のさまざまな研究機関や市民団体が、科学について学べるイベントのほか、研究者や科学コミュニケーターと対話できる機会を設けています。多くの皆さんが、そのようなイベントに参加し、科学の可能性と課題について考える機会を持っていただければと思います。(京都大iPS細胞研究所所長、題字は書家・石飛博光氏)=次回は12月3日掲載

 ■人物略歴

やまなか・しんや

 1962年大阪府生まれ。87年神戸大卒大阪市立大、米グラッドストーン研究所、奈良先端科学技術大学院大などを経て2004年に京都大教授、10年から現職。12年にノーベル医学生理学賞を受賞。

    −−「走り続けて 伝えることの難しさ 情報発信研究者の仕事=山中伸弥」、『毎日新聞2017年10月29日(日)付。

-----

no title



f:id:ujikenorio:20180423200243j:image

覚え書:「売れてる本 ココ・シャネルの言葉 [著]山口路子」、『朝日新聞』2018年04月21日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180513152526j:image



-----

売れてる本 ココ・シャネルの言葉 [著]山口路子

売れてる本

ココ・シャネルの言葉 [著]山口路子

2018年04月21日

■謎と複雑な個性が女性を包む

 いまも「シャネル」の人気は衰えることがない。かつてシャネラーという言葉が世の中をにぎわせた。語感の軽さからも、商品と購買者を揶揄(やゆ)する風潮が伝わる。しかしそんな空気もどこ吹く風。シャネルブランド力と、創業者ココ・シャネルへの憧れは高まる一方にみえる。

 ココ・シャネルの伝記は硬軟とりまぜ何冊もある。彼女を象徴する短い言葉を右ページに、その背景を左ページにまとめてある本書は格好の入門書だ。

 たとえば「シンプルで、着心地がよく、無駄がない。私はこの三つのことを自然に、新しい服装に取り入れていた」という言葉が目に入る。その意味は、第1次世界大戦が起き、女性も体を動かしやすい実用的な服が求められた時代と合致したという解説があり、納得。

 それまでは喪服の色だった黒で「リトルブラックドレス」を作り、黒はパリ・モードを代表するシックな色となる。貧しい少女期を過ごした彼女は経済的成功を強く欲した。そんなシャネルは、宝石をこれみよがしに身につける上流階級の女たちを嫌った。その嫌悪感がイミテーションの宝石作りへ駆り立てた。センスよい偽物は、本物の宝石より格好よく映った。

 彼女はまず野心家だった。既成の権威への反抗が、宝石だけでなくコルセットや大きな帽子など19世紀的な美を破壊した。

 シャネルはまた恋多き人でもあった。しかし貴族や芸術家たちとのスキャンダルは、彼女のステータス上昇に貢献した。そんなシャネルの生き方に共感する女性も多いだろう。

 裕福になった彼女は、無名の芸術家パトロンにもなる。しかしただ善意の行為ではない。彼らが成功すれば、シャネルその人の格が上がる。フランス階級社会だ。彼女を蔑(さげす)んでいた上流の淑女が、シャネルのサロンに呼ばれることを欲する。

 善でも悪でもない、両義的な存在。そんな謎と複雑な個性もまた、シャネル・スーツ同様に女性を心地よく包むようだ。

 亀和田武(作家)

     ◇

 だいわ文庫・734円=11刷7万部。17年10月刊行。主な購読者は20代から50代の女性。「シャネルのように、年齢を重ねてこその美しさを身につけたいという感想がある」と担当編集者。

    −−「売れてる本 ココ・シャネルの言葉 [著]山口路子」、『朝日新聞2018年04月21日(土)付。

-----






no title



f:id:ujikenorio:20180423200239j:image


ココ・シャネルの言葉 (だいわ文庫)
山口 路子
大和書房
売り上げランキング: 1,614

覚え書:「売れてる本 それまでの明日 [著]原籙」、『朝日新聞』2018年04月28日(土)付。

f:id:ujikenorio:20180513152523j:image


-----

売れてる本 それまでの明日 [著]原籙

売れてる本

それまでの明日 [著]原籙

2018年04月28日

■復活の衝撃、唐突な逆落とし

 

 ハードボイルド探偵小説の生みの親のひとり、レイモンド・チャンドラー文体を見事に日本語へ移植してきた原籙の沢崎シリーズが14年ぶりに復活した。ファンのみならず若年の未読者もとびつくのは当然だ。その第1章。探偵・沢崎のもとに、金融会社の新宿支店長・望月皓一を名乗る「紳士」が、赤坂の料亭の女将(おかみ)の身辺調査を依頼する。一通りのやりとりがあって、1章の最後は「依頼人の望月皓一に会ったのは、その日が最初だった。そして、それが最後になった」。この唐突な逆落としの衝撃を結末まで保とうというのが原籙の作家的欲望だったにちがいない。

 ファン垂涎(すいぜん)の特長が守られている。相手がヤクザでも刑事でもシニカルで機知に富む発話を繰りだす沢崎の強気。異様なまでの愛煙家ぶり。携帯電話を使わず、伝言電話サービスを利用する反時代性。ただし沢崎は50代になっていて、変化もある。会話の多用。人情噺(ばなし)の要素も多い。ミステリーなのに殺しが本筋にからまない。

 依頼人望月が働く金融機関新宿支店を訪ねた沢崎はそこで強盗事件に巻き込まれる。店に居合わせ、ひそかに沢崎と共闘した若きIT起業家・海津が以後、結果的に沢崎の相棒となる。強盗事件の内幕の推理ではなく、ハンサムで多弁で「人たらし」ともいうべき魅力を放つ海津の描写が中心に移る。殺し文句は「あなたは、ぼくのお父さんじゃありませんか」。友情の結実不能のむなしさをつづったチャンドラー『長いお別れ』に対し、本作は疑似父子関係の余韻豊かな終焉(しゅうえん)を描いたといえる。さらに第1章で調査依頼をした紳士の本当の動機。そこには相似という事実の苦さがあり、このことが沢崎と海津の関係にも共鳴している。

 最終の2ページが圧巻だ。タイトル『それまでの明日』の意味も、この小説の時制が「今」でないことも、殺しが抑制された理由も、すべてそこに「言外に」書かれている。

 阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授

    ◇

 早川書房・1944円=5刷4万1千部。3月刊行。「ファンが待ち焦がれた」(同社)、人気探偵シリーズの長編第5作。

 ※「籙」は「りょう」。環境によっては文字がうまく表示されない場合があります。

    −−「売れてる本 それまでの明日 [著]原籙」、『朝日新聞2018年04月28日(土)付。

-----