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2018-09-19

覚え書:「逃走/闘争 2018:1 遠のく、時代のシンボル 踊るのは私たち、多数決の仕掛け離れ」、『朝日新聞』2018年01月01日(月)付。

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逃走/闘争 2018:1 遠のく、時代のシンボル 踊るのは私たち、多数決の仕掛け離れ

2018年1月1日

写真・図版

浅田彰さん=柴田悠貴撮影

 歌手にしろ俳優にしろ、国民的な「象徴」が存在していた時代は遠のいた。作り手も受け手も、シンボルを見上げたかつての枠組みから逃げ出し、創作・表現を自由な形でやりとりする流れが加速している。

 歌手安室奈美恵が9月に引退する。1990年代にミリオンヒットを連発した大スターの引退。NHKは特別番組で「平成のヒロイン」「国民的歌姫」と持ち上げた。映し出される昔の映像に、同い年の都内の会社員松崎裕美さん(40)は10代の頃を思い出す。

 当時は「国民的スター」だと信じていた。「歌はうまいしスタイル抜群。女性の『かわいい』を体現していた。ミリオンヒット連発でテレビにもひっぱりだこでしたから」。高校時代、自身も彼女と同じ細い眉に厚底ブーツカラオケでは必ず彼女の曲を歌った。

 でも2000年代にはテレビの露出を抑制。次代の歌姫は浜崎あゆみになっていた。「アムロちゃんはあくまで当時の私たち女子高校生のカリスマだったんですね」。昨秋の引退表明でメディアは大騒ぎしたが、「『国民の代表』のようにあおっている」と、冷静な自分がそこにいた。

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 平成に入り、文化の領域で何が起きたのか。「『国民統合のフェイク化』が80年代後半以降、大衆文化の水準で進行していた」とポピュラー音楽研究者増田聡大阪市立大准教授は指摘する。

 「人々の趣味や嗜好(しこう)の分極化にもかかわらず、音楽や出版などの文化産業では『売れた人・モノ』を大衆のメンタリティーの反映とみなす多数決の論理で『国民的象徴』に仕立てる仕組みが継続した。特定の誰かに時代を象徴させると好都合だから。そこにマスメディアも便乗した」

 社会学者濱野智史さんは「70年代までは高度成長期という大きな物語を背景に、一曲の歌謡曲日本社会を切り取るといったモデルが成立した」と語る。その後の大衆の分裂を示した博報堂生活総合研究所編『「分衆」の誕生』(85年)の主な執筆者で、元研究所長の関沢英彦・東京経済大名誉教授は「90年代以降は情報化社会が到来し、個人が多様な顔を併せ持つ『一人十色』の個の時代になったことで機能しなくなった」と話す。

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 00年代以降のネットの急速な普及で、「特定のクリエーターを過剰に祭り上げる時代はすでに終わった」と濱野さんは言う。「一定の才能ある人は、初音ミクなどのボーカロイド(歌声合成技術)を使ったり、ユーチューバーとして動画を投稿したりして、自分たちの表現に合った場所でどんどん発信していく。そこでは象徴は必要とされない」

 ネットの外でも、「ひとり」で本を作る人々を取り上げた西山雅子『“ひとり出版社”という働きかた』(15年)が話題になった。コツコツと積み重ねた個々の小さな表現活動が主役になれる時代が訪れたのだ。

 そして、それはときに瞬間的な風を巻き起こす。

 昨年12月22日のテレビ朝日系音楽番組「ミュージックステーション」。85年のヒット曲「ダンシング・ヒーロー」に合わせ、ボディコンスーツに身を包んだ36人の女子高生が一糸乱れぬキレのあるダンスを披露して喝采を浴びた。

 踊ったのは大阪府立登美丘(とみおか)高校ダンス部だ。昨年、このダンスの映像作品「バブリーダンスPV」がユーチューブで3000万回以上再生されて話題になった。生徒たちはNHK紅白歌合戦にも出場を決めた。

 同部OGでコーチを務める振付師のakaneさん(25)が自ら振り付けた作品を撮影・投稿した。

 元はプロダンサーを目指していたが、都内の大学で舞踊学を学んでいた時に母校の指導を引き受けたことで「裏方で作品を作る面白さ」に気づき、振付師に転身した。生徒たちと全国大会の頂点を狙う一方、13年からダンス動画を投稿し続けてきた。「この動画をきっかけに、過去の作品や他校のダンス映像も注目された。高校生のダンス文化自体に視線が集まったんです」

 青春をダンスにかける生徒たち。「そんな彼女たちに、より質の高い表現を伝えたいし、映像もいいものにしたい。もっと上を目指したい」

 増田准教授は言う。「産業側の仕掛けではなく、異なるメディアで多数の人々により行われる様々な実践が、何かのキーワードで偶発的に結ばれ、一つの文化現象とみなされるようになる。そんなあり方が今後の大衆文化の流行の常道になるのではないでしょうか」(河村能宏)

 

 ■切ってつないで、社会を変える 「逃走論」の浅田彰さんに聞く

 これからの逃走の可能性とは——。『逃走論』(84年)の著者で批評家・京都造形芸術大教授の浅田彰さん(60)に聞いた。

     ◇

 80年代は消費社会・情報社会が訪れ、新しいライフスタイルが次々と提案されるなか、旧来の「家族」「男らしさ/女らしさ」といった価値観が変化しつつありました。

 背後には重厚長大型から軽薄短小型に、定期雇用型から不定雇用型に、という資本主義の変化がある。ただ相変わらず古い価値観やアイデンティティー固執する人々も多いのなら、資本主義を半ば肯定しつつ、そんなパラノ(偏執)的な鋳型を捨てて、スキゾ的(分裂)に逃走しよう。多様な人々と横につながり、自分も変身していこう、と提唱したわけです。ただ、冷戦終結以降、グローバル化した資本主義の力は恐るべきもので、逃走の試みの多くは資本主義にのみ込まれた。

 そこにはネット社会の問題もある。横のつながりが容易になったが、SNS上で「いいね!」数を稼ぐことが重要になった。人気や売り上げだけを価値とする資本主義の論理に重なります。他方、一部エリートにしか評価されない突出した作品や、大衆のクレームを招きかねないラディカルな批評は片隅に追いやられる。仲良しのコミュニケーションが重視され、自分と合わない人はすぐに排除するんですね。

 大事なのは、(哲学者の)ドゥルーズと(精神分析家の)ガタリのシャレで言えば「コネティカット(Connecticut)」=「Connect/I/Cut」です。つないで切断し、切断してつなぐ。ネットの村祭りの熱狂から一歩引いたクールなコミュニケーションが重要です。その意味で「逃走論」は今も有効だと思います。

 近代日本を支えたのは「末は博士か大臣か」という希望だったとして、その既定路線に合わない少数派は排除されるし、排除されたら終わりという恐怖もあった。それに対し希望という名の拘束から解き放たれ、ドロップアウト肯定される社会になるとすれば、良いことだと思います。

 ただその先には、定職を失い、単発の仕事を請け負う働き方を「ギグ・エコノミー」と言い換える新自由主義的な世界が広がっている。ネットの横のつながりも、自由に見えて相互監視の危険性がある。問題はそこからの逃走でしょう。

 逃走は「闘争」です。68年全共闘世代が自己のアイデンティティーに基づく闘争を志向した一方、僕はアイデンティティーからの逃走を唱えました。ただ、ネット社会で様々な帰属先を持つことで複数の「私」があるといっても、複数の「私」の束という多重人格的なあり方では逃走さえできない。ときには接続を切り、ネット村から逃走する必要がある。そのとき「Connect」と「Cut」の間に「I(私)」が発生する。そういう逃走が、ソフトな抑圧と闘い、社会を変えてゆく闘争につながるのです。

 (河村能宏、編集委員・大西若人)

 

 ◇社会や思想の枠組みが揺らぎ、明日を見通しにくい時代。常識的な価値観から抜け出し、前向きに逃げたり、立ち位置をずらしたりして、新しい創造や取り組みへ向かう。そんな文化の潮流を探ります。全5回の予定です。

    −−「逃走/闘争 2018:1 遠のく、時代のシンボル 踊るのは私たち、多数決の仕掛け離れ」、『朝日新聞2018年01月01日(月)付。

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