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2018-12-20

覚え書:「日曜に想う 美しき誤解、惨憺たる理解 編集委員・大野博人」、『朝日新聞』2018年03月04日(日)付。


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日曜に想う 美しき誤解、惨憺たる理解 編集委員・大野博人

2018年3月4日

写真・図版

渡り鳥」 絵・皆川明

 恋愛とは「美しき誤解」で、結婚とはその「惨憺(さんたん)たる理解」だ——。

 昭和の文芸評論家亀井勝一郎が「愛の無常について」でそう書いている。思春期に読んで強く印象に残った。

 今もときどき思い出す。男女関係の機微より、人が自分を認識するときの振幅の大きさについて含蓄のある表現だと思うからだ。

 とくに日本の人口動態を考えるとき、この言葉が頭をよぎる。私たちは「美しき誤解」に浸っていないか。国立社会保障・人口問題研究所によると、人口が、その前後でちょうど半分ずつになる「中位数年齢」が、あと5年で50歳に届く。その現実について「惨憺たる理解」を欠いているのではないか。

 たしかに年金医療などの問題で高齢化はよく論じられている。けれども、社会全体がおそろしく老いているという自覚はどれくらい深まっているだろう。

 たとえば憲法9条をめぐる議論。「ふつうの国」を目指そうと改憲を訴える意見があり、「戦争をする国」にしてはならないと護憲を主張する声がある。

     *

 でもその前に、立ち止まって自分たちの今の姿を鏡に映してみるべきかもしれない。人口の半分が50歳以上になりながら、はたして「ふつうの国」や「戦争をする国」になれるものかどうか。

 たんに兵力の問題ではない。いくつかの戦争取材で、武力対立がもたらす強い緊張と負担は社会のすみずみに及ぶと実感した。介護を要する高齢者がどんどん増える国が、どうやってそれに耐えられるだろう。論争はこの国についての「美しき誤解」が前提になってはいないか。

 ちなみに、戦争中も高度経済成長期も日本の中位数年齢は20代だった。

 日本国際交流センターが昨年、すべての都道府県政令指定都市を対象に「多文化共生と外国人受け入れ」についてアンケート(回答率約65%)をした。

 先月発表した報告によると、働いたり暮らしたりする外国人が増えることの影響に関して、大半が地域の国際化や人手不足の解消など肯定的な意義を挙げている。逆に治安の悪化や日本人の雇用への悪影響を懸念する声はほとんどない。

 また、高度人材、投資家、福祉・介護サービス従事者、留学生など目的別に分けて受け入れを尋ねた質問には「わからない」という答えが目立つものの「増やすべきだ」という回答はどの項目でも「現状維持」より多く、「減らすべきだ」という回答は外国人技能実習生について1件あっただけだった。

 人口減と高齢化にさらされている現場は、外からの人材なしでやっていけるという「美しき誤解」とは無縁のようだ。

 調査を担当したプログラム・オフィサーの李恵珍(イヘジン)さんによると、外国人とのコミュニケーションはかなり進めてきたものの、地域社会への参画を促す点では遅れ気味との悩みも読みとれるという。

 「回答の自由記述には、国が総合的な指針や法律を定めないので何にどの程度まで取り組むべきかについて柱がなく、予算措置も難しい、といった声がある。踏み込みたくてもためらわざるをえないもどかしさがにじむ」と分析する。 

     *

 安倍政権は「移民政策は採らない」と繰り返す。その一方で「外国人労働者」の受け入れは急ぐ方針だ。

 ほかの多くの国では、外国から働きに来る人を移民と呼ぶ。つまり、日本は移民は入れないけれど、移民は増やすと言っているに等しい。意味不明だ。これでは、日本にどんな移民政策が望ましいか、率直で突っ込んだ議論をすることを阻んでしまう。

 政府が2006年に「『生活者としての外国人』に関する総合的対応策」をまとめたとき、参考にする例として諸外国の「移民の社会統合政策」を挙げていた。なのに、いまだに「移民政策と誤解されないよう」にするともいう。それこそ移民はいらないという「美しき誤解」を引き延ばすだけの詭弁(きべん)に聞こえる。

 「美しき誤解」を続ければ続けるほど、その先に待つ「惨憺たる理解」のショックは大きくなる。

    −−「日曜に想う 美しき誤解、惨憺たる理解 編集委員・大野博人」、『朝日新聞2018年03月04日(日)付。

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(日曜に想う)美しき誤解、惨憺たる理解 編集委員・大野博人:朝日新聞デジタル





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2018-12-19

覚え書:「科学の扉 光合成、水の分解に迫る カギは「ゆがんだ椅子」、日本が研究をリード」、『朝日新聞』2018年03月04日(日)付。

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科学の扉 光合成、水の分解に迫る カギは「ゆがんだ椅子」、日本が研究をリード

2018年3月4日


グラフィック・竹内修一

 理科の教科書にも載っている「光合成」。その仕組みを探る研究には1世紀以上の歴史があり、10個のノーベル賞が贈られてきた。近年は、難関とされていた水を分解する過程が、日本の研究によって明らかになりつつある。

 水と光と二酸化炭素から、酸素炭水化物を作る植物の働き——。教科書などで、このように説明される光合成。より詳しいメカニズムを解明しようと、研究が進む。

 兵庫県佐用町にある理化学研究所自由電子レーザー「SACLA(サクラ)」。岡山大の沈建仁教授らは、葉緑体の中心部にレーザー光を当て、光合成の反応が進む様子を調べている。1フェムト秒、つまり1兆分の1秒のさらに千分の1というきわめて短いパルス状の光を、カメラのストロボのように使い、瞬時に進む反応を「コマ撮り」するのだ。

 調べているのは、根から吸い上げた水の分子を取り込んで酸素水素イオンと電子に分解する「PS2」(光化学反応2)と呼ばれる過程だ。光合成の一連の反応の中で、長年その仕組みが未解明だった難関に迫ろうとしている。

 解明の糸口が見つかったのは2011年。PS2の反応を担うたんぱく質の中心部にある触媒分子「マンガンクラスター」の構造を、大阪市立大の神谷信夫教授とともに突き止めた。

 マンガンカルシウム酸素原子が連なり、原子原子の結合距離が不ぞろいなためにユニークな形をしていることから、「ゆがんだ椅子」と名づけられた。同じ佐用町にある世界有数の大型放射光装置「SPring—8」が、この研究に使われた。

    *

 光合成の主な反応には、(1)根から吸い上げた水を酸素水素イオンと電子に分解する光化学反応(2)電子を使ってATP(アデノシン三リン酸)を作る反応(3)ATPを使って大気中の二酸化炭素を糖に変えるカルビン回路の三つがある。

 沈・神谷グループの研究は(1)のメカニズム解明につながるもので、その成果はノーベル賞級とされている。

 光合成に関する研究には、これまでに計10個のノーベル化学賞が贈られた。20世紀前半は、光の吸収過程が盛んに研究された。葉緑体に含まれる色素のクロロフィルカロテノイドの構造や精製など、5つの研究が受賞した。

 20世紀後半になると、ほかの反応過程に研究の焦点が移った。カルビン回路の発見で1961年に、光を使った反応を担う光合成細菌のたんぱく質の構造解析で88年に、糖の合成に欠かせないATPの合成反応の解明で97年に、それぞれノーベル賞が贈られた。

 PS2の研究は1990年ごろを境に、研究対象が光合成細菌から植物へと広がった。

 光合成細菌の場合、光を使った反応に関わるたんぱく質は、比較的単純な構造をしているが、植物は小さなたんぱく質が20個で構成される複雑な構造だ。含まれる原子の位置をすべて特定するには精度の高い実験が必要で、難航した。

 独、英のグループとの10年以上にわたる競争のすえ、日本がたんぱく質の結晶の質の向上に成功。沈さんの研究室の大学院生だった川上恵典さん(現・大阪市立大特任准教授)が結晶作成に使う薬品を選ぶ際、効果が強すぎるのでだれも使わない薬をあえて試して生まれた成果だった。

 SPring—8の強い放射光の特質を生かした構造解析は、おもに神谷さんらが担当。巨大たんぱく質の中に含まれるマンガンクラスターの構造が明らかになった。

    *

 「ゆがんだ椅子」は、光を吸収するごとに形を変え、5段階で元に戻る。1回転ごとに、水分子2個から、酸素分子1個と水素イオン4個、電子4個に分解する。

 「ゆがんでいるので、構造が容易に変化する。構造の不安定さが触媒機能の背景にあり、周囲の大きなたんぱく質分子がその機能の維持に役立っている」と沈さん。自然が長い年月をかけて培った、複雑で精妙な仕組みだ。

 最新の成果では、三つ目の段階で触媒酸素原子を一つ取り込み、これがその後、環境中に放出されることがわかった。

 ライバルの米ローレンスバークレー国立研究所のチームも、自由電子レーザーを使い、同様の実験結果を少し遅れて発表した。米チームはカルビン回路の発見でノーベル賞を受賞したメルビンカルビン博士の系譜をくむ研究室だが、現在のリーダーは日本人。競争によって、今後さらに詳細が解明される日も近そうだ。

 光合成をめぐっては、エネルギー問題や地球温暖化対策の切り札として、「人工光合成」への応用研究を国が推進している。ただ、細胞内と同じ構造を人工的に作り込んだとしても、生体内と同じ機能を持つとは限らないという。

 生体内で反応が持続するのは、分子を壊しては修復する生命維持機能が細胞に備わっているからだ。「生体の持つ複雑な仕組みも含めて、完全に自然を模倣した人工光合成を実現するのは不可能に近い。別のアプローチが必要だ」。神谷さんは、そう語る。

 (嘉幡久敬)

 <地球温暖化対策で注目> 地球温暖化対策として、生物の光合成を活用した技術が注目されている。ミドリムシもその一つ。煙突から排出される二酸化炭素下水処理場下水培養すれば、温暖化対策に生かせるほか、資源の有効活用にもつながる。航空機燃料を作るプロジェクトも始まっている。

 <訂正して、おわびします>

 ▼4日付科学の扉面「光合成 水の分解に迫る」の記事で、本文中に「酵母」とあるのは「光合成細菌」の誤りでした。確認が不十分でした。

    −−「科学の扉 光合成、水の分解に迫る カギは「ゆがんだ椅子」、日本が研究をリード」、『朝日新聞2018年03月04日(日)付。

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(科学の扉)光合成、水の分解に迫る カギは「ゆがんだ椅子」、日本が研究をリード=訂正・おわびあり :朝日新聞デジタル


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覚え書:「折々のことば:1038 鷲田清一」、『朝日新聞』2018年03月03日(土)付。


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折々のことば:1038 鷲田清一

2018年3月3日

 お茶を飲むしかありません。ですから、私の対話にはお茶が必要です。

 (樋野興夫〈ひのおきお〉)

     ◇

 病理医の『がん哲学外来へようこそ』から。苦しみを分かちあいたいと思うなら、まずは話してもらうこと。人は苦しみを語ることで僅(わず)かながらもそれに距離を置ける。聴くことの意味はそこにあるが、話すほうは、話しても他人には所詮伝わらず、苦しみの意味を問うても答えはないと知っている。だから聴く側も、無理を強いずにただただ待つほかない。茶碗に手でも添えて。

    −−「折々のことば:1038 鷲田清一」、『朝日新聞2018年03月03日(土)付。

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折々のことば:1038 鷲田清一:朝日新聞デジタル





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2018-12-18

覚え書:「文化の扉 肉食妻帯は僧の堕落? 世俗のなかで民に寄り添う」、『朝日新聞』2018年03月04日(日)付。


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文化の扉 肉食妻帯は僧の堕落? 世俗のなかで民に寄り添う

2018年3月4日

写真・図版

グラフィック・山田英利子

 お坊さんなのに肉を食べ、結婚していいの? 僧侶へのそんな疑問があります。土着の信仰と結びついた日本仏教は独特の発展をとげ、明治政府は「肉食妻帯(にくじきさいたい)」にお墨付きを与えました。肉食妻帯は日本仏教の堕落の象徴なのでしょうか。

 古代インド。俗世から離れた出家者は、独特の規律で生きていた。人々は出家者に食べ物などを施して功徳を積み、出家者は施されたものを頂いた。肉も食べた。諸説あるが、お釈迦さまが最後に食べたのは豚肉料理だったとも伝わる。出家者が食べなかった肉は、国王が所有する象や卑しい動物と考えられた犬だった。

 東京大大学院の蓑輪顕量(けんりょう)教授(インド哲学仏教学)によると、仏教には、殺しや飲酒など、してはいけない五戒があるが、肉食は含まれていない。

 時代が下り、一般にも輪廻りんね)思想が広まった。先祖が動物に生まれ変わったかもしれない。その肉を食べられるのか。さらに、肉を食べるには生き物を殺さなければならず、殺生を禁ずる五戒に背く。そんな考え方が広がり、3〜4世紀には肉を食べなくなった。異性とは、よこしまな関係が禁止されていた。

    *

 6世紀、仏教が日本に伝わった。肉は薬として食べられるだけだった。だが平安時代出家した貴族が妻を持ち、子孫を残すようになった。神と仏が結びつく神仏習合も影響した。神宮寺(じんぐうじ)という寺が神社にできたが、神社のありように影響され、その住職が結婚していた可能性も考えられる。蓑輪さんは「貴族の出家神仏習合が、日本の僧侶が妻を持つ基礎になったのではないか」と言う。

 独特な発展をとげた日本仏教の特徴も大きい。古代インドと違い、日本では、世俗のなかで普通の人たちと暮らしながら、仏道を歩む出家者がいた。

 その1人が「非僧非俗」を生きた親鸞(1173〜1262)だ。29歳で比叡山を下り、浄土宗開祖法然に弟子入りした。その後、結婚し、子どもをもうけた。親鸞を宗祖とする浄土真宗本願寺派総合研究所満井秀城(しゅうじょう)副所長は「妻帯を公言した初めての僧侶」と言う。

 結婚した理由に法然の言葉が考えられる。「念仏をとなえることが第一。結婚しないと念仏をとなえにくいのであれば妻を迎えなさい」という内容だ。親鸞はこの教えを実践し、浄土真宗の僧侶は肉食妻帯をしてきた。他宗からは非道徳的、伝統的な秩序を乱すと批判された。

    *

 転機は1872(明治5)年。明治政府太政官布告という法令を出した。「肉食妻帯勝手たるべし」。僧侶が肉を食べるのも結婚するのも、ご自由に——。そんな内容だ。

 明治政府は欧米にならって近代化をはかり、神道の国教化を進めた。68年に神仏判然令を出し、それまで結びついていた神と仏を分けた。仏像やお堂などを壊す廃仏毀釈(きしゃく)が全国に広まった。仏教の力がさらに弱まったのが肉食妻帯だ。浄土真宗以外の僧侶も結婚するようになった。世俗とは違う価値観で生きていた僧侶が普通の人たちと同じような生活になることで、聖性が薄まっていった。

 明治から150年の今も禅宗臨済宗では、結婚した僧侶はトップの管長になれない。だが、大半の寺は世襲だ。

 満井さんは「僧侶が地域に根づくことで、地域の人に安心感を与えられる」と世襲のメリットを挙げる。一方、安住することで向上心に欠けるというマイナス面もある。「僧侶が肉食妻帯のように同じ生活形態に身を置き、同じ目線を持って人々の苦に向きあうことが大切だ」

 (岡田匠)

 ■花開いた「半僧半俗」 宗教学者釈徹宗さん

 日本仏教の特徴は、世俗にあって仏道を歩むことです。僧侶が普通に社会生活を営み、仏教をわかりやすく説いてきました。一方、世俗から離れるという本来の仏教が持つ出世間性は薄まりました。でもなんとか続いてきた。この微妙なバランスが、明治政府の「肉食妻帯勝手たるべし」で崩れたと言えます。

 半僧半俗のような独特な日本仏教を「在家中心の仏教」とみれば相当、花開いたと言えます。死と向きあい、悲しみに寄り添い、多くの文化を生みました。出家者が身を清潔に保つことから歯磨きも入浴も仏教がもたらしたと言われます。ローカリズム仏教と呼んでいますが、地域ごと寺を支えてきました。地域コミュニティーが崩れ、日本仏教は衰退したと思われがちですが、むしろ可能性に満ちている。若い僧侶を中心に、地縁血縁に頼らず公共性の高い取り組みが広まっています。

 日本仏教には密教、念仏、禅、法華経華厳経など様々な系統が途切れることなく続いています。世界でも、まれです。仏縁豊かな日本仏教をたどって頂きたいと思います。

 <読む> 肉食妻帯については中村生雄の『肉食妻帯考』(青土社)が詳しい。歴史や意味合いなど幅広く解説している数少ない一冊だ。『近代仏教スタディーズ』(法蔵館)は、幕末以降の近代仏教を紹介している。近代仏教入門書であり、イラストも多くわかりやすい。

    −−「文化の扉 肉食妻帯は僧の堕落? 世俗のなかで民に寄り添う」、『朝日新聞2018年03月04日(日)付。

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(文化の扉)肉食妻帯は僧の堕落? 世俗のなかで民に寄り添う:朝日新聞デジタル





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2018-12-17

覚え書:「言葉が失墜、「物語」なき憲法論 寄稿、哲学者・國分功一郎」、『朝日新聞』2018年03月02日(金)付。

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言葉が失墜、「物語」なき憲法論 寄稿、哲学者國分功一郎

2018年3月2日

写真・図版

國分功一郎さん

写真・図版

 この数年、時代の要請もあって憲法学者の本をしばしば繙(ひもと)くようになった。私の専門は哲学だから門外漢として読むわけだが、一つ気がついたことがあった。

 憲法というのは高度に専門的・技術的であって、素人が容易に口出しできるものではない。ところが、戦後日本の憲法学を牽引(けんいん)してきた学者たちの言葉は少し違っていた。彼らの言葉はどこか文学的だった。

 私の愛読する樋口陽一氏の文章は、口調こそ硬いけれども、門外漢を排さぬ不思議な柔軟さを備えている。奥平康弘氏は軽妙な語り口のエッセイストとしても有名だった。思えば、最近活躍する若手憲法学者、木村草太氏の本にはエンターテインメント小説的な要素が強い。憲法学者の言葉が広く読まれてきたことは戦後日本の特徴かもしれない。

 どうして憲法文学と関係を結ぶのだろうか。それはおそらく、憲法が専門的・技術的でありながらも、それを支えるために何らかの物語を必要とするからだ。

    *

 戦後日本の憲法が訴えてきた価値の代表が平和主義個人主義である。だが、9条を読んだだけでは平和主義の意味など分からない。13条には「すべて国民は、個人として尊重される」とあるが、ただ「個人」と言われてもピンとこない。

 かつては身分制があり、軍事と密着した社会があり、更には家制度があった。そうしたくびきからの解放があって初めて個人は存在する。個人はあらかじめ存在せず、解放によって生まれる。そして性差別の現存などから明らかなように、その解放はまだ十分ではない――。

 このような物語があって初めて人は「個人主義」の価値を理解できる。そして価値を共有しようとする人々の志によって憲法が生きる。憲法学者たちはこのことに意識的であった。それが彼らに緊張感をもたらし、その筆致は文学的なものにまで高まった。

 平和主義について言えば、価値を支えていたのはむしろ「あんな戦争はもうイヤだ」という感覚であったと思われる。感覚は大切であるが、それだけでは理解は生まれない。だからこそ憲法学者たちは専門的・技術的な論議だけに甘んじなかった。おそらく戦後の日本では、この感覚に匹敵する強度をもった平和主義の物語を紡ぎ出さんとする文学的な試みに、憲法学者たちが身を投じてきたのだ。そして、それはある程度成功していた。

    *

 いま憲法論議が盛んと言われる。だがそうだろうか。私には論議が盛んなのではなくて、単にこれまで憲法を支えてきた物語が理解されなくなっただけに思える。というよりも、文学的な言葉によって紡ぎ出される物語そのものを人々が受容できなくなった。

 いまよく耳にする「世界には危険な連中がいるから軍備が必要」というタイプの「改憲論」は、価値を共有するための物語ではない。ただ感覚に訴えているだけである。いまはそれが有効に作用する。しかも、それに反対するかつての感覚はもう失われている。

 それ故であろう。「護憲論」の側ももはや物語を紡ぎ出すことに力を注ぐわけにはいかず、「9条があったから戦争に巻き込まれなかった」という安全を訴える主張を繰り返さざるをえなくなっている。「護憲論」も感覚に訴えているのだ。私はこの主張の内容は正しいと思う。だがそれは憲法の価値を共有するための物語にはなりえない。それどころか、場合によっては、自分たちだけが助かろうとしているという風にすら聞こえてしまう。

 現代の日本において、文学的に紡ぎ出される物語はもはや有効に作用しなくなっている。だから平和主義個人主義も理解されない。これは端的に「言葉の失墜」と呼ぶべき事態であろう。言葉が失墜した時代に、日本国憲法が掲げてきた高度な価値をどうやったら共有できるのだろうか。またそれを踏みにじろうとする勢力が現れた時、どう対応すればよいのだろうか。

 いまの時点でできることを精一杯やるしかない。だが、「いまの時点でできること」に甘んじてはならない。そうでなければ、早晩、憲法は死んでしまうのである。

    ◇

 こくぶん・こういちろう 1974年生まれ。高崎経済大学准教授。著書に『中動態の世界 意志と責任の考古学』『民主主義を直感するために』など。

    −−「言葉が失墜、「物語」なき憲法論 寄稿、哲学者國分功一郎」、『朝日新聞2018年03月02日(金)付。

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言葉が失墜、「物語」なき憲法論 寄稿、哲学者・國分功一郎:朝日新聞デジタル


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覚え書:「折々のことば:1037 鷲田清一」、『朝日新聞』2018年03月02日(金)付。


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折々のことば:1037 鷲田清一

2018年3月2日

 彼にはひとつになる以前の半分ずつの経験があったから、いまでは充分に思慮深くなっていた。

 (イタロ・カルヴィーノ

     ◇

 戦地で大砲に撃たれ、体を縦二つに割られた子爵。帰還後、一方の半身は残忍のかぎりを尽くし、他方は困窮する人々への奉仕に身を捧ぐ。体が再び一つになった子爵。その思慮深さは、にんげんにおいてはつねに相いれぬものがせめぎ合うとの洞察からくると、甥は思う。イタリア人作家の寓意小説『まっぷたつの子爵』(河島英昭訳)から。

    −−「折々のことば:1037 鷲田清一」、『朝日新聞2018年03月02日(金)付。

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折々のことば:1037 鷲田清一:朝日新聞デジタル





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2018-12-16

覚え書:「社説 福島の原発被災地 まちの再生、探り続ける」、『朝日新聞』2018年03月04日(土)付。


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社説 福島原発被災地 まちの再生、探り続ける

2018年3月4日

 福島第一原発の周辺4町村で、避難指示が一斉に解除されてからまもなく1年。東日本大震災原発事故で深手を負った現地をめぐると、厳しい現実がいや応なく目に入ってくる。

 住まい、買い物、医療介護、働く場、コミュニティー……。生活に欠かせない機能の多くが足りず、人の帰還が進まない。住民への意向調査で「戻らない」と答えた人が5割に迫る自治体もある。

 しかし、裏を返せば、「いずれ戻りたい」「迷っている」という人も少なくない。

 それぞれの被災者の生き方を支えつつ、望む人が地元に戻れる環境を整えていくのは、行政の大切な役割だ。これまでの対策を点検し、実情とのずれをただす必要がある。

 まちの再生は難題が山積みだが、道筋を探りながら、粘り強く進むほかない。

 ■帰還進まぬ現実

 原発の北側に位置する浪江町。1月末、開校を春に控えた「なみえ創成小・中学校」で入学説明会があった。

 「少人数の学校の方が、一人ひとりきちんと目を配ってもらえると思う」。家族でいわき市に避難する30代男性は、学校の再開に合わせて地元に戻り、2人の子を創成小に通わせることにした。町の畠山熙一郎教育長は「子どもの声が聞こえる普通のまちに再生する、大事な一歩になる」と期待を寄せる。

 ただ、こうした家族はまだわずかだ。入学予定は小中の合計で10人ほどにとどまる。

 震災前、町には2万人余りが住んでいたが、戻ったのは1月末時点で約500人にすぎない。ハードルになっているのは、生活環境の整備の遅れだ。

 町内にコンビニはあるが、スーパーはなく、車で数十分かかる店に頼らざるを得ない。町が業者に出店を働きかけているが、商圏がまだ小さく、話がまとまらない。

 診療所も内科と外科のみ。戻った住民には高齢者が多く、「歯科や眼科も何とかしてほしい」といった声が聞かれる。

 ■堂々巡り抜けるには

 住民の大半が戻らない状況は、浪江町と同じ時期に避難解除された富岡町飯舘村も似通う。除染を進め帰還を促す行政の思惑は、大きく外れている。

 暮らせる環境が整わないから住民が戻らない。人が少ないので、生活に必要なサービスが提供されない。この堂々巡りから抜け出すために、自治体政府生活分野の対策に知恵を絞らねばならない。

 医療介護は、担い手確保を市町村任せにせず、福島県や国が関係団体と連携して支援することが必要ではないか。商店などには、再開準備だけでなく、一定期間は運営も支える仕組みを充実させられないか。

 市町村ごとにまちの再生を進めるやり方には限界もあるだろう。必要な機能を複数の自治体で分担して整えるなど、広域連携が欠かせない。

 気がかりなのは、復興政策が施設整備に偏りがちなことだ。

 巨額の予算を投じて、エネルギーロボット技術などの研究開発施設、大型スポーツ施設などの建設計画が進む。「復興予算があるうちにと考え、箱ものをどんどん求める首長もいるが、維持費のことまで頭が行っていない。国も感覚がちょっとまひしている」。被災地のある町の幹部は漏らす。

 行政は「生活再建」を強調するが、予算や人手の配分がずれてはいないだろうか。

 ■社会全体で支える

 被災地では、長引く避難で暮らしの土台となる人のつながりが根こそぎ壊され、帰還や賠償金をめぐる分断も影を落とす。作り直すのはたやすくないが、新たな芽も生まれている。

 2年半前に避難指示が解除され、住民の3割が戻った楢葉町。昨年9月に開店した小料理屋「結(ゆい)のはじまり」は夜になると、周辺の住民や原発関係の作業員らでにぎわう。

 店を切り盛りする古谷かおりさん(33)は、もともと首都圏で働いていたが、復興を担う人材の育成塾にかかわり、起業を決意した。「地元の人と外から来た人が接点を持ち、自然に楽しんでもらえる場として続けていきたい」

 飯舘村が近く始める「ふるさと住民票」は、つながりを被災地の外に広げる試みだ。村を応援したい人を対象に、村の情報を伝え、村民と交流する仕掛けも考えるという。

 「元に戻すのではなく新しい村をつくるという発想で、いろいろ実験していく」。菅野典雄村長は話す。

 原発事故から7年。今も福島の人々は現実と向き合い、悩みながら、平穏に暮らせる環境を取り戻そうと模索を続ける。

 忘れてならないのは、あの事故が原発を推進する国策の末に起きたという重い事実だ。そのことを胸に刻み、復興への歩みを社会全体で支えていけるかが問われている。

    −−「社説 福島原発被災地 まちの再生、探り続ける」、『朝日新聞2018年03月04日(土)付。

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(社説)福島の原発被災地 まちの再生、探り続ける:朝日新聞デジタル





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