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Essais d’herméneutique このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-10-12

日記:北朝鮮に米軍事力行使を支持する公明党は果たして「平和の党」なのか。


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10月9日(月)付『東京新聞』報道「北朝鮮に米軍事力行使 自民39%が『支持』」が話題になっている。

話題の中心になっているのは、見出しの北朝鮮に米軍事力行使の「自民39%が『支持』」よりも、維新が77.5%と突出して多いことで、維新が自民党よりも政治的スタンツが「右」ということで改めて驚く。

支持率は、日本共産党をトップに次いで立憲民主党、希望、公明の順だ。僕が驚いたのは維新が右というよりもここだ。

公明党は常々「平和の党」と公言してはばからないが、北朝鮮の態度に対して「米軍事力行使」を支持しないことに関しては、日本共産党立憲民主党、そして第2自民党と言われる希望よりも「不支持率」が低いが、果たしてこれで「平和の党」なのだろうか?

ちなみに「米軍事力行使」を支持する衆議院議員候補者公明党にはいるのだろうか? このアンケートでは、公明党候補者のうち、驚くことに「3.6%」も存在する。

北朝鮮先軍政治は内政として非常に問題があるし、外政としても東アジアの平和を揺るがしかねない懸念材料であることはいうまでもない。しかし、朝鮮戦争の平和条約の締結ではなく休戦協定を結ぶだけの休戦状態である韓国アメリカ(当時の国連軍)と違い、日本は、戦争状態でも休戦状態でもない。もちろん、政治的立場の違いはあるが、前提条件をフラットに認識すれば、直接「殴り合う」相手ではないということだ。直接『殴り合う」相手ではないのに「米軍事力行使」を「支持」してしまうことは何を意味するのだろうか。それは単純化を恐れずに言えば、「東京を火の海」にすることと同義といっても過言ではないだろう。

公明党は常々「平和の党」と公言してはばからない。私は「米軍事力行使」を「支持」する議員は「0%」だろうと思っていたが、たった「3.6%」でも存在することは何を意味するのだろうか。

それは公明党は「平和の党」ではないことを意味する。

たった「3.6%」なら少ないではないかという意見や解釈も存在することはいうまでもない。積極的に武力行使で問題解決を図ろうとする議員は確かに少ない。しかし積極的に武力行使を否定しようとする議員も多くないことにも留意すべきだろう。繰り返しになるが、不支持率でも第2自民党希望の党より低く、立憲民主党は85.2%だから桁違いの低さだ。もう「平和の党」の看板は下ろすほかないのではないか。

先の安保法制に関して、公明党は「建前」として「歯止めをかけた」という立場だ。そのことで9条を改正する必要もなくなったともいう。しかし自衛隊自衛権を行使して国土防衛に当たるよりもはるかにリスキーな、厄災を招き入れるかのような北朝鮮に対する米軍の軍事力行使を望む議員が一人でもいるということは自語相違も甚だしいことの証左だ。

彼らにとって「平和」とは所詮客寄せパンダに過ぎず、その「平和」の内実は選挙情勢によって右顧左眄する空虚なお題目に過ぎない。

もはや「目を醒ませ」という生易しい段階ではない。

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北朝鮮に米軍事力行使 自民39%が「支持」

2017年10月9日 朝刊

 

 共同通信社は第四十八回衆院選の立候補予定者に政策アンケートを実施し、八日までに九百四十八人から回答を得た。核・ミサイル開発を進める北朝鮮に日米両政府が圧力を強めても、平和的解決が最終的に困難な場合、米軍による軍事力行使を「支持する」とした割合が自民党で39・6%に上った。「支持しない」の20・5%を上回った。安倍政権下での憲法改正に関し希望の党の72・5%が反対した。二〇一九年十月に予定される消費税率10%への再増税では、与野党で賛否が明確に分かれた。

 回答を寄せた立候補予定者は自民が最多で二百六十八人。次いで共産党二百四十三人、希望の党百六十人、立憲民主党五十四人、日本維新の会四十人、公明党二十八人、社民党十八人、日本のこころ二人だった。諸派・無所属は計百三十五人。

 北朝鮮に対する米軍の軍事力行使を巡っては、自民の39・9%が、その他・無回答。維新は77・5%が「支持する」とした。一方、希望は57・5%が不支持で、21・3%が支持。公明は57・1%、共産は99・2%、立憲民主は85・2%が不支持だった。

 北朝鮮への対処方針に関し、自民の88・8%が圧力重視と回答。希望は43・8%が対話重視で、圧力重視の33・1%を上回った。立憲民主の81・5%、共産の99・6%が対話を重視した。

 首相が提唱した二〇年までの改正憲法施行には、希望の66・9%が反対した。九条への自衛隊の存在明記についても53・1%が反対で、首相の改憲案に否定的な傾向が目立った。改憲そのものには90・6%が賛成している。公明も改憲には92・9%が賛成だが、安倍政権下の改憲には賛否が共に14・3%で並び、その他・無回答が71・4%に上った。二〇年の改憲施行への賛成は3・6%にとどまり、首相案への慎重姿勢が浮かび上がった。

 消費税増税に関し、自民の90・7%、公明の全員が「予定通り実施すべきだ」とした。これに対し野党側は、希望、立憲民主の60%超、維新の92・5%が「延期すべきだ」を選んだ。共産は全員が「増税自体をやめるべきだ」と答えた。

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東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)



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2017-08-21

日記:「日本教」という寄らば大樹の陰、宗教はインチキみたいな錯覚に非がってきたのが宗教社会学でいうポストコロニアルの「民衆宗教」というムーブメント

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先日、日本人の宗教観とその負荷を覆す民衆宗教の意義について少々お話をしてきたのだけど、そのお話というのは学術的なお話です。

宗教は「アヘン」という負荷があるにも関わらず同時に「究極的関心事」であるという人間にとって切実的な問題である訳なので、きちんと宗教について学ぶ必要があるわけです。

特にこの国では、宗教が権力によって骨抜きにされた経緯があるので、宗教は「弱いものがすがるもの」みたいな認識がある。それは宗教に対する錯覚であろう。しかし、弱いものがすがって何が悪いのかには答えない「日本教」こそ最大の負荷だがそれは横に置く。

そういう寄らば大樹の陰、宗教はインチキみたいなものに、非がってきたのが宗教社会学でいうポストコロニアルの「民衆宗教」というムーブメントだ。その特徴は、自己認識として「社会的文脈におけるマイノリティーの自覚」、そして「主権領域権力から抑圧された伝統」を持ち、被支配者および被抑圧者の立場に立つ宗教運動を「民衆宗教」と言って良いだろう。

しかしながら、抑圧された結果、国家権力にすり寄り、迎合して存続をはかろうとする宗教運動も歴史上数多くあったのも事実であり、それは国教としてのキリスト教鎮護仏教を引証するまでもなく自明のことだ。そうした事例は、民衆宗教からの逸脱・変容といってよい。

そういう日本宗教史の話なんですが、人生の大先輩といってよい聴講された方から「私は数多くの講演や報告を聞いてきたが、最初から最後まで緊張と共感をもって熱心に聞いた講演は、今回が初めてであった」とお褒めを頂きました。やらんかなですな。




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2017-08-07

日記:核兵器禁止条約に反対した公明党を、核兵器廃絶運動をする創価学会が支援。理想を憧憬し引き裂かれ悩む会員はどれほどいるのだろうか。

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日記:戸田城聖の「宗教界の王者なり」という認識は、国家に認められることによって、それが本物の宗教であることと理解するエセ国教主義とはほど遠い認識ではなかったか - Essais d’herméneutique

日記:おい、「核兵器はサタン」とちゃうんか! 「サタン」を「運ぶ」んか!!! - Essais d’herméneutique


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2017-07-30

日記:佐高信「松本人志と創価学会の親近性」批判

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「松本人志と創価学会の親近性」批判 - Togetter




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2017-03-08

日記:森友疑獄での公明党の沈黙。いったい何なのか、これは、創価学会史の大きな禍根となる。

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福永 信之 - 森友の幼稚園の教育の在り方については「あってはならないこと」だと考えています。小学校の開校認可を大阪府... | Facebook




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