Hatena::ブログ(Diary)

Essais d’herméneutique このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-02-08

日記:暴走する権力をヨイショ・アシストするためにはデマでも捏造でもなんでもございの公明党の辻よしたかチホウギイン

Resize4988









ハフポスト - 日本や世界のニュース、有識者と個人をつなぐソーシャルニュース(ハフポスト、ハフポ)




Resize3978

2017-02-06

日記:差別との戦いの闘士である辛淑玉さんへの個人攻撃を集中する公明党大阪市議会議員辻よしたか氏

Resize4887




ひとつご紹介しておきます。

オオサカのちほうギインの辻よしたかさん(公明党)が、ご自身の沖縄ヘイトデマへの荷担を引っ込めなくなって、ウソにウソを塗り重ねる状態にいまなっているのですが、その文脈で、差別との戦いの闘士である辛淑玉さんへの個人攻撃へ、そのリソースを集中しております。

辛淑玉さんは10余年ほどまえに、「外から見た創価学会」に寄稿され、民族差別女性差別に闘う闘士として創価学会にエールを送ってくださっております。※2006年に第三文明社から単行本化されております。ちなみに私はその前進の連載(名前は忘れたけど)に関わっていました。高崎隆二先生とかその最初の方々です。

で……。

私自身は、創価学会員であることで、さまざまな差別を受けてきましたので、辛淑玉さんのエールに手のひらを握りしめたことを記憶しておりますが、様々な政治的な立場や考え方に違いはあるとしても、「いわれなき差別」に最も苦しめられてきた(公明党を支援する)学会員が、現在進行系の事象を弁証するために、「いわれなき差別」に加担するのはどうかと思ってしまいます。

ものすごくフラットにかまえてみましょうか。理性だから冷静にというフレコミでですけど、そうかまえたとしても、現在進行系の事象に対するNOやYES以前にやってはいけないことに、すなわち、いわれなき「香典泥棒」と罵られた人間が、いわれなき「香典泥棒」と罵倒する側に加担するこには、理解に苦しむものです。

誰か、その荷担が「正しい」理由を教えてください。

外から見た創価学会 辛淑玉さん - 創価の舞





Resize3968


2017-01-29

日記:何から超越しなければならないかって言えば、結局は「この世のものにすぎない」ことを「絶対化」してはならないというシンプルな話

Resize4829


先日(1月20日)、帰宅したらNHKのファミリーヒストリーで女優の大竹しのぶさんの回が放映されていたのをたまたま見まして、その感慨を記録として残しておきます。

しのぶさんの祖母八重さんは、幸徳秋水内村鑑三との親交や、祖父が吉川一水であったことにびっくりした。吉川は内村鑑三に始まる無教会キリスト者。無教会諸派の研究もきちんとしないとねと襟を正した次第です。

さて……。私の御師が内村鑑三研究だけど、私自身はカトリシズムに憧憬するし、ユニテリニアニズムとの出会いはチャーチよりもアソシエーションを重視するという構えなので、内村鑑三を受容するには時間がかかり、反発もあってか、その受容に紆余曲折がある。

しかしながら、20年経て解るのは、内村鑑三ばっかり読んでいる今の自分は無教会主義だったということ。

内村とは本質的に異なるけど社会改良の実践としてアナーキズムにも憧憬を覚える。内村鑑三にしても幸徳秋水にしても二人は「超越」という意味では交差する。

何から超越しなければならないかって言えば、結局は「この世のものにすぎない」ことを「絶対化」してはならないというシンプルな話。チャーチもそうだし、ネーションやらステートも同じく。真理に憧憬するのか。将又、都合の良い「差し当たり」の利益に囚われてしまうのか。知性と霊性が問われている。

戦前・戦中において、無教会主義キリスト者として吉川一水は、たえず憲兵隊の監視下にあったというが、何するものぞと意気軒昂であったという。監視だけではなく、治安維持法不敬罪で逮捕・獄死されたそーかがっかい初代会長を仰ぐ下駄の糞まみれのあほんだらの現在の体たらくをみるにつけ、なにやってんだかと思うし、無教会主義であってよかったと思ったりですよ。


この記事は削除されました |NHK_PR|NHKオンライン


Resize3869

2017-01-13

日記:宮田光雄 ローマ書一三章と南原繁『国家と宗教』(岩波書店、1942年)

Resize4689


-----

 同じ年の秋(引用者注……大石兵太郎『君主の神的権威』が出版された一九四二年)、南原繁『国家と宗教』が出版された。ローマ書一三章に関しては、ここ「から、直ちに国家権力の宗教的認証を与えたものとなし、これによって、たとえば後世の《君権神授説》の理論的構成を与えたものと解するがごときは、いちじるしく不当と考えられる」という。南原も、こうしたパウロの説教は、すべてを神の意志から出たものと信じ、所与の秩序を尊重すべきことを説き、これに忍従すべきことを勧めるところの、「彼らの純粋に宗教的愛の心情から出る受動的態度」にほかならず、その意味で「いずれの時代にも容認せられるべき信仰の生活態度」である、と記している。

 しかし、これによって「国家それ自体のキリスト教的意義の神的価値を立て、これに対する絶対信仰を説く神政政治の原理を立てたわけではない」ことを明言している。内村鑑三の弟子としてふさわしい聖書理解といえよう。

 むしろ、南原によれば、人類史の発展においてキリスト教の出現は、古代文明にたいし、したがってまた、政治的文化との関係において、「根本的転回」をあたえたものとして理解される。

 「国家的共同体はもはやそれ自体最高の価値を有するものでなく、最高の規範は政治的国家生活を超えて存する。この意味においてキリスト教にあっては、国家またはその主権者をそれ自体キリスト教の意味における神の国または神と同義において神化する根拠と余地は存しないと言わなければならぬ」。

 こうした精神史的認識は、当時唱道されていた「日本精神への復帰」ないし「全体的国家 共同体思想」などへの透徹とした時代批判と結びついていた(22)。

 ちなみに、この書物の最終章で、南原は、バルトにも言及している。バルトの『今日の神学的実存』(一九三三年)について、「神学の立場からではあるが、時代の勢力に抗して書かれた精神的抗議の最後の表題」として強い共鳴と評価をあたえている。それは、バルト神学のもつ政治的射程を正確に理解した、当時の日本においては、きわめて稀な政治学者の発言である。

 そうした視点は、この本における南原の鋭いナチズム批判、さらには、巻末における田辺元の国家哲学批判に通底するものだった。田辺の哲学が絶対無の弁証法によって「国家こそ真の宗教を成立せしめる根拠、否、それ自ら『地上の神の国』となる」とするものだという南原の批判は、すでに天皇制ファシズムにおける国家の神格化の論理にも向けられていたことは明らかである(23)。

(22)南原繁『国家と宗教』(初版、一九四二年。『著作集』第一巻、岩波書店、所収)八五−八六頁。福田正俊の戦後の回想によれば、「昭和一七年に出版された『国家と宗教』の著者、南原繁氏とたまたま同席する機会がありました。そのとき、この本は暗黒時代に黙示録的な形で国家批判をしたものと考えてよいかとおたずねした時、そうだという答がかえってきたことを記憶しております」(『我らを生かして来たものと今日の問題』六頁)。この書物が狭い専門研究者のみでなく広く一般読者の共感を呼び起こした点について、たとえば南原、前掲書「解説」(福田歓一)四〇五頁、参照)。

(23)南原繁、前掲書、二三九頁、二六六頁。

    −−宮田光雄「権威と服従 天皇制ファシズムとローマ書一三章」、『宮田光雄集 聖書の信仰』IV巻、岩波書店、1996年、318−319頁。

-----







Resize3688


宮田光雄集〈聖書の信仰〉 (4) 国家と宗教
宮田 光雄
岩波書店
売り上げランキング: 1,061,735

2016-11-20

日記:「豚に真珠」は今では立派な「日本語」のことわざです。しかしこれは、聖書に由来する言葉。即ち、聖書が日本に再渡来する以前には、日本にはなかった言葉です

Resize3948


 ヨハネ言ふ『師よ、我らに從はぬ者の、御名によりて惡鬼を逐ひ出すを見しが、我らに從はぬ故に、之を止めたり』 イエス言ひたまふ『止むな、我が名のために能力ある業をおこなひ、俄に我を譏り得る者なし。 我らに逆はぬ者は、我らに附く者なり。 キリストの者たるによりて、汝らに一杯の水を飮まする者は、我まことに汝らに告ぐ、必ずその報を失はざるべし。 また我を信ずる此の小き者の一人を躓かする者は、寧ろ大なる碾臼を頸に懸けられて、海に投げ入れられんかた勝れり。 もし汝の手なんぢを躓かせば、之を切り去れ、不具にて生命に入るは、兩手ありてゲヘナの消えぬ火に往くよりも勝るなり。 [四四なし] もし汝の足なんぢを躓かせば、之を切り去れ、蹇跛にて生命に入るは、兩足ありてゲヘナに投げ入れらるるよりも勝るなり。 [四六なし] もし汝の眼なんぢを躓かせば、之を拔き出せ、片眼にて神の國に入るは、兩眼ありてゲヘナに投げ入れらるるよりも勝るなり。 「彼處にては、その蛆つきず、火も消えぬなり」 それ人はみな火をもて鹽つけらるべし。鹽は善きものなり、されど鹽もし其の鹽氣を失はば、何をもて之に味つけん。汝ら心の中に鹽を保ち、かつ互に和ぐべし』

マルコ伝福音書(文語訳)9:38-50より。

最近、時間に全く余裕がないのだけど、3月に恩師から頂戴した『文語訳 新約聖書』(岩波文庫版、2014年、解説・構成は恩師・鈴木範久先生)を、日蓮の遺文とともに読んでいる。言うまでもなく、それぞれの信仰は違うし、手段も異なる。しかし、非常に交差する点も多く、同時読みに驚いている。

聖書は、いうまでもなく、邦訳では新共同訳から読み始め、そのあとラテン語、ギリシア語へと読み始めました。そんで、最期に読んだのが、「日本語の聖書翻訳史上最高の名訳」(岩波文庫版帯)といわれる「文語訳」をはじめとする、新共同訳以前の「日本語訳」。

明治元訳から文語訳へ至る日本語翻訳史には様々な曲折がありますが、その頂点といわれる「文語訳」を読むと、「これってどこかで聞いた言葉だよな」というデジャブ感に驚かされます。

「日本人は、西洋の哲学、科学を研究するよりさきに、まず聖書一巻の研究をしなければならぬ筈だった」とは太宰治の言葉。

すなわち、信仰は一端横に置くにしても、聖書が日本にもたらされ、日本語に翻訳され、それが人々の言葉になっていく……その影響力の大きさに、「これってどこかで聞いた言葉だよな」という寸法で、驚かされてしまうわけです。

恩師は常々、キリスト教伝導に関してアジア地域では日本は失敗したといいいます。それはその信仰の受容が再渡来より常に1%人口のままだからです。しかし、その教育・文化・福祉への影響力は、信仰を受容するしないにかかわらず、その10倍だともいいます。短絡的に成功・失敗とは語ることは出来ませんが、(ユニテリアン的性格もありますので)私自身は、かくあればよいのではないかと思います。

「豚に真珠」は今では立派な「日本語」のことわざです。しかしこれは、聖書に由来する言葉。即ち、聖書が日本に再渡来する以前には、日本にはなかった言葉です。しかしその教育・文化・福祉への影響力は、結果としてみれば、信仰を受容するしないにかかわらず日本人の「口」にふつーに使われる言葉となった訳です。そこに留意したいと思います。

「地の塩 世の光」……。

イエスキリストがそうであったように、そしてパリサイ人の如き既成の秩序(=地上の重力)と戦った日蓮がそうであったように、物語にまるめこまれてはいけない……。

私自身は、かくありたいと思います。




ちなみに吉野作造が使っていた聖書は、委員会訳。




f:id:ujikenorio:20161119143439j:image


Resize3192