都政なる幻影

半年も空けといて突然の更新。
東京都による尖閣諸島購入問題が出てきたその日、奇しくも私は佐野真一「沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史」文庫版増補分を読んでいたのであった。

沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史 下 (集英社文庫)

沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史 下 (集英社文庫)

要するに、騒ぎの日に尖閣の地主の話とか、これまでに石原慎太郎が有志によって尖閣諸島を買おうとする話を読んでいたという、そのシンクロニシティを記しておこうとするのみの話である。
近代の尖閣諸島の歴史とは明治時代、日本政府が領有を閣議決定した翌年に借地権を入手した福岡県出身の男性が海鳥の羽毛採取や鰹漁の拠点として島を開拓したことに始まる。これを男性の遺族が払い下げを受け、後に縁のある(この辺曖昧)埼玉県の素封家に譲り渡して今に至っているのである。
その所有者に対し78年、売ってほしいと頼み込んだのが当時衆議院議員だった石原慎太郎都知事。これがまあけんもほろろに断られたわけであるが、所有者男性もなかなか一癖ある人物らしく、尖閣にかかわろうとしたいろんな関係者が苦労したであろう事は都知事本人や有吉佐和子氏の筆、そして佐野氏までもが「(手紙の文面から、地権者が)相当な変わり者だということは容易に想像できた」だとか「(所有者の)不得要領な態度が、この問題をさらにわかりにくくさせている」だとか表現しているところに見て取れる。

こーゆー風に国家的な問題が非常に属人的な要素に帰趨するところ、公私混同に近い形で30年越しの悲願を達成した都知事の執念など吐き気がするほどドラマチックなわけだが、「他人による物語化」を徹底的に拒否するかのような都知事のアティテュードもまた彼の悲劇の一つではないかと思っちゃうんだよ僕ァ。