『境界の彼方』5話 山田尚子演出を見る

絵コンテ・演出:山田尚子
作画監督:内藤直

山田尚子さんというと、『けいおん』などのかつての作品から
芝居やFixに拘られている印象を持っていたのですが
今回はカメラワークやカッティングも奇抜で
こういった演出もされる方なのかーと思いました。


ただ、今回は名瀬美月にフォーカスする、彼女の心情を追っていく回でしたので、
演出も彼女びいきな特別なものにするということで
そういった意図があっての演出回だったのかなと個人的には解釈しています。



ここはPANでいったん下げて、上げている。
カットを割ってもいいようなところをそうしない。
それから耳もと周辺をぼかしている。
このぼかす箇所が絶妙で良い質感を出してるんですよね。
「眼」の方に視点がいくように絵に立体感を出している。
1枚の写真として成立するような、ポートレイト的な作り込み方。
それだけだったら今までの『けいおん』とかの山田さんなんだけど、
それだけでなくPANもしちゃうぜーというのが新生・山田尚子
今、ふと思ったんですが『たまこまーけっと』のEDもそういえばそんな感じでした。
動くポートレイトみたいな。……何言ってるのかよくわかんないですけど。



ここもヘンテコ。なんじゃこりゃという感じ(褒め言葉)。
フォーカス送りしながら、カメラを上下に動かしている。
BGMがジャッジャーンって鳴るのに合わせて、
跳ね上がるように上にPANするというのが面白い。
ここも画の作りはポートレイト調なんですが、カメラ動かすんですよね。
あと、栗山未来が手にしている緑色(萌黄色)の謎の液体も良い配色ですね。
構図の中に一か所だけ緑色をぽつんと置くのって良いんですよね。
たとえば常盤みどりの髪留めとか靴下も緑色でしたけれど
周囲に混じらず主張していて、なかなか良いアクセントになってたなあと思ってました。



ここは、この一瞬でいろいろやっているのですが
特に背景を高速で引いているのが面白いなあと思いました。
眼にフォーカスを絞って、後ろの背景を高速で引くというのは
美月が自分の世界にスーっと浸っていく、落ちていくことを表現しているんですよね。
(絵的にも背景の動きと相対的に美月は下に落ちているように見える)
そして、QTBでフォーカスが広がり、ハッと我に帰る。
ほんの一瞬の無言の間なんですけど、演出でめっちゃ語れてるなあと思ったカット。



ここ、瞳孔が開くんです!開くんですよ!
……まあ、それだけなんですけど。画像だとわかりにくいですけど。
けど凄い引きつけられる。
今回の演出の肝は「眼」。名瀬美月の「眼」だったと思います。
とにかく眼の威力が凄いです。
眼の動きって、やっぱり心情を投影させるといいますか、
丁寧に描写・芝居されると引き込まれますよね。
5話はそんな眼の芝居のオンパレードでした。



名瀬美月可愛いな、眼がキョロキョロ動いて可愛いなあとか思って、
画面の右側ばかり見ていると、



次のカットでも、視聴者の視点は右にあるので、
自然と、越しでボケた美月の方を見てしまう。
栗山未来に関しては「ああ、なんか動いてるなあ」程度。←ひどい。
本来であればこのカットの主役はフォーカスのバッチリ合った未来なのですが、
前カットとの繋ぎで美月の方を見てしまう。
けど、ここではボケた彼女を見せるのが重要なのです。
ボケているのは本当は見られたくないことの表れです。
けれど、そんな見られたくないところに彼女の本心が隠れている。
だから見せるのです。



ここのカットもボケている美月に視線が行くように(常に右側を見てればいいだけですが)
カット間で上手く人物配置を同期させている。
ボケている美月をあえて見せていることで、視聴者を美月びいきにさせていく。
うまく誘導されている感が半端ないです。



ここの美月の移動も面白いです。
横の構図から縦の構図に切り替わっている。
しかも縦の構図ではまっすぐ奥へ行かずにふらふらと画面を横切ったりしていて。
これは縦の構図にすることで、栗山未来たち三人を画面から排除しているんですよね。
で、名瀬美月は孤立したような感じになる。
そして上の階の灯篭をずっと眺めるうちに心ここにあらずといった感じに。
(今話では、灯篭は美月のキーアイテム)



ただ、元の四人そろった構図に戻しても、
未来たち三人は美月のだいぶ奥にいるわけです。しかも三人仲良く固まって。
これはまあ三人と一人とで分けているわけですが、
縦の構図で分けることで、隔たりが誇張されるようなところもあるのだと思います。
横の構図だと、ここまで隔絶された感じは出ないです。



茶店のシーン。
会話が続かず微妙な間を演出で補っていく。
美月は画ブレで気持ちが定まっていない、どう振る舞えばいいのか手に余る状況を表す。
それに対して、未来はじわPANで、感情の向きに方向性がある、
つまり言いたいことはあるのだけれど、どう切り出したら良いかわからないといった様子。
……に見えました。
このシーンは他にも色々と水面下でバタバタとやり合ってる感がよく出ていましたですね。



ここは、縦の構図から横の構図へ。
美月と未来の距離感が縮まったことを示す。



かと思えば、灯篭祭の話を切り出した途端に
美月はつっけんどんな態度をとる。
構図も横から縦へ逆戻りしていてわかりやすい。
縦の構図で美月がフィールド張ってる感がバリバリですわ。



続くカットで二ノ宮が目線で美月を気遣っているのが見えるのが良いですね。
ちゃんと子供をフォローしてやれる大人がそばにいる作品は良いですね。



頑なに祭に参加することを拒む美月。このシーン、美月は無言を貫き通す。
まず正面ショットで軽く首をふり、
続くカットでは横顔をばっちり見せる。
表情の変化を表現しやすいのは横顔!
相手に感情を伝えやすいのは横顔!
だから、ここは横顔。横顔で「行かないぞ」という念を送っている。
どこまでも頑なだが、下を向くことから躊躇も感じられる。
そういう微妙な心境がこのシーンの美月。ツンツンしてて可愛い。
対する未来はお付きみたいになっている。けど、レイアウト的にはこれで落ち着く。



そしてここで謎のPANアップをして、
話をいったん切る役割。最初見た時ここで終わるのかと思いましたが。
あと、未来は見切られていくスタイル。未来ェ…。



先ほどの喫茶店のリベンジ戦とでもいうのでしょうか。
二人の座る距離感が近過ぎず遠過ぎずなのが良い。
そして美月が立ち上がって通り過ぎる際に、未来の横顔をここでバシッと映している。
これが良い。横顔は決意の表れ。
この瞬間、未来の中で確固たる意志が固まり、
美月に自身の思いを伝えようと決意したようにも見えます。もやもやが固まった瞬間。


そしてラストは灯篭の色は萌黄色ではありませんでしたというオチ。
あとりんごあめ食べたい。私も食べたい。


演出的には(静的な)ポートレイトを
(動的な)カッティングに取り組もうとされている印象を受けて、
山田さんは新境地にいこうとしているのかなといった印象を受けました。
普段見るようなキャピキャピ系の芝居もあまり見られませんでしたし。
けれど、何だかんだ言っても、横顔を使うタイミングは抜群に巧かったです。
こればっかりは山田尚子さんの十八番だと思います。
とにかく、心情を表出させる芸が巧みで、
特に無言のシーンの持たせ方には飲まれました。
とても良い回でした。