My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-03-31

[] レオナルド・ダ・ヴィンチの手記

序の冒頭のこんな文章に惹きこまれて読書中。

 私よりさきに生をうけた人々があらゆる有益で必須な主題を自分のものとしてとってしまったから、私は非常に有益な、または面白い素材を選ぶことができないのを知っている。それで私は、ちょうど貧乏のために一番あとから市場に到着したが、他に品物をととのえることもできないので、すでに他人の素見(ひやかし)済みだが余り値打がないために取上げられず断わられた品物すべてを買いとる男のようにふるまうだろう。

 私はさげすまれ断わられたこの商品、数多の買手の残りもの、を自分のはかない荷物のうえにのせよう。そしてそれを大都会ではなく、貧しい村々に配り、かつ自分の提供するもの相応のお礼をもらいながらあるこう。

ダ・ヴィンチの手記の冒頭が、こんな文章で始まっているとは、本を開くまで予想だにしなかった。創造ということの本質について、どんな分野にも、そしていつの時代にも通ずる名文であると思った。

せっかく生まれてきたのだから某かの創造に関わりたいものだと思っても、現前には先人たちの厖大な仕事があって愕然とするのが常だ。しかし、なるほどそれはいつの世でも同じことだったのかと、ダ・ヴィンチのこの文章は少しの勇気を与えてくれる。

また、この手記を読み進めて感じるのは、ダ・ヴィンチが自らを取り巻く環境、特に当時の権威に対して、おそろしく攻撃的な姿勢でこの手記を書いているということだ。

また、

原手記はすべて逆向文字をもって綴られている(鏡に映すことによって正しい向きになる)が、そのほとんどすべては、複製出版されており、その複製本には正しい文字に読み直された註がついている。

と解説に書かれているように、この手記はすべて鏡面文字で書かれたもの。

なぜダ・ヴィンチは鏡面文字で手記を書いたかについては諸説あるが、詳細は

「モナ・リザ」ミステリー

「モナ・リザ」ミステリー

を読まれたし。この「「モナ・リザミステリー」も実にスリリングで面白い本だ。

KimballKimball 2005/04/27 08:22 与謝野晶子さんの歌に

劫初(ごうしょ)より作り(創り?)いとなむ殿堂に
われも黄金(こがね)の釘(くぎ)ひとつ打つ

というのがあることを、つい最近知りました。

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