My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-06-17

[] ウェブ社会[本当の大変化]はこれから始まる

フォーサイト誌6月号巻頭カバーストーリーとして、通常連載の三倍の長さで書いた「ウェブ社会[本当の大変化]はこれから始まる」

http://www.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/u105.html

今日、ネット上にアップされました。これはもの凄く準備に時間をかけて、精一杯書いたものなので、是非読んでいただきたいと思います。

追記。アップしたのが日本時間金曜夜遅くだったにも関わらず、それから約24時間でブックマーク数が100を超え、

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/u105.html

これまでの本欄過去エントリー

http://r.hatena.ne.jp/feed/http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/rss

を一気に超えてしまいました。なるほど、準備に時間をかけて書いたものに対する反応というのはダイレクトに出てくるものなのだなぁ、と思いました。

hal*hal* 2005/06/17 17:35  「google」のテクノロジーがその担い手として大きく扱われていましたが、日本でのグーグルというのはまだまだ「使えない」というのが私の印象です。
 その主な原因は、「日本語」の解析において英語のそれに比して(多分)大きく劣っている点であります。実は先日も、googleのアドセンスに関して個人的な問い合わせのメールをした事があるのですが、返信されてきた日本語が本当にめちゃくちゃで、一つの確認をとるのに表現を変え言葉を変えて何度もメールを送らなければならないという事がありました。
 グーグルのテクノロジーとそこから窺い知れる理念は、私も大変高く評価していますが、HTTPプロトコルに乗る情報の全ては、まず様々な言語と文化の上に成立っている情報であるということを強く認識しなければならないでしょう。
 いかに技術が進歩しようとも、情報に権威を与え得る最大の要素は「文化」であると思います。技術によって権威を与えられた情報が「文化という観点から判定される価値」と乖離していれば、技術そのものがまず権威を得られないのだと考えます。
 そんなわけで、グーグル(をはじめとするテクノロジー)の次の10年は、各言語、文化との格闘であるのかも知れません。
 逆に、今後のテクノロジーが言語、文化との格闘を放棄したとすれば、ちょっとつまらないというか恐ろしいことになります。例えば日本という国が経済的にもっと水準が低かったとします。すると日本の広告主の数はもっともっと少ないでしょう。その様な状況であれば日本の表現者は「日本の言語・文化の上に成立つ情報」よりも、「より経済的に優位な言語(例えば英語)」で表現する方が収入が高くなるわけです。もっと言えば経済的に優位な国の人間が喜びそうな情報、表現、思想のみが評価され、そうでないものは評価されない。これは即ち、経済による文化の破壊が表現の分野においても進出する、ということに他なりません。
 「本当の大変化はゆっくり起こっている」という点について、大変共感しています。そして、その変化がどこへ向かっているのか、よく見極めていきたいと思います。