My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-08-20

[] ロールモデルの提示がもっともっとネット上に溢れるといい

IT Mediaで「特集:変な会社で働く変な人」という特集が組まれ、はてな近藤令子と伊藤直也と蓑輪太郎の3人がかなり詳細に取り上げられた。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0508/17/news020.html

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0508/18/news023.html

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0508/19/news029.html

まだ何者でもない会社の、まだ何者にもなっていない人たちについての記事としては異例の大きさであるが、はてなばかりではなく、もっと多くのベンチャーに勤める人たちにまでどんどん横展開してほしいと思う。学生や若い社会人のために、「ロールモデル」の提示は一つでも多いほうがいいと思うからだ。特に同世代の発展途上の人の「ありのまま」の姿が同時代的に書かれる場合、読んだ中の思わぬ箇所がいい刺激になったりする。

実はここで、はてなの社員を例に挙げて「ロールモデル」という言葉を使うことには抵抗があった。「ロールモデル」と言うと「尊敬・憧れの対象」みたいな「敷居の高さ」が印象としてあるからだ。でもGoogle検索して「On the Way Home 〜 アメリカで働く私が仕事からの帰りに考えたこと 〜」

http://www.alcblog.jp/d/2000696/_4.html

という文章に遭遇し共感したので、「ロールモデル」という言葉の定義をこの文章から拾いつつ、あえてこの言葉を使ってみることにする。

アメリカ人の友人が小学生の頃、教会日曜学校先生から「人は皆、誰かのロールモデルになっているんだよ」と言われ、「こんなに小さな自分でも誰かのロールモデルなのか」ととても驚いたそうです。この話を聞いたのは、もう10年以上も前ですが、いまだに私の心の中に強く残っています。あなたも私も、知らないうちに誰かのロールモデルになっているのでしょうか。

ロールモデルに選ぶ人物は、たとえば社内の先輩のように近い存在の人でも、マスコミに登場する有名人のように直接の知り合いにはなれないような存在の人でも構いません。尊敬と憧れを感じ、励まされ、刺激され、学ぶところがある − それがロールモデルです。また、ロールモデルの生き方・考え方の全てに共感する必要はありません。

あなたにはロールモデル(role model、お手本にしている人)がいますか?大学生の頃から長い間、私のロールモデル千葉敦子さん(ジャーナリスト、故人)でした。実際にお会いしたことはありませんでしたが、著書は殆ど読んでいます。

最近、仕事で壁にぶつかったのと、キャリア上の次の段階について真剣に考えなければいけない時期に来たのとで、ふと、「こんな時、私のロールモデルならどうするのだろう」と思い、「そう言えば、私の今のロールモデルは誰なんだろうか?」と考えるようになりました。千葉さんの生き方・考え方は現在も参考になりますが、私の今の状況にもう少し近い人の生き方・考え方も知りたいと思います。

「人は皆、誰かのロールモデルになっている」「あなたも私も、知らないうちに誰かのロールモデルになっている」というのはその通りだと思う。Blogブームの到来は「自分語り」によるロールモデルの提示量を圧倒的に増やしたが、やはり第三者によって俯瞰的に書かれたロールモデルの提示も、一味違った意味を持つに違いない。

僕もフォーサイト誌の連載で、2002年から2003年にかけて、シリコンバレーで活躍する日本人14人の来し方を、若い人たちへの「ロールモデルの提示」という意味で書いたことがある。かなり有名な人だけでなく、誰も知らない無名の人も取り上げたが、そちらのほうがむしろ好評だった。「14人のスピリッツ」(この特集連載の最終回)

http://www.shinchosha.co.jp/foresight/main/data/frst200312/fst.html

から、この14人の話にリンクが張ってあり、皆今もネット上で読めるので、興味がある方は、是非読んでいただきたいと思う。

たとえば僕の場合は、大学院時代に「技術だけで一生を生き抜いていく」才能に明らかに欠けていることに気づき、「技術ビジネスの接点」に自分の方向を無意識のうちに求めていた。当時の「ロールモデル」は、今北純一さんであった。バッテルについて書かれた今北さんの「孤高の挑戦者たち」という本を読んで、目が開かれたような気がした。それから何年か後に、新聞広告で「外資系経営コンサルティング会社の人材募集広告」を発見して応募することで転機が訪れたわけだが、今北さんを「ロールモデル」として思考実験をしていたゆえに新しい可能性を掴むことができたように思う。

ただ「ロールモデル」の選定というのは、キャリア職業をどう選定するかということと同じくらい個性が反映されるものなので、流行り言葉で言えば「ロングテール」的に裾野の広い「ロールモデル」がこれでもかこれでもかとたくさん提示されていないと、個々のニーズには合わない。是非そういう「ロールモデルの提示」がもっともっとネット上に溢れるといいと思う。ロールモデルに選ぶ人物は「近い存在の人」でよく、「ロールモデルの生き方・考え方の全てに共感する必要」は全くなく、「励まされ、刺激され、学ぶところが」少しでもあればプラスなのだから。

別に「ロールモデル」の提示といっても、仕事に前向きなポジティブな話である必要なんかない。ちょっと前に出た本だが、ポー・ブロンソンの「このつまらない仕事を辞めたら、僕の人生は変わるのだろうか?」

が面白い。原書は「What Should I Do With My Life」である。

What Should I Do With My Life?

What Should I Do With My Life?

渡辺千賀Blogで、原書が出た一昨年、日本語訳が出た去年と、二度ほど紹介されている。

http://www.chikawatanabe.com/blog/2003/04/silicon_valley.html

http://www.chikawatanabe.com/blog/2004/08/post_5.html

一体全体どうしたら人生を有意義に生きられるのだろう、と模索する900人を2年間かけてインタビューして書かれたもの。Silicon Valley周辺の人も登場するが、全然関係ない人もでてくる。

功なり名を成した人が「わたしはこうしてキャリアを作った」というような、「おとぎばなし」ではなく、今まさに迷いつつあれこれ模索している30代前後の人の例がたくさん出てきます。邦題は「このつまらない仕事を辞めたら、僕の人生は変わるのだろうか?」というのですが、これはちょっと違うと思うなぁ・・・・。英語のオリジナルタイトルWhat should I do with my lifeは、「わたしの人生意味って何なんだろう」という感じだと思うんですが。それとも日本ではやはり「このつまらない・・・・」みたいなくらーい感じのほうが受けるのでしょうか?(略)

多分、50人のインタビューが詰まったこの本を読んで、しばらくたってもう一回思い出して、どの人の話が一番心に残っているかで、自分が本当はどんな仕事を求めているかがわかるのかも。ま、しかし、以前のエントリーにも書いたように、「本当の自分」なんてものは存在しなくて、何事もやって見なけりゃわからないものではあるのですが、とはいうものの、「立ち止まって一旦考える」きっかけとしては、「どの話が一番心に残ったか」は面白い自己分析になるかな、と。

shojisatoshojisato 2005/08/21 18:13 「おとなり日記」から闖入します。キャリアに関して、あなたが話されていた<しかし、以前のエントリーにも書いたように、「本当の自分」なんてものは存在しなくて、何事もやって見なけりゃわからないものではあるのですが、とはいうものの、「立ち止まって一旦考える」きっかけとしては、「どの話が一番心に残ったか」は面白い自己分析になるかな>という個所には、基本的イン同じ考えだったので、コメントさせていただきました。「本当の私なんてない」というのは、社会学分野では、アーヴィング・ゴフマンなどがすでに指摘していたり、「自分はもともとそうなんだ」という本質主義的な「自分論」にはなんら根拠がなく、幻想の自分を描いてみたいだけだというのが、実は、社会構成主義的な考え方が今、主流になってき始めています。英語で、「constructionism」といいますが、自分は自分を後天的に環境との相互交渉で、つくり上げていくもの、そして、更新されていくもの、そういう考え方が基底にありますから、あなたのキャリア観にも、それに類する基本思想があるのではないでしょうか。私のブログにも、暇がありましたら、覗いてみて下さい。

sekuros777sekuros777 2009/03/21 00:14 自分なんてのは、あいまいな集合体だもの。自分のからだの構成原子ひとつを指して、これが自分ですなんて言える人はいない。自分をさがすぐらいなら自分をつくったほうがいい。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証