My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-03-17

[] オプティミズムについて

ウェブ進化論」のあとがきで、僕はオプティミズムについてこう書いた。

もちろんウェブ進化についての語り口はいろいろあるだろう。でも私は、そこにオプティミズムを貫いてみたかった。これから直面する難題を創造的に解決する力は、オプティミズムを前提とした試行錯誤以外からは生まれ得ないと信ずるからである。

本が出て以来、たくさんの取材を受け、たくさんの感想を読んだ。

僕がこの本を書く上でオプティミズムを貫いたのは、「放置していてもウェブ社会未来は素晴らしいものになりますよ」という安直な楽観があるからではない。

未来というのは、我々一人ひとりの生き方や行動によって変わり得るものだ」と思い、「難問解決に向けて、一人ひとりがどういう思想を持って行動するのが、トータルにみたときに、それらが最も大きな力に結集し、未来を変え得るのか」を突き詰めていくと、やはり根底にオプティミズムがあったほうがよい、と考えるにいたったからだ。そのほうが力が出るからだ。

「十年後はどんな社会になっていると思いますか」

と問われることが多いが、そんなことはわかるわけがない。未来は我々が作るものだからである。ウェブ進化に参加するというのはそういうことである。

そういう問いではなくむしろ、

「十年後にこういうふうにならないために、こうありたいと思う世界に少しずつでも近づけていくためには、何が必要なのか。その必要な何かが実現されるためには何をしなければならないのか」

ということが問われるべきなのだ。

本気でそう問いかけてみてはじめて、オプティミズムの意義が理解できるはずだ。

[] ネット書籍出版を変えるか(インタビュー記事)

筑摩書房の「Webちくま」に、「梅田望夫インタビューネット書籍出版を変えるか」

http://www.chikumashobo.co.jp/new_chikuma/shinka/index.html

という記事が掲載されました。

8ページにわたり、あれこれと話をしています。どうぞご一読を。

本が出てから生活が一変してしまい、なかなかしっかりと勉強する時間が取れません。もうしばらくすると定常状態に戻ってブログも前のように更新できると思うのですが・・・・・

cncn 2006/03/17 06:59 日本人はペシミストが多いのではないかと思いますが皆さんいかがでしょうか?特に新しい考え方や試みなどに対してです。

MikiMiki 2006/03/17 11:38 「失敗をしてはいけない」という意志・評価方法が結果として多いからだと思います。一方、オープンソースという舞台では、『ウェブ進化論』に記載されていた「コレラ治療プロジェクト」のように難しい事でも、【善】に向って人の意思が動いていく場合、新しい考え方・試みが完遂可能な場合があるように思います。かつ、プロジェクト完遂要素として【オプティミズム】は、知的エネルギーを集める為にとても大切な要素だと思います。オープンソース現象や総表現社会は人が本来持っている根本的力を試そうとしているようにも思います。

cncn 2006/03/17 17:56 「失敗をしてはいけない」という意志・評価方法が結果として多いというよりは、日本人のDNAに既にしみ込んでいると言っても過言ではないと思います。そういった”慎重さ”も時には必要なのでしょうが、実はこういったインターネットの機会を前に、自分の立場をリスキーにしているのが今の日本人ではないでしょうか。今までの成功にこだわる。太平洋戦争時代に、時代は航空力であるのに、大艦巨砲を信奉した日本と同じような気もします。その時も日本は変われなかった。アメリカは当初は戦艦重視でしたが、時代は航空力と悟ると素早く自分を変えていったわけです。日本自身が変われないのは今に始まったわけではないのです。

kanngaerukikanngaeruki 2006/03/17 22:52 人は不安があるとき、守りを固めます。結局、ペシミズムの生み出すものは、自分の生きてきたシステムを堅牢なものにする方向にしか働いていかないのではないでしょうか。そして、日本の社会が、これまでは、雇用流動性の低い、組織への忠誠が重んじられる閉鎖的な社会であり、皆さんが仰られるように失点の少ないことが評価されてきたこともペシミストを育てた背景だと思います。
何か新しいものを創り出そうとすれば、オプティミスティックに自ずとならざるを得ないし、ウェブの世界で新しい方向性を生み出すためには、まず、組織の持っている情報の開示をはじめとして、自己を開放していくことが必要でしょう。保守と進化。開放とガードを考える上で、オプティミズムを貫くことが大切なのだと梅田さんの著書を読んで考えました。

k-3k-3 2006/03/18 09:41 OAZOの丸善で「ウェブ進化論」というタイトルがふと目にとまり、手にしたのですが、あまりの面白さに一気に読み終えました。
インターネットは日常的に使っていましたが、グーグル社員による「世界政府があると仮定し、そこで必要なシステムは自分たちで全部つくろう」といった発想の壮大さに衝撃を受け、ネットの将来像に対してワクワクした気持ちになりました。また、ネットの未来を考える上で大切なキーワードの一つが「オプティミズム」であることについても、と素直に納得しました。
私はこれまでインターネットの「こちら側」の進化しか意識していませんでした。私のような「調べものに便利だから」といった程度の理由でネットを使っている人間に、「あちら側」に広がる可能性の大きさに気付かせてくれた点において、この本はまさに慧眼の書です。
あとがきで梅田さんは、常に「オプティミズム」を意識して本を書かれたとありましたが、それが、この本の読後感をさわやかにしているものの正体ではないかとも思いました。読後は、気分の高揚すら感じました。
人間という小さな生命体は、地球という大きな生命体と一体であり、つながっているという私の漠たる感覚が、個人と世界を瞬時につなぐインターネットの可能性と重なってみえ、高揚したのかもしれないな、などとも考えていました。まあ、小難しいことは抜きにして、楽しんで読める本だというのは間違いありません。

researcherresearcher 2006/03/18 15:48 アメリカで研究をしていると、日本人の仕事の完成度の高さを感じます。その由来が画一的とも言われる義務教育に端を発するのかどうかは知りませんが、日本人の物事に対する Carefulness は大変貴重だと感じます。
もし日本人が pessimistic だとしても、それは必ずしも carefulness に由来するとも、(そのようなものがあるとして)固有の器質的なものとも、私は思いません。日本史を顧みれば、時に凶暴で危険なほど楽観的な日本人の姿も見受けられます。戦後の産業界だけを見渡しても、様々な分野で無謀な挑戦が行われ、かなり多くの領域で大きな成功を収めています。
Optimism/Pessimismという点で、「今」の日本に足りないものがあるとすれば、それは、日本には世界の中のでリーダーシップを取れるだけのポテンシャルがあるという自覚でしょう。(政治はどうか知りませんが)少なくとも、医療や基礎研究、工業分野では、日本はもはや欧米に「追いつけ追い越せ」の次元ではありません。NYのFITでファッションの最先端はTOKYOだと教えているように、日本は、多くのフィールドで新しい価値や枠組みを提案する責任を持ち始めています。
立場は人をつくります。アメリカでinnovativeな仕事が多いのも、彼らは「自分たちには新しいモノをつくれる力がある」と(いい意味でも悪い意味でも)思ってるからではないでしょうか。
日本人の多くが、このような自覚を持つことが出来たら、このいわゆるpessimismはすこしずつでも解消されるのではないかと思います。(せっかく長い歴史を持っているのですから、暴力的なoptimismに走る過ちは繰り返して欲しくないですが。)
幸運は成功をもたらします。成功は義務を生みます。戦後の日本の復興はまさしく幸運でした。今は、自らの義務を見いだすときだと思います。

cncn 2006/03/18 18:35 本論からそれますが、太平洋戦争は、オプティミズムかペシミズムの次元での話でもないという気がしますが、その戦争がオプティミズムに基づいたものであったというのであれば、日米物量の大差を精神論で乗り切れるといった考えと現実の状況を把握しようとしない大本営の現実逃避がそれを表していると思います。しかし、太平洋戦争の遠因のひとつともなったワシントン条約や国連脱退などはペシミズムに基づいた国家的暴走だったという気がします。

cncn 2006/03/18 18:52 確かに日本がリーダーシップを取れる場面が増えてきているとは思いますが、たとえば技術のde factoスタンダードや特にITU-Tなど標準化では力不足の感は拭えません。たとえば、インターネット関連の技術の特にコアな部分のほとんどは、アメリカから来ています。「我々はアメリカに首根っこを捕まれている」というようなことをあるメーカーの幹部から個人的に聞いたことがあります。
日本人の仕事の完成度の高さについては同感ですが、そのの由来については、私の感覚からすると、やはり画一的とも言われる義務教育にあると見ます。
また、師弟の関係をひとつ取った場合、おおざっぱなとらえ方ですが、日本では師は絶対ですが、アメリカでは、特に大学ではイコールという印象を持っています。私は、アメリカの大学で勉強したことがあり、その時に教師から言われたことは、「私は神ではないので、自分の意見をしっかりと述べなさい。」というようなことでした。私は衝撃的でしたが、というのも一般的には日本では逆だからです。
そう言ったところにアメリカ人のイノベーションやオプティミズムの心が芽生えるのではないでしょうか。私はこのとき(約20年弱前)に、アメリカには絶対に勝てないなと感じました。

tohlmtohlm 2006/03/21 14:52 自分自身がペシミスティックであると思われるので、ペシミストである自分のメンタリティから思うところとして、日本の文化が「制約」あるいは「〜してはいけない」が先に来るといった部分が大きいように感じられます。逆に言えば欧米は「〜したい」といった部分から始まって、後になって「制約」を加えるといった感じかと。ですから、デバイスを小さくする、最適化するといったところでは馬力がかかる。一方で野心的なアイデアや規模的な拡大がうまくいかないというイメージがあります。これは映像などのコンテンツや、あるいはワシントン条約という制限のもとで実用化された空母にもあるように感じられます。

cncn 2006/03/21 17:36 先日ですが、アメリカの副大統領チェーニーが、「未来には不安はない。それは我々が未来を作っていくからだ。」といったようなことをテレビで見ました。アメリカ人の典型的なオプティミスト的物の考え方ではないかとは思います。(無論アメリカ人が皆オプティミストとは言いません)逆に日本のリーダーでこのような発言をされる方はいらっしゃるでしょうか。私にはほとんど記憶がありません。
また、国民も同じような感じの面があるのではないでしょうか。一例で、年金問題などに対して国民の反応を見ていると、国民は、“自分たちの将来は誰かが作ってもらうもの”という考えを暗示しているような気もします。自分たちで社会を変えていくという発想は見られず、寧ろ“自分たちの将来をなんとかしてよ”と言っているだけのように聞こえます。無論何も言わないよりはよいとは思いますが、日本人がペシミスト的かつ、受け身の考え方が強い国民性を持っているということでしょうか。