My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-12-28

[] ぼろぼろになるまで読んだ四冊の本

日経新聞文化部から夕刊読書欄「読書日記」に四回連載(12月)をしないか、という依頼があった。最近の本の書評ではなく、「思い出の本」「感銘を受けた本」を四冊選ぶようにとのことだった。一回の分量はわずか550字。難しいなぁと思いつつ、これも経験と引き受けた。いろいろ考え、高校生の頃にぼろぼろになるまで読んだ本三冊、三十代からの座右の書一冊、を選んだ。以下、12/6, 12/13, 12/20, 12/27の日経夕刊に掲載された文章の転載である。

(1) 「バビロンの流れのほとりにて」(森有正著): 自分の中の軽薄さを殺す

 「人間が軽薄である限り、何をしても、何を書いても、どんな立派に見える仕事を完成しても、どんなに立派に見える人間になっても、それは虚偽にすぎないのだ。(中略)自分の中の軽薄さを殺しつくすこと、そんなことができるものかどうか知らない。その反証ばかりを僕は毎日見ているのだから。それでも進んでゆかなければならない。」

 森有正のこの文章と出合い衝撃を受けたのは高校三年生のときだ。一九七八年、筑摩書房から刊行された白い函(はこ)に濃紺の表紙の「森有正全集」に、私はのめりこむと同時に打ちのめされた。これはその第一巻に収められた「バビロンの流れのほとりにて」冒頭の断章の一節である(『森有正エッセー集成1』ちくま学芸文庫所収)。

 当時私は数学を志し、学問の道を生涯究めていきたいと考えていた。しかしこの文章に象徴される森の苛烈(かれつ)な生き様は、高校生の私に「こんな孤独で真摯(しんし)な人生を歩む覚悟があるのか」「そういう人生を歩んで本当に幸福になれるのか」という問いを突きつけた。そんな自信がぜんぜんなかった私は、学問の道に進まなかった。

 それから二十八年が経ち、森がこの文章を書いたときの年齢を超えた。「自分の中の軽薄さを殺しつくすこと」。今もそれが、私の人生における最大かつ最重要テーマであり続けている。


(2) 「知的生活の方法」(渡部昇一著): 重要な本の置き場確保

 知的生活を送るには金がかかるものなのだな。働いて稼いでうんと資産を作らなくては、満足な知的生活を生涯送ることってできないんだな。

 七〇年代後半にベストセラーとなった渡部昇一『知的生活の方法』(講談社現代新書)が多くの人にどう受け止められたのかは知らないが、少なくとも高校生の私の心に焼きついたのは、そんな教訓であった。

 「知的生活とは絶えず本を買いつづける生活である。したがって知的生活の重要な部分は、本の置き場の確保ということに向かざるをえないのである。つまり空間との格闘になるのだ。そしてこの点における敗者は、知的生活における敗者になることに連なりかねないのである」

 蔵書を持ち続けることの重要性を説く渡部は、戦時中に蔵書をあっさり処分した著名な外国文学者を、本書の中で厳しく糾弾したりもしている。

 東京での生活を引き払ってシリコンバレーにやってきて十二年が過ぎた。高校生の頃から「知的生活を生涯続けること」を目標にしてきた私は、無意識のうちに「空間との格闘」を続け、知的生活を送るための「広い空間」を求めて、アメリカに来てしまったような気がする。毎年千冊ずつ増え続け、すでに一万五千冊を超えた蔵書を維持できる「広い空間」は、日本では求めても得られなかったからである。


(3) 「やわらかな心をもつ」(小澤征爾広中平祐共著): 30年後の今も古びぬ普遍性

 毎朝四時か五時に起きて最低三、四時間勉強するという生活を、十二年前にシリコンバレーに移住したのをきっかけに始めた。なぜか私は「海外に住み、毎日早起きして勉強する」という生活に昔から強いあこがれを抱いていたのだ。

 一九八〇年代末から九〇年代半ばにかけて村上春樹ヨーロッパアメリカ暮らしたときの生活にイメージはかなり近いのだが、私はそういう生き方大学時代から渇望していた。誰に影響されてそう考えるようになったのだろう。それが私の長年の疑問だった。

 この連載では、私がぼろぼろになるまで何度も読んだ本を四冊選ぶことにした。三回目の今回は『やわらかな心をもつ』(小澤征爾広中平祐共著、新潮文庫)である。七六年、ボストンに住んでいた数学者広中が、サンフランシスコに住んでいた指揮者小澤を訪ね、丸二日間にわたり、芸術学問から家庭生活まで、幅広く語り合った対談記録である。三十年後の今読んでも全く古びない普遍性を持つ名著だ。

 本欄寄稿のために再読し私の長年の疑問が氷解した。「海外に住み、毎日早起きして勉強する」ライフスタイルとは、小澤征爾の当時の生活そのものだったのだ。たとえ内容を忘れてしまっても、高校生のときの読書人生に大きな影響を及ぼす。そのことに私はいま改めて驚くのである。


(4) 「近代絵画」(小林秀雄著): 門外漢の目を開かせた力

 「近頃の絵は解らない、という言葉を、実によく聞く。どうも馬鈴薯ばれいしょ)らしいと思って、下の題名を見ると、或る男の顔と書いてある。」

 こんな書き出しで始まる「近代絵画」(一九五八年出版、『小林秀雄全作品22』新潮社所収)は、小林秀雄が五十代前半の五年間、他の仕事をせずに没頭して書いたと言われる、啓蒙(けいもう)・批評文学最高峰たる作品である。

 子供の頃から絵心は皆無、美術鑑賞に興味を持ったことさえなかった私は、結婚を機に妻に誘(いざな)われ欧州美術館を巡るようになった。何が面白いのかさっぱりわからぬまま絵を眺めていた私は、偶然本書と出合い、息もつかずに読み、目が開かれる思いがした。

 門外漢の私の心をいきなり鷲づかみにして離さなかったこの「本の力」とはいったい何なのだ。私は「近代絵画」の不思議な力に魅了され、いつか自分も専門分野についてこんな本を書いてみたいと思った。以来十余年、旅に出るときは必ず携え、繰り返し読み続けた。

 二月に上梓(じょうし)した拙著ウェブ進化論』(ちくま新書)は、仰ぎ見るほどに高い「近代絵画」という峰を意識しつつ書いた、私の最初の作品である。思いがけなくもベストセラーとなり、二〇〇六年は私にとって生涯忘れられない年になった。

森有正エッセー集成〈1〉 (ちくま学芸文庫)

森有正エッセー集成〈1〉 (ちくま学芸文庫)

知的生活の方法 (講談社現代新書)

知的生活の方法 (講談社現代新書)

やわらかな心をもつ―ぼくたちふたりの運・鈍・根   新潮文庫

やわらかな心をもつ―ぼくたちふたりの運・鈍・根 新潮文庫

小林秀雄全作品〈22〉近代絵画

小林秀雄全作品〈22〉近代絵画

KousakaKousaka 2007/01/01 16:57 あけましておめでとうございます。
「やわらかな心を持つ」…とても興味を持ちましたので
早速注文しました。いい本をご紹介くださって
ありがとうございます。
また、私は昨日「ウェブ人間論」を購入しました。
読むのが楽しみです。
今年一年すばらしい年になりますように、お祈りしています。

ysnicoleysnicole 2007/03/13 16:26 オスカーピーターソンのアルバムを探していたら、やわらかな心を持つという本が出現したので、読んでみることにしました。嗜好(思考)を分析不可にするため他人名義で図書館で本を借りるのが常でしたが、皆さん石鹸で手を洗浄してから本を読んでいるのか不明のため、他人に依頼して購入することに・・・。ちなみに「ウエブ進化論」や「ウエブ人間論」を読んだことがないのでチャンスがあれば読んでみようかなと思っています。今、興味を持っているテーマは生きることに欠かせない「仕事とは」について
書かれている本です。なかなかありません。

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