My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-01-04

[] 「Wisdom of Crowds(群衆の叡智)」元年

謹賀新年。今年もどうぞよろしく。

ウェブ人間論」の「おわりに」で

僕は「ウェブ進化論」に対する感想を、ネット上で一万以上読み、そこからたくさんのことを学んだ。読者畏るべし、と思うことしきりだった。

文章を構成する言葉の多義性や、言葉が喚起する豊穣なイメージゆえ、書くときに自分が意識していた以上のことを読者が汲み取り、それが読者固有の経験と結びつくことで新しい知が生まれ、それがウェブ空間を経由して僕のところに還ってくる、という得がたい経験をたびたびした。

と書き、年末には毎日新聞夕刊に

世の中には、途方もない数の「これまでは言葉を発してこなかった」面白い人たちがいる。私は「ウェブ進化論」の書評感想ネット上で一万以上読み、そのことを心の底から実感した。人がひとり生きているというのは、それだけでたいへんなことなのだと思った。

たとえばあるとき私は「これは凄い書評だ」と目を見張るような文章に検索エンジン経由で出合った。調べてみればそのブログ筆者は、膨大な量の読書をしながら内科医を三十年続けてきた団塊の世代の方なのだと知った。医学を修め、その後も人の生と死を見つめながら、六十歳近くまで思索を続けてきた市井の知が刺激的でないはずがないのだ。教養レベルが高く中間層の厚い日本社会には、そんな潜在知が満ち溢れている。

と書いた。僕の手元に整理してある膨大な書評感想こそが、僕が今後の知的活動を続けていく上での最も大きな財産だということを、年末年始に改めて痛感した。

一万以上の感想をどうやって読んだかについてよく質問を受けるので、その方法を簡単に記しておこう。毎朝、このブログへのトラックバックコメント、書名などでの各種ブログ検索、はてなの「含む日記」、mixi検索などをする。かなりボリュームのある感想書評で10,000以上、本の紹介だけ、一言コメントのような取り上げ方をしているものも含めると、20,000から25,000は読んだと思う。

それで、はてなグループプライベート版(自分の勉強用)に、再読したい書評感想URLや出典とともに転記する。それだけでも、一日に文章の分量で400字詰め原稿用紙で20枚から30枚程度になる。僕の本を読み、僕が読んだこともない思想書や哲学書を想起される方がずいぶんたくさんいたので、そういう本は「これも何かの縁」とその場で注文し、本が届けば、全部は読めないけれど、なぜ僕の本とその本が読者の中で結びついたのか考える時間をとる。

ここまでが、毎日欠かさずにやってきた作業で、「シリコンバレー精神」「ウェブ人間論」についても、継続してやり続けている。

そして数ヶ月に一度、大きな仕事の前には(たとえば次に書く本の構想を練るとか、顧客企業向けに大きな提案をする前とか)、はてなグループに転記したこの再読用書評感想集を時系列で一つ一つ読み、長い文章の肝ともいえるフレーズを抜書きして、キーワード機能を使って分類・整理していく。「歴史的視点」とか「きらりと光る言葉」とか「文章への批判・感想」とか、視点・切り口は色々あるが、そういうノートキーワードとして次から次へと作っていく。それをまた折にふれて再読する。こうした一連のプロセスに、去年二月からの累計で言えば、700時間から800時間くらいかけてきたと思う。

たとえば僕が抜書きして整理していくのはこんな文章たちだ。

http://d.hatena.ne.jp/nigel_f/20060416/1145161206

いや、何かが新しく生まれようとしていると表現したほうが的確かとも思う。私の親父は獣医で、幼い私に馬や牛の出産をよく見せた。誕生を待つ時間はとても長く感じるが、透明なベールに包まれたその子が母の胎内から産み落とされた瞬間から、厩舎のすべてのいとなみは、まばゆく輝くこの幼い命を中心に回転しはじめる。

僕と同じように、この文章から、はっとするような輝きを感じる方も多いのではないだろうか。この方のプロフィールを見れば「元TV局マン。大学番組制作Webサイエンスを教えている」とある。さもありなんと思う。

年末年始は、去年から溜めに溜めた、本何十冊分くらいになるはずの膨大な「再読用書評感想集」を読みながら、ああでもないこうでもないとずっと考え事をしていた。それで、やはり改めて「Wisdom of Crowds」(群衆の叡智)とは、とてつもないことで、何もまだ始まっていないのだな、と思う。これまでは人間の脳という物理的な制約の中に閉じ込められてきた個人の経験や思考が、これからは他の人たちとゆるやかに結びつき始めるのである。そういう「Wisdom of Crowds」元年がまさにいま始まろうとしているのであって、そういう未来を垣間見せるきっかけとなった初期の道具としてのSNSブログの枠組みが今のままで「終わり」であるはずがなく、イノベーションには「踊り場」がつきものなのでどういうタイミングで何が起こってくるかは予想できないが、「次の十年」の最重要キーワードは相変わらず「Wisdom of Crowds」なのだ。

群衆の叡智  梅田望夫 - 書き初めくん - はてなセリフ


(書き初めがしたい人は、はてラボの「はてなセリフ:書き初めくん」へどうぞ)

http://serif.hatelabo.jp/bd8d4e68d87fe012901fb4e08e1e6dd630edd41f/

バッファロー66大尉バッファロー66大尉 2007/01/04 18:40 ウェブ人間論でも大きなテーマとなっておりましたが、ブログやSNS、巨大掲示板等で日々集約・リンク・生産される情報を「群集の叡智」と見るか「衆愚」と見るかによって、全く違う未来が見えてくるのだと思います。
例としてテレビでもお馴染みのコメンテイター勝谷誠彦氏は、昨年末で自身の日記を有料化しましたが、彼は「衆愚」派でした。
気持ちはとても分かるのですが、有料化するという行為がウェブ進化とは逆のベクトルを指している、と僕は思っています。

龍の落とし子龍の落とし子 2007/01/04 20:26 梅田さん、明けましておめでとうございます。「群集の叡智」、とても心地よい響きですね。あるいは「サイレントマジョリティー」、「声なき者の良心の声」とでも言えましょうか。この世の権力の上に立つ指導者は、よほどしっかりした人間性や見識がないと、いろいろな誘惑に負けて甘い汁を吸うことになりがちです。そしてその下にいる「正直者」が馬鹿をみるようなことが歴史の常でしたよね。韓国の人気テレビドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」がなぜあれほどの大ヒットしたかといえば、主人公に対する同情と正直者が負けずに勝利・成功していったことが励ましになったことでそのドラマを見た者が勇気を得たというか、そういう強い思いが働いたように思います。そんな歴史的に見て弱い立場で正直な者たちの「声なき者の良心の声」の集合、発散の場が「群集の叡智」の背後にあるように思えてなりません。今年からは「正直者が勝利・発展する」そんなこれからの年でありたいものですね。