My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-03-31

[] 「好きを貫く」のはそんなに簡単なことではない。意識的で戦略的でなければ「好きを貫く」人生なんて送れないよ。

直感を信じろ、自分を信じろ、好きを貫け、人を褒めろ、人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ。」を書いてから二週間。休暇で海外に出ていたのでしばらくこのブログ更新できなかったが、その間の膨大な反応も、帰国してから全部読んだ。

僕の本やブログをずっと読んでくれている人には「言わずもがな」かもしれないけれど、あの短いエントリーを単体で読むだけだと誤解を招くだろう部分が「好きを貫く」ことの難しさ、厳しさだ。

人生幸福とは「好きを貫いて生涯を送ること」だと僕は思っている。「好きを貫いて生涯を送ること」は素晴らしいことだ。人からどう見えるとか、他人と比較してどうこうという相対的基準に左右されるのではなく、自分を信じ、好きを貫く人生を送ること。本当の幸福とは、そういう心の在り様にこそあると、僕はそう信じているから、若い人達に、そんなに簡単に「好きを貫く」ことを諦めてほしくない。でも「簡単だから、やってごらん」なんて言ってるわけじゃない。

「好きを貫く」というのは、「好きなことをしてただ漠然と時を過ごす」とか「嫌なことをしないで安逸な時間を過ごす」ことを言うのではない。それとは対極にある「厳しい意識的で戦略的な営み」を長く継続してはじめてたどりつける世界である。「好きを貫く」ことに意識的で戦略的でなければ、きっと流されて「好きを貫く」ことから遠ざかっていってしまうだろう。でも天才でなければ追求できないというほど、とんでもなく難しいことじゃあない。意識することがまずは何より重要なのだ。

「何が好きなのか」という根源的な問いに答え続けようと努力することがまずあり、「好き」が見つかったと思ってもそれを極めていくのは時間がかかるし大変なことだし、その先で「それで飯が食えるのか」という難しい現実と折り合いもつけなければならない。その上、いつ自分の「好き」が変わっていくかもわからない。「好きを貫く」には、「好きを探し続け」、「好きを極め」、「必要なら軌道修正して新しい「好き」を極め」「好きで飯を食えるようになってサバイバル」しなければならない。

「直感を信じろ」「自分を信じろ」というのは、信じるに足る直感を磨くべく真剣に生きていることが当然の前提になるわけで、それさえできなければ「好きを貫いて生涯を送る」なんてできるわけない。「人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ」というのは、そのくらい自分の「好き」に関わることに没頭し続けて行動しなければ「好きを貫く人生」なんて送れっこないからだ。

僕はよく対話や文章の中で「サバイバル」という言葉を使う。サバイバルとは何か。「何からのサバイバル」を自分はいつもいちばん意識しているのだろう、と旅をしながら考えていた。やりたいと思えないこと、嫌なことをすることで、いちばん貴重な資源である「自分の時間」を失うこと、損なうこと。それからのサバイバルだ。

やりたくもないことをやり続けて一生を送り、それで仮に裕福な生活を送ることができても、僕にとってそれは「サバイバル」ではない。そんな人生は絶対に嫌である。そうだそうだと共感する人も多いかもしれないけれど、意識的で戦略的でなければ「好きを貫く」人生なんて送れないよ。

「好きを貫いて生きていけるほど、世の中、甘いもんじゃない」と多くの大人たちは言うだろう。「好きなんてことは忘れて、いまの社会で通用する人間になれ・・・」というような言葉日本若者たちはシャワーのように浴びているのだろう。むろん「好きを貫いて生きていけるほど、世の中、甘いもんじゃない」というのは、全体としては正しい。たしかに、甘いもんじゃなく難しいことなのだけれど、「好きを貫いて生涯を送る」ことを目標にすべきだと僕が信ずるのは、難しさに挑戦するだけの価値がある「素晴らしい人生」だと思うから。「難しいから諦めろ」と言うにはあまりにももったいないと思うからだ。

自分の良いところを見つけるには、自分の直感を信じ(つまり自分を信じるということ)、自分が好きだと思える「正のエネルギー」が出る対象を大切にし、その対象を少しずつでも押し広げていく努力を徹底的にするべきだ。そういう行動の中から生まれる他者との出会いから、新しい経験を積んでいけば、自然社会の中に出て行くことができる。「好きなこと」と「飯が食えそうなこと」の接点を探し続けろ。そのことに時間を使え。

と書いたけれど、こんな難しいことを本気でやり切ろうと思ったら、くだらない粗探しなんかしてる暇もなくなるはずだ。

to 梅田氏to 梅田氏 2007/03/31 18:56 著作を拝見していて思うのですが、梅田さんは非常に戦略的かつ現実的で、『厳しい社会』の中にあってなお、『いかにすれば自分の夢をかなえていけるのか』というところから発想されているのだと感じています。
『ポジティブ』に関しても、現実が厳しく、また、多くの困難に打ちのめされ、時に挫折し、『その中にあってなお、「意志」としてあえてポジティブを貫き、現実と戦っていこう」ということであって、現実を見ないとか失敗した事がないことによる夢物語といったものではないと私は思っています。
厳しい現実、そしてその中で挫折することがあっても、意志として敢えてポジティブを貫いていこうということなのだと私は理解しています。

日本はネガティブ社会です。多くの人が悪口を言ってお互いを嫌いあっています。人に嫌がらせをすることに多くのエネルギーを割いています。
そんなネガティブ社会にあっては梅田さんを揶揄する人たちが出てくるのは当然だと思います。しかし、『未来』を創造するのは、現実を見据えながらもポジティブに現実と戦っていくことの出来るオプティミストです。
アメリカが現実と戦いながら、次々に新たなものを打ち立てる事ができるのは、根底にオプティミズムやポジティブ・シンキングがあるからです。
梅田さんに賛同するブックマークは約900、批判するブックマークはそれには及びません。
梅田さん、若者にポジティブなエネルギーを送り続けてください。今日も、はてなでは、ネットでは、日本社会では、恐ろしいまでのネガティブなエネルギーが吐き出されています。

えっとえっと 2007/03/31 19:04 さいこたんなら、「経済観念の洗練と、シャアすることの懐の深さが大切だ。」と、書くかもしれない。直感というのは、本人が思っていればいいことで、「美しい国」と同じ響きがあるね。せっかく、海外で暮らされているのだから、海外の若者を紹介された方が良いと思うけど。

Marco11Marco11 2007/04/01 03:57 これを文面通り読むと、道徳、とか倫理ってのは、自分の「好きなこと」や「飯を食うためのこと」よりも、下位というか、とりあえずはそういう要素を度外視して生きろ、ということになりますが、そういう意味なんでしょうね。


なんというか、幸せそうに見えませんけどねあなた、ブログからはw。そして社会に対してどのような貢献をしているのかも伝わっては来ません。経済的には成功してそうですけどね。なんかこのエントリに書いてある幸福感と矛盾するような気もしますが、そういえばエイプリルフールでしたねw。

TT 2007/04/01 04:27 好きを貫くの先には勝ち組に成る為にってのがあるんでしょ?つまんね。

Marco11Marco11 2007/04/01 05:01 なんかジタバタ感が漂いますよ梅田さんこの一連のエントリ。馴れないコミュニケーションをいきあたりばったりでイメージでやって、公共的利益を生み出せるのは天才だけだってだからw。難しい言葉を使わずに、反復すれば、わかりやすい文章になると思ってませんか?w。その姿勢は素晴らしいですけど、技術が低いですよ。何故なら人生が浅いからでしょうねw。仕事だけやってて、人生に深みが出ますかねえw

TTK-TsukaKTTK-TsukaK 2007/04/01 05:07 イチローから王監督への質問
イチロー「現役時代、自分のために、それともチームのためにプレーしてましたか」
王監督「オレは自分のためだよ」
以上、Number 674, (3/29)より引用
「人は社会のために生きるのか、自分のために生きるのか」
「オレは自分のためだよ」
但し、自分への厳しさは云うまでもなくだ。

Marco11Marco11 2007/04/01 05:27 たとえば女性を口説くときとかどうやってるの梅田さん?w

Marco11Marco11 2007/04/01 05:39 でもミスターはきっと違うぜ

yellowbellyellowbell 2007/04/01 05:52 やりたいことをやればいいという話は、人の道を外して利己的に生きろということでなく、他人が決めた枷や常識に囚われるなということだと読み取りました。
好きを貫けという話は、好きなことをなんでも好きにやれということでなく、(社会の中で)好きな役割を担いなさい、誰も止めてなんかいないんだからという叱咤だと受け取りました。

このような処世の啓蒙を謳うエントリは、受け止める方にも責任を持たされている気がして、あるいは思わぬ反発を受けるのかもしれません。
責任と言うと意味が強すぎますが、劣等感かなにかが邪魔をするようなことがあると、お説教というか、ありもしないエリート意識を読み取ってしまうのかもしれません。
コメントまで含めて、興味深く拝見しました。

yellowbellyellowbell 2007/04/01 06:11 読み返しながら思いましたので、続けます。
好きを貫けとはむしろ、自分が好きなことを社会に認めさせろ、そして社会の役割にまで高めろという強い激励にもなっているように思います。
これはやはり、モラトリアム型の人生には刺激の強い一文であり、上昇志向のリトマス試験紙なのかもしれません。

酔いすぎ酔いすぎ 2007/04/01 08:01 批判めいたコメントを書き込んでしまい恐縮なのですが、
>「好きを貫いて生きていけるほど、世の中、甘いもんじゃない」
こんな前提が当たり前のように出てくるのには疑問を感じました。
若者に向けて語っているのだと勝手に理解してはいますが、
それでも対立構造を主体に語り、ネガティブな部分を強調して、何を伝えたいのかと。
夢に向かって具体的な活動をしている人たちは、大人たちの無理解と同時に、助力も感じているはずでは? 
あいまいに夢を語るのであれば、浜崎あゆみの歌詞でことたります。
己の能力と実績をたてに「やるべき」なんて語るのは、はたしてどうなんでしょう?
「どうなんでしょう?」なんて書いたのは、100万回以上使い古された言説でも、「書きたいから書く」ならやっぱり書いた本人にとっては気持ちいいし、意味がないとは思わないですが。

ひろひろ 2007/04/01 08:49 自分のやりたいことを貫くには、多くの場合、周りの助けが必要になります。そこでは当然なんらかの社会性なり倫理性が要求されます。池田さんの言うのところ戦略とは、たとえばそこを含んでいるかと。

MACKEY32MACKEY32 2007/04/01 13:07 感銘深い記事を読ましていただきありがとうございます。
「意識的で戦略的でなければ「好きを貫く」人生なんて送れないよ」その通りだと思う。今の自分は、好きなのものを見つけたのか、まだ見つけていないのかが分からないけど人生は動いている。だから今こうして、今のベストを追い求め、小さいながら自分に出来る活動をしている。
自分の「意識的で戦略的」な行動に、ブログと、人生設計図がある。自分の気持ちがそれないためにも、人生設計図で道をビジュアルに確認し、設計していく。モチベーションや自分へのインスピレーションはブログで維持、向上する。これが今の自分の出来る「意識的で戦略的」な「好きを貫く」への道です。
その中の一つに、このブログを読むことも入っている。
ありがとうございます。

hmabuhmabu 2007/04/01 13:39 「人生の幸福とは「好きを貫いて生涯を送ること」だと僕は思っている。」
この文イイでっすね!
(´-`) o...ヤリガイガアルヨネッ♪

Tet1_41Tet1_41 2007/04/02 07:06 こんばんは、お邪魔いたします。

小学生の頃から、人の悪口や噂話しで盛り上がって、そういう風なことしか楽しみを見つけられない同級生を不思議に感じていました。
自分のやるべきこと、それが勉強でもその他の、プログラミングとか絵とか文章でも良いのですが、本気で極めようと思ったら、他人のあら捜しなんかをしている暇は本当にありません。そんなことをするより、良い本を読んだり、よいプログラムを組んだり、良い絵を描くためにはどうしたらいいのか考えるほうがよっぽど大事ですから。でも、決してそれがワーカホリックというわけではなくて、まず「楽しく行う」ということが大切なのではないかと思いました。

そんな風に思ってきた自分からすると、

>こんな難しいことを本気でやり切ろうと思ったら、くだらない粗探しなんかしてる暇もなくなるはずだ。

この文章は、何かすごく、共感できる部分でした。

いぐいぐ 2007/04/02 09:32 エロゲが好きなんですけど、貫くべきなんですよね?

低レベル信仰低レベル信仰 2007/04/02 11:49 下らない粗探し、粗探しは下らない。
「共感した」とほざいて、てめえのブログじゃ粗探ししてるヤツもいるしさ。
ポジティブ・ファシズムですか。
下らない共感コメントつける暇なんかあったら、もっと頑張れよ。
お前のことだよ。

シロナガスシロナガス 2007/04/05 07:24 私の夢は世間一般よりも高い社会的地位に就き、世間一般よりも高い収入を得ることです。
達成するまではあざけられるような夢ですが達成すれば
賞賛される(地位、収入を得るまでの努力に対して)
というのはどうしてでしょう?
これは本当に夢と言える内容なんでしょうかね?

ii 2007/04/05 07:48 最近の若い人たちは本当に良く頑張ってると思います、新人研修とか先輩の指導とかを見かけるたびに、情けない親をもつ子供の忍耐力みたいなものを見せられて、萎えてしまいます...

もうそろそろ自分の人生について考えればいいのに、介護なんて自分の本当の親だけで十分なんじゃないか、毎週毎日書いてるこの勤務表やこのあいだ取得した資格になにか彼自身にとっての意味でもあるんだろうか?空っぽの自分に無理やりガラクタを詰めて容積だけ規格に合わせてるだけなんじゃないのか

とか思います

はしもはしも 2007/04/07 08:07 好きでやっています、ということは言えないのがこの日本社会。「好きを貫いて生きていけるほど、世の中、甘いもんじゃない」というのは、大体が「自分は好きなことをしたいができない、お前はそれをやろうとしている、憎たらしい。」ということが隠れた本音の場合がほとんど。それを真に受けている若者は悲惨なことだと思う。

栢野克己栢野克己 2013/03/29 21:15 コラムは秀逸で素晴らしい。ありがとうございます。

が、コメント連中は・・・たぶん、大半がサラリーマンか学生で、好き×食えることに甘い。かな。

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