My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-04-04

[] 「「個」として強く生きること」と「ウェブリテラシーを持つこと」の関係

組織適性の話はちょっとここで一段落

具体例がどうも「一流大企業自己実現」か「ベンチャー創業」かみたいになると、敷居がおそろしく高い話になってしまうが、僕の意図はちょっと違う。

大企業ベンチャー中小企業か・・・」という構図も違う。

「個と組織関係距離感」における「個の強さ」みたいなことを議論したい気がしている。またその観点で、具体的に何をしたらいいかという話に、だんだんにつなげられたらいいと思う。話が抽象的だとかなんか怒っている人がいるけれど、そうあわてるな(よく読みもせず、人が真剣にやっていることの意図を理解しようともしないで、どうして急に怒ったり激しく批判したり茶化したりする人が多いんだろうね)。少し抽象的な枠組みのところで「面白さ」や「創造性」のフレーバーを振りかけた議論から入らなければ、多くの人が同じフレームワークの中で議論できるようにならないでしょう。

「好き」なことがある。それを生涯にわたって貫きたい。でも「「好き」の本流でプロになって飯を食う」というのはとてつもなく大変だ。「文章を書くのが好きだから作家」「音楽が好きだから音楽家」「絵が好きだから画家」「野球が好きだからプロ野球選手」という小学生の「夢」みたいなのは道が細すぎるわけだ。「好き」の核になるような「What」のニッチの周囲で、自分の個性、「向き不向き」の要素も勘案し、「自分に向いた生き方」(嫌なことはできるだけせず)をしながら「飯が食える」状態が、生涯全体の中でできるだけ長いといい。どんな生き方を選んだってけっこう大変だ。その中で、これはそんなに無理なイメージではないと思いたいし、ウェブ進化はそういう生き方に対して追い風だと思うのだ。

そういうゴールをイメージしたとき、リアル世界においてどれだけ自由度を持った生き方ができるかがとても大切になる。組織はよくも悪くも人を時間的に縛る。でも組織を離れるのは不安だ。そういうジレンマの中で思考停止してしまう場合が多い。たとえば三十代半ばで一年くらい「好き」を貫いて暮らしてみたい、ということをイメージしてみよう。それは「イメージしちゃいけないようなこと」なんだろうか。おそろしく能力の高い人以外には許されない贅沢なんだろうか。僕はそう思いたくないのである。

「個と組織関係距離感」における「個の強さ」を追求する生き方を、若いときから意識的にしてさえいれば、「組織から距離を置いた人生」を、「荒波の中を泳ぐ」という比喩より「雨の日に自転車に乗る」くらいの気軽さのところに位置づけられるようにならないだろうか。「個と組織関係距離感」における「個の強さ」を追求するっていうのは、あるときは組織に軽く属してみたり、またやめて違うことをしてみたり、ベンチャーに入って一発当ててやろうと思って没頭する時期が何年間かあったり、自営っぽいことをしたり、ウェブの分身にカネを稼がせたり、色々なことをゴチャゴチャとやりながら、「一つの組織に属したらもうそれで一生」みたいな考え方をせずに生きていく生き方のことだ。こういう生き方でやっていけそうという自信がつけば、日々の「時間の使い方」にメリハリが出せる。少しお金を貯めれば、職を切り替わるときにしばらく「好き」に没頭する時間を作ったりもできる。そういうイメージを実現するために何をしたらいいか。それには、何かの投資をしなくちゃいけない。

そんな「個と組織関係距離感」における「個の強さ」を追求するために、何に投資したらいいかを考えたい。「英語」というのは相変わらずあるんだろう。でももう少し未来志向に。

仮に、自分が18歳で「好き」なことがあって(それはITとかウェブとは全く関係ないと仮定する)、それを「核」に、組織に強く依存した生き方をしないで「好き」を貫きたいとする。インターネットユーザとして好きだ。そんな自分をイメージする。

そのとき「ウェブリテラシー」を徹底的に身につけるっていうことは、自分が18歳だったら絶対にしておきたい、という気がするのだ。理系文系を問わず。

ではウェブリテラシーって何?

たとえば、ネットの世界がどういう仕組みで動いているかの原理は相当詳しく徹底的に理解している。ウェブで何かを表現したいと思ったらすぐにそれができるくらいまでの能力を身につけている(ブログサービスを使って文を書くとかそういうことではなくて)、「ウェブ上の分身にカネを稼がせてみよう」みたいな話を聞けば、手をさっさと動かしてサイトを作って実験ができる(そこに新しい技術を入れ込んだり)。広告収入の正確な流れも含め「バーチャル経済圏」がどういう仕組みで動いているかの深い理解がある。新しい技術も、ネット上で独学できる程度までいけるベースとして、ITやウェブに対する理解とプログラミング能力を持つ。・・・・・・

ウェブリテラシーをあえて挙げたその理由は、

(1)独学に向く領域で、(2)若者に有利な領域で、(3)その世界の頂点を目指さなくても自分よりもリテラシーのない膨大な数の人(特に年上の人たちでカネを持っている人達の層)より上にいくことは容易に目指し得るし、(4)これから何十年にもわたって「リアルネットの境界領域での需要」はあらゆるところであり続けるから他のスキルに比べればつぶしがきく、(5)「好き」と「表現」の接点では、そもそもものすごく重要スキルなので「好き」の延長上での自然な営みとして身につけられるかもしれず、(6)学歴とかあまり問われず「今何ができるか」が求められる傾向にある・・・・・・

小林秀雄が「作家志願者の助言」という文章の中でこんなことを書いている。

文学志願者への忠告文を求められて菊池寛氏がこう書いていた。これから小説でも書こうとする人々は、少なくとも一外国語は習得せよ、と。当時、私はこれを読んで、実に簡明的確な忠告だと感心したのを今でも忘れずにいる。こういう言葉をほんとうの助言というのだ。心掛け次第で明日からでも実行が出来、実行した以上必ず実益がある、そういう言葉を、ほんとうの助言というのである。

文学志願者」への「少なくとも一外国語は習得せよ」にあたるものとして、「「個」として強く生きること」を目指す人に「ウェブリテラシーを持つこと」を提案してみたい。このあたりはきっと読者の方々のほうがうんと深い知見を持たれていることだろう。僕の助言は空論だろうか。「心掛け次第で明日からでも実行が出来、実行した以上必ず実益がある」んじゃないかな。そんなに簡単にコモディティ化しないと思うし、コモディティ化したってマーケットがある程度大きければ意味があるものね。「ウェブリテラシーを持つこと」って大変だぁって思う人もいるかもしれない。でも「英語の習得」や「一流大学理系学部に入るための数学物理の習得」と比べて、どっちが大変だろう。そういうふうに考えてみてほしいのだ。何かはやらなくちゃいけないんだからさ。

もちろんそもそも「ウェブリテラシー」って何なのとか、文中で「・・・・・・」と書いた部分に加えるべきこととか、きっとたくさんのご意見があることだろう。建設的なご意見・ご批判Welcomeです。

もっと褒めようもっと褒めよう 2007/04/04 06:43 【ネガティブ・ジャパンからポジティブ・ジャパンへ】
名前を聞き、「My name is Michiko Nakano.」と相手が答えると、例えば彼らはこう言うのです。「What a beautiful name!」

これはうれしい。その人と、さらに続けて話をしたくなります。つまり、「Compliment」(コンプリメント=ほめること)をするのです。何かひとつでいいから、出会ったらまず相手のよいところを探してそれを口に出すこと。日本人はあまりこうした習慣がありませんが、英語をしゃべるときには英語そのものだけでなく、英語的な「会話を続ける文化」も身につけると、英語がもっと楽しくなるはずです。
http://www.sankei.co.jp/seikatsu/seikatsu/070403/skt070403000.htm

森蔵森蔵 2007/04/04 08:44 TBさせていただきました。
いろいろな試行錯誤をしながら生きていくというところで泣きそうになりました。

サクラサクラ 2007/04/04 17:41 ウエブを前面に出して学習していける理想を説いているのだな。これを実現するためには、アメリカ人みたいに、住所氏名顔写真を公開できることが原則になる。ここが現実的問題として大きすぎる。どうやって解決するつもりなんだろうか? それと、図書館や大学の歴史から比べると、WEBは見劣りする。一番大きいのは、WEBをしていても、本を買わないとならないわけだし、大学や企業がもっと研究内容をWEBに対してオープンにならないと。これも、理想だけでは解決しようもない。理想が大きすぎて、誤解されるだけだと思う。うーん、ネットで学べた経験がないからなぁ。ただの夢でそそのかされているような気がする。とくに、日本人を国際化する難しさの方が大きすぎて、どうなんだろう? 一番気になるのは、日本の若い人は、日本のWEBに入ったら、理想しかいわない年配と、まさに否定的なことしか書かない年寄りと、失望しているはずなんだけど。若い人は若い人なりに、携帯電話を中心にしたネットワークで、webを中心にせず、自分の足で海外にでていくというか、現実に他国の若い人と接する機会が増えるだろうし。とにかく、若い人の望むことをまるで実現できないでいる以上、無理だな。小さいことでも、梅田さんが、コツコツ、若い人の望みをかなえているなら考えようもでてくるし、現実に、外国の方が若い人に差し伸ばしている手は多い。そういうキツイ現実の世界に理想をもって飛び込めっていうのがねぇ。なにより、外国の若い人の方が大人だし、15歳でも、日本で勉強したいと思えば、手段をみつけてくるし、そももそ、外国の若い人は、webで机の前にしがみつくなんて、ないと思うぞ。webと若い人が結びつくのかなぁ? 結びつくとしたら、社会にでて一通りの経験をみにつけて、一般社会では知り合えない人と知り合ってより、広い社会の現実を知ることができるの方が大きいと思う。少なくとも、日本で、梅田さんの夢を実現したいなら、日本に住んでください。おしまい。

mekongmekong 2007/04/06 19:12 100人をメンテして、10人から常時仕事。
なるほどぉ。
小生に仕事をくれている人は現在4-5人なので、仕事がやや少なく、不安定に感じるのだなあと理解しました。

梅田氏のように需要の高い専門性はいいけれども、そうでない場合は、専門性の範囲を広げなくてはいけない。
その場合の方向性に迷います。
横に広げるのか、縦なのか、まったく違うもう1つとのシナジーを狙うのか?
もちろん、自分で考えないと仕方ないことなんですが、ネットを中心に社会がものすごい勢いで変化しているので、未来は霧の中でぜんぜん見えないし、難しいのです。

好きを追うだけでいいのか?10年後を見越して、物事を追うべきなのか(10年先を読もうとしてぜんぜん読めなかったのが過去10年ですし)?

と書き込んでいるうちによいアイデアが出てきました。

よいブログ、よい本、よい議論は、自分の脳を活性化させてくれることですね。

ありがとうございます。

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