My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-05-31

[] 「注目のキーワード」のページ

地味なアップグレードですが、はてな「注目のキーワード」のページが、ちょっと楽しくなりました。

自信を取り戻す自信を取り戻す 2007/05/31 19:38 これは素晴らしいリニューアルですね。凄く良いと思います。随分と自信喪失に苦しんできた日本企業ですが、はてなのような新しい力が生まれてくることは、日本全体が元気になる上でとても重要だと思います。
日本企業へのエールと言えば、経営学者として名高いミンツバーグ氏が日本企業にエールを送って下さっています。既にご覧かとも思うのですが、一部引用しておきますので、もしご関心を持って頂けましたらぜひ梅田さんには全文をご覧頂きたく思います:

米国の企業経営はかつてない危機的状況にあります。早晩、米国経済はそのために破綻するのではないかとさえ私は危惧しています。なぜか。今の米国企業のトップの多くが、経営者として、リーダーとして本来、果たすべき役割を果たしていないからです。必要な資質を持ち合わせていない。

株主価値至上主義が蔓延し始めて以来、短期で業績を伸ばす経営者ばかりが持てはやされるようになりました。特に最近は、大型の企業買収や大規模なリストラをぶち上げるなど、派手なパフォーマンスを繰り広げることでアナリストの注目を集め、株価の上昇を狙う経営者が後を絶ちません。

多くは、その派手な戦略を策定、実行した(この場合の実行とは単に下に命令を下すだけ)という“実績”を武器に、高い報酬を約束してくれる新たな企業へと移っていく。その戦略が、実際にもう少し長い目で見た場合、その企業にどんな結果をもたらしたかが検証、評価されることはほとんどありません。にもかかわらず、法外な退職金を手にして去っていく。

しかし、ご存じの通り、企業合併で成功したケースなどほとんどありません。クライスラーを買収したダイムラーなどは好例でしょう。業績不振の企業があると、アナリストはすぐにリストラをもっと進めればよいと指摘します。しかし、実は人員削減をしたことが原因で会社が経営不振に陥っているケースが少なくない。つまり、米国で言われるところの「生産性の向上」は実はすべて生産性の悪化を招いている、と私は見ています。特に1990年代以降、こうした破壊的とも言える経営によって米国企業は確実に競争力を失い、企業価値を失ってきたと思います。

経営に責任を持つ立場にある者は、自分の会社について深く思いを致すべきです。どれほど真剣に考えているかは、その経営者が自分の報酬額についてどんな主張を展開しているかを見ればすぐに分かります。例えばこの1月、小売り大手ホーム・デポのCEO(最高経営責任者)だったロバート・ナルデリは、2億1000万ドル(約246億円)の退職金を受け取って退任しました。こんな要求をする経営者に、「リーダー」と呼ばれる資格はありません。

日本でも、生産性を上げるべく株主価値や成果主義といった米国型経営の考え方を導入する企業が増えたと聞きます。そうならば米国の経営者たちは大歓迎でしょう。同じ土俵で戦えば、自分たちの企業がそれほど劣って見えることはありませんからね。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20070509/124421/

ysnicoleysnicole 2007/06/01 10:57 米国企業は・・・という批判的な表現については少し僭越なように感じます。実質的な経営者とみこし経営者は相違している訳ですし。沢山の日本人含め諸外国陣と手を携えてやり遂げないとならない課題が山積している訳ですから。生産性というのは経済ですか?個人ですか?優劣ですか?得手不得手の住み分けの肝要でもあるのではないでしょうか?湯水のごとく経済がある時、人は何がしたいのでしょうね?

sakurasaku2005sakurasaku2005 2007/06/02 17:13 はてな「注目のキーワード」のページ
凄くいいリニューアルだと思いました。

yukiyuki 2007/06/03 15:36 今日のNYタイムズにグーグルの検索エンジンの開発部隊に関する記事がありました。ご参考になればと思います。
http://www.nytimes.com/2007/06/03/business/yourmoney/03google.html?em&ex=1181016000&en=5b10332208576196&ei=5087%0A

asifasif 2007/06/06 23:37 西垣通氏の新著「ウェブ社会をどう生きるか」での
批判について、どう思われますか?

2007-05-27

[] 本を読み、声を上げて笑う

ナンシー関の「記憶スケッチアカデミー」の第二巻が角川文庫から出ているのを書店で見つけて買ってきた。一人で本を読みながら、声を上げてゲラゲラ笑ってしまうことなんてめったにないけど、記憶スケッチ・アカデミーを読むと、なぜかそうなる。記憶スケッチ・アカデミーとは、

 「記憶スケッチアカデミー」にようこそいらっしゃい。提示されたお題を記憶のみに頼って描いてみることを「記憶スケッチ」とし、その作品を愛でながらも「人間記憶とは、そして絵心とは」などについて研究しているのが「記憶スケッチアカデミー」なのです。

 人間記憶のでたらめさを白日の下にさらすことによって、己の中にも確実に存在する「間抜け」を不可抗力として認めて生きていこうという、すでに宗教の域まで達したと言ってもいい理念に基づき活動しています。

というもので、「そま作品を愛で」るナンシー関の短いコメントを見ながらその絵を眺めると思わず声をあげて笑ってしまうのだ。

ナンシー関の記憶スケッチアカデミー (角川文庫)

ナンシー関の記憶スケッチアカデミー (角川文庫)

ナンシー関の記憶スケッチアカデミー〈2〉 (角川文庫)

ナンシー関の記憶スケッチアカデミー〈2〉 (角川文庫)

笑うことの大切さ笑うことの大切さ 2007/05/27 05:39 大ベストセラー「病気にならない生き方」の著者で、世界的な権威のアルバート・アインシュタイン医科大学教授の新谷弘実先生が、ストレスや嫌なことの多い現代社会にあって、幸せに生きていく為には自分だけのオフの時間を毎日持って、その時間には好きなこと、楽しめることに打ち込むことが大事だと指摘されています。
人間は嫌な事があると、その記憶を振り返っては愚痴を言いたくなるものですが、脳科学の観点から言うと、これはまさに「不幸一直線」の生き方で、嫌な事であればあるほど、そのストレスや痛みは、好きなことや楽しい事の中で解消していく事が大事で、毎日「今日はなんて楽しかったんだろう」、「良い一日だった」と言葉に出すことで、脳がその言葉をピックアップして本当に楽しい気持ちにさせてくれ、幸せに生きていく事ができます。

悪口や愚痴、怒りなどのネガティブな感情を遠ざけることは、脳科学の観点から見て幸せになるための重要な要素なんだそうですよ。

higekuma3higekuma3 2007/05/28 09:01 感情のバランスを保つために、
テレビのくだらないコント(スマップ系のとか、笑っていいともとか)、お涙ちょうだいもののドラマとか、わざわざ、見るようにしています。
田中ドリルとかも、いいですね。漫画は見ませんが。

green_summergreen_summer 2007/05/29 07:55 とにかく声に出して笑いたいので2冊とも買っちゃいました。郵送待ち。

2007-05-25

[] ケータイ小説

中央公論」の「時評」欄を担当しはじめて半年が過ぎた。今回が七回目。

次号テーマは「ケータイ小説」ブームで書いてほしいとのリクエスト

でも在米ゆえ「ケータイ小説」のサイトなんて一度ものぞいたこともないし、書籍化された「ケータイ小説」のベストセラーも読んだことがない。

でも「ケータイ小説」を読まずして「ケータイ小説」を論ずるわけにもいかない。

それで編集部から渡された「恋空」(上・下)と「赤い糸」(上・下)を読みました。

日本から帰国してふらふらの身体に鞭打って、総計1,200ページを読破。

世代ギャップゆえ苦しい修行だったけど、得たことも大きかった。

感想は来月10日発売の「中央公論」誌をお楽しみに。

恋空〈上〉―切ナイ恋物語

恋空〈上〉―切ナイ恋物語

恋空〈下〉―切ナイ恋物語

恋空〈下〉―切ナイ恋物語

赤い糸 上

赤い糸 上

赤い糸 下

赤い糸 下

higekuma3higekuma3 2007/05/26 09:15 そんなものは、ブームになってないのでは、と思ったり。

green_summergreen_summer 2007/05/27 01:22 え?↑なっていたと思いますよ。「恋空」はどこのコンビニでもたいてい見かけました。

銀鏡反応銀鏡反応 2007/05/27 03:16 私もコンビニでこの手の小説を立ち読みしたことがアリマス。切ない物語と感じつつも、えぇ、じれったい、主人公よ、いつまでも過去の男の思い出を引きずるな!そんな奴は忘れて、前を向いて未来に向かって歩まんかい!とツッコミをいれたくなりました。

higekuma3higekuma3 2007/05/30 20:50 ひそかに映画化とかされてたんですね。バラエティ番組で知りました。小説読まない、映画見ないので。

2007-05-20

[] 記者会見

昨日、日曜夕方なのに、そこしか僕と茂木さんのスケジュールがあわず、「フューチャリスト宣言」の記者会見なるものをした。

茂木さんのブログ鈴が坂道を転がるように」をご参照。

梅田望夫さんと、記者会見した。

帝国ホテルの横で、

フューチャリスト宣言』について

思いのたけを話した。

何だか照れくさかったが、

梅田さんと二人で並んで、

本について一生懸命話した。

いろいろ真面目な話をした。

休日だというのに来てくださった皆様、

ありがとうございました。

記事を拝読するのを楽しみにして

おります。

みんなが帰った後、「ちくま

のための対談をした。

僕からも感謝の意を表したいと思います。またその後の対談の内容は、「webちくま」にいずれアップされる予定ですので、どうぞお楽しみに。

梅田さんが梅田さんが 2007/05/20 16:41 有名になればなるほどネガティブ・アタックが多くなると思いますが、「有名税」ということで気にしないで頑張って下さい。粗探しをしてる人が梅田さんを超えることは考えられません。嫌がらせばかりしてるとリアルでもそういう部分が段々言動に出てきます。現実社会はネットワーキング力が大事です。その意味で、嫌がらせ癖をつけることは敗北への第一歩です。

吉岡 和幸吉岡 和幸 2007/05/20 21:47 梅田さんと茂木さんの、鈴が坂道を転がるように生み出されるポジティブなエネルギーが、これからの日本をもっともっと引っ張っていくでしょう。

本間 隆平本間 隆平 2007/05/20 22:19 大学生をやっています。今ゼミで「もっと経済学を身近にするプロジェクト」なるものを協議しています。梅田さんのウェブ進化論を読み、大学生でももつ大きな可能性に気づき、それが大きなモチベーションになりました。個人的には、このプロジェクトをインターネットを通して全国に広がってほしいと思ってます。
また、「フューチャリスト宣言」も今読ませていただいています。とても面白いのですが、僕も今、いつかいいことがあると信じていい点数をとろうと勉強していたので、「意味がなかった」との記述で少しへこみました。。
でも、今している勉強で、「学び続けること」を身につけられると信じてこれからもがんばろうと思います。

clearetherclearether 2007/05/21 16:10 茂木さんのブログ読みました。くすくすと笑い合える小学生のような仲って素敵ですね!
「フューチャリスト宣言」を読んで私はお二人がフューチャリストであると同時にエクスプローラーであるような気がしました。冒険者には気の合う仲間は必須。是非是非今後ともすばらしい知的探検を続けてください。

eigaeiga 2007/05/22 21:17 母校で後輩たちに語られた言葉に胸が熱くなりました。梅田さんの著書からまったく真意を理解できていなかったことが悔しく思えました。少なくても4歳の娘が『フューチャリスト宣言』を読めるようになるまで本棚に大切にしまっておきます。ありがとうございました。

TESTTEST 2007/05/22 22:10 TEST

梅田さん梅田さん 2007/05/23 05:54 China Timesの記者を名乗るJoanna Linさんなる方から(連絡先も、電話・ファックス・メールとついています)、web進化論に関連してコメントがついています。本当にそういう所属の方なのか、実在する方なのか私にはわかりませんが、おそらく記事違いということを気にされてということなのでしょう、すごく昔の記事にコメントをされているので、(梅田さんがどう対応されるか以前の問題として)コメント一覧をご覧にならないと、そもそもコメントがついている事自体にお気づきにならない可能性もあると思うので、一応ご報告しておきます。↓当該コメント
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20070421#c1179899044

MakotoMakoto 2007/05/25 03:17 はじめまして梅田望夫BRAINの皆様ずーと読みたかった「フューチャリスト宣言」を今日淳久書店で購入させて頂き、現在読ませて頂いております、以前よりウェッブのProfessional梅田様には興味深々であっただけに フューチャリスト宣言はとても参考になりそうです、ありがとう梅田BRAIN(^_^) この本、間違いなくベストセラーですね 本屋さんでも別格の扱いでしたよ!

higekuma3higekuma3 2007/05/25 06:28 ヒット商品のゆくえですが。
うただひかるのデビュー作。
7Mでしたっけ。

2年後に、ブックオフで300円になり、
ブックオフでも売られなくなりましたね。

今の中古市場、ヤフオク市場からすると、
あふれたものは、あぶれる。ということを
考えないとですね。>筑摩

futureeyefutureeye 2007/05/25 22:35 “フューチャリスト宣言”読み終えました。相変わらず未来社会に対しての示唆に富む発言、感動致しました。今日は、梅田様に1つ提案があります。ネット以前・以後は「相転移」の欄に、茂木先生の言葉で、「昔だったら、ハンドルネームの人に対して、「実社会で何をやっている人かな」と気になったけど、今では気にならなくなった。ネット人格で十分です。ネット上の人格の時価総額のようなものがある。」との、記載箇所があります。そこで提案ですが、リアル世界での本名とは別に、ネット上での本名(バーチャル本名)を登録し、登録済みバーチャル本名であることを証明する電子証明書を発行するシステムを、はてなで立ち上げてはいかがですか。ネット上で一生そのバーチャル本名を使い続けることにより、ネット上での信用(悪名も含めて)がそのバーチャル本名に化体して蓄積され、それが時価総額となります。もう1つの地球で使用するもう1つの本名です。“バーチャル本名”に関するブログを以前書きましたので、詳しい内容は、そちらを閲覧してください。
http://d.hatena.ne.jp/futureeye/20070317

あきーらあきーら 2007/05/26 02:35 「フューチャリスト宣言」、書店で見つけました。どのページもおもしろいですね。毎日2回書店に通う身なので、買う前に読了しそうな勢いです。また、前回投稿の「テレビを見なくてもすむ日常生活」にも同感です。ノートパソコンをサーフボードにした翻訳生活を過ごしていますが、ネットへの依存度がますます高まってくる気がしており、一方オフ世界で生身の人間に会う楽しみもより深みを増してきた感があります。

sakurasaku2005sakurasaku2005 2007/05/27 04:28 はじめまして。はてなユーザの柵と申します。
「フューチャリスト宣言」読みました。
久しぶりにインターネットの世界について、面白い本出逢ったと思います。お二人の会話面白いですね。

IT起業研究所小松仁IT起業研究所小松仁 2007/05/30 04:52 複雑系の理論認知科学の研究者で天才プログラマー/スーパークリエータに認定されている鈴木健さんが、三鷹天命反転住宅というところに住みはじめたそうで、ここは荒川修作という人が設計し、そこら中がでこぼこしていて平らな場所がほとんどなく、Study Roomと呼ばれる完全に球の部屋があったりする。この部屋に暮らすことで、新たな身体感覚や認知構造を生み出していくことを狙ったもので、起きてトイレにいった後このでこぼこの床を歩くと、体が左側に傾いてまっすぐ歩けないことがあるという。

建築の分野で言うと、日本の庭園は、新しいコンテクストを差しだすことによって、脳の違った部分を刺激するプログラムと見なすことができ、さらに意識的に展開したのが上記の建築で、もともとは画家であり彫刻家であった荒川は、人間の身体に気づきをもたらすために、それらの手段に不足を感じ、われわれの身体全体を包み込んでいる建築を志向したらしく、それを気づかせるために、身体を常にアンバランスな状態に置いているというわけである。

今、読みかけの梅田望夫さんと脳科学者茂木健一郎さんの対談集「フューチャリスト宣言」にも脳の活動とIT,ネットワークの類似性が紹介されていて面白い。

考えてみると、分野を問わずイノベーションには何か不安定な要素が起動力になっているような気がする。
精神生活上幸せかどうか、また本人の自覚は別にして、何かを生み出す時は何かしら狂気に類した異常さがあるといわれているのは結果的には正しいのかもしれない。

Life is designLife is design 2007/06/02 19:27 梅田様。

まじめまして。

とても驚いたのは先月「フューチャリスト宣言」を読み、その中に世界中の記事を辿ってネットサーフィンしていると書かれていたことを実際にされている、ということです。

私のmixiで足跡を見て「まさか」と思い訪ねると「え?ホントに梅田さんだ!」と驚きました。

尊敬する梅田さんが訪ねてくれたことのサプライズに感謝しています。


「フューチャリスト宣言」には赤線と自分のコメントだらけでふと読み返すと勇気と自身を貰える内容。

私のブログで「フューチャリスト宣言」を紹介する予定でしたのでこのサプライズを合わせ色々ご紹介させてください。

梅田さんの言葉一つ一つ。私はデザイナーですが今後目指すモノが見えてきた次第です。ほんとうにありがとうございました。

ここに書かれている皆さまのコメントに比べ、足跡程度のコメントで恐縮ですが気持ちを伝えたく記載させていただきます。

追伸:私は三鷹市在住で三鷹天命反転住宅を眺めておりました。鈴木健さんが入居されていたのは知らなかったので三鷹の住人として嬉しく思います。。。

法務マン法務マン 2007/06/04 09:04 非常に勉強になりました。

この本を読んでやはり、情報はよりOPENな系へと
導かれている。という確信を得ました。

なんとかそうした動きにかかわりたいと、改めて思いました。以下感想記事です:http://ip-chng.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_eabd.html

bigmanbigman 2008/01/17 08:45 梅田さんの本は楽しませていただいております。
この本の中にかかれてあった、サイエンスとネイチャーの論文はどのサイトをみれば読めるのでしょうか?

個人的にGoogleの図書検索の精度があがってほしいですが、この機能は今後に期待しております。

Google、Appleとシリコンバレーはまた世の中を牽引しだしました。最前線におられる梅田さんの今後の発言は楽しみの一つであります。

この本で賛同できたことは私のブログを見てください。
名刺よりも重視したい。肩書き、企業名にとらわれないその人のポテンシャルを重要視している氏の考え方に納得しました。

2007-05-19

[] テレビをつけずに日々が過ぎていく

僕はもともとテレビ好きだった。1992年に初めてサンフランシスコ一年住んだときなど、出張で少しだけ東京に戻ったときはホテルテレビをよく見た。1994年シリコンバレー引っ越して以来、年に五回以上日米を往復をする生活をしているけれど、わりと最近まで、東京ホテルで朝起きれば必ずテレビをつけたし、夜部屋に戻ってもとりあえずテレビをつけた。それが、だんだんに少しずつテレビなしでもよくなってきた。

前回の出張東京に八泊してチェックアウトしたとき、テレビを一度もつけなかったことに気づいた。初めてのことだった。そして今回もまったくテレビをつけていない。

ネットに向かえば、自分が物理的にどこにいるかまったく関係ないわけで、ごく普通の日常に戻れる。東京でのホテルでの寸暇は、そういうふうに過ごすのが当たり前になってしまった。

梅田さんの梅田さんの 2007/05/19 18:18 ご友人にもいらっしゃるかもしれないのですが、テレビ業界も随分と変わってしまったと内心落胆しているテレビマンが私の周囲には多いですね。
最も大きな変化を与えたのは、一連のの敵対的買収騒ぎで、テレビ局も『時価総額経営』とは無縁の存在ではないことが強く意識されるようになりました。
その結果、『必要経費は最小限に』、『上手く行けば視聴率が取れるかもしれないリスクの高い番組よりは、とりあえず視聴率が手堅く取れる番組で』という流れに逆らえなくなり、同じような人達が同じように騒ぐ番組が『おいしい時間帯』を占めるようになり、硬派のドキュメンタリー番組など教養系の番組はほとんど民放からは姿を消してしまいました。
最近は、経費ばかりかかって数字が取りにくい報道番組への局内の批判が高まっているところもあるようです。
こういった変化は不可避なものなのかもしれませんが、『売れる』もの、『お金になるもの』にしか光が当たりにくい世の中が、人々に本当に幸せをもたらすことができるのか、考えざるをえない今日この頃です。

tarotaro 2007/05/20 00:36 池田信夫がフューチャリスト宣言の記述についてバカみたいな誤解をしているので訂正してあげてください。

福地博行福地博行 2007/05/20 02:02 ”フューチャリスト宣言・おわりに”で茂木さんが語る「アインシュタインではなくダーウイン」についての梅田さんの説を読み直しながら種の起源が発表された1859年のイギリスを思い出そうとした。鉄道・電信の発達が人々の意識を変えようとしていた特異点の時期、日本は明治維新前夜、米国は南北戦争直前そして大英帝国、オーストリア・ハンガリー帝国のたそがれの時期である。

吉岡 和幸吉岡 和幸 2007/05/20 02:46 自分も以前とはテレビとのつきあい方が変わってきた。自分がピンポイントで欲しい情報はネットの方が遥かに効率よく得ることができるので、テレビは自分が意識してなかったような意外性や偶然性を感じさせてくれる情報を発見するために見るような感じです。

arieru39arieru39 2007/05/20 05:03 はじめまして
私の場合、ほとんどテレビを見ない。新聞も見ない

それでも、情報は人経由で入る
電車の中での乗客の会話や店で話されていること
クライアントの話すこと同僚の話すこと
人というフィルターを介して、マクロな流れを拾っているのだと思う

梅田さんの情報収集のスタイルは、自分を客観視するのに役立つ

人と違っていると時折不安になるけれど企画者はテレビを見るにしてもミクロなこととの距離をある程度保つために、歴史・ドキュメント以外はザッピング程度にしておいた方が良い気がする

テレビがテレビが 2007/05/20 15:11 好きというのも尊重されるべき一つの価値観。ネットが好きというのも同様に尊重されるべき一つの価値観。
自分の価値観を押し付けようとする時、戦争が起こります。人は人、自分は自分で、人を批判しないことが大事ではないでしょうか(法に反するものでもない限り)

kskmeukkskmeuk 2007/05/21 03:58 私も昔はテレビっ子だったのですが,
就職で一人暮らしになったのを機に試しにテレビを
部屋に置くのを辞めてみました.

ネット好きでしたし意外と困りませんでしたが...
女優やアイドルの名前がさっぱりわからなくなりました(笑)

いまはUターンして家族と同居しているので
たまに居間でテレビを見ていますがスポーツの生中継と
録画したタモリ倶楽部と日本の話芸くらいです.

最近はただテレビ見てるだけの時間がもったいないな..
と思うことがあって, それだったらなにか書いたり
何かをやり取りする方が楽しいと思うことがあります.
選択肢が増えるのはよいことですよね.

higekuma3higekuma3 2007/05/21 16:21 一旦やめてしまった習慣というのは、
取り戻すのは、むずかしいです。

やはり、大学の時に、テレビありませんでした。
就職活動の時に、すごくバカにされましたけど。

「不要ですから」って、シャーっと言い抜けてました。


ラジオはスイッチ、入ってない。
CDオーディオセットも、スイッチ入ってない。

引っ越してから、ビデオの配線面倒だから、
DVDのスイッチ、入ってない。


でも、
バカ笑いは、まだ、
テレビじゃないとだめかもです。


あと、ライブね。

生放送ってすごいと思うし。

今後、youtubeも、削除されたり、みつけにくいところに、
ランクダウンされたり、編集されたりするから。

元来、
その場で起こった、ハプニングは、そこでしか見れない。
そこで言ったことは、そこでしか聞けない。

2007-05-18

[] スランプ脱出

関係各所でご心配いただきすみませんでした。

梅田さんは梅田さんは 2007/05/18 15:35 日本の宝ですからね。どうぞご自愛下さい。教育にご関心をお持ちの梅田さんにぜひご覧頂きたい文章です。ベンチャーと大企業との協力、日本の教育のあり方を考える上で示唆的ではないかと思います。とりわけ、最近は、「人を攻撃したり、人に嫌がらせをすることに力を注いでいる人が特にネット上で増えている印象を受けるのですが、背後には傷つけられた自己愛という問題があるのではないかと私は思っています:

――日本のネット企業も力不足ではないでしょうか

そのとおりだ。日本のベンチャーは「企業価値最大化」を叫ぶ人は多いが、「こういう社会を作りたい」という理想に燃える人が米国に比べて少ないと感じる。企業価値最大化を考えない大手企業と、企業価値最大化「しか」考えないベンチャーでは、一緒に新しいサービスを生み出せないのも当然だ。

求められるのは理想を追求するベンチャー。ソフトバンクの孫正義社長はそういう人だろう。企業価値最大化は企業にとって「当たり前」のことで、声高に叫ぶものではない。

日本の教育にも問題がある。教育再生会議では、いじめ問題に加えて、「もっとできる、もっとやろう」という「エンカレッジング」な社会のあり方について議論してほしい。いまの受験の仕組みが最も悪い例だが、「お前はここまでだ」と突き放す「ディスカレッジング」な仕組みが多すぎる。http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITbe001016012007

吉岡 和幸吉岡 和幸 2007/05/18 16:19 また未来への道標になってください!

u2ku2k 2007/05/18 22:54 俺って、報道関係に受けるんだな。

おけいおけい 2007/05/20 01:38 「ディスカレッジング」な仕組み--。それは、社会に”秩序”を持たせるための、社会を統制する権威がもたらした仕組みと私は見ています。社会とは、究極には、権力と序列の集積なので、ディスカレジングさせることによって、無用な権力への刃向かいを抑える。そして個一人では非力とエジュケート(見えない洗脳とも解釈できる)することで、権力と序列構造を守ろうとしている。グーグルや昨今のインターネットの動きは、そういった視点からも考えてみるとまた違った社会の動きが見えてきそうです。

2007-05-14

umedamochio2007-05-14

[] 「フューチャリスト宣言」へのたくさんの感想感謝

相変わらずネット上に書かれた感想は、mixiまで含め全部読んでいる。面白い。

ウェブ進化論」が出たのが2006年2月だが、それから15ヶ月。人々のネット経験、Web 2.0経験の蓄積ゆえだろうか、当時「当たり前でなかった」ことを多くの人が自ら経験することによって、どんどん「当たり前」になっているのを今回は強く感じた。僕の本当の関心は「その先の社会の変化」にあるので、こういう着実な変化をとても面白く思う。感想というのは面白いもので、著者が、この部分にこういう感想が来るだろうなと予想したものとは、いつもまったく違うものが多く、そこから学ぶことが大きい。

またいずれゆっくりこのことについては書く。

ところで今日から東京に向かう。ジャックと一週間以上会えないのがさびしい。

今回は次の四冊を選んだ。

人生の鍛錬―小林秀雄の言葉 (新潮新書)

人生の鍛錬―小林秀雄の言葉 (新潮新書)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

小林秀雄全作品〈22〉近代絵画

小林秀雄全作品〈22〉近代絵画

学問のすゝめ (岩波文庫)

学問のすゝめ (岩波文庫)

梅田さんらしい梅田さんらしい 2007/05/14 10:44 時間の経過という歴史的試練をかいくぐってきた、素晴らしい本のチョイスですね(発売自体は最近でも、初出(あるいは本の内容)はかなり古い)。以前からそうでしたが、最近、大企業の経営者の中で「古典に還ろう」という現象が起きているように感じます。
それは何も単なる懐古趣味というのではなしに、100年という歳月を超えてなお残るものの価値が再発見されてきているからではないかという気がします。ネットで関心を持ち、本でより深く探究する、思索する、それをネットで表現して反応を貰うというのは今後の、成長のための一つの黄金パターンかなという気がします。

福地博行福地博行 2007/05/14 18:23 この間までの鬱な状態がまるで嘘のようにめちゃくちゃなハイ状態が来ている。この年になると、この後の反動がこわいけれども何かをやらねばと思っている。神様にせかされている気がする。一方でそのときはつらいけれども鬱な状態は精神的休息の時期とでも思うしかない。瞑想、睡眠、体をなんとか動かす。私の中でゆっくりと発酵してきた何かがフューチャリスト宣言で表出しようとしている。梅田さんどうもありがとうございます。

clearetherclearether 2007/05/15 02:54 未来の方向として、私は「ネット+エンターテイメント」的な分野に関心を持っています。この先、人々の娯楽がネットを通してどう変化していくのかが楽しみですね。
フューチャリスト宣言を読んで将来を未来を明るく考えることができそうになりました。梅田さん茂木さんには本当に感謝です。ありがとうございました。

nob_takahashinob_takahashi 2007/05/15 23:05 遅ればせながら,ITproで「フューチャリスト宣言」をご紹介させていただきました。私もなぜか,「ウェブ進化論」を読ませていただいた時よりも,エキサイトしながらページをめくっていました。素晴らしい本をありがとうございました。
加速するネットの進化と,その果てにある“もう一つの地球”
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070514/270946/

2007-05-13

[] スランプ

スランプというのはどうしても周期的にやってくる。

突然「ああ、来たな」という嫌な予感とともに。

なぜスランプになったかも、来たときにはだいたいわかっているが、避けようがない。来たら、しばらくは付き合わなくちゃいけない。

もう「慣れっこ」ではあるし、結局スランプになった原因に正面から立ち向かわない限りそこから抜け出すことはできないと、処理方法もわかっているんだけど、色々な理由を考えてはまずはそこから逃げ出してしまう。でも逃げれば逃げるほど苦しくなる。

そんなことをいつも繰り返し、のたうちまわりながら、しばらくしてやっと原因に立ち向かう元気を出しても、いっときさらに苦しくなる。でもそこを突破する以外スランプを脱却できないんだと悪戦苦闘しているうちに、少しずつ霧が晴れていく。

最後は何とかなるもんだと頭ではわかっていながら、いくつになっても、何度経験しても、このプロセスは本当に嫌なものである。

[] 家日和(奥田英朗著)

おかしくて切ない、〈在宅〉小説誕生

というコピーで、家に居ることが好き、つまり〈在宅〉好きの僕は思わず注文。本が届いてすぐ一気にこの六篇の〈在宅〉短篇小説を読んだ。

中でも「ここが青山」「家においでよ」の二篇がとても印象に残った。

夫の会社倒産してまもなく妻が働き始め、夫が主夫となったとき、妻や自分の周囲に起こるさまざまな変化に、主夫が何を感じ始めるのか(「ここが青山」)。別居を決め妻が出て行ったあとの部屋を、夫が「自分の城」に改造していくと、出て行った妻や周囲は何を感じ何が起こるのか(「家においでよ」)。常識からの逸脱が生む新しい環境が、あんがいわくわくするような新しい世界である可能性を、この二篇で著者は鮮やかに描いているように思えた。また全六篇の細部から「日本の現代」が垣間見られて、とても楽しい読書だった。

家日和

家日和

誰もがシンデレラ誰もがシンデレラ 2007/05/13 13:09 梅田さん、今の日本の若い人はどこか『特別な存在でなくてはいけない』という幻想に囚われているように思えるのです。『特別ではない』自分と『特別でありたい』理想の落差に、自ら不幸になってしまうようなところがあり、今の状況は非常に不幸に思えます。若者のあり方を日頃から考えておられる梅田さんには一度目を通して頂きたい文章です:

白馬の王子様は才能のスカウトに来ない

個性が何より重要なのだと思い込むと、それを自分で表現できなくても、外から誰かが発見してくれるに違いないという願望を抱くようになります。野心家には見られたくないから、その願望を前面には出さず、「どのような仕事でも自分に向いている職種なら何でもいいです」と言いながら、実は「君にはプロデューサーとしての才能が潜んでいる」などと言われるのを心のどこかで待っている。

これは就職におけるシンデレラコンプレックスです(笑い)。あなたは特別、オンリーワンの存在だ、と認められることをひそかに期待してしまう。実際に何らかの仕事を始める前から、君は普通ではないよと言って欲しがるのですね。しかし冷静に考えてみれば、今まで気づかなかった際立つ個性を秘めていて、他人がそれを発見してくれて、自分に最適な仕事へ導いてくれるなんてありえません。

自分が何に向いているか分からなくても、あいまいなまま方向を決めて、毎日働いてみることで、個性さえも発見できていくものでしょう。就職の始めの一歩からぴったりとした出合いがあるのではないと思います。自分でもどっちつかずのまま、時には妥協しつつ迷いながら働いてみる。それがリアルな仕事なのではないでしょうか。

http://www.asahijobplatz.com/column/?id=225

ヨーダヨーダ 2007/05/14 00:26 助からないと思っても助かっている。
平凡は妙手に勝る。
一回目のチャンスは見逃せ。
終盤は二度ある。
中盤の一手はどう打つ?

why-newtonwhy-newton 2007/05/14 17:39 こんにちは。梅田さんの場合、創作に伴うスランプかと、勝手ながら推察致します。自分の場合は(仕事に創作色が薄いので)スランプには外的要因で陥ることが多いですが、あの、鉛のように重く、暗く、堂々巡りする感覚を思い出しました。とことん沈みきったあと、やがて底辺に沈殿したヘドロの中から、ギョロッと眼をだすように、復活の底ぢからが湧いてくるのは不思議です。自分は梅田さんのエントリに随分救われていますので、不躾ながら応援メッセージのつもりでコメントしました。また元気な梅田節、お待ちしております。拝

CiboCibo 2007/05/14 19:26 こんにちは。私も仕事に関しては時々スランプで苦しんでいるだけに、その感覚は凄く共感出来る部分が有ります。陥るのはそれが初めてではないしそれなりの糸口は見えつつあるんですが、それでも逃避衝動に駆られるのがスランプなんですよね……。

higekuma3higekuma3 2007/05/16 11:27 スランプって、ある種の
いいわけというか、自分未解決期間の長期化という、
能力不足のような、気はしますけど。

2007-05-10

[] 「1976年アントニオ猪木」(柳澤健著)

本当に面白くて一気に読んだ。著者は1960年生まれ。僕と同年の生まれ。「1976年猪木」に、高校生のとき、著者もきっと僕と同じように熱狂していたのだろう。

僕はプロレス格闘技を見るのが好きだが、マニアというほどではない。プロレスについて何かを語れるほどの知見はないが、プロレスの世界のこの四十年のだいたいの流れは知っている。日本に住んでいたときまでは、子供の頃からだいたい大切な試合はテレビで見てきた。全日本プロレスの試合とかSWS(メガネスーパー天龍が組んだ団体)の試合を、結婚したばかりの頃、妻と見に行ったりした。いまはときどきPRIDEK-1ビデオを借りて見る。アメリカの本場のプロレス(WWF、現WWE)は、一度だけサンフランシスコ郊外の「カウパレス」まで妻と見に行った。日本と違って客層がかなり怖くてドキドキした。

そんな程度のファンだ。

だから本書が提示するプロレスについての「世界観」がどの程度オリジナルで、どの程度論議を巻き起こすものなのか、それを知らない。ただ、この本はとにかく面白い。文章がうまい。広く一般を読者対象にと考え抜かれていて、本の構造がしっかりしている。だから一気に読める。

1976年アントニオ猪木」は、マニア以外の多くのファンも含め、プロレスを語り得る「プラットフォーム」たる本なのではないかと思う。「プラットフォーム」というのは、皆から「踏まれる」(異論・反論がたくさん出る)ものだろうが、それは一つの「世界観」を提示した本の宿命だろう。

タイトルに示されるとおり、この本のテーマは「猪木」である。1976年の「猪木の狂気」が、よくも悪くも現代に至るプロレスの姿を作ったのだという著者の「世界観」はじつに説得力に満ちている。1976年猪木はモハメッド・アリと戦った。僕を含む当時の高校生はみな大興奮して待ち焦がれ、そして凡戦に落胆した。戦いに納得できない皆が、何かを語りたかった。だから伝説もたくさん生まれた。もちろんその「真相」を本書は提示する。共感・納得するかどうかは読者それぞれの自由だ。ちなみに僕自身は納得した。

猪木がアリ戦に加え1976年に行ったウィリエム・ルスカ戦、パク・ソンナン戦、アクラム・ペールワン戦。皆懐かしい。この四戦を著者は「異常な4試合」と呼ぶ。この「異常な4試合」は、プロレスという存在矛盾を露呈させるものだった。存在矛盾を身をもって露呈させることができるのはある種の天才だ。天才・猪木常識破壊者だったが、先駆者としてプロレスをまったく新しい地平に連れていくことになった。まえがきの最後で著者はこう書く。

1976年アントニオ猪木はあらゆるものを破壊しつつ暴走した。猪木は狂気の中にいたのだ。別種のプロレスであったルスカ戦を除く3試合は、当時の観客からまったく支持されなかった。プロレスは本来、極めてわかりやすいエンターテイメントだが、リアルファイルに変貌した途端、一転わかりにくく、退屈なものとなってしまったからだ。

だが、1976年アントニオ猪木日本プロレス永遠に変えた。

異常な4試合とはいかなるものだったのだろうか。

猪木プロレスをどのように変えたのか。

猪木とは何か。プロレスとは何か。

本書はそれを知るために書かれた。

僕は「プラットフォーム」たる本書が「踏まれる」のをネット上でたくさん読み、それでしばらくたって改めて再読してみたいと思う。

1976年のアントニオ猪木

1976年のアントニオ猪木

参考書

アマゾンのレビュー

「真剣勝負」の悲惨な結果

【書評】1976年のアントニオ猪木(柳沢健)

【読書】1976年のアントニオ猪木

水道橋博士の「博士の悪童日記」

 『1976年アントニオ猪木』は、あまりにも面白すぎる。

 巻おくあたわず。

 これは噂に違わぬ、大名作だ。

 特に、俺達がライフワークと称する

 『お笑い男の星座シリーズ

 そのネタ元、長年、偏愛する、梶原一騎の『男の星座』、

 に流れる英雄譚の虚実の皮膜のテーストが横溢。

 むしろ、名作『男の星座』の正統的な後継本と

 断じて構わないだろう。

 もっと言えば、井上編集長の『ファイト』、  

 ターザン山本の『週刊プロレス

 村松友視の『私、プロレスの味方です』 を

 始発に旅立った活字プロレスという幻想の車窓に見える、

 巨大なる猪木という蜃気楼を追い続けた、

 俺達、昭和プロレス者が乗り合わせた、

 因果鉄道の終着駅とも言える。

sockssocks 2007/05/10 22:23 おまえらの好きにはさせねえ!です。リンクしていただいてありがとうございました。「Web進化論」の著者の方ですね。愛読させていただきました。今後もよろしくお願いします。それにしても、僕も一度は、本場の会場でWWE観戦を経験してみたいものです。

u2ku2k 2007/05/11 00:22 その部分は、その部分の天才に任せますよ。

吉岡 和幸吉岡 和幸 2007/05/11 04:58 「プラットフォーム」と「異常な四試合」は、同じ土俵の上に立ってるんですね。マイノリティという土俵の上に立つものは、自分達の存在を面白いものにするため必死に切磋琢磨し、次第に多くの人を魅了するエネルギーを生みだす。そしてそのエネルギーが“まったく新しい地平に連れていく”もとになる。それが先駆者のやるべきコトなんでしょうけど、見習いたいものです。

gryphongryphon 2007/05/11 13:22 「1976年のアントニオ猪木」を、そのままキーワード化してみましたので、今後の同書のはてな内での反響を調べるときなどにお使いください。自分も発売当初にちょっと紹介したのですが、あらためて読んで感想をかいてみたいと思います

2007-05-09

[] 増刷のお知らせ

茂木さんのところでアナウンスしていたので、こちらでも。

フューチャリスト宣言』

ちくま新書)は増刷(初刷40000部、

2刷35000部、計75000部)

が決定しました。

ご愛読に感謝いたします。

全国の書店での出足が良いようで有難い限り。この増刷で「ウェブ進化論」のときのように品切れが長く続くことはないはず。アマゾンでの書影がまだ入らないのは何かの手違いらしく調整中で、まもなく何とかなるはずです。

note101note101 2007/05/10 16:15 『フューチャリスト宣言』読んでいます。なにか「ウェブ進化論」より興奮するのは、何故でしょうか。

福地博行福地博行 2007/05/11 21:24 昨日やっと手に入れて読み始めました。すごくおもしろくかつワクワクすします。まだ読み終わっていませんが、動画の検索は文字タグをつけるしかないという部分でひっかりました。音声ならマッチング検索できるのではないかと思いましたがそのような技術開発は進んでいるのでしょうか?

kichidenseikenkichidenseiken 2007/05/13 19:37 「ヒューチャリスト宣言」をかなり興奮しながら読みました。
インターネットという化け物の怖さが、自分に襲い掛かるような
気分になりました。しかし、奴の動きは誰もとめることができな
い。日々進化している。今、勉強を本格的に始めないとだめだ。

2007-05-07

umedamochio2007-05-07

[] 「フューチャリスト宣言」いよいよ発売です

 首都圏の大型書店には8日から、全国の書店には9日に並びます。

 弾さんが「8日の午前0時過ぎ」にきっと書評をアップされるだろうな(理由は後述)と想像していたら、まったくその通りで、ありがとうございました。

書評 - フューチャリスト宣言

献本の添え状より

なお、大変勝手ながら、書店に並ぶのが五月八日(火)頃からになります。ブログなどのメディアでお取り上げくださる場合は、五月八日以降にお願い致します。

あーっわかってないっ。

いくらネットの世界とはいっても、ある発言ががネットを伝播し、botにcrawlされるにはある程度の時間がかかる。はてブなどSBMの利用層に対してそれは24時間を切るが、それが検索エンジンの検索に反映されるには数日、そして別メディアがその発言を再掲載したりするには1週間から数週間の時間がかかる。それを考えれば、本屋に並んでからでは遅すぎるのである。本書が私の手元に到着したのは5月2日だが、おかげで一週間も「すって」しまったことになるではないか。献本していただいた手前添状のリクエストは尊重したが、以後はもう少し考えて欲しい。

 出版社が本を作るとき、プロモーション用の見本を早めに何十部か刷って、新聞社雑誌社に送るのが慣行です。そのカテゴリーブロガーも入ったというのが昨今の流れです。紙のメディアは取り上げてもらうのに時間がかかるので問題ないのですが、ブロガーは瞬時に感想を書いて発表できるので、一般には本が手に入らないのに、本を送られた特権ブロガーだけは本を先に読んで先に感想を書く、ということが起こってしまいます。

 「ウェブ人間論」のときちょっと失敗して、弾さんをはじめ一部のブロガーの方々に感想を書いていただいたとき、それを読んでも書店には本がまだなく読みたくても読めないという状況を作ってしまいました。それで、多くの方々に不快感を味わわせてしまい、申し訳なかったと思いました。

 特に今回はゴールデンウィークがはさまりますし、僕のほうから版元である筑摩書房に頼んで「8日以降に」と明記して送ってもらいました。特に弾さんがこういうお考えの持ち主だということは知っていましたので、弾さんにだけはメールでの念押しまでしてお願いし、今日まで待っていただいたという経過でした。

 「一週間も「すって」しまった」と言うほどのことでもないと僕は思うし、すべての読者の方々との対峙の仕方という意味で、僕はこのやり方のほうがフェアで気持ちがよいし、売れ行きの立ち上がりという意味で「一週間も「すって」しまう」ことのマイナスが仮にあったとしてもそれは別にぜんぜんかまわない、そう判断しました。

到着を到着を 2007/05/07 13:09 待っていますが、この本は絶対に来年どこかの大学入試の現代文・小論文で出題されるでしょう(笑)世の中に『絶対』はない訳ですが、99.9%、来年どこかの大学で出題されると思います。それくらい梅田さんと茂木さんははビッグ・ネームです。

私達の社会はかつてないほどの情報量が飛び交う世界です。そんな世界にあっては、何か、ネット上にある情報を追いかけなくてはいけないし、追いかけることで自分が成長しているというような『錯覚』を持ちがちですが、逆に、一つの文章を丁寧に推敲し、情報発信に当たって丁寧にインプットを行うという習慣がどんどんすたれているように思います。

『書く』ということも、何かの姿を、少しでもより良く捉えようと丁寧に探究を進めるというのではなしに、自分が予め持っている先入観で対象を染め上げ、「ほらね、世界はやっぱりこうなんだ、俺の言う通りだろう」というタイプの議論が多いと思います。また、文字の賞味期限がどんどん短くなっています。丁寧に対象を観察し、触れてみて、あるいは本を読み、という習慣が今の社会では廃れてきていないでしょうか。

非常に先端的な分野に関わっておられながら、本を読むことを大事にされている茂木さんと梅田さんの姿を見て、若い人が本を読む事の大切さを感じてくれたらと思っています。

筒見 憲三筒見 憲三 2007/05/08 17:35 梅田さん!はじめまして。貴殿の著作「ウェブ進化論」と「ウェブ人間論」を大変興味深く読ませていただきました。この新著も早速買い求めて、読ませていただきます。
貴殿の著作との邂逅によって、私もブログを始めようと思い立ち、さっそく立ち上げてみました。まだまだ稚拙かつ良く分かったいないなかで、少しずつ成長させていこうと思っております。
ぜひとも、近い将来に、貴殿とは一度直接お話ができる機会があればと願っておりますが、その前にもう少しネットのこと勉強しておきます。
恥ずかしながら、私のブログのURLを記しておきますので、お時間のある時に立ち寄ってみて下さい。
今後とも貴殿のご活躍を期待しております。
http://hoppi.blogzine.jp/blog/

吉岡 和幸吉岡 和幸 2007/05/09 05:28 今回は「?」だらけでした。

>「一部のブロガーの方々に感想を書いていただいたとき、それを読んでも書店には本がまだなく読みたくても読めないという状況を作ってしまいました。それで、多くの方々に不快感を味わわせてしまい、申し訳なかったと思いました。」
 まず、どの様な不快感を感じたのか、何故不快に感じたのか?「発売日より早く読んだヤツがいるから、もう読まないし買わない!」って人はいてないでしょう。

> 「一週間も「すって」しまった」と言うのは、この方の思いやりではないでしょうか?

>「すべての読者の方々との対峙の仕方という意味で、僕はこのやり方のほうがフェアで気持ちがよいし」についても、“フェア”という言葉で包みこんでしまっては、そもそも発売日より先に渡す意味がなくなってくるのでは?と思います。

2007-05-02

[] 「最新戦法の話」(勝又清和浅川書房)

 この本は名著である。

 現代将棋を鑑賞するうえでの必読書ではないかと思う。それほど将棋が強くない人でも十分に楽しめる。九章立てで、一手損角換わり、矢倉、後手藤井システム、先手藤井システム、ゴキゲン中飛車、相振り飛車石田流、コーヤン流、8五飛戦法という現代将棋の90%以上を占める戦法の「現在」について語り、極めて俯瞰的で包括的な視点を将棋ファンに与えてくれる。また、「将棋というゲーム」の真理の探求を総がかりで行う現代の棋士たち(特にトップクラスの若手棋士たち)の姿を描くルポルタージュとして読むこともできる。

 著者の1995年処女作「消えた戦法の謎」も素晴らしかったが、本書はさらにパワーアップしていると思う。特に感心したところは、やさしい語り口の中に、現代将棋の本質をつく「わかりやすくて深い名言」が溢れていたことである。

現代の将棋は桂という駒の価値を再発見するような歴史をたどっているのかもしれません。(p25)

藤井システムは玉の安全についての概念を変え、8五飛戦法は飛車の位置を自由にし、一手損角換わりは「手損はマイナス」というイメージを打ち壊しました。(p32)

漠然とした評価から実地検証する時代へ---現代将棋の動きをそのように語ることも的外れではないでしょう。(p160)

代将棋のキーワードのひとつに「角交換」があります。(p170)

矢倉の飛車先不突きから始まった「あとまわしにできる手はあとまわしにする」という流れは三間飛車にまで及んでいるのです。(p243-244)

といった具合。アメリカンフットボールサッカーコントラクトブリッジの比喩まで使った現代的な解説アプローチで何とかその本質を伝えたいという気持ちが伝わってくる。あとがきで著者勝又はこう書く。

私たち棋士はファンに対する「説明責任」をきちんと果たしているだろうかと自問したとき、僕は自信がもてません。特にタイトル戦などトッププロの将棋はひとめですべて理解できるようなものではなく、何度も繰り返し鑑賞することで味わいも深くなります。本書を読み終えたみなさんに「なるほど、そういうことだったのか」「将棋を見る目がかわったよ」と思っていただけるとしたら、ほんの少しだけ説明責任を果たせたということで、これに優る喜びはありません。

その意図は十全に達成されていると思う。著者の意志と姿勢に心から拍手を送りたい。複雑な事象の本質を押さえてわかりやすく伝える仕事はこれからますます重要になる。著者の今後の大いなる活躍を期待したい。

最新戦法の話 (最強将棋21)

最新戦法の話 (最強将棋21)

吉岡 和幸吉岡 和幸 2007/05/02 23:39 私自身は将棋の事はよくわかりませんが、この本は将棋の本と思って読めば将棋の本だろうし、全く別の視点から読むこともできそうですね。とくに会社を経営されてる方々には、多くの起業家等が例えば「孫氏の兵法」を好んで読むように、いろいろ応用できる箇所があるじゃないでしょうか。

桂という駒の価値を再発見する=既成事象の価値の再発見、「手損はマイナス」というイメージを打ち壊しました=既成概念の破壊、漠然とした評価から実地検証する時代へ/「あとまわしにできる手はあとまわしにする」=徹底した合理化など。そして全体を通してこれらを包んでいる、見せかけではない誠実さ。ネットの存在や可能性を毛嫌いしている方は、この本を読んでみるのも一つの手では?

見せかけではない誠実さが重要なのは、梅田さんの最後のコメント部分にある「複雑な事象の本質を押さえてわかりやすく伝える仕事はこれからますます重要になる。」という箇所から伝わってきます。

梅田さんと梅田さんと 2007/05/03 17:05 茂木さんは見ていて非常に興味深いです。お二方にはある共通した点があります。それは、『本を読むこと、それも流行り廃りのあるその場で消費されて終りというタイプの本ではなく、丁寧に作られた本格的な本を読むこと非常に大切にしている』ということです。
最近は文字の賞味期限がどんどん短くなっています。新書であれば半年、ネット上の文章なら24時間以内という時代になっています。文章にかけられる時間もどんどん減ってきています。
そんな時代だからこそ、丁寧に作られた良質な本の価値はむしろ上がってきているのでしょうね。茂木さんは、自らの教養を再編成すべく、忙しい日常の中で時間を見つけては洋書を読まれているそうです。

12ヶ月12ヶ月 2007/05/04 03:30 ぼくの場合、失敗の理由を考えて、再利用していることが多いです。一回目は、単なるミスです。二回目はトラップですが、気付きやすいようにしています…。基本的には実体験がベースになってます。

綾太郎綾太郎 2007/05/04 21:16  確かに、勝又五段は、将棋界きっての理論家ですね。この本は、新刊で、まだ知りませんでした。
 私が注目している将棋の棋書の書き手としては、深浦八段と、庄司七段がいます。あと、最近では、村山慈明四段の「最新戦法必勝ガイド」がよく書けていると思います。
 だいたい、よい棋書の書き手は、勝又も庄司もそうですが、第一級の棋士ではなく、指将棋と本を書くことの才能の違いを感じますが、でも、深浦は例外かもしれません。数年前から出ている「最善線物語」シリーズは、勝又のような思想性はないかもしれませんが、現代将棋の複雑さを嫌でも感じさせます。私は、面倒なことを、薄めず、面倒なまま説明する深浦の棋書にも価値を見出します。

Masaki1Masaki1 2007/05/20 07:11 勝ち負けがつくスポーツやゲームの中でも、あるいは鑑賞ということで音楽や絵画などとも比較しても、将棋ほどそのおもしろさや本質が一般に理解されにくいものはない。
将棋を知らない人に、例えば将棋とは数学でもあり、力学でもあり、芸術でもあり、思想でもあると言っても全く理解されないと思う。

それ故、将棋ファンの絶対数が減少していく中で、その価値や魅力を従来とは違った形で伝えていく意味は大きい。

本書はまず本書を買うであろう様々なレベルの将棋ファンに、近年のプロ将棋の変遷とその魅力を伝え、それぞれの位置から引き上げてくれる。
続編が楽しみである。

今後、プロに身を置く著者やあるいは外部の梅田さんのような方の著述が、現在は将棋ファンでない方にまでその魅力を広く伝えられることを期待したい。


PS//
私は梅田さんが22日の午後に訪問される所に所属しているものです。
お話をとても楽しみにしていたのですが、クライアント先に出張が決まり出席できません。大変残念です。
偶然ですが、実は著者は将棋部の顧問なのです。
素晴らしい書評に感謝!