My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-12-28

[] 書かれなかった物語(の一部)

中央公論一月号に掲載された「著者に聞く」に加え、紙面の関係雑誌には掲載されなかった「書かれなかった物語(の一部)」(Web付録)が、あわせて中央公論ウェブ版となって公開されました。

「梅田望夫、『ウェブ時代をゆく』を語る」

です。

 実は、『ウェブ時代をゆく』はロールモデル思考法をテーマとする第4章から書き始めました。

 ロールモデル思考法を陳腐に書くと、当たり前のことだと流されたりしかねない。説得力を持って読者が受け止められるように、冒頭でも末尾でもなく、本の中央に置くことにし、4章の内容を納得してもらうためにその前後に何を書けばいいかを考えて全体の構成を決めていきました。

 執筆の際は、まず分量を考えずに、自分が誰をロールモデルにしてきたかを全部書きました。それだけで原稿用紙で百数十枚分にもなり、そこからぎゅっと絞っていった。主に「ロールモデルにしようと試みたものの、できなかった例」を削りました。たとえば、自分が大組織に勤めていたときの上司との葛藤などです。

 彼は北欧系のアメリカ人で、僕がこれまで会った中で随一の「できる」男。典型的な大組織向きの性格で、オールラウンドに何でもこなせる「CEOタイプ」でした。・・・・・・

聞き手の田中正敏(中央公論編集部)さんの巧みな誘導で、思いがけなく、これまでとは違った話題が広がり、じつは書いたけれど最後に削った話が、この本にはたくさんあるんだよね、という話に展開していった。それが、この「書かれなかった物語(の一部)」(Web付録)につながりました。

「著者に聞く」本編の

「僕はよく楽観的すぎると批判されますが、問題意識としてはまったくオプティミズムではないんです」

とともにお楽しみください。

syncsync 2007/12/28 09:00 ウェブ時代をゆくと、書かれなかった物語(の一部)、読みました。

- 梅田さんの印象と、ローモデル思考法効果に望むもの -

梅田さんの話を聞いていていつも感じるのは、日本の若い人に対しての愛情というか親近感というか。。
確かにWeb2.0という技術をベースに話しているのですが、
「今、これだけ変化のある世界で、例えば俺はこうやってみた。
 これが正しいかわからないけれど私のやり方が日本の若い人の道しるべ(ローモデル)になれば・・・」
という、実際の行動力とその熱い思いです。
たぶんその視点・その行動ができるのは、シリコンバレーという日本ルール以外の場所で、
自分に正直に生きている人達と暮らしている感覚から来るのだろうと思う。
(国際人。英語ができるとかではなく、日本の外から母国を見た人にしか身に付かない感覚)
それが高い人気になっていると思いますし、実際に梅田世界から感化、伝播された人たちが独自に考えて行動を起こしていっていると思います。
そして自身はその影響を受けた(与えた?)人達の行動を、Web上から確認して楽しんでいる、と。。

今、若い人が望んでいるのは「夢を語れる、身近で尊敬できる人」だと思います。
今の日本で触れられるローモデルの情報は、どこかの有名な社長や学者などの伝記(?)みたいなものばかり。
その人たちは確かにすごいのだが、人生の参考にするには世界背景も全く今と異なるし、参考、尊敬としてイメージするに遠すぎる。。
 そして「どうすれば今の世で、人生楽しんでる!と感じられる生き方ができるのか?」
という問いの参考にならない。
しかし、梅田さんのように身近に感じられる(同じ時代、同じ環境で共感しようと努力している)方が、
「成功とこういうもの、と常識として周りに見せられてきた以外の生き方」を見せる。
それによって若者が「人生って大人になっても楽めるんだ!」って思えるのなら、
お先真っ暗と言われている日本の未来も、少し気楽に感じることができると思う。
梅田さんには「日本の若者に身近なローモデル」として、これからも影響を与え続けていって欲しいと思います。

異次元オーライ異次元オーライ 2008/01/01 04:36 先日、朝日新聞の書評欄のこの一年間の総ざらえ、という特集で、書評委員(20人ぐらい?)が、この一年での私の注目の3冊をリストする、と言った趣旨の特集をやっていました。梅田さんの『ウエッブ時代をゆく』がこのリストの中に入っていない事に、ええええ〜〜〜!!っとかなりショックを覚えました。この本は、時代の預言者の書き物として日米の類書の中でも最高峰にあり、今年の日本の知識世界において、最も重要な収穫だったと思います。君ら、どこに目の玉つけてるのよ!といいたくなるほど朝日書評陣の眼力の弱さに、がっかりしました。意識が相当に遅れている。書評委員を選出する朝日側の眼力が弱いということや、朝日が、ウエッブ進化が社会に与えるインパクトを全く理解していないことが分かりました。

アメリカでは、新聞の書評欄の紙幅がニューヨークタイムズはじめ急速に、減少しています。それは、新聞社がウエッブの進化の相貌をより深く把握しているためでしょう、積極的にネットにシフトしています。アマゾンや読書ファンの集うサイトがあり、彼らによるアマチュア書評などで息のいい評論が書かれており、そこでさらに、読者たちの間で闊達で自由な議論へと発展するなど、書評の平面がウエッブへとシフトしているからです。ですから、このように、活字印刷紙面から書評欄を少なくしている新聞社やその編集人らが、もし梅田さんの最新刊を読んだとすれば、彼らの選出している書評委員たちを通じて、この書物の圧倒的な意味が把握され、これをもっとも重要な今年の一冊に米国でも選んだと思います。

ロールモデル思考などという自己啓発のテーマに踏み込んだ概念(実はウエッブ進化とは何の関係がないことは、ウエッブ2.0(ツーポイントゼロでなくツーポイントオー、とシリコンバレーでは言っていますね)以前、というかインターネットが登場する以前から行っている著書の方法論であることが書かれていることから自明)、米国の類書にも全く出てこない、先進性をもっております。

ただ、ちょっとした感想ですが、「けもの道」という言葉が与える印象は、競争に勝てなかった者,二級品ないし敗残兵が、生き延びるために、可視性の低い、いつ獣(けもの)が出てきて襲われやもしれない、山岳の山あいの道なき道をひとり寂しく行くどこかうらぶれた印象がありますね。この言葉は、自分はやはり二級品であり敗北者だという自己認識、どこかに拗(す)ね者、いじけた感覚、および、いつどこで、獣に襲われて一巻の終わりとなるかわからないという「不安常態」の種を植え付ける心理効果が、逆説的だが、生み出されてしまっているという印象をぬぐえません。

20代のナイーブな世代の脳裏に、この敗北者感覚、いじけ感覚と不安の感覚が、インストールされる恐れ、その結果、小さくなって萎縮するおそれを感じないわけにはいきません。われわれ、普通の人は、けもの道でいこうよ、という提案が、逆に一般の人たちを上記のような意味で意気をくじきかねない、逆作用につながるおそれはないのか、考えてしまいます。

梅田さんの言わんとすることはほぼ分かるし、適切な指摘で、優れた方向性の打ち出し方であるだけに、措辞の組み立てをもう一つ練り込む必要がある気がしています。けもの道という言葉の持つ双面性にデリケートな感覚を持つ必要があるように思われます。この言葉の与える響きは社会的強者には楽しく、弱者には、不安を与えかねず、梅田さんは経歴からして社会的強者、エリート層ですので、楽しくエキサイティングに響く可能性があります。しかし、大半の人には、やはり、厳しくつらい響きがしているのではないかな、って思うわけです。
ですから、社会的強者にも弱者にも、同様に高く希望的に響く(敗北者感、すね者感、不安感をもたないですむような)、言葉の組み立てを、注意深く彫り込んでやっていただけたらなあ、という、惜しい気持ちを持っています。

 ただ、『ウエッブ時代をゆく』の、来るべき時代の指導灯としての重要性は、いくら言ってもいい足りないものがあります。このような素晴らしい本を発表していただいた著者と出版社に対し心の底より感謝と感激を感じています。

kahakaha 2008/01/08 14:18 朝日新聞は他の一般企業と変わらず”営利企業”ですから、そこで選出される書籍について眼力がないと非難しても仕方がありません。

数 2008/01/20 21:29 すぐに腹を立てる人を見ると正直腹が立ちます(笑い)

アラヤンアラヤン 2008/02/21 00:59 はじめまして
遅ればせながら、「ウェブ時代を行く」を拝読しております。梅田さんの著作を読んで、自分のライフワークに
すべきモノが、もやっとながら再確認出来たような気がします。
ライフワークにすべき事は、ITなどとはかけ離れたものです。それは茶道です。
茶道におけるビジネスモデルを次世代のために再構築する事です。今の茶道は年金問題と同じで、これからの若者に
現在の負担を強いるビジネスモデルです。こんな事をしていたら、次の世代が今の茶道を守りながら進化させる事は出来ないように思います。
ITやネットとは一切関係ありませんが、とにかく私が梅田さんの著作を読んで、自分のやりたい事やるべき事が
わかったような気がしたので、メールを打たせて頂きました。

小山 哲小山 哲 2008/02/27 01:02 「ウェブ進化論」「ウェブ時代を行く」と続けて読みました。

月並みな感想ですが、非常に刺激を受けました。
併せて幾つか個別に思うところがあり、コメントさせてください。

好きな事に没頭するリーダーの周囲にコミュニティーへの貢献度の高い右腕たちが自然発生して、....(第二章)
・・・・
これは「こちらの世界」でサークルとかクラブ(チーム)とかいわれるものであまり目新しい概念では無いような気がしました。その昔BSSと言われた物はどうでしょう。。。
それでも確かにオープンソースの取り組みによる成功したプロジェクトのインパクトというのは確かにすごいと思います。

「ロールモデル思考法」は、すばらしいと思います。
これはある種のパーソナル・アイデンティティの確立ツールと言えるのではないでしょうか?是非、もっと洗練させてほしいと思いました。私は、実は梅田さんと同世代のようなのですが、今になって「何をしたい?」で悩んでいます。今更ながら取り組んでみたいと思います。

梅田さんの若者を応援したいという暖かい気持ちはよくわかりました。ただ、今後の潮流をこのように読むのであれば、リテラシーの低い「市中の中高年」に「どう道を開いてあげられるのか」も論じてほしいと感じました。
今の中高年は、決して大企業の中で成功できるひとばかりでは無いと思いますがいかがでしょうか?

いずれにしても、2冊とも、今・これから自分が何をしたら良いのか考えさせられる本でした。

真人真人 2008/04/16 07:14 はじめまして。
『ウェブ進化論』と『ウェブ時代をゆく』をこのたび楽しく拝読いたしました。
そこでインターネット社会に生きる一人として、感じた事を書かせていただきます。

私は、ネットを介して言葉を用いる時、自身の深いところを見ている気になります。
リアルではどうあっても逃げられない絆やしがらみも、ネットでは望まない限り付いてきません。
人と関わりを持たない事での気遣いの必要のなさは、解放感をもたらして、むき出しの思考源体として存在させるように感じます。
その状態でどういった選択をするか、というのが『ネットの善性』いかんにかかわってきているのかな、と思いました。

思考同士が直結できるインターネットという環境は、巨大な一つの生物のようで、そう仮定すると、人々の思考は、この巨大な生物の一つ一つの細胞で、この実体の見えない生物が生きるために、免疫細胞などの自浄作用によって、大局的には『善性=健康』に保たれていてもおかしくはないような気がします。
その仮定だと、ネットが『悪性』に染まる時は、ネットという巨大な情報的細胞群体生物の終焉ということになるように思いました。

何分感覚的なことですので、わかりにくい文章失礼いたしました。