「世界観、ビジョン、仕事、挑戦――個として強く生きるには」講演録(JTPAシリコンバレー・ツアー2008年3月6日)

(1) 時代観――無限の選択肢のある時代
僕が大学を出たのは今から25年前の1983年です。1983年に大学を卒業する人と、2008年に大学を卒業する人とでは、全く違う人生が広がります。おそらく、さらに25年後に大学を卒業する、みなさんの息子や娘の世代も、まったく違う環境のなかに生きることになります。みなさんは、だいたい二十代、つまり1977年生まれから87年生まれくらいだと思いますが、そのくらいの時期に生まれたということが、人生を大きく規定しています。そのときに使えるリソース、その時点で可能になっていることがある。1960年生まれの僕とは全く違う可能性をみなさんはもっています。それがまず第一にうらやましい。なぜならば、圧倒的に自由度が大きいから。1980年代の前半というのは、それほどカジュアルに海外に行くという時代ではなかったし、日本はもっと貧しかったし、海外に留学する敷居の高さも、今とは全然違う。個人の選択肢がものすごく多い。それを羨ましく思う半面、これは自己責任の時代になっていて大変だなと思います。
ところで「無制限に選択肢があると何も選べなくなる人が人口の80%から90%いる」という仮説があります。僕の本を読んだ人の感想に、あまりにも楽観的であるとか、オプティミズムはいけない、という批判があるんですが、その批判はよく理解できます。僕らの目の前に選択肢、可能性がバーンと広がったから素晴らしいね、と僕は、それを活かせる潜在能力を持った人たちに向けて書いているのですが、一方でそれに溺れる人も必ずいる。人間の時間は有限なのに対し、情報、選択肢は無限にあります。25年前は、インターネットもない、PCも出始め、携帯もない、グローバルになんて考えない、コミュニティは物理的に制約されているなかで、大学院に行き、勉強していました。今のみんなから比べると、想像もつかないほど選択肢が限られた中で生きていました。逆に言うと、みんなの生活というのは、僕には想像ができないほど選択肢が多い。1時間後に誰とどこで何をしているのか、誰とも会わずに勉強しているのか、来年になったら留学するのか、起業するのか、就職するのか、就職するとしたら外資も含めどこに就職するのか、選択肢がバーンと広がっている。そういう環境の中で、突っ走っている人は若いときから飛び出しているから、ああこの人はこんな若くして大成功してしまっているとか、こんなにお金をもっている、というようなことがある。そんなことは、僕が大学を卒業したころにはほとんどないわけです。だいたいの人は大企業に行く。僕は、大企業に合わなかったら行かなかったけれど、じゃあ大学に残ろうかなという程度の、凡庸な人生の選択肢くらいしかなくて、そういうなかで、なにかの偶然で自分の人生がゆっくりと転がっていく、そんな感じでした。
ところが皆さんの時代は、結果として、全部、自己決定しながら前に進んでいかなければならない。周りの人たち、といっても、直接自分が接している人だけでなくて、その友達とか、ネットを介してつながる人たちが、毎日何をやってすごしているのかということが気になり始めたら、結局自分のなかに何も身に付かないまま、1年、2年ダラダラと過ぎてゆく。何か自分で仕事をしてみたけど、隣の人のほうが羨ましいと思っているうちに、10年たってしまうということが起きる。そういう自由、選択肢の無限性を前にして、道具もいろんなものがある。その一方で、自己責任でものごとを選んでいかないといけないという時代に、みなさんは生きています。そのときに一番大事なのは、そういう時代であるという時代認識をきちんともっていることです。

(2) 戦略性――自分の時間の使い方は正しいか
ウェブ進化論」「ウェブ時代をゆく」「ウェブ時代 5つの定理」の3部作を書いて、ものを書くことについては40代でできることは全部したという感じがあって、しばらく、ものを書くのをやめて、ちがうことをしようと思っています。この3冊のなかで、「素晴らしい時代だね」と書いているのですが、そう言いつつ、「大変だね」というのも正直なところあって、だからこそ、困ったり、迷ったりした時に振り返ってもらえる本を書きたいというのがモチベーションとしてありました。
あまり「大変だね」ということを書きすぎるとぜんぜん元気がなくなって落ち込んでいくばかりでしょう。だから、わざとあまり書かないようにしていたら、「こいつはバカじゃないか」と批判されて、そんな当たり前のことわかってやっているよ、ということでわかる人はみんなわかっているんだけど、そういう批判はおもしろいからそのままにしてあります。
自分をふりかえってみると、今みなさんが目にしているような無限の情報にとりまかれていたら、はたして泳ぎ抜いてこられたかどうか、という自信はあまりありません。でも、自分が途中でいろいろ失敗をしながらも、最終的になんとか生き延びてきた理由というのは、「戦略性」ということに尽きると思います。「戦略性」というのは、「頭がいい」とか「悪い」とか、「一生懸命働く」とか「働かない」ということとは、若干質を異にするものです。戦略性というのは、いろいろな定義がありますが、個人が生きていく上での戦略性というのは、「自分の時間の使い方に対してどれだけセンシティブか」「いま自分がここで使っている時間というのが正しいのかどうか」を問い続ける姿勢をもっていることだと思っています。
「正しい時間の使い方をしているかどうか」というのは、1日という単位で、「今日はテレビを見ないで勉強したほうがいいな」とかそういう話ではありません。もうちょっと長期的に見て、たとえば、会社をやめるかどうかとか、どこかに就職するとか、そういうことを、「自分の時間」という観点ですべて見なおすといいと思います。どこかの会社に就職する、あるプロジェクトに入る、プロジェクトのなかである仕事をする、こんなチームで仕事をする、そういうときの「時間の使い方」について、ほとんどの人はぼーっとしている。「親がベンチャーに行かない方がいいというので、○○に就職することにしました」とか。たとえば、就職ということを考えると、どこに就職するかによって毎日毎日の時間がどういうふうに流れていくかが変わる。1日24時間、365日というのは、すべての人に同じように与えられたリソースだから、その時間を何に使うのか。勉強でも何でも、やりかたの工夫によって、時間はいくらでも捻出できます。たとえば、「これはやめよう」と決めたとたんに、バーンと2週間分の時間が浮いたり。
僕は、コンサルティング会社に10年くらい勤めていたのですが、最初の3年くらいは一番下っぱで働きます。だから、明らかに最後の報告では必要ないはずの作業を命令されるということがありました。プロジェクトリーダーが「おまえ、これ調べておいてくれ」と。何も考えずに「わかりました」と言ってやると、それは負けなわけです。自分がそのプロジェクト全体のなかで、今やれと言われていることは最後に役に立つことなのか、という判断能力が必要なのです。少なくとも、「そう考えよう」、「そういうものの考え方をしよう」と発想しない限り、「わかりました」「やりました」と言ってそのとおりにやっても、最終的には何の意味もない時間を1週間なり、10日なり過ごしました、というリスクを負うことになる。僕は、自分の時間が無駄に使われるということに対して、若いころから強い怒りを覚えていました。
 僕がほかの人と恐ろしく違うのは、その部分です。今思うと、そのことが道を拓いてきた気がする。つまり、コンサルティング会社に就職して、上の人に言われるままにやれば、評価されるかもしれないし、給料が上がるかもしれないけれど、僕の場合は、「ここで自分が今時間を使っていることが全く意味がないことである」と思った瞬間に、体が動かなくなってしまう。それで上の人に、「どうして自分はこれがやりたくないか」という話をしにいく。そうすると、それがじつは顧客企業の戦略の話そのものだったりしたわけです。僕がそれをやりたくないというのは、嫌いだからやりたくないという「好み」の問題ではなくて、「それが、おそらく最後の段階でいらなくなることだから」。そう直感するから。すると、僕がそういう問題提起をすること自体が、一番付加価値が高かったりしたわけ。プロジェクトリーダーと言っても、5、6年しか年が違わないから、それほどすべてが見えているわけではありません。経営コンサルティングにしても研究にしても、未知の課題に取り組もうと思ったら、上下も何もあったもんじゃないんだけれど、一応、年が上だとか、先に入った人が、「こういうふうにしよう」ということを決めるルールになっていますね。とくに、日本の社会は、そういう傾向が強い。そうすると、明らかに間違った時間の使い方を、人から強いられる。それは、大学の研究室でも、そうかもしれないし、そのときに立場上、黙々とやらなければならないということはあります。社会のルールに従うために、わかったうえでやっている、というのは仕方ない。僕が言いたいのは、「やりたくないことをやるな」ということでなくて、「意味のないことをやる」ということに対して、緊張感をもって生きる、そういう姿勢を持つべきだ、ということです。

(3) 情報を得る力を何に使うか
『ウェブ時代 5つの定理』は、僕がシリコンバレーで出会った名言を集めて、その解説をしている本なのですが、そのなかから、いくつかの言葉を引きながら、これから話をしていきます。

いま、世界は(以前とは)まったく違う。それは、君たち一人ひとりが世界中のどんなことについても「情報を得る力」を持ったからだ。
私が学校に通っていた頃と、本当にまったく違う世界だ。── サーゲイ・ブリン
Today, the world is very different, because each of you has the power to get information about any subject in the world. And that is very, very different from when I went to school.──Sergey Brin

これは、グーグルの創業者のひとり、サーゲイ・ブリンが、高校生に向けてしゃべった言葉です。「世界中のどんなことについても、「情報を得る力」を持った」。ブリンは1973年生まれですから、彼が学校にかよっていた1980年代と比べて、君たちはまったく違う環境にいる、と。これは、僕が今日冒頭でしゃべったように、僕と君たちがまったく違う時代を生きている、ということの意味です。そして、「情報を得る力」を何のために使うのが、個としていちばん意味があるのか。よく、情報を頭にいっぱいつめこんで、自分はこんなに頭がいいということをひけらかす人がいますが、そんなものは、グーグルに必ず負けるのだから、それに価値はない。情報を得る力を、何のために使うかと言ったら、自分の時間を正しくつかうためです。
インターネットという道具を得て、何が1980年代と違うのか。僕はカリキュラムをつくることというか、何かを達成しようと思った時に、自分は何をしないといけないかのマップをつくることが昔から好きだったのですが、同世代の他の人に比べてインターネットに早く興奮したのは、自分のそういう性格とインターネットが合っていたからです。インターネットには、ここまではもう過去の人がやっている、これをやるためにはこうやればいい、これはまだ誰もやっていない、というマップを正確に把握するための情報ソースが全部ある。そのマップを自分の頭の中にもつと、そのマップから照らして、たとえば、明らかにまったく意味のないことをやれと言われているのかどうかがわかったりします。とくに、会社で仕事をしていたり、よくわかっていない人からこうしなさいというアドバイスを受けたりした場合に。それを判断できるのは、自分自身でしかない。ブリンが言っているのは、実は非常に厳しいことで、「選択肢が多いと80%から90%の人は選べない」という仮説が正しいとすれば、まず、その人たちは「世界中のどんなことについても、「情報を得る力」を持った」ことを活かせないわけです。そして、活かせるはずの10-20%のなかでも、この情報をどういうふうに自分の時間の使い方につなげていくか、というところで、圧倒的な差が出てくる。 
すべてのインターネット上の情報は、誰かが時間を使った結果です。多くの人たちが時間を使った成果を、どうやって自分にとりこんで、無駄な時間を使わないで、その先にいくのか。『ウェブ時代をゆく』で書いた表現で言うと、「高速道路」のほうはまだわかりやすい。スタンフォード大学に入ってある専門を決めました、数学をやります、宇宙工学をやります、とか、フォーカスがはっきりと決まります。10年、20年、30年前から、アカデミアの世界では、どういう順番で勉強していけばいいというようなことが、経験知としてできています。それをある程度なぞっていかないと、創造性を発揮することができないという世界です。でも逆にそうであれば、まだいい。
ところが、そうでないところでやっていこうというときには、選択肢が本当に広い。だから戦略性がいちばん大切になる、というのが僕の考えです。

ネットが負けるほうに賭けるのは愚かだ。なぜならそれは、人間の創意工夫と創造性の敗北に賭けることだから。── エリック・シュミット
Betting against the net is foolish because you're betting against human ingenuity and creativity.──Eric Schmidt

これは、エリック・シュミットの言葉ですが、「ネットが負けるほうに賭けるのは愚かだ。なぜならそれは、人間の創意工夫と創造性の敗北に賭けることだから」。このことを、僕はものすごく実感しています。ネットと出会い、1日の知的生産性が高まり、1日の時間がものすごく長く感じられるようになって、半分冗談で言いますが、寿命が延びたような感じすらするほどです。

(4) レバレッジが利くもの――科学と技術

科学やテクノロジーを梃子にして、世界に非常に大きなインパクトを与えられる機会がそこらじゅうにころがっている。
君たち一人ひとりが個性に応じたそれぞれの機会を追求できる。
君たちみんなが、そのことに興奮すべきだ。── ラリー・ページ
There are so many opportunities where you can have a huge impact on the world by using the leverage of science and technology. All of you are uniquely positioned, and you should be excited about that.──Larry Page

今度は、もうひとつ、ラリー・ペイジの言葉を紹介しましょう。「科学やテクノロジーを梃にして、世界の非常に大きなインパクトを与えられる機会がそこらじゅうにころがっている。」。原文の「using the leverage of science and technology」の、レバレッジという言葉は英語ではよく使うのですが、日本語ではあまりぴったりくる表現がありません。レバレッジとは「梃」の原理で、小さな力で大きなものが動くこと。僕は、お金の使い方でも、時間でも、レバレッジが利くもの、利かないものというのをいつも考えます。要するに、それが増幅されるかどうか。
この言葉にあるように、科学と技術は、圧倒的にレバレッジが利く。「君たちみんなが、そのことに興奮すべきだ」と、ラリー・ペイジが、やはり高校生向けの講演のなかでしゃべっています。
コースラというシリコンバレーベンチャー・キャピタリストも同じことを言っています。

ケタ違いにリソースを膨らませるのは科学だけ。
科学は、何かを10%や20%良くするのではなく100倍良くする可能性を秘めている。
私はその力に興奮を覚える。── ビノッド・コースラ
But the one thing that multiplies resources by a factor of 10 is science. It has the potential to do something not 10 percent better or 20 percent better but 100 times better, and that power is what's so exciting to me. ──Vinod Khosla

科学で100倍良くなる未来を愛する。「何かを10%や20%よくするのではなく、100倍良くする」というのは、科学にしかできない、と彼はいう。だから、サービスのちょっとした面白いアイデアをもってきて起業する人に、ベンチャーキャピタリストとして、この人はまったく興味をもちません。「科学はリソースを何乗にも膨らませる」。これは、さっきの「レバレッジ」とまったく一緒で、そういうことができるものとして、科学と技術をとらえる。それと、自分の限られた時間、自分のリソースを組み合わせて、自分の生き方の基盤をつくりだすという世界観をもつことです。

(5) シリコンバレーとは何ぞや(1)――世界をより良い方向に変える
シリコンバレーはこういう場所である」と、みんなが違うことを言います。現代を「ものすごく多様な選択肢がある」とみることもできるし、「格差社会」だとみる人もいる。シリコンバレーに対しても同じです。
僕は、次の言葉がシリコンバレーだと思っています。

シリコンバレーの存在理由は「世界を変える」こと。
「世界を良い方向へ変える」ことだ。
そしてそれをやり遂げれば、経済的にも信じられないほどの成功を手にできる。── スティーブ・ジョブズ
Silicon Valley is all about changing the world. It's all about changing the world for the better, and if you do that, you can be incredibly successful economically.──Steve Jobs

「Silicon Valley is all about changing the world.(シリコンバレーの存在理由は、世界を変えることだ)」。それ以外のことなら、世界中どこでもできる。僕はこれは正しいと思います。インターネットの時代というのは、場所を超えるから、地域の優位性というのは、あまり意味がなくなってくる。結局、つきつめて、つきつめて、ここシリコンバレーは何だといったときに、ここにあるのは「世界を変える」というビジョンあるいは「狂気」です。それがなかったら、グーグルみたいな会社は、こんなに大きくなっていない。ジョブズは、「Silicon Valley is all about changing the world.」のあとに、「It’s all about changing the world」とリフレーズして、「for the better,」(世界をより良い方向へ変える)と言う。こういうふうに言うと、日本では、誰も話を聞いてくれなくなる。新興宗教ですか、とか、自己啓発セミナーですか、とか(笑)。そういうことをシニカルに言う人が主流です。若い人たちでも同じです。ところが、こちらには、「世界を変える」ということを、結構真剣に言う人がいる。真剣に聞く人がいる。グーグルの人たちも、自分たちは世界をよりよき場所にしたいと明言する。「Make the world a better place 」という感覚がある。それで面白いのは、ジョブズの先の言葉の続きが「and if you do that, you can be incredibly successful economically.」であること。ここから急に下世話な話になる(笑)。これがシリコンバレーなんですよ。まず「世界を変える」と言う。実際に、世界を変えるようなことをする。「世界をより良くする方向に変える」と、やっている人は信じている。それによって事業をつくると、個人資産が何十億円になりました、という話が、一気通貫になっている。
日本では、金持ちが隠れています。表に出ていいことは、何もありませんからね、と。優秀な人も、勉強していないフリをする、頭がいいというのを見せないようにしています。そのほうが生きやすいですからね、と。
では、「for the better 」とは何か。誰にとってベターなのか。
日本だと、多くの場合、ベターとは、社会全体が安定していて、とんでもないことが起きず、あまり大きな変化がない、みんながなんとなくゆるく幸せにいられる、ということです。でも、シリコンバレーでいう「for the better」というのは、わかりやすくいうと、「個人をエンパワーするのは善だ」ということです。アップルにしても、グーグルにしても、「存在理由は、世界を変えることだ」ということなんだけれど、さっきのブリンの高校生向けのスピーチの言葉は、「自分が学生だった80年代の頃よりもみんなにはこういうパワーがあるだろう」ということでした。あれは、「自分たちは世の中に対して良いことをした」ということを、説明した文章でもあります。

明らかに世界は「良い場所」になっているよ。
これまでは大金を持った大きな組織の人たちでなければできなかったことも、個人ができるんだから。── スティーブ・ジョブズ
The world's clearly a better place. Individuals can now do things that only large groups of people with lots of money could do before.──Steve Jobs

スティーブ・ジョブズも、「これまでは、大きな組織の人でなければできなかったことも、個人ができる」、つまり、大組織でしか今までできなかったことを、個人ができるようになる、それはベターだ、と言い切っています。
日本だとそこから、「本当に個人にそこまでのパワーをもたせることがいいんだろうか」という議論になる。シリコンバレーは、そこに迷いがない。個人が能力をエンパワーされることはいいことだ、と。ところが、冒頭で話したように、けっしてそれは全員にとっていいことではないという議論があります。それを活かせる人にとっては素晴らしい。だから、日本流の議論になると、おそろしい格差がひろがっていく社会になるんじゃないか、という結論になりやすい。そしてそれは、短期的な現実論としては、結構正しい。ところが、ここシリコンバレーでは、さらに理想主義を貫いていきます。

私たちは、人々がより良い教育を受けて、より賢くなれるようなものを生み出したい。
それによって、世界の知力・知性は向上するだろう。── マリッサ・メイヤー
We're doing things that make people better educated and smarter ─that improve the world's intelligence. ──Marissa Mayer

これもグーグルの人が言っているのですが、世界中の人々が教育を受けられる機会を得られれば、世界の知性は高まる。今までの人類の歴史をかんがみて、インターネットの可能性、テクノロジーと科学の可能性をほりつくしたときに、こういうことが可能になるんだ、と本気で思う人がここにいる。そこからパワーが出てくる。
最初は豊かな国の恵まれた人たちしかその恩恵を享受できないではないか、という反論に対してもシリコンバレーにはロジックがあります。「テクノロジーのアダプションカーブというのは、すべて富裕層から始まって、最後はかぎりなくコストがゼロに近づいて、すべての人を潤す」というロジックがある。ロジックはあるんだけれど、「それはいつのことやら」ということで、過渡状態では実際には格差が広がったりする。その瞬間を見るといろいろトラブルがあるんだけれど、テクノロジーの開発をしたり、創業をしたりしている人たちの理念は揺るがない。ここに強さの源泉がある。こういう感じの全体が、僕の見る「シリコンバレーとは何ぞや」です。

(6) シリコンバレーとは何ぞや(2)――会社というビークルを使う

「全く見ず知らずの人間でも信頼できる」ということを、eベイは一億二千万人もの人たちにわからせたのだ。── ピエール・オミディア
eBay has taught a hundred and twenty million people that they can trust a complete stranger.──Pierre Omidyar

これは、eBayの創業者、ピエール・オミディヤーの言葉です。自分のビジネスをふりかえって、彼がこの言葉で表現したのは、eベイというのは、「1億2千万の人々が、全く見ず知らずの人を信頼することができた」、要するに人類はじまって以来のことを、自分たちは成し遂げた、ということです。
この言葉のあとにつづけて、オミディアーが言ったのは、「こういうことができたのは、企業という枠組みを使ったから」という感慨でした。
シリコンバレーのもうひとつ重要な側面は、「何か新しいことを始める時に、会社をつくる、それが、大きな成功に近づくいちばん正しい方法だ」という発見です。「会社の創造というのは大発明なんですよ」というのが、シリコンバレーの信仰です。会社をつくるのは何のためかというと、「成功する確率を上げる」ということもあるんだけれど、それ以上に、「大きなことを可能にする」可能性がもっとも高い。会社というものは、お金を集めるときのやり方がルール化されている。ビジネススクールなどで、コーポレートファイナンスや資金調達について勉強するのは、何のためかというと、そういう仕組みを上手に利用するためのルールブックの勉強のようなものです。野球をやるときに、野球のルールを学ぶ、みたいに。
たとえば、エクイティファイナンスというのは、資金を調達するかわりに会社の株を放出する。これは会社という仕組みがないと、まったくできない。ある事業をスケールアップしていこうというときに、どういうメカニズムでお金を集めますか、どういうメカニズムで人を集めますか、その人を首にしたいときにどうしますか、というふうに、試行錯誤しながら事業を大きくしていくときの経験とルールが、会社というメカニズムのまわりに蓄積されている。だから、会社という道具を使うことが、もっとも、あるプロジェクトを成功に導く可能性が高い。そういうことが、シリコンバレーという土地を考えるポイントです。
一方、大企業は新しい事業を会社のなかでやろうとする。新しい会社をつくれば、お金は本当に誰から集めてきてもいい、人も、どこから集めてきてもいい。でも会社のなかの新事業では、資金調達でも人材調達でもルールでしばられる。何か新しいことを成功に導き、なおかつ途中までいった成功をぐんとスケールアップするためには、会社創造というビークルを使う、だから起業するのがもっとも良いんだ、と。そこに迷いがない、というのが、シリコンバレーの第二のポイントです。

(7) 「見晴らしがいい場所」は1時間の重みが違う
仕事ではいい場所に位置する。『ウェブ時代をゆく』では、「見晴らしがいい場所」ということを書きましたが、これも、レバレッジが利くか利かないかの違いです。いい場所にいるかどうかで、1時間の価値が全然違う。

世界がどう発展するかを観察できる職につきなさい。
そうすれば、「ネクスト・ビッグ・シング」が来たときに、それを確認できる位置にいられるはずだ。── ロジャー・マクナミー
Get a job where you can observe how the world is developing so that when the next big thing comes along, you'll be in a position to see it.──Roger McNamee

これは、ロジャー・マクナミーという投資家が言っているのですが、「世界がどういう場所に発展しているのか、見える場所にいなさい」と。これは、僕が彼と話したときの彼の言葉なんだけれど、「ソフトウエアエンジニアだったら、グーグルに行け」と2003年くらいに彼は言った。グーグルに行けば、見えるものが全然違う。いずれ辞めたとしても、そこで経験できることは、1時間の重みが他と全然違うから、他の世界に行った人に比べて優位になる。給料が2割高いとか、そういうことは全然出てこない。重要なのは、時間のレバレッジが利く場所に行けるか行けないかです。

(8) 個の固有性に意識的に生きる
さきほどから、「時間だ、時間だ、時間だ」と言っているけれども、誰かに「どうしたらいいですか」と聞くのは、自分の固有性を放棄しているということに気付いてほしい。自分の世界マップを作るために、他者を参考にして、自分は違うことをやるんだ、と決心したうえで聞くならいいけれど、人から「こうやるといいよ」と聞いて、「わかりました」とその通りやるというのでは、「個」というものがそこにはない。

自分がやらない限り世に起こらないことを私はやる。── ビル・ジョイ
I try to work on things that won't happen unless I do them.──Bill Joy

ビル・ジョイが「自分がやらなければ世の中に起こらないことをやる」と言っています。これからの時代をサバイバルしていくというのはどういうことなのかと考えれば、コモディティ化の問題に必ずつきあたる。今の時代がたいへんなのは、自由の代償に、すぐにコモディティ化してしまう危険があるからです。
絶対にコモディティ化しないのは、個の固有性だけです。その固有性を競争力のある状態にしていくことに、どれだけ意識的に生きていくか。これは「勤勉性」とは別のことです。頭がいいとか、勤勉であるとか、ずっと長い時間働いているといったこととは、違う軸の話です。

君たちの時間は限られている。
その時間を、他の誰かの人生を生きることで無駄遣いしてはいけない。
ドグマにとらわれてはいけない。
それでは他人の思考の結果とともに生きることになる。
他人の意見の雑音で、自分の内なる声をき消してはいけない。
最も重要なことは、君たちの心や直感に従う勇気を持つことだ。
心や直感は、君たちが本当になりたいものが何かを、もうとうの昔に知っているものだ。
だからそれ以外のことは全て二の次でいい。── スティーブ・ジョブズ
Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma─which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of others・opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.──Steve Jobs

スティーブ・ジョブズが、スタンフォード卒業式でのスピーチの中でこう言っています。
日本で教育を受け、日本で当たり前に暮らしていると、その逆のことを言われることが多いから、カルチャーショックを受ける場合も多いらしいですね。
僕が今日話してきたことは、全部つながっています。
こういうことが、君達が2010年から30年くらいの時代を生きる上で、重要なことだろうと思います。