My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-07-19

[] 棋聖戦第五局観戦記

(1)コンピュータ将棋には指せない手を指して勝つのがトッププロ

私は、ある対象に惹かれ、でもその素晴らしさが広く知られていなかったり、構造の複雑さゆえに一般にあまりその魅力が認識されていないとき、この手で何とかしてみたいと、いつも心がうずく自分が面白い、楽しいと感ずる気持ちを、一人でも多くの人に伝えたいと思って、居てもたってもいられなくなる。そして文章を書く。シリコンバレー、無から有のベンチャー創造アントレプレナーシップ(起業家精神)、グーグルウェブ進化社会を変える可能性。専門の世界で私は、出合って惹かれた魅力的な対象に対し、二十年にわたってそんなことをやり続けてきた。

昨年の夏頃から、さまざまな有難い出会いや勝負の帰趨に誘われて、私は将棋棋士世界にどっぷりと浸かることになった (拙著シリコンバレーから将棋を観る」)。ここ数年働き過ぎた反省から、昨年春、モノを書くことについてのサバティカル(長期休暇)に入ったはずなのに、私は、対象となるテーマを、現代将棋、羽生善治、トッププロの在りよう、棋士人間的魅力、といったことどもに変え、まったく同じことに没入してしまったようなのだ。どうにもこれが自分の性分であり、抗いようのない傾向なのだと、自分でも思う。そして、新潟での棋聖戦第一局から約一ヶ月の間を置いただけで、第五局・最終局が行われる道後温泉にやってきた。最終局の開始は、あと5時間後に迫っている(いまは一人で午前4時の控え室にいる)。

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どうぞご一読ください。

http://kifulog.shogi.or.jp/kisei/5/index.html

http://sankei.jp.msn.com/culture/shogi/shogi.htm

2009-06-11

[] 「梅田望夫のModernShogiダイアリー」新設しました

なんか最近このブログ将棋の話題ばかりが多くなってしまったので、サブアカウントで将棋に特化したダイアリーを新設しました。将棋のことはそちらで思いきりいろいろ書くことにします(新潟棋聖戦のことだって、ウェブ観戦記以外にも書きたいことがたくさんあるんです!)。

将棋に関心のある人は、「梅田望夫のModernShogiダイアリー」をどうぞ。

2009-06-03

[] 「プロへの道」(深浦康市著)

深浦王位の新刊が出たので、早速取り寄せてみたところ、想像していたのとまったく違う内容で、はあ、なるほどこれが深浦流の「プロへの道」の表現の仕方なのかと唸った。そして眺めてみればみるほど、ストイックな深浦さんらしい、いい本である。

プロへの道

プロへの道

プロへの道」というタイトルから、将棋プロを目指す少年少女たちに向けてその道を究めていく厳しさや心構えのようなものを説きながら、彼の最近の将棋観や将棋の未来についても語る部分(最前線シリーズの要約版)がついた本を、勝手に想像していた。

しかしこの本は、深浦さんがまだ佐世保に住んでいた少年時代の、10歳でアマチュア三段のときの棋譜とその解説から始まり、19歳でプロになるまでの間に主に奨励会で指した将棋62局の棋譜が時系列で順に並べられ、トッププロになった現在の視点から、それぞれの将棋のポイントが解説されている本である。

むろんその合間に、深浦さんのエッセイや、深浦さんの育ての親で恩人とも言うべき佐世保の川原潤一さんという方のエッセイが「読み物」として挿入されているが、本書の根幹はこの62局の棋譜によって、それも弛まぬ努力をし続けた十年間の成長の軌跡という形で、アマチュア三段(10歳のとき)とプロ棋士(19歳のとき)の違いを、表現しようとしたことだろう。

今、改めて昔の棋譜を並べるとちょっとしたところが少しずつ違ってきているように思います。(はしがき)

構想力や力をためる技術が、棋力によって様変わりしているのが分かるからです。(同)

王位になった深浦さんは「プロへの道」という本を書くチャンスを得たときに、あえて一般受けするような本ではなく、本当に「プロを目指す人たち」に向けて書こうとした。その試行錯誤の末に、普通の人から見たときに将棋がおそろしく強い人としてくくられるアマチュア高段のプロの卵、将棋の天才少年たちの一人が、切磋琢磨するうちに「ちょっとしたところが少しずつ」変わっていく過程を、自分の成長の記録たる棋譜の連なりによって表現することになったのである。そしてそれが同時に深浦さんの「青春の書」となった。

本書は決して「親切な本」ではない。「プロへの道」というテーマで、口当たりのいい「親切な本」は、「読者をわかったような気に(できるような気に)させる本」は書けないんだ、というのが深浦さんの結論だったのだろう。

あるようでいて、これまでに、こういう将棋の本はなかった。そして、だからこそ、これこそ深浦康市、という一冊なのだと思う。