My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-04-08

[] チャンドラー村上春樹、書くこと

ロング・グッドバイ」(早川書房)に、村上春樹が長大な「訳者あとがき」を書いている。その中でチャンドラー手紙引用し、書くことについてこう述べている。

うまく文章を書くことは、彼にとっての重要モラルだった。彼はある手紙の中にこのように書き記している。

「私は思うのですが、生命を有している文章は、だいたいはみぞおちで書かれています。文章を書くことは疲労をもたらし、体力を消耗させるかもしれないという意味あいにおいて激しい労働ですが、意識の尽力という意味あいでは、とても労働とは言えません。作家職業とするものにとって重要なのは、少なくとも一日に四時間くらいは、書くことのほか何もしないという時間を設定することです。べつに書かなくてもいいのです。もし書く気が起きなかったら、むりに書こうとする必要はありません。窓から外をぼんやり眺めても、逆立ちをしても、床をごろごろのたうちまわってもかまいません。ただ何かを読むとか、手紙を書くとか、雑誌を開くとか、小切手サインするといったような意図的なことをしてはなりません。書くか、まったく何もしないかのどちらかです。(略)」

彼の言わんとすることは僕にもよく理解できる。職業作家は日々常に、書くという行為と正面から向き合っていなくてはならない。たとえ実際には一字も書かなかったとしても、書くという行為にしっかりとみぞおちで結びついている必要があるのだ。それは職業人としての徳義に深くかかわる問題なのだ。おそらく。

ロング・グッドバイ

ロング・グッドバイ

2006-12-24

[] 佐藤優の獄中での知的生活

「獄中記」(佐藤優著)を読書中。

拘置所内での生活は、中世の修道院のようです。中世の修道院や大学では、書籍は一冊しか所持することが認められず、それを完全に習得するか、書き写した後に次の本が与えられるシステムだったそうです。拘置所もそれにかなり近いところがあります。私本については三冊しか房内所持が認められていません。(中略) 案外、現在環境で少数の本を深く読む生活も気に入っています。(中略) 禁固刑ならば、書籍差し入れと筆記具の使用が認められるとの条件の下で、何年でも耐えられるような気がします。(p40)

私本三冊、宗教経典・教育用図書七冊、パンフレット十冊の枠を効率的に活用し、いかに知的世界を構築するかというのも面白い作業です。(p46)

拘置所生活も自分でリズムを作ってしまうと、それなりに楽しいです。過去数年間、否、十年以上にわたって、腰を据えてしたかったけれども、時間に追われ、できなかった勉強をするよい機会です。(中略)

外に出て、将来家を建てることになったら、東京拘置所独房にそっくりの小部屋を作り、思索と集中学習用の特別室にしたいと考えています。それくらい現在の生活が気に入っているということです。(p63-64)

おそらく、「拘置所学習と鍛錬の場」と自分で決めてしまったからでしょう。食事もおいしく、集中して勉強できる現在の生活を私は心底楽しんでいます。保釈の必要ありませんし、接見禁止が続いていたほうが会いたくもない面会希望者との会見を断り、気まずい関係になるよりもずっとよいです。(p69)

この制約をどのようにして利点に転換するかをよく考える。恐らく、記憶力、構想力の強化ということになると思うが・・・。しかし中世近世と較べれば、文明の恩恵に浴している。紙もほぼ無制限に使えるし、図書も十分に入手できる。ボールペンという文明の利器もあり、夜は電灯の下で勉強できる。概ね、戦前学者よりも恵まれた環境にあると見てよい(特にボールペンの点で)。(p82)

ある意味で、拘置所内での生活は、夏目漱石の「それから」における代助、「こころ」における先生のような「高等遊民」の世界に似ていると思います。(p112)

獄中記

獄中記

2006-08-10

[] 佐藤優・獄中の知的生活

「新潮45」誌8月号「こんなに快適「小菅ヒルズライフ」」

私が収容されていた独房の両隣はいずれも確定死刑囚だったが、二人はどうしているのかと思うと、保釈され外界で、自由を拘束されずに生活をしている自分が生きている時間を無駄にしているのではないかと自責の念に駆られる。そうすると無性に文章を綴りたくなるのである。死刑囚たちとの出会いで私自身の思考の回路に説明不可能なねじれが生じてしまったのである。

そこの4畳半の洋間を東京拘置所独房に似せた「思索の間」にしてみた。そこに独房にあったのと同じ小机を置き、読書をしてもあの独房でのように思考が深まっていかないのである。独房ではよく夢を見た。その夢には、ロシアやイスラエルで親しくしていたインテリたち、(中略)、スイスやチェコの神学者がよく出てきた。私は夢の中で、これらの人々や猫たちと様々な議論をした。保釈後、これらの人々も猫たちも夢に現れなくなってしまった。(中略) 512日間の独房生活で読んだ書籍は220冊、綴った思索ノートは62冊になった。

「週刊東洋経済」8/12・19合併特大号「佐藤優の「わが獄中読書記」」

思索ノートの約三分の一は本からの抜粋と感想だ。外界から遮断された獄中では思考が研ぎ澄まされる。そこから新しい着想が生まれてくる。(中略) 不愉快な取り調べと裁判がないならば、もう一度、独房に入って読書と思索に集中したいと半ば真面目に思っている。

現代社会では情報が山ほどあり、国民の教育水準も高く、一人ひとりがその気になれば情報を検証することも可能であるのだが、面倒なので自分の利害に直接絡む問題以外はそのような作業をしない。

 そのうち、自分の身の回りにある情報が疑わしいと思っても、新聞やテレビなど権威を持ったマスメディアが報じるのであるから、納得できないことがあっても、きっと誰かが自分を説得してくれるという「順応気構え」が出てくる。そして知性自体が受動的になってしまい、自分の頭で考えることができなくなってしまうのである。逆に言うならば、自分の利害に直接絡む問題でなくても、興味のある問題について自ら検証する訓練をすることで「順応気構え」から脱していくことも可能なはずだ。獄中での読書と思索は私が「順応気構え」を脱するよい契機になった。

[] 講義には生命感が求められている

“ことば”の仕事

“ことば”の仕事

小熊英二インタビュー

何年間か教えてきてわかったことは、とくに学部の一年生などは、必ずしも講義の内容を聞いているのではないということ。(中略) じゃあ何を求めて講義に来ているかというと、ちょっとうまく表現するのが難しいですが、教室という場で<何かが起きている>ことを期待している。教師の言っていることが完全にはわからなくても、何か新しいことが言われているらしいぞ、新しい考えがこの場では湧き出ているようだぞという印象、ある種の生命感みたいなものを求めているらしいですね。

2006-07-06

[] 数学者エルデシュ

粗末なスーツケースひとつと、ブダペストにある大型百貨店セントラム・アルハズの、くすんだオレンジ色のビニール袋ひとつで暮らしをまかなっていた。すぐれた数学の問題と新たな才能を探す終わりのない旅を続けながら、エルデシュは四大陸を驚異的なペースで飛びかい、大学や研究センターを次々に移動して回った。知り合いの数学者の家の戸口に忽然と現れ、「わしの頭は営業中だ」と宣言する。そして、一日か二日、かれが退屈するか、かれを泊めてくれる数学者が疲れきってしまうかするまでいっしょに問題を解く。それから次の数学者の家へ移るという具合だった。(p10)

数学的概念を共同研究者と分かちあうことについて、エルデシュはこのうえなく寛大だった。「かれの目標は最初になにかを証明した人物になることではなかったから、だれとでも着想を分かちあった」エルデシュと論文を二本発表したアレクサンダー・ソイファーは語る。「かれの目標は、かれであろうとなかろうと、だれかが証明するのを見とどけることだった。だれもポールのように、さまよえるユダヤ人を地で行ったものはいなかった。かれは世界中を回って、数学者仲間に自分の予想や洞察を知らせて歩いた」

「エルデシュは数学に多大な貢献をした」とカルガリー大学の数論学者、リチャード・ガイは言う。「だが、ぼくにとってより重要だったのは、かれがおびただしい数の数学者を育てたことだ。・・・(p47)

世界中に散らばった仲間と同時進行でたくさんの問題に取り組む、それがかれの流儀だった。「毎日かれは世界中の数学者電話をかけるんだ」とAT&Tのピーター・ウィンクラーは言う。(p55)

エルデシュは世界中を回って神童を探しだすことを自分の使命としていた。エルデシュと十五歳で出会ったヨージェフ・ペリカーンは、かれが「まるでぼくらがプロの数学者であるかのように問題を浴びせかけて」若い才能を養ったと言う。そして、そうした配慮は報われた。(p148)

放浪の天才数学者エルデシュ

放浪の天才数学者エルデシュ

2005-12-24

[] 虚と実

ダンテも同じだが、マキアヴェッリも、人生を文人として出発したのではない。

もの書きとして人生を生きはじめたのならば、それが、実に孤独な生の過ごし方であるのを、肝に銘じてわかっていたはずである。

「礼儀をわきまえた服装に身をととのえてから、古の人々のいる、古の宮廷に参上する。(中略) そこでのわたしは、恥ずかしがりもせずに彼らと話し、彼らの行為の理由をたずねる。彼らも、人間らしさをあらわにして答えてくれる。

時間というもの、まったくたいくつを感じない。すべての苦悩は忘れ、貧乏も怖れなくなり、死の恐怖も感じなくなる。彼らの世界に、全身全霊で移り棲んでしまうからだ。」

これがもの書きの世界である。実の世界に生きる人から見れば、気がふれたのではないかと思われてもしかたないほどこっけいな虚の世界である。

そして、虚を実以上のものにするには、

「ダンテの詩句ではないが、聴いたことも、考え、そしてまとめることをしないかぎり、シェンツァ(サイエンス)とはならないから、わたしも、彼らとの対話を、「君主論」と題した小論文にまとめてみることにした」

しかないのである。そして、これで、虚の世界の住人の任務は終りだ。虚の世界の住人の提示したことをどう使うかは、または使わないかは、実の世界の住人を待たなければならない。

[] 入江昭「歴史を学ぶということ」

歴史を学ぶということ

歴史を学ぶということ

そもそもイギリス人でもない自分に、英国の歴史を研究することなどが可能だろうか。先生の言葉は次のようなものだった。

「どこの国の出身であろうと、研究ができないなどということはまったくない。もちろん、英国に生まれたものは、古文書が手の届くところにあるという利点は持っている。しかしその反面、小さいときから教わってきたことを忘れて、専門家として新しい角度からその歴史を見直す必要がある。その点、外国人のほうが有利ですらある。」

その言葉にどれほど激励されたか、計り知れない。その後私自身、同じことを学生に繰り返してきた。(p46)

間違っても、自分の国のことは外国人よりもよく知っているなどとうぬぼれてはならない。もちろん、自分の国を相対化して見ることが肝要で、とくに歴史を学ぶものは、自分の国の歴史が他国の人にどう映るかを意識していなければならない。(p62)

読むべき本のリストを作って先生に見せたところ、そのうち一部の書籍にしるしをつけて、「このような本は一読に値する。大体二時間ぐらいかけて読んだらいい」といわれた。リストにあったそれ以外の本については、まったく読むに値しないか、五分ほどかけてざっと目を通せばよいか、どちらかだといわれた。

どの本でも、著者がいわんとすることがひとつある(もちろんそれがなければ読む意味がない)。本を読むということは、このひとつのことを理解することであり、そのためには長時間をかけて一冊一冊丁寧に読む必要はないというのが先生の助言だった。(中略) 図書館に山ほどある研究書を、ひとつひとつ時間をかけて読むことは不可能である。とくに米国史などとなると、一冊に二時間かけて読んだとしても、一年に数百冊しか読めない。必要なのは、書籍のあいだの関連、すなわちある著作が特定の分野の研究にどのような貢献をしているかを見極めることである。(p57-58)

[] 村上春樹の生活: 仕事は朝

意味がなければスイングはない

意味がなければスイングはない

二ヶ月ばかり日本を離れて、外国のとある僻地にこもってこつこつと小説を書いていた。そういうときはだいたいいつも夜明け前に起きて、午前中詰めて仕事をし、午後はのんびり運動をしたり、音楽を聴いたり、本を読んだりする。小説を書くというのは、一種の非現実な行為なので(もちろん僕の場合は、ということですが)、ある時期日常をきっぱりと離れることがどうしても必要になる。

こういう時期は本を読むのに最適なので、これまで時間がなくて読みそびれていた本をまとめてバッグに詰めていく。(p135)

ロンドンに滞在していたその一ヶ月のあいだ、(中略) 朝早く起きて集中して小説を書き、書き疲れると午後の散歩をし、喫茶店で紅茶を飲みながら読書にふけり、日が暮れると上着を着て音楽を聴きに行った。(p221)

プーランクが朝にしか作曲の作業をしなかったという事実を本で読んで知ったのは、ずっとあとになってからだ。彼は一貫して朝の光の中でしか音楽を作らなかった。それを読んだとき、やっぱりなと僕は深く納得した。(中略) 僕も朝にしか仕事をしない。だいたい午前四時から五時のあいだに起きて、十時頃まで机に向かって集中して文章を書く。日が落ちたらよほどのことがない限り一切仕事をしない。(p222)