My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-07-27

[] 日と月と刀(丸山健二)

三か月がかりでやっと今、「日と月と刀」(上・下)を読了しました。

すさまじい小説でした。内容については何も書きません。読後感なんて、いったいいつ書けるようになるだろう。

帰国したら改めて上巻に戻り、またゆっくりゆっくり一頁ずつ読んでいこうと思います。生涯に何度も何度も読み返すことになるに違いない小説と久しぶりに出合えた、ということに、明け方から気持ちが昂揚しています。

日と月と刀 上

日と月と刀 上

日と月と刀 下

日と月と刀 下

2008-01-26

[] ここ数日で読んだ本

日本から帰国するとしばらく寝たり起きたりの生活で本ばかり読んでいる。「将棋世界バックナンバーの合間に読んだ本は次の通り。

エレクトラ―中上健次の生涯

エレクトラ―中上健次の生涯

美術の核心 (文春新書)

美術の核心 (文春新書)

冷蔵庫のうえの人生

冷蔵庫のうえの人生

必要悪 バブル、官僚、裏社会に生きる

必要悪 バブル、官僚、裏社会に生きる

自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門 (講談社現代新書)

自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門 (講談社現代新書)

江戸の教育力 (ちくま新書)

江戸の教育力 (ちくま新書)

自由に生きるとはどういうことか―戦後日本社会編 (ちくま新書)

自由に生きるとはどういうことか―戦後日本社会編 (ちくま新書)

バブル

バブル

聖書〈1〉旧約篇―姦淫するなかれ (幻冬舎文庫)

聖書〈1〉旧約篇―姦淫するなかれ (幻冬舎文庫)

2007-12-22

[] ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る

平野啓一郎さんから「読んでみるといい」と薦められて、本書の存在を知った。

さっそく取り寄せて読んだ。二年半前に早稲田大学で、二日間にわたって行われた講義録である。いろいろな意味でじつに面白い本であった。リアル書店でどのくらい盛り上がっているのか知らないが、アマゾンのランキングをみる限りあまり売れていないようなので、ここで簡単に紹介のみしておく。いまの出版業界では、いい本が発売まもなくロングテールのほうに行って埋もれてしまう。ロングテールのほうに行っちゃったいい本は、何とか掘り起こしていかなければと思う。

自著についての膨大な量の感想を集中的に読む毎日を送りながら発見したのは、僕自身は、読んだ本の内容を要約したりしながら長い感想を書く才能と根気に欠けているということだ。

よって感想は「ロールモデル思考法」にちなんだ一言だけにする。

このベネディクト・アンダーソンの「二日間の講義」は、五年か十年先くらいにもし長い講演か講義をすることがあれば、「ロールモデル」にしようと思う。そう決めた。本当にしっかりと構造化がなされ、しかもじつにわかりやすい名講義である。

ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る (光文社新書)

ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る (光文社新書)

2007-10-16

[] 鈴木健著「究極の会議」

会議には誰もが悩まされている。鈴木健は冒頭でこう書く。

できれば、この世から会議を一切なくしたい。

これだけで会議がうまくいくというコツを、「たった一つ」だけ伝授するというのがこの本の趣旨である。たった一つなので、薄い本になった。たった一つなので、どんなコツなのか、もう言ってしまっていいだろう。

「会議はその場で議事録を作るためにある」

たしかに160ページほどの薄い本ではあるが、「議事録ドリブン」という鈴木が提唱する「究極の会議」方法については思想から実践プロセス、各種議事録作成ツールにいたるまで詳述されている。「会議のやり方」を考えたり、会社の中でチームでの「会議のやり方」を変える提案ができ実践できる立場にいる人は、この本を読んでみるといいと思う。

特に、大学生や大学院生で、会議というものに対する先入観念なしに、これからまっさらな気持ちで、進んだネット環境も駆使しつつ、リアルで複数の人たちで協力して何かを生み出すプロジェクト(もちろん会社を起こすのもプロジェクトだ)を始める人たちには、お勧めの一冊だ。

究極の会議

究極の会議

小野和俊がブログでこう書いているように、

鈴木健と組む時はいつも彼がアイデアを考えて、私が実装した。彼の考えたアイデアを形にするのは楽しかった。一緒にやったプロジェクトの一つにIPA未踏ソフトのXMというのがあって、彼は現在、サルガッソーという会社を立ち上げてその時の成果をベースとした、会議のためのソフトウェアの事業を手がけている。先日鈴木健から送られてきた「究極の会議」という本は、彼がここ数年取り組んできた、より良い会議を行うための方法と、最後に少しソフトウェアが紹介されている本。

薄い本だけれど、ちょっとした思い付きで適当に書かれた本ではないし、中身が濃く、じっくり読むと得るところが多いと思う。

毒舌の小飼弾はブログ

「役に立つ」が「面白い」とは言えない

と書いているが、「面白い」というよりも「役に立つ」タイプの本だな、たしかに。

また、彼が開発したASP型の支援ツール「SARGASSO XM」の紹介は少ない。あまり多く書きすぎると、この本が自分のソフトウェアの紹介ばかりになって我田引水になってしまうので控えたのだろう。興味のある人はこちらをご参照

あとちなみに、本書の中で参照されているグーグルの会議術の原文「How to Run a Meeting Like Google」はこちら。

ちなみに、グーグルがこのツールを使って会議をしているというわけでは、まだない、たぶん。

2007-09-24

[] 充たされざる者(カズオ・イシグロ著)

文庫版で939ページにわたる大長編。この夏、いちばん時間をかけた本だった。読み進めるにつれフィジカルに身体の具合が悪くなっていき(少なくとも僕にとっては、そういうおそろしい力を持った本だった)、しばし中断してはまた読むというふうにして、最後まで読み通すのに一ヶ月近くかかった。

カズオ・イシグロが「日の名残り」でベストセラー作家になったあと、これまでは世に出るためにリアリズム小説を書いてきたが、本当に書きたいものを書く権利ができたからにはこれを書くと言い、五年がかりで仕上げた大長編である。リアリズムの小説家とは二度と呼ばれたくない、これが最高の自信作だと著者自ら自負するが、発売後の評価は二分されたという。原題は「The Unconsoled」。翻訳書単行本は既に絶版になっており、このたび文庫で復刊された。

充たされざる者 (ハヤカワepi文庫)

充たされざる者 (ハヤカワepi文庫)

親しい友人への報告のためと、自分用の記録のために、この本については何か書いておこうと思い書いているのだが、特に広く人に読むことを薦めようとは思わない。小声で言うが、この小説には、僕がよく見る悪夢そのものが書かれていたのだった。939ページの全編にわたって、これでもかこれでもかと自分の見る悪夢が詳細に語られるというのは、おそろしくも素晴らしい読書経験であった。たぶん生まれてはじめてのことだ。

一人の人間が、さまざまな人と出会い、それぞれの人生と交錯しながら、一日二十四時間を過ごしていくとは、いったいどういうことなのか。その答えがこの本の中にはある。

親子、夫婦、師弟、兄弟、姉妹、仕事の依頼者と受託者、期待をかける人と期待をかけられる人。いくら近しい関係にあっても、他者を私たちは十全に理解することはできない。すべての人は全く違う記憶と、全く違うプライオリティを持って生きている。そういう他者とたとえば言葉を交わすとき、いったい本当には何が伝わっているのか。会話を通してそれぞれの脳の中に生起される映像や音がまったく異なるものであるとき、二人が物理的に会い、話していることに、果たして何の意味があるのだろうか。人が生きるとは、ただただそういう経験を積み重ねていくことなのだろうか。

私たちは皆、自分の生を生きることに精一杯だ。それだけで自分の時間の大半は過ぎ去っていく。その合間を縫って多くの他者と関わるのが生きることだが、他者の人生に深く関わろうとすれば、他者一人につき、それだけでほぼ無限の時間が必要になる。私たちは同時に複数の場所に存在することはできない。他者からの要請に費やす時間のプライオリティづけがぐずぐずになったとき、私たちの生はいったいどんなものになるのか。それが「充たされざる者」に流れる時間だ。しかしそれは、悪夢の中だけのことなのだろうか。ふだんのリアルの生だって、プライオリティを正しくつけていると私たちが勝手に錯覚しているだけの、「充たされざる者」と同じ一つの生なのではないのか。イシグロはそう問いかけてくるのである。

The Unconsoled (Vintage International)

The Unconsoled (Vintage International)