名前のない「健常なコミュニケーション」による格差と差別


人気ブログランキングへ

川口有美子「意思伝達不可能性は人を死なせる理由になるのか」草稿
http://www.arsvi.com/2000/0906ky04.htm


上を読んで想像以上にショックを受けたのでメモ。
一番驚いたのはやはり以下のこの部分。

 おかしなことに、呼吸不全に対して何もしなければ患者は死ぬが、そのような不作為の行為は「自然死」ともいわれ法に触れない。だから、「治療の不開始」は合意が形成されていると思われてしまっているが、まさにその不作為の行為における倫理の欠如を、第四回目で伊藤たてお委員は、「患者や家族が「人工呼吸器を付けてくれ」ということを病院に懇願しているにもかかわらず、「うちの病院では付けません」と言って付けてくれないというのは、これは(延命の)中止になるのか、法律的にどうなるのか」と指摘した。
 嘘だと思われるかもしれないが、患者が呼吸器装着を迷っていても、家族と医者が相談をして、患者にさしたる説明もせずに呼吸器ではなくオピオイドモルヒネ)で呼吸苦を緩和し、安らかに死なせるなどということもできるのである。


今、法案審議の真っ最中である脳死の問題に引きつければ、このALS患者の現状こそ、ヘタをすれば「暖かい臓器」という生きた臓器資源として扱われかねない状態に思える。
もちろん極端な発想であることは確かだが、医療従事者によるALS患者の「自然死」が法的に認められている以上、これはなにも非現実的な発想ではないだろう。


だが、本文を一読してみて、そこに示された問題は単にALS=筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)という病気だけが関わる問題ではないと感じた。
■コミュニケーションが困難な人、として示された二つの事例の患者の問題だ。


そこには恐らく、鶏と卵のような関係で、ALSという病状が生んだコミュニケーション困難もあるだろう。
しかし、特に「その1」の事例などはALS以前の問題の存在を疑わせる。
曰く、「元気だった頃は、奥さんとお店を経営していた。職人だから昔から口数は少なかったと奥さんは言う。」という患者。
全くの状況証拠からの憶測でしかないが、なんらかの発達障害による「健常なコミュニケーション」の不全が先行して存在していたことは十分言えるのではないか。
また、次のような部分だけを見れば、発達障害者に典型的な独善的コミュニケーションだともいえるし、さらには共依存的な夫婦関係さえも邪推が可能だ。

Nさん、ちょっとしたことでも気に入らないと鬼瓦のような顔になり、頬に張り付けているナースコールをビービー鳴らしつづける。妻は穏やかではない。「また呼ばれた」、「いつまでも役に立たないヘルパーだね」と言いながら、おっかない顔で「どけ」「貸せ」「邪魔だ」。それで、ヘルパーは委縮して何もできなくなってしまう。


「その2」の事例にしても、一方的な思い込みをつのらせるという点が、発達障害的と言えなくもない。

この事態を見かねたある著名な神経内科医が、Hさんの肩代わりをしてSさんの主治医になり、県境をまたいで彼の勤め先の難病病床に長期入院できるよう手はずを整えて迎えてくれた。しかし入院後もSさんの言動は変わらなかった。病院の看護体制や主治医に対する不平不満をインターネットで世界に流し続けたのである。


ALSという病状が生んだコミュニケーション不全が、医療支援の困難を生んでいるということは確かだろう。
しかし、ALSだけが、名前のない「健常なコミュニケーション」を阻害し、困難にする唯一の病気、障害ではない。
「違法性なく死なせられるかという議論の前に「伝えたくない人」との信頼を築くための介護技術と支援を確立しなければならない。」という課題を解くためには、一体何が、患者のコミュニケーション能力を欠如させているのかを考えることも必要なのではないか。


そしてひいては、そもそも「健常なコミュニケーション」として想定されているものが、一体どのようなものであるのかを問い直す作業をも。


「その1」の事例のように、夫婦二者の間でだけ通じればそれで十分な機能をもつコミュニケーション様式があることは、「健常なコミュニケーション」のを基礎づける価値が多数決的な価値でしかないことを証明してはいないだろうか。


コミュニケーション様式とは普遍的でなければ価値はないのだろうか。
あるいはそういうこともあるだろうし、またあるいはそうではないこともあるのではないだろうか。


人気ブログランキングへ


福島智先生の最新刊>

生きるって人とつながることだ!
福島 智
素朴社
売り上げランキング: 5243


福島智先生のTBS『情熱大陸』出演回>


<『障害学』の入門書>

障害学の主張
障害学の主張
posted with amazlet at 10.03.10
石川 准 倉本 智明
明石書店
売り上げランキング: 316927
おすすめ度の平均: 4.0
4 「風景が変わり」、自分が変わる


障害学への招待
障害学への招待
posted with amazlet at 10.03.10
石川 准 長瀬 修
明石書店
売り上げランキング: 274099
おすすめ度の平均: 3.5
4 障害学を、という宣言
3 過去の時代に生きた人の言説への扱いについて


障害学―理論形成と射程
杉野 昭博
東京大学出版会
売り上げランキング: 237264
おすすめ度の平均: 4.0
3 良書ではあるのだが
5 価値ある一冊!