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能登のうみやまブシ(西山郷史)

2018年-05月-19日-Sat

−はじまりは出会いから−のとこん

| 07:19

17日(木)能登教務所で、七尾鹿島坊守会(今年度第七回)があり、語り共に学んできた。
その時、「のとこん」の紹介、坊守さんの協力を得たいと、代表者亀井さん方が5分ほどお話しをなさった。
すでに北國新聞には載ったそうだが、静岡方面に出かけていたときことなのだろう、気づかないでいた。
今日中日朝刊に、その記事が載っているので紹介したい。
坊守会前のお話しを聞いたり、企画書を見て、傷つけ合うことがなくお互いを尊重し合っての出会い(縁)になるよう工夫された、よく練られた計画であることに感心している。
スタッフも、強力な11人−大きな力を感じる。
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朝刊(北陸中日)記事

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来月、七尾などで婚活催し

「のとこん」と銘打った婚活イベントが六
月十日、七尾市和倉温泉のあえの風とクァ
トロブーム鹿島店(中能登町井田)で開かれ
る。(中川紘希)

地元住職企画 参加女性募集

同市の真宗大谷派の住職ら十二人が、能登地区の人
口増に貢献できればと初めて企画。約十人の空きがあ
る女性の参加を呼び掛けている。
 募集したのは三十〜四十代の独身の男女各十五人。
五チームに分かれてボウリングで競い合う。一投目を
女性、二投目が男性というルールで、イベント実行委
の乗龍寺の亀井秋誓住職は「男性が女性をフォロー
ることで自然と仲を深めてもらう」と説明する。
 三十種類以上の料理が並ぶビュッフェを楽しんだ後
告白タイム。互いに気になっていれば、事務局を介
して連絡先を交換できる。
告白に失敗しても他の参加者には分からない。
 亀井住職は「七尾市が元気でないと寺も活動ができ
なくなる。若い人の活気があるまちにしていきたい」
と話している。
 参加料は男性四千円、女性二千円。募集は三十一日
まで。問い合わせと申し込みは事務局のメール
(notokon.deai@gmail.com)へ。

2018年-05月-16日-Wed

能登立国1300年―新聞記事

| 06:21

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写真版 まれびとの國 能登立国1300年 石動山
2018年平成30年5月14日(月)
北國新聞朝刊
新聞記事PDF

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まれびとの國 能登立国1300年 石動山
2018年(平成30年)5月15日(火)
北國新聞朝刊
新聞記事PDF

2018年-05月-15日-Tue

沼津ー山田さん―5月10日(木)

| 15:49

学生時代の何人かの方々が、沼津出身だった。
素敵な人が多かった。
もう一つ、連れ合いの伯母が沼津の千本松浜近く市道町というところに一家を構えていたことがあった、と聞いている。
あれやこれやで、東京静岡北陸新幹線(実際は羽田能登里海空港になった)を考えたとき、沼津散策をいれた。
計画を練っているとき、素敵な方々の一人・山田さんと連絡が取れ、朝7時半から4時間、沼津を案内していただいた。
50年ぶりの再開である
切り貼り地図や、いろんな資料を用意してくださっていて、
思いやりがあって、学生時代は、こちらが努力したことについて必ず一言触れてくれた人だったなぁ……、と、
会った途端、時空を越えて思いだした。
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沼津駅北側で泊。
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御成橋。川は狩野川
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松緑
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千本浜公園

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井上靖文学
しろばんば」は伊豆
「夏草冬濤」が沼津
四高(金沢)では「冬の海」だったろうか(「臥龍文庫」本置き場で調べたら「北の海」だった。それに「あすなろ物語」、「幼き日のこと、青春放浪」がある)。
切なさとやさしさが絶えず交錯していた自伝小説を、読み直したいと思った。
碑文には

千個の海のかけらが
千本の松の間に
挟まっていた
少年の日
私は 毎日
それを1つずつ
食べて育った
   井上靖

氷壁」以来、井上ブームが続いた。
あれは僕らの少し上の世代の話…。
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若山牧水

山川
 こえさりゆかば
 寂しさのはてなむ國ぞ
   けふも旅ゆく
      牧水



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駿河湾
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富士が見えるそうで、山田さんは残念がっておられたが、
見えなくとも、充分綺麗

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頭山大平
沼津アルプス
山田さんの家付近の香貫山
など、山歩きの楽しさを海山を見渡しながら、語ってくださった。


この日の午後の飛行機帰宅したのだが
家に帰ってからも、次々とやらなければならないことがあり、
今日(15日)ようやく山田さんが用意してくれたパンフ類をジックリ見ることが出来た。
沼津の世界は広い。
どれだけ歩けば、沼津へ行ってきたと言えるのか…?
そして、静岡に4年いてこんな豊かな空間があることを、どうして知らないでいたのだろうと、不思議に思った。
あの頃は、グリー合宿高校の懇親ピクニックなど場が御殿場寸又峡用宗、それに伊豆だった。
沼津は、行ってみて1日では無理な歴史文化を有してる地だ、ということに初めて気づいた。

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ラブライブ!サンシャインというキャラクターブームなのだそうだ。
クルーズ船の窓にキャラクターの絵が描かれている。

我々世代は、フーンとしかいいようがない。
ライブライブと書いてよく確かめたら―ラブライブ!くらい分からない

南信一先生宅、静岡―杉田先輩と下宿先訪問―5月9日(水)

13:58

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静岡駅松坂屋付近
配送、包装、食品売り場などで、年に2回宛アルバイトをした。
お客さんに分からないよう「喜座(きざ)」に行ってきます、が食事を取りに行ってくるの意、
そこから隠語に関心を持ちだしたのが松坂屋のバイトだったし、
最初の年、そこの「紙」を下さいと言ったのに、他大学から帰省中にアルバイトに来ていた人が取ってくれずに怪訝な顔をしている。
何度も繰り返して、ようやく「紙ね」とよこしたのだが、彼は「神」をくれと言われたと思い、神様をどうするのだろう、と今でいうと一瞬パニックになった、と言っていた。
方言に、敏感になったのもアルバイト先だった。
大学では鹿児島から東北、キャールが鳴くんで雨ズラヨまでが乱れ飛んでいて、アクセントの違い程度は問題にならなかったのだ。


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53年前、海野間借り先の杉田さん(19か20歳


静岡時代関係者は、政令都市になってから住所が変わってしまい、ほとんど連絡が取れなくなっている。
静鉄ホテルに泊まり、午前中に、1年生(昭和40年4月〜41年3月)の時の下宿(篭上新田海野アパート)付近を歩こうと考え、その時の先輩で、面倒を見てもらった杉田先輩の家が近いような気がして、ダメ元で電話をしてみた。
杉田さんは遅くまで賀状のやりとりをさせて頂いた方である
電話口にご本人が出られ、オーオー!となり、静岡駅まで車で来ていただいた。
53年ぶりの再会。そのまま、今はなき間借り先アパート付近、2階建ての建物は篭上中学校グランドに面してあったので、中学校付近を歩いた。

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下宿前。ここは梨畑だったそうだ。
1年間暮らしたのだから、記憶にあってもいいはずだが、全く浮かんでこない。

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篭上中学校前レリーフ
ここにいるとき中学3年生の山口内藤さんの家庭教師をした。
家は秋山町にあり、自転車で通った。
その当時、このレリーフがあったのだろうか?
一昨年から山口さんと連絡が取れるようになったので、聞いてみよう。
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篭上中正門前
小雨もあったが、だらしない。
杉田さんに撮ってもらった。


杉田さんは附属の教頭や市内学校校長をなさり、現在静岡大学教育学部同窓会副会長および退職校長会副会長職についておられるとのこと。
彼の19歳から20歳まで同じアパートで過ごしただけだったが、その頃から正義感が強く、広い視野から考え、周囲を包み込むような人だった。

その関係もあって、大谷(おおや)の静大
駿府公園近くにある県教委内・静大同窓会室なども訪ねた。
すぐ側の建物の向こうに附属があるとおっしゃるので、
朝霧深い高原に…

 附属の子らはみんなして
 幸多かれと祈ります、いのーります

と、あの時確か杉山ボロボロ泣いたなぁ−、などと50年前を思い出しながら口ずさむだところ、杉田さんに、よく覚えているなァと感心された。

もしも、同級生たちの多くが、その歌をあまり覚えていないとするなら、トコトンのめり込む性格が歌を覚えさせたのだろう…
と思う。
この歌を当時のアルバムで確かめると、歌詞が書いてあった。

1、朝霧深い高原に 気高く清い富士の山 かがり火囲み歌った日
  今懐かしく思い出す 今懐かしく思い出す
2、からりと晴れた秋の空 二人三脚・障害と楽しい運動終わったら
  君の胸には黄のリボン 黄のリボン
3、集いの朝の楽しさを 君忘れるな いざさらば 附属の友は皆して
  幸多かれと祈ります 幸多かれと祈ります

 
歌える…。


同窓会などないのだろうと思っていたのだが、大きな同窓会名簿があった。
杉田さんが西山郷史は?と聞くと担当者がしばらく調べてくださって、
住所不明者になっています。とおっしゃる。
そうなのだ、と思うと同時に、卒業生に名があるのだと変に感心した。


学生運動が盛んだった当時、途中退学者も多く、いくつかの学部バリケード封鎖中だった。
杉田さんに連れられて同窓会室を訪ねたその時まで、在学生名簿なども大学紛争最中になくなっている、のだと思っていたのだ。

住所不明者を見ると、飯田高校から共に行った4人は全て不明者で、1人は隆弘なのに孝弘になっている。
僕らを復権する作業をしなくちゃならない。

南信一先生宅

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先生宅、思索執筆机。
先生の三部作
『總釈 支考の俳論 付聞書七日草・山中問答雑談集』
『總釈 許六の俳論』
三冊子總釈』風間書房


庭が綺麗で、建物の木の香りがやさしい空間だった。
お宅を守っておいでるはるみさんと杉田さんは教員関係の知り合いだとのことで、ここも杉田さんに連れて行ってもらった。

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昭和58年8月22日逝去。76歳。
この日には一昨年真継伸彦さんが亡くなっておいでる。
下の句は、

清忙に
  ひと日は暮れて
 枇杷の卓

わがいのち
  行手に春の
 陽を歩む


先生からの便り、賀状


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昭和44年
大谷大学院へ入学したとき。

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昭和48年
和倉温泉

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宇出津高校、結婚の年だから昭和50年
この年、もう町名変更しているのだ。
○四月はじめ、大島に遊ぶ
 椿みち 過ぎれば 波浮の港見ゆ
絵葉書は大島泉津港

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昭和51年
能登の海がなつかしい。

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昭和52年
すずの海、なつかしく回想しています。

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石川さゆりの歌と共に
能登を懐かしんでいます。

必ず、能登に触れられ、大学3年の時の北陸旅行を話題にしておられる。
私も19年教員をしてみて、今、あらためて先生の優しさ、気配り、勝れた教育者であられたことを感じている。

旅をした曽々木海岸、先のブログ雅号:渓虹さんにも写真を載せたが、
今は歩くことの出来ない海岸道の先に、東山魁夷の障壁画「濤声」のモデルになった岩(「おおまの岩」)があることが、今朝の北國新聞朝刊トップに載っていた。
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「濤声」記事
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この先の海辺近くに大澗の岩がある。
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このシャッターを押した場所も今は行くことが出来ないはず。

文庫

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南先生に頼まれて、英和学院短大研修旅行の世話をしたことがあったはずだ。
手紙が出てきた。
池上雄三という方の手紙で、
南先生の寄贈図書が当時の静岡英和女学院短期大学図書館にあるという。
南はるみ様が、資料を用意してくださっていた。
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昭和60年
この館報に池上雄三氏が前図書館長の肩書きで「新図書館雑感」という文を書いておいでる。

南先生を偲ぶには英和の図書館がある、そこまで知ることができた。

わずか3時間半ほどで、何年も静岡を訪ね続けていたように多くの想い出の地をたどり、
情報をいただいた。

2018年-04月-28日-Sat

雅号 渓虹さんからのたより(返事)。

| 21:59

滅多に無いことだ。『妙好人千代尼』を利用して、昔の知り合いで、分かる範囲にも連絡を取りだしている。
今日、たよりが届いた。
50年前、大学出会っていた人だ。
手紙の書き出し部は、そのまま色紙になる素晴らしい字…
しかも、選んだ句が
蘭の香やなじみでもない草にまで
である
これは「恩にて報ず」(p167〜8)で引用した句である。

恩にて報ず
   仇(あだ)を恩にて報ずるといふ事を
  手折(たお)らるゝ 人に薫(かお)るや 梅の花 
 梅の花が、枝を折った人を包むように薫っています。枝を折る「仇」に対して、千代尼は、香りまで添えて折られる梅に、恩で報いるのだと頭が下がりました。逆の意味で用いる「恩を仇で返す」ということばがありますが、返すと報ずでは大きな違いがあります。返すのはお互い様です。報ずるのはもっと大きな広がりです。この句でいえば、届いた香りが、さらに体全体、周囲一帯を包み込んでいる様子が「薫る」に表現されています。仇を恩で返すことさえ至難なのに、報ずるありようも、間違いなく存在します。千代尼は折られる枝に、それを見ました。
 次の句にも、自己中心の生き方からは気づくことのない、他力のやさしさが詠われています。
  蘭(らん)の香や なじみでもない 草にまで

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この句を選ばれることもすごい…。
〜も、〜も、〜も……、次々とこの人たちの素晴らしかった空間世界が胸をよぎっていく。
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先頭が南信先生―著書に『総釈 支考の俳論』など。

書には書を。
思いついたのが、打雲紙、源仲実需書の「文化元年三月廿八日 開山親鸞聖人五百五十回忌 追慕五十首倭鎶 出題冷泉入道前大納言等覚」の巻子部分。
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それに、蘭の句を書いた千代尼の字(『千代女の生涯、芸術・心』松任博物館刊より)
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などを、お送りした。

来月上旬、その街を歩いてくる。