Hatena::ブログ(Diary)

能登のうみやまブシ(西山郷史)

2017年-03月-31日-Fri

切り紙 蓬莱の元、黒壁

| 07:17

f:id:umiyamabusi:20170331065338j:image
大乗寺山を越え埋文に向かう途中、黒壁近くのお寺で、切り紙を見た。
切り紙蓬莱の取材を何度か受け、元は密教系の切り紙ですよ、とお答えしていた、その切り紙に近いものに出会った。
f:id:umiyamabusi:20170331064808j:image

勝道山不動寺。地内は三小牛町。

昔、→倉本四郎、週間ポスト書評担当・唐沢大和氏を案内して→黒壁
へ行ったことがある。
その時、いつの間にか北陸学院敷地に紛れ込んでしまった。
車を降りて、違うところへ入ったみたいだ、と言っているところへ女学生が通りかかり、ワー!先生、とピョンピョン跳びはねた。
宇出津高校で担任した吉村さんだった。
ライター編集者は、高校教師世界って、こうなんだなァといたく感じ入っていた。

彼女実家は、今、あえのことをやっている家なのだと思うが、途中に大学の門が有り、そのようなことを思いだした。
ブログで調べると1984昭和59)年春のことだ。
33年前、(思い出が)積み重なっているなァ…

2017年-03月-29日-Wed

亀石を訪ねて

| 22:32

から気にしていた亀石を訪ねた。
f:id:umiyamabusi:20170329222113j:image

f:id:umiyamabusi:20170329222056j:image
ここには、陰陽石がある。
陰陽石は、あちこちで相当見かけた。
もう、この分野はやらないといいながら、
ブログには、ある程度紹介しておかなければならないかな…
と思ったりもするし、陰陽石の写真を並べるのもどうかな?
と思ったりも…。
f:id:umiyamabusi:20170329222050j:image
次の亀石は、七尾市伊久留にある。
探しているうちに、院内勅使塚古墳に出た。
その先にも、あるお宅を訪ねたあと、金沢方面に向かっているはずが、
かなり珠洲方面に行ってしまった。
f:id:umiyamabusi:20170329222043j:image

f:id:umiyamabusi:20170329222035j:image
つの亀石は、どちらも七尾市内にある。

ここは、どこだ。

| 22:15

f:id:umiyamabusi:20170329220712j:image

f:id:umiyamabusi:20170329220619j:image

f:id:umiyamabusi:20170329220613j:image

f:id:umiyamabusi:20170329220607j:image

f:id:umiyamabusi:20170329220601j:image

f:id:umiyamabusi:20170329220555j:image

多くの親子連れが、古代体験に訪れ、楽しそうに土器づくりをしていた。
春休みだ。
f:id:umiyamabusi:20170329220547j:image
公益財団法人 石川県埋蔵文化財センター、です。

こちらは、評議員会。

石垣の板碑、後日譚

| 21:53

3月25日記事
石垣の板碑と書いた。

今日、確かめることが出来た。
石垣があったかも知れないと思われる場所は、コンクリートで固められており、墓地内の石垣で作った台に板碑があった。
墓地を整備し直し直すことによって、場所が移動することはよくある。その類かと思ったのだが、台そのものが古い。
木が伸びていて写真ではわかりにくいが、
間違いなく同じ場所である
f:id:umiyamabusi:20170329212605j:image

その上部の板碑
f:id:umiyamabusi:20170329212558j:image
これもそうかも知れない
f:id:umiyamabusi:20170329212552j:image
そして、バーン
f:id:umiyamabusi:20170329215814j:image


f:id:umiyamabusi:20170329212545j:image
昭和47年3月刊行の『七尾市史 資料編 第五巻』には、
3基が(石垣に利用)と書かれている。
写真は一切ないので、3月35日掲載分とこれだけが写真なのだが
石像観音菩薩像の台座部に利用されていたのだ。
石垣とあれば、どうしても外側の石積みを考えてしまう。
が、ここ(如意輪観音石像台座)に利用されている。
f:id:umiyamabusi:20170329212537j:image
47年版『市史』には、もう一基(墓碑に利用)とあるのが、この板碑だと思う。

ところで、平成16年刊の『新修七尾市史12 造形文化編』には、
墓地に3基、庭に2基の金剛界大日如来種字板碑があるとだけ記されていて、
(石垣)にあることも記されていない。
段々、わからなくなっていくのだろう。

前に撮った写真に比べ、石積みに隙間が見られ、ずいぶん風化した印象を受けるが、10年前の能登沖地震で出来たすきまだろう。あの時は、このあたりもずいぶん揺れた。

写真が出てきたので、ついつい追いかけてみたが、

話が伝わらないことや、思い込み、出がけにモタモタすることが多くなり、
もうこの分野はやめて、

しばらく、静かに整理整頓の日々をすごそう、と思う。

2017年-03月-25日-Sat

板碑の風景

| 21:24

f:id:umiyamabusi:20170325203400j:image
「猿の子関係写真を探していると、石垣に使われている板碑の写真に出会った。
去年の暮れに訪ねたお寺の石垣に、板碑があったような気がして、周囲をめぐったのだが違っていた。

何かの記憶違いの、何かの場所がはっきりした。
ジックリ見て来たい。

2017年-03月-23日-Thu

| 17:41

f:id:umiyamabusi:20170323174053j:image
松周りの土の入れ替え、門扉取り替えなどがあったので、経過を写真に撮ろうと、外へ出たら、土中の虫を捕っていたのか、かなり大きな鳥が飛び立った。
思わぬ大きな羽音に驚いたが
鳥も慌てたのだろう、上へ上がりきらず低いところを飛んでいったようなのだが、
上がりきらずに通路カーテンにでもぶつかったのか、
写真のように下に落ちていた。

見たこともない鳥
どうしようと思いつつ、シャッターを切り、
刺激しないように後ずさりして距離を置いたら、
間をおかず飛んでいった。
よかった。

何という鳥?
写真をアップして、加賀のもと学芸員さんに電話
見てもらった。

お答えいただいた。
ヤマシギ、ではないかとのこと。

鴫たつ沢の秋の夕暮れの…鴫のたぐいか!

昨年はイソヒヨドリ
今年はヤマシギ
腰を据えて観察すれば、いろんな鳥に出会えるのかも知れない。

吉田早苗吉田早苗 2017/03/25 11:49 西山先生、長らくご無沙汰しています。
趣味で友人たちと神社仏閣巡りしています。
来週能登を回るので、その行先の神社についてググっていたら、先生のブログに辿り着きました。
先の記事には、北村拓美先生のことも書いてあり、懐かしくなってコメントしてみました。
お元気そうで何よりです!

西山西山 2017/03/25 20:23 懐かしいですね。そして、いい趣味ですね。調べ物であちこちめぐりましたが、有名なところへはほとんどいっていません。行きたいと思いつつ、あっという間に時が過ぎていきます。どんどん各地をめぐって下さい。ググると言う言葉があるのですね…。

2017年-03月-21日-Tue

蛸島の島に猿が三匹さぁがった…

| 17:57

f:id:umiyamabusi:20170321175112j:image
山王神によって大蛸が島にされたとの伝説がある蛸島。


季刊誌「猿」について書くことにした。
猿神・猿鬼伝説が多く、それに関わる行事も多い。
の子もある。
月待ち、庚申の痕跡もかなりあるはずだ。

ということで『ものと人間の文化史34猿』(広瀬鎭著、法政大学出版局1979年刊)を見ていたら、
「蛸島の島に猿が三匹下った 誰も下らんだった 出いて下った」(石川)が載っていた。
私も高校で蛸島の同級生が出来たのをきっかけに、蛸島へ行き、この唄とも囃しともつかない言葉を言ったことがある。

この引用は、下の意味が通じない。かといって下の文がどうだったのか覚えていない。
大正12年に刊行された『石川県珠洲郡誌』を見た。
「蛸島の島に猿が三匹さあがった、唯もさがらん、だって出いてさあがった。」(P294)とある
誰ではなく、唯。
ただは下がらなかった、「だって」出してさぁがった、のである

もう一冊『蛸島の移り変わり』(永松関著、昭和52年・1977刊)を調べた。
「蛸島の島に猿が三匹さあがった 誰もさがらん だっこ出いてさあがった」(P95)。
永松先生は、「誰も」であり、「だっこ」出いて、としている。

昨日、お彼岸に蛸島からお嫁に来ておいでたり縁の深い方が二、三に来ておいでた。
彼岸比叡山観想念仏に引っかけて、猿話をして
強引だけど、この歌について聞いた。
結果は、
「蛸島の島に猿が三匹さあがった ただも下がらん だっこ出いてさあがった」となった。
すっきりした唄になった。
「だっこ」は「尻」の方言
猿は尻に尽きる。

昔は、このようなことを葉書に書いて歴博にある加能民俗編集係に送ると、今村充夫さんあたりから、すぐに面白いですね、と連絡があり、同じ分野のほかの話しを聞くことが出来た。
楽しかった…。