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能登のうみやまブシ(西山郷史)

2018年-04月-24日-Tue

御影道中―『日本民俗写真体系8北国と日本海』2000年4月25日


そういえば、御影道中も含む書籍があったことを思いだした。

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『日本民俗写真体系8北国と日本海』2000年4月25日
監修―網野善彦色川大吉大林太郎・宮田 登
発行所―株式会社日本図書センター
編集―株式会社草の根出版
12000円+税
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田園の道を進む一行。お通りは、御影を背負わないと越えられない木の芽峠、残雪山村など、上人時代を偲んで旧道を進む。
しかし、平野の道は国道と重なり、トラックが横を通り過ぎる。
福井市撮影 八木二郎 1978年
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福井大黒屋御到着。お立ち寄り先では、およそ30分の「正信偈」・「お文」・法話による蓮如忌が営まれる。
「蓮如上人、御立ちー」の声と共に次の会所(えしょ)への旅が始まる。
福井市。撮影 八木源二郎 1978年

蓮如様お通り
西山郷史
蓮如上人は文明三(一四七三)年七月、越中加賀境の吉崎の地に
御坊を建立し、次々と・お文(御文章〉」を発給し、「正信偈」「和
讃」を開板するなど、精力的に真宗の教えを広めた。しかし、門信徒
の勢力(一向一揆)が伸長するにつれ、領主層との間に摩擦が生じ、
文明七年、上人は吉崎御坊を退去し山科へ向かう。
その折、形見として残したといわれる御影を、後に預けることにな
った東本願寺からお迎えして、吉崎御坊(別院)で蓮如忌が十昼夜に
わたって営まれている。
上人の苫労を偲ぶべく、供奉人・門信徒が御影を徒歩で送り迎えす
るのが「蓮如様お通り(蓮如道中)」で、四月一七日、東本願寺大寝
殿で「御影お腰延べの儀」の後、「蓮如上人おとーりー」の声ととも
に、往復およそ四八○キロ、一三泊一五日の蓮如道中が繰り広げられ
る。途中の立ち寄り先は、寺院・東西本願寺門徒宅、およそ一三〇カ
所。立ち寄り先では、上人の好物だったといわれる季節の山菜・餅な
どが振る舞われる。

2000年5月16日に、献本として受け取っているので、18年前のことになる。海・遺跡の貴重な写真が多く、解説:網野善彦先生の「北国と日本海交通」の大系、問題意識がすごい。

この書物は、県内の図書館にもそうないのでは…
検索してみる。
県立、金沢市立、羽咋、かほく、中能登町に一冊づつ…。
県内執筆者小嶋氏と2人……
あれ?珠洲焼も依頼されたのだが、専門家平田さんが珠洲焼資料館おいでたので、彼に頼んで書いてもらったのに抜けている。ふた昔前のものがたり…。

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