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桑田碧海録

2008-08-25

伸縮怪談

八月二十三、二十四日に京都東映太秦映画村で行われた「映画村妖怪まつり 大祭」(第一回『幽』怪談ノ宴及び第十三回世界妖怪会議)の一環で開催された「小さな小さな怪談ノ宴」で、特別企画で伸縮怪談が募集された。同じのプロットの五百字、八百字、千二百字の怪談を書くというもの。私も投稿したところ、優秀作品七編の一つとして当日配られたペーパーに掲載された。そう悪くなかったらしいので、ここで公開。

 マコの恩返し

【五百字】

 麻姑は仙女であったが、窮地に陥っていた。十数歳の若い娘の姿をした仙界の住人でありながら。当の麻姑も驚いていた。こんなことで命を終えることになろうとは。泥の沼に足を取られ、身動きがとれない。端から見たら泥中の蓮に見えるだろうが、三日もこうしていれば朽ちてしまうだろう。誰かがナツメのタネを投げてくれれば。と、そこに一粒のナツメが落ちてきた。天の助けとばかりに麻姑はそれを足がかりに泥から抜け出し、ふわりと宙を飛び、離れた松の枝に腰を下ろした。

 そのナツメを寄越したのは誰かと見れば、一人の男がある。あれが恩人かと麻姑は記憶した。貧しい身なりの凡夫を装ってナツメを貪っているがただ者ではあるまい。麻姑はこの男を助けて出世させることに決めたが、すぐに男は酔っぱらって川に落ちて死んだ。麻姑は男が生まれ変わるのを待った。人の時間で千年が過ぎた。男は東海の小島に生まれたので、麻姑も近くに落ちた。

 男は生まれついてのぼんくらだったが、幸運が続いてなんとか高校生になった。そばにはいつも幼なじみ美少女がいたが、男はその有り難みをしらず、周囲から嫉妬と顰蹙を買っていた。少女の名前はマコといった。

【八百字】

「ちょっと、さっさと起きないと遅刻よ」

 頼みもしないのに、毎朝マコが起こしに来る。おれと同じ十六歳で、幼稚園からずっと一緒。友達はマコを究極の美少女と言うが、自身を含め、機能していればヒトの顔の造作なんかどうでもいいので、特にどうとも思わない。髪はきれいかな。

 毎朝うっとうしいが、遅刻せずに済んでいるから、感謝はしている。窓に鍵を掛けてもいつの間にか入っているのはどうしてだ?

「また人形に構って夜更かししたんでしょ」

 マコはおれの机の上の改造中のフィギュアを見て鼻を鳴らす。ヒトの顔はともかく人形には拘るのだよ、おれは。これは学園ゲーム『スクールとラブる?』の美少女キャラ、長い黒髪の金剛寺真珠姫で、制服の短いスカートをはいているが、そのスカートは破け、膝小僧はすりむけている。おれの設定では、異星人が襲来し、焦土と化した地球で生き延びた真珠姫が、怒りに燃え復讐を誓うところだ。オリジナルの『スクールとラブる?』とは全然違うが些細な変更点だ。が、真珠姫には紺のハイソックス、これは必須、譲れない。

 マコがおれの口に皮を剥いたバナナを突っ込む。窒息しそうになるが、反射的に噛んだ。

台湾バナナだな」

「急げば七時七分のバスに間に合うよ」

 バナナのお代わりを所望したが無視された。マコはひらりと窓から身を踊らせる。おれは制服に着替え、鞄を持って部屋を飛び出し、トイレに行ってからお袋が作った弁当を掴んで行ってきますと外に出る。玄関前でマコが「早く早く」と足踏みしている。バス停まで走りながら言った。

「おまえ仙女だろ? 飛べばいいじゃん」

 いつかマコがそう言っていたのだ。信じちゃいないが。息切れもせずにマコが言う。

「それではあなたのためにならないから。私は恩人のあなたに実力で出世して欲しいの」

 どこでマコに恩を売ったんだ、おれは。

【千二百字】

 仙女の麻姑が底なし沼にはまって三日。喉が渇きうっすら汗ばんでいる。不老長寿の仙界の住人の終わり方がこんな風だとは、麻姑自身も思わなかった。せめて足がかりがあれば抜け出せるのに。と、そこへ一つのナツメのタネが落ちてきた。麻姑はそれが沈む前に足をかけ、泥から抜け出した。命の恩人は誰かと思えば、凡夫のなりをした男である。青いナツメをぽりぽりと食べている。礼を尽くして恩に報いねばと思うと、男の姿が消えた。見ると足を踏み外して川に落ちて流されて行くではないか。沼で落命しそうになったように仙女と言えども万能ではない。恩人を助け損なうこともあるのだ。麻姑はこの男が次の世で出世することを助けることで恩を返そうと思った。人間の寿命につきあっても、桑田が海に変じるほどの時間はとられはしない、と麻姑は思ったのだが、男は何度生まれ変わっても出世せず、それどころか早世し、とうとう東海の小島に生まれることになった。桑田が海になり、また海が桑田になり、その間に何人もの皇帝が現れては消え、ついに皇帝はいなくなった。今度の生では長寿であるよう、崑崙山の仙桃の汁を固めて作った桃糖を用意した。食べれば寿命が延びる秘薬だ。

 さて、東海に生まれた男は、五歳で保育園に通い始めたが、登園初日、迎えに来たバスに跳ねられるという不運に遭った。が、即死のはずが肋骨の骨折で済んだのは、バスを待っているときに、同じ幼稚園に通う近所のマコに、「あげる」と桃のキャンディをもらって食べたからだった。このキャンディこそ桃糖で、マコは麻姑であったが、男はそんなことも知らず泣くばかりだった。

 以来、男はマコに助けられっぱなしで高校生になった。無事にここまで来るのにマコの尽力があったことを男は知らない。幾多の危機をマコが遠ざけたことか。

 今朝もマコが男を起こした。バナナを食べさせてバス停まで走り、遅刻を免れた。高校前のバス停から校門へと続く坂道を登っていると、新入生の女子が走ってきて「マコ先輩、憧れています!」と告白した。マコは鷹揚に頷き、良きに計らえと微笑むと、女子生徒はキャッと叫んで昏倒し、あわてた数人が彼女を取り囲んで介抱した。

「なんでおまえ、そんなにモテるわけ?」

 男はいつも不思議であった。男には、口うるさくないフィギュアの女の方がずっと好ましかったので。

「あなたも、モテを経験したいのですか?」

「いや、それはいい。面倒くさい」

「さようで」

 マコが小さく笑った。輝く長い黒髪。三日月のような眉、杏仁型の黒目がちの大きな目、長い睫毛。すっきりした鼻梁、形の良いみずみずしい唇と白い歯。男が偏愛する美少女キャラクター、『スクールとラブる?』の金剛寺真珠姫にマコが酷似していることに、男はまだ気付いていなかった。