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日記

2018-07-26 くじ運が強いか弱いか

夫と、くじ運が強いか弱いかの話から、

人生全体の運の話になった。



私は小さい規模のくじは当たることが多いので、

くじ運が強いと言った。

夫はくじは子供のころ、1回しかあたったことがないと言った。



運を使っちゃうからくじはしない、という知り合いの話から、

人生全体の運の話になった。

私は即答で「私、運いいよ!」と言った。

基本的に私は恵まれていて、ありがたいなーと思いながら生きている。

でもちょっと考えて、統合失調症にかかって運がいいのも変だな、と考え直した。



夫は「統合失調症にかかって運がいいと言うのは、ずいぶん力強いね」と言った。

確かにそうかもしれない

それでも私は自分の人生は運がいい、という確信はゆらがない。

統合失調症はなんか大変だったけど、

私は気分の感じ方が激しいほうだと思っていて、

つらい考えや負の感情を味わっているときはとことん、落ち込むけど、

代わりに朗らかでいられるときは、すごくハッピーで機嫌がいい。



そして朗らかでいられる時間や、朗らかさの「強さ」の総量が、

今までの人生で、つらい感情よりも多いから、

基本的に私は運がいいのだと思っている。

その方がハッピーだから、そういうことにしておこう。

2018-07-24

抗うつ剤をやめてから

抗うつ剤ジェイゾロフト)をやめてから、一日8時間以上眠れなくなった。

そして現在は6〜7時間睡眠で日中快適に活動出来て、とてもハッピーな日々を過ごしている。



私は抗うつ剤を9年近く飲み続けていて、

今年の5月にやめてから、一か月間くらいは以前の記事にも書いた、

http://d.hatena.ne.jp/unaao/20180512/1526127355

気分の落ち込みや不眠やビリビリ感などで落ち着かなかったが、

それが落ち着いて、平常に過ごせるようになると、

過眠ができなくなった。



今までは8〜10時間の睡眠で、

疲れるような出来事があると16時間寝続けることもあったし、

昼寝を3時間しても、その日の夜になるとちゃんと眠れた。

そんな生活を10年近くやってきたから、

8時間以上眠れなくなって調子がくるってしまった。

ちょっと疲れたのでいつものように3時間ほど昼寝をした日、

夜になっても寝付けないことがあって、そのことに気づいた。



そしてある日、早朝に起きなければいけない用事があって

朝の5時前に起きた。

眠かったが起きれたので、動きだしてみると、

これは感覚的な印象でしかないのだが、

この体の感じからすると、早起きを続けられそうな気がする!と思った。



それで5:30に起きることを続けてみることにした。

夜は23時までには寝るようにした。

感覚的に思ったことは当たっていて、この生活を始めて数週間だが

日中きちんと活動できるし、今までよりも頭がクリアな感じがするし、

やりたいことはできるしで、いま、すごく幸せだ。

(絵の制作の都合で、現在は25時〜8時で就寝に変えた)



私はやりたいことが多くて、描きたい絵もいっぱいあるから、

一刻でも長く絵を描いていたくて、

もっと起きていられればもっと描けるのに、と随分悩んでいた。

今まで実はけっこうつらい状態だったのだということに元気になって気づいた。

こんなに日中眠くないし、頭がクリアでいられるのか!

元気な状態と比較ができるようになって、

今まで自分はしんどい状態で頑張ってたんだ、と認められるようになった。



このように認められることで得られる安定感は大きい。

今までは自分は怠けものだ、とか、何こんなにできないんだろう?もっと頑張らなきゃ、と思うことが多かった。

なんのことはない、身体も心も元気になれば、私は言われなくたって、家事もするし絵も描くのだ。



私は主治医が何回か変わっている。

眠りすぎで困っています、と相談したことも何回かある。

今までの主治医のなかで、「眠れないよりはいいから」と言う人が数人いた。

不眠=再発の兆候、だから、眠れなくなることには敏感だけれど、

眠りすぎについてはあまり対応してくれない。

再発を抑えることが最重要で、眠れているならむしろ安心、という印象をうけた。



しかし、こんなに快適に日々を過ごせている喜びを感じると、

もうちょっと何とかできなかったのだろうか?と思わなくもない。

私は妊娠のために薬を調整し、変薬・減薬し、現在の主治医になってさらに減らしたらこんなに元気になった。

妊娠というイベントがなくて、薬の調整がなかったら、

眠いし頭が重くてだるい、という日常を死ぬまで一生やっていた可能性もあるわけで、

考え込んでしまうものがある。



出産したらまた状況も変わるだろうから、

何とも言えないけど、

とにかく今は毎日幸せでしょうがない。

身体が動いて頭が働くってこんなに幸せなこと!!

とりあえずは出産までの数か月、この幸せをかみしめようと思う。

2018-06-24

介入されること

以前の主治医と相性が悪かった。



結婚したばかりの頃にかかりはじめたから、

環境の変化で体調が安定していない様子を初めに見たから、

体調が悪めだと警戒されていたのかもしれない。



また、一般的にみて、すごく優しい親切なタイプの医者だった。

今までかかった医者のなかで、一番話を聞いてくれ、態度も柔らかで、

結構具体的なアドバイスも多かった。

精神科にあまりかかったことのない人から見たら、

なんて良い医者だ!って思うかもしれない。



でも私はだんだん負担になってきていた。

夫が、コロコロ医者を変えるのは良くない、というので、

我慢して結局3年かかったが、最後のほうはもう負担でしかたがなく、通院日が憂鬱だった。



統合失調症になると、月1回程度の通院を死ぬまで続けなければならないことになる。

薬をまとめてもらえるのは一か月分くらいが限度だから、しかたがない。

精神科の病気だから、何かの数値を見るわけでなく、

生活の状況の確認や世間話的なものをすることになる。

これってよく考えたら結構不自然なことだ。



定期的に日常の相談を出来る人を得るということでもあり、

嫌でも介入されるということでもある。



医者にも個性や考え方の違いがあって、

病状が悪くなっていなければ、日常のことを聞きはするけど、介入しないという人もいる。

日常の事を聞くことで病状の把握だけする、という感じだろうか。

こういうことで悩んでるんです、困っているんです、と訴えても、

それが妄想とか危険な行為とかでなければ、

「うーん、そういうこともあるよねー」だけでバッサリ切って、診察が終わっちゃう、というような。

これは考えてみたら当たり前のことで、

医者はよろず相談を受けているわけではないので、日常の相談をいちいち真面目に答えていたら身がもたないのだ。



私はどちらかというと、バッサリ切ってくれる医者のほうが相性がいいみたいだ。

診察で悩んでることを言っている間は、本気で困っているかもしれないけど、

生きていたら不安でどうしようもない出来事が起こることもあるし、

人間関係のいざこざもある。

そういうことは自分で試行錯誤して解決しなければならない。

そういうことに、バッサリ切られると、気づいて、自分で自分の人生を歩み始める。

ましてや、20歳そこそこの、社会経験も浅い頃から、医者にかかっているのだから、

少し、医者というなんか頼りにできそうな存在に甘えてきた面もあるかもしれない。

でも、それはイレギュラーな状態であって、

大抵の人は、医者になんか相談せず、もがいて生きてゆくのだ。



相性が悪かった医者は、割と介入してくるタイプだった。

相性が悪かったので、悪口のようになってしまうが、

日常の悩み事ってそう簡単にアドバイスできるものでもない。

数分の診察で状況をすべて把握するなんて無理だし、

絵画で言えば私のほうが専門家だ。

(絵の内容を相談していたわけではなくて、絵の専門家がどれくらいの労力をかけて絵に取り組むかなんてことは、数分ではわかってもらえない)

(※追記 この文章に違和感があって、考えてみたけど、この主治医は絵の事をわかろうとしてなかったな。自分の知らない分野過ぎて怖気づいてた)

アドバイスするならそれなりのヒアリングが必要だと思うが、

数分の診療でそれをやろうとしていて、やらなければならないとさえ思ってるみたいだった。

悪い言い方になるが、介入するわりに雑なのだ。

それを疑問にも思っていないようだった。医者として真面目過ぎるのだ。

その真面目さ(医者はこうであるべき、みたいな)を支えている緊張感が伝わってきて、こちらが疲れることもあった。

いちばん堪えたのは、時々、夫と一緒に受診したのだが、

いつも夫の味方だったことだ。

なんだか私は病気をもっている未熟な人で、管理が必要な人みたいに思われているように感じられた。



医者にかかることで、

いざという時のセーフティネットになっている面はありがたい。

しかし、病気の事なんて忘れていたいし、月に一回の通院も面倒だ。

その通院で、アドバイスを受けるという形で私の未熟さを突き付けられる。

私は最初は医者の言うことを真に受けていたから、

医者の発言に縛られ、違和感や不安感が増長し、さらに気持ちが安定しなくなるという状態になっていたと思う。



もう、介入されないように何も言わないようにしよう、と思い、

最後のほうは、「変わりないです、元気です。」

と言っていた。

病院に行って元気です!と言うのはなんだか痛快で面白かった。

でもその頃は不妊治療でストレスMaxだった。

不妊治療に介入されるくらいだったらストレスを抱えてでも黙っていたほうがよかった。

「不安になることはないですか?落ち込むことはないですか?」

よくそんな質問をされた。誘導尋問じゃないか!

毎回毎回、すごくめんどくさかった。

何も言わないようになってから、診断書や紹介状に「安定しています」の文字が見えたのは苦笑だった。



もう限界になって、夫に言って、病院を変えた。

この医者には申し訳ないけど、

今現在も憎しみしかない。

本当に疲れた。

2018-06-18

ハートネットTV 闇に埋もれた真実は(2)「消された精神障害者」

ハートネットTV 闇に埋もれた真実は(2)「消された精神障害者」という番組を見た。

https://www.nhk.or.jp/heart-net/program/heart-net/615/



テレビをつけたらやっていて、もう終わりのほうだったので、

再放送を録画してみた。



見ていて相当つらかった。



「私宅監置」という、精神障害者を法的に小屋のようなところに閉じ込めておける制度がかつてあって

その記録をもとに取材した番組だった。



以前、ナチス時代のホロコーストの本を読んでいた時に、

強制収容所に送られた人にはユダヤ人だけではなく、いろいろな人がいたのだが、

その中に精神障害者もいたと知った。

ナチスの時代に生まれていたら、私は強制収容所行きか、と思った。

私宅監置と比べているのでなく、こういうことが言いたい。

小さい頃は教科書で習った歴史上のこと、大昔の夢物語のようなこと、と思っていた出来事も、

30代にもなると、現在と切り離された出来事ではなく、

現在の私と変わらない、生きている人間が経験したことなんだ、と実感をもってわかってくる。

大昔のことではない、ちょっと昔に起きたってだけのこと。

私のおばあちゃんから母へ、母から私へと生活がつながっているように、

かつて私と同じ、生身の人間が経験したんだと。



だから、少し時代が違えば私だって私宅監置されていたのだろうから、

どんなにつらかっただろう、と思って見ていて苦しかった。

行き場のないつらさのなかに、この病気のどうしようもない不幸な特徴がある。

病気じゃない人が、妄想や幻覚に突き動かされている当事者のことを理解するのがすごく難しいということ。

入院中、どこが病気なんだろう?と思うような面倒見の良いお姉さん肌のひとが、

急に興奮して叫びだし、何人もの看護師に押さえられているのを見た。

また、同じ部屋の同年代の女の子が、面会にくるお母さんに毎回、興奮した様子で妄想の被害を訴えていた。

その子は母親以外の人には、大人しめではあるが普通に接していた。

聞こえてきた話では、もう何回も入退院を繰り返しているらしかった。

私のことを振り返ってみても、

いま、私が相手にしたとしたら、ものすごく恐ろしく感じるだろう、という興奮と暴れかたもあった。



周りの人だって大変なのだ、と思う。

人間だって生き物だから、奇妙なものをみたら警戒する防衛本能があるだろう。

わけのわからないものと出会ったら警戒するのは生き物として当然だと思う。

しかも、よく効く薬もなかった時代に、暴れる当事者をどうすればよかったのだろう。

そういう考えと、私宅監置されていたかもしれない自分がごちゃまぜになってつらい。



でもだからこそ、「知る」こと「だけ」で大きな解決ができる病気でもあるのではないかと思う。

同じくハートネットTVで、高木俊介医師が現代を、「精神障害者に対するおつきあいの作法をなくした社会」だと言っていた。

私はどうも、統合失調症に対する理解が恐ろしいほど無い世間の、歴史をよく知らなかった。

法的に私宅監置ができて、隔離されていた時代。

その後、精神病院が次々建設されて、精神病院に長期入院されて世間から離されていた時代。

そういう流れがあった。



しかし今、良い薬があって社会生活が送れる当事者も多い。

だから、こういう病気があっておかしな行動は病気の症状なんだ、という理解が進むだけで

それは大きな解決なんじゃないだろうか。

理解があれば、早く治療につながることもあるだろう。



いま、ニュースで、かつてあった優生保護法による強制不妊手術の問題が取り上げられるようになった。

それに続けて最近になって報道されるようになった私宅監置である。



私は大学生のときに、授業で国立ハンセン病資料館に何度も行かなければならず、

その時にざわざわした思いがあって、このブログに書いた。

国立ハンセン病資料館は唯一の「病」をあつかった資料館で、「病」を扱った資料館と、どう向き合ったらいいのか、

ざわざわした思いがした。

その時ブログにはこう書いた。

それは、ハンセン病がもう、「治る病気」だからじゃないだろうか。

それは、博物館がもともと記憶する装置だから、に他ならない。

記憶されるべきものは、それが「過去のもの」とならないようにという思いをこめられて

博物館におさめられる。「過去のもの」となりうる可能性を持ってはじめて

博物館が作られる動きがでてくるのではないか。と。

http://d.hatena.ne.jp/unaao/20090720

http://d.hatena.ne.jp/unaao/20170828/



たぶん、精神障害は、やっといま、なのだ。

ハンセン病資料館のことをブログに書いた9年前はまだだった。

やっといま、報道できるようになった。

やっといま、過去のものと「なりうる可能性」が出てきた。

私宅監置の法律はない、優生保護法もなくなった。

これから精神障害はどうなるだろう?

道のりは険しいことは知っている。精神障害の娘や息子を長年、監禁してきたニュースや殺してしまったニュースも多い。



そこで、やっぱり、私は思う。

「知る」ことが重要なんじゃないかって。



それから、こうも思う。

私の今の幸せな生活は、ものすごく微妙なバランスの上に成り立っていて、

当たり前のことではないんだと。

2018-06-04

そういうふうには見えないから大丈夫だよ


前の記事で、障害の説明の仕方について書いた。

正直、今現在のところ、もう、説明するのがめんどくさくなってきている。

一番大きな理由が、大抵の人が理解できないので、徒労感が多いのだ。




妊婦になって、世間の人がみんな妊婦に優しいので驚いた。

荷物を持っていればいたわってくれるし、心配してくれる。

無理しないでね、身体を大事にしてねと普通に声をかけてくれる。




病人と妊婦を比較できないのはわかる。

妊婦は自分以外のの命を預かっているわけだし、大切にしなきゃいけないのはわかる。

でも、あれ、妊婦の私にはこんなにみんな優しいのに、

病人の私にはなんでこんなに冷たいのだろう、と思わなくもない。

統合失調症の私には。




病人と妊婦は比較できないが、つい、こう、書きたくなる。

統合失調症で苦しんでいた時より、妊婦の今のほうがずっと、楽だ。

いま、妊婦なので、腰痛や胸の張りや、脈拍が増えたのですぐ息が上がることや、

身体が火照って暑いことなど、いろいろあるが、

統合失調症陰性症状でしょっちゅう一週間ほど寝たきりになっていた頃より、はるかに楽だ。




私が割と病名を公表するのは、前の記事でも書いたように、

現状を説明しないと話が進まないことがあるからだし、

統合失調症は隠されてきた病気だから、今は露出して知ってもらうことが大切なのでは、と思っているからだ。




なので、こういう病気で、こういう症状があって動けないこともあるし、つらいこともある、と言う。

「よく知らないから聞くけど、それはどういう感じなの?」と聞き返してくれるひとは優しいなと思う。

大抵の人は返答がにぶり、固まってしまう。なんとなくその話題をとばして、会話を続ける。

よく知らない病気なのだからしょうがない話でもある。

しかし、こういう時の、帰宅してからの徒労感はずっと残る。

多いのが、

「そういう風にはみえないけどね。」

「そういうふうにはみえないから大丈夫だよ」

というセリフだ。

こういうセリフを聞くとき、

統合失調症のような精神病は何かすごく良くない気味の悪いもので、

でも、いま目の前にいるあなたはそういう病気のようには見えないから、気味の悪いものではないから良かったね、

というニュアンスが伝わる。

これって、親切なようでいて、私のつらい症状を無視して、なかったことにしている。

私のつらい症状はなかったことになって、空中で放り出されて固まって、徒労感となって残り続ける。

思い込みではない。

しんどくてだるくて、困ってるよ、と話して、

そういうふうにはみえないから大丈夫だよ、って返されるのって何か違くないか?





「大変ですね、疲れませんか?」

と、一人だけ、(ほんとに、今までの人生で一人だけ)言ってくれた人がいた。

その人は別の病気を抱えている人だった。

こういわれたとき、心底びっくりして感動した。

びっくりして感動するほと、そういう答えを返してくれる人はいなかったのだ、統合失調症という病名に対して。





今のところ、人は思っている以上に、

自分の経験したことしか理解できないのだ、という結論に達している。

統合失調症という障害の説明は、もう疲れたので、

積極的にはしないかもしれない。