人喰鉄道

 1898年、イギリスは、東アフリカのモンバサ―ナイロビ間に、鉄道敷設工事を進めていた。が、その工事を妨げるように現れたものがある。
 人間の味を知ってしまったライオンだ。
 現地人が「悪霊」と畏れるほどの体力と知力をもつ野獣たちに、英国人技師パタースンを中心に、現地人やインド人の工夫たちが、英国人たちが、マサイ族の戦士たちが挑む。
 だが、敵は人喰ライオンだけではない。伝染病、サボタージュ、豪雨……それらの障害が、鉄道工事を妨げ、人々の命を奪っていく。
 それら難局の中、猛獣と人間というふたつの「敵」と、さらに工事という「任務」と戦いつづけるパタースンの姿は、まさに冒険小説のヒーロー。ロマンスもほどよく配され、古き良き大衆小説の味わいに溢れている。舞台となるアフリカの風土の描写や、パタースンが野生動物や諸民族と遭遇していくさまは、今ではあまり聞かれなくなった「秘境冒険小説」という呼称を彷彿させるほどだ。
 だが、それだけではない。そこに生きものに向ける作者の冷静な目が加わると、ノンフィクションよろしき重みが加わってくる。ライオンの生態や習性、狩りのしかたなど、まさに作者ならではのものだろう。
 実際、この小説は、ウガンダ鉄道敷設と、その間に起きた人喰ライオンとの戦いを記録した文書に基づいている。ノンフィクション・ノヴェルと呼んでもいいのかもしれない。
 おそらく本作は、戸川幸夫の動物小説のなかでも、代表作の一つとして挙げられるべきものだろう。文庫本で600ページを超えるが、読みはじめたら止まらず、ぼくはほとんど一気に読み通してしまった。
 この物語が書かれて40年。ウガンダ鉄道は、今どうなっているのだろうか。作者が少年時代に「月ほどにも遠い」と思いながらも憧れつづけたアフリカの地に、本作を読んでいるあいだ、ぼくも思いをはせずにはいられなかった。

『人喰鉄道 戸川幸夫動物文学コレクション3』戸川幸夫小林照幸監修) ランダムハウス講談社文庫2008(1967〜68《サンデー毎日》連載)
http://www.randomhouse-kodansha.co.jp/books/details.php?id=544