メンデルスゾーンとカナリア



 メンデルスゾーンの作品で、多くの人が先ず思い浮かべる曲はなんだろう。ホ短調のヴァイオリン協奏曲と答える人も多いだろう。私もそうである。なんといっても古今のヴァイオリン協奏曲の中でも屈指の名曲である。この曲を聴くと、青春時代(といっても特段のこともないのだが)への、胸を撹きむしられるような強い郷愁と懐古の念に囚われると、書いたこともある。

 幼時からヴァイオリンにいそしんで来て、今もオーケストラの奏者として活躍する友人から聞いたこのメンデルスゾーンホ短調のヴァイオリン協奏曲にまつわるエピソードは興味深い。

 その友人が中学生の頃だったという。家でカナリアを一羽飼っていた。その部屋で、このホ短調のヴァイオリン協奏曲の練習をしていた時のこと、出だしの例の有名な旋律、”タンタターラララーラ、ララララララーー・・・ー”の部分を弾き出すと、籠のカナリアが端に寄って来て、なんとその”タンタターラララーラ”に合わせるかのように精いっぱい歌うのであった。

 まるでヴァイオリンの音に共鳴させているかのように..。そして、その冒頭の部分が終わると歌うのを止めて、元の位置に戻り、またその部分の練習が始まると一緒に懸命に歌うのである。このカナリアになんともいえぬいとおしさも感じ、友人のKさんは実に印象的な光景として、何十年たった今でも鮮やかに覚えているという。