Hatena::ブログ(Diary)

muneo house information

2008-05-30 (Friday)

鈴木宗男 10年ぶり択捉島へ

鈴木氏は出港に先立ち記者団に「四島の開発に日本の技術を生かすことが大事だ」「今の外務省の姿勢でいいのか」と熱弁。「ロシアの千島列島(クリール諸島)社会経済発展計画で島がどう変わってきたかを見てきたい」とも語った。

訪問は6月2日まで。同島最大の水産加工会社ギドロストロイの工場視察や島民との対話集会を計画している。鈴木氏は平成7年に初めて国会議員としてビザなし交流に参加。北海道開発庁長官時には閣僚として初訪問するなど計8回、北方領土を訪問した。

2008-05-24 (Saturday)

鈴木宗男も所属する"野人の会"

5月8日に綿貫民輔前衆院議長(国民新党)、中村喜四郎元建設相(無所属)、平沼赳夫元経済産業相(同)、鈴木宗男元北海道・沖縄開発庁長官(新党大地)、下地幹郎衆院議員(政党そうぞう)の各衆院議員らが、この店に結集した。この顔ぶれの共通点は、かつて自民党に所属していたが離党した議員ということだが、一体、何の集まりなのか。

議員たちが集合した理由は、4月30日が綿貫氏の誕生日だったため、誕生会をやろうということだったらしい。だが、こういう面々が集まれば、話題はやはり自民党批判…ということになったようだ。

特に、メンバーの中には、平成17年に小泉純一郎元首相が仕掛けた郵政解散・総選挙をきっかけに自民党を離党した議員もいるため、小泉氏に対する厳しい批判の声が上がったという。ある出席者が「福田政権は裏で小泉純一郎元首相が動かしている」と述べたのを受けて、平沼氏が、「小泉氏が敷いた路線をとっているかぎり、そういう政権はだめだ」と発言した。平沼氏が現在の福田康夫首相だけを批判しているのか、その前任の安倍晋三前首相をも批判的にとらえているのかは、今後の政局を占う意味でも気になるところだが、いずれにしても、「われわれは非自公路線を貫こう」と威勢のいい発言まで飛び出し、うなずく議員も多かったと、出席者の一人は証言している。

ちなみに、この集まりは「野人の会」と呼ばれるようになったが、名付けたのは中村氏だという。

中々の面子で中々のネーミング。

2008-05-22 (Thursday)

鈴木宗男 赤ちゃんポストに一家言有り

鈴木氏は「赤ちゃんポスト」の趣旨について理解しているため、このように怒りつつも「同時に、『命を救う』という面を考える時、複雑な思いになる」ようだ。

赤ちゃんポストについては、設置にあたっても「子供をどうしても育てられない人がいるのだから仕方がない」「そのままでは死んでしまう赤ちゃんが出るから必要」「何としてもダメ」という議論がなされていた。

鈴木氏もその状況はよく分かっているのだろう、「『赤ちゃんポスト』がなくなる社会が真っ当であり、当然である。当たり前のことが当たり前であると理解されず、受け止められなくなった今の社会はおかしい」と現代社会のあり方についても論じている。

2008-05-21 (Wednesday)

ムルアカ氏 募金

今回の募金は鈴木宗男衆議院議員の元秘書・ジョン・ムルアカ氏の協力のもと行ったようで、ミャンマー人7人、ムルアカ氏を含めた日本人7人、5時間で合計 154864円を集め、このお金はボランティア団体「ジャパンハート」に寄付された。

ブログソースで書いた記事。

2008-05-11 (Sunday)

DJ テクノウチ & V.A. 読む音楽

M3 2008春で頒布されたDJ テクノウチ氏の初の書籍『読む音楽』。Sharpnel・JEA氏の寄稿「ガバ進化論」の一節に02年頃の2ちゃんねるの創作系祭り(ムーブメント)に触れた箇所があり、そこにムネオハウスの単語が残っていました。

共通体験の変化

ネットが生み出した「祭り力」は共通体験の有り様を変化させ、さらには局地的存在であるガバをも進化させる。

2002年に突如大きな動きとして現れた、2ちゃんねるを発祥地点とするスレッド上での連続的なクリエイティブムーブメント(ちんこ音頭、ムネオハウスなど)は、ネットコミュニティ上でのリスナー・クリエイター・プロデューサーという本来垂直的であったハイラルキーが匿名の下でフラットに構築され、当然のように多様性を最大限まで拡大できるだけ拡大して展開し、発散して次の祭りへとスムーズに移行する形態のムーブメントであった。全くコミュニティの外にいたはずのリスナーであっても、アウトプットされた成果物(アート作品)を通じてコミュニティに吸収され、参加者となり、更に発信側にまわるという図式が構築されており、「スレッド」という形で集うべき聖地を中核としたコミュニティが形成され、フラットでありながらもある秩序を保つことで、祭り全体の意識は統一され、結果としてよりレベルの高い作品を生み出す土壌へと昇華した。このムーブメントの中でもいくつかのガバクリエーターから作品が発表され、世にでる形となった。

(後略)

JEA 『ガバ進化論』 「読む音楽」 (2008) p.50 * 引用は同・完全版から

JEA氏はちんこ音頭に1曲、ムネオハウスに2曲、名義変えて曲出してらっしゃいますからね。

「多様性を最大限まで拡大できるだけ拡大して展開し、『発散して次の祭りへとスムーズに移行する』形態のムーブメントであった。」という一節がいかにも歴戦の手練れらしい視点だなぁと感じました。

備考

記事起稿日: 2013年12月29日