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2011-07-31 (Sunday)

国会議員の質問主意書急減 / 国後島の中国人労働者 更に10人増加

国会議員が書面で政府見解をただす質問主意書の提出件数(衆院)が、今年の通常国会は急減している。東日本大震災が起きたことに加え、質問主意書を連発した新党大地の鈴木宗男氏が昨年末にあっせん収賄罪などで収監された影響が大きいようだ。

質問主意書の提出は今年、通常国会が始まった1月24日から震災発生の3月11日までは142件あった。だが、震災後は4月中旬まではなく、今月29日時点でも360件。背景に与野党の自粛があったとみられる。

民主党は2007年参院選に勝利すると、質問主意書も活用して政権交代へと攻勢をかけた。通常国会で見ると、提出件数は07年の481件から08年に587件へと増え、総選挙を控えた09年通常国会では691件にのぼった。

ただ、民主党以上に提出件数を押し上げたのは鈴木氏のようだ。鈴木氏は小会派で国会での質問時間が限られたが、対ロシア外交などをめぐり対立した外務省を主に追及するため、質問主意書を数多く提出した。その数は05年から5年間で2140件、09年は全体の7割の466件を占めた。

ロシアの企業による中国人労働者の雇用が進む北方領土の国後島に、31日、およそ10人の中国人労働者が新たに到着しました。日本政府が懸念する中で、第3国の労働者が現地で雇用される動きが活発化しています。

国後島に到着したのは、ロシアの建設企業「トゥルド」に雇用されたおよそ10人の中国人労働者です。すでに7月27日に10人の中国人労働者が現地入りしていて、この企業では、あわせておよそ20人の中国人が雇用されたことになります。

ロシア政府は北方領土で大規模なインフラ整備事業を行っていて、中国人労働者は国後島古釜布のアパートの建設現場で働くということです。

日本政府はロシア側に懸念を伝えていますが、このほかにも農場で8人の中国人がすでに働いているなど、北方領土で第3国の労働者が雇用される動きが続いています。

2011-07-30 (Saturday)

日露経済共同活動協議開始へ / 択捉島でも爆弾処理の可能性

【モスクワ=遠藤良介】ロシアが日本に呼びかけている北方領土での「共同経済活動」をめぐり、日露が北方四島周辺海域での「安全操業協定」(1998年署名)や、四島との「ビザなし渡航」(92年開始)を応用する方向で協議に入ることが分かった。これら既存の枠組みは「領土問題をめぐる両国の法的立場を侵害しない」との合意に立って運用されており、四島での経済活動にも拡大できないかを検討する。

消息筋によれば、こうした考えについては27日、モスクワで行われたボロダフキン露外務次官と別所浩郎・外務審議官の会談の中で日本側が言及した。ロシア側が過去に同様の案を示していた経緯もあり、双方は具体的協議を開始することで一致したという。

日露がたたき台とする「安全操業」は、ロシアが実効支配する四島周辺海域で、日本漁船が露国境警備当局による拿(だ)捕(ほ)や臨検を受けずに操業できるようにする制度。毎年の協議で操業時期や水域、魚種、漁獲枠が決められ、日本側は水産資源の保護協力を名目に協力費支払いと機材供与を行っている。

根室管内を震かんさせている北方領土・国後島でのロシアによる中古爆弾処理が、択捉島でも行われている可能性が高まった。26日から択捉島を訪問していた墓参団第2班が同様の音と振動を初めて確認した。処理方法に差があるのか、爆発音1の国後島に対し、「ドーン、ドーン」と連続して爆発が響いたという。墓参団員から、わずか十数キロしか離れていなかった可能性もあり、議論を呼びそうだ。

2011-07-29 (Friday)

前原前外相 北方領土ビザ無し交流に参加 / 松山千春 五木ひろしと共演

民主党の前原誠司前外相が8月5〜8日の日程で、北方領土の択捉島を訪問することが29日、分かった。「ビザなし交流」の一環で、同島を訪れる日本側の教育関係者ら約50人の一行と渡航し、現地のインフラ状況などを視察する。

前外相で首相候補に名前が挙がる与党有力議員の北方領土訪問は、ロシア側を刺激する可能性もある。前原氏は2006年にもビザなし交流で択捉島を訪れている。

sロシアは北方領土を含む千島列島で、空港や港湾など社会基盤整備を進めており、進捗(しんちょく)ぶりをじかに確認して今後の対ロ政策に生かしたい考え。8月4日に北海道根室市内で地元関係者と懇談。8日には択捉島視察を踏まえ、記者会見する予定。(共同)

歌手五木ひろし(63)が29日、東京・中野サンプラザで「東日本大震災復興支援チャリティーコンサート『心ひとつに』」を開催し、歌手松山千春(55)がスペシャルゲストとして出演した。2人の競演は初。

この日、千春の「季節の中で」など3曲をデュオで熱唱。千春は「歌っていいなと感じた。今度は五木さんのコンサートのチケットを買って客席で見たい。こういう(復興支援)活動をこれからも続けていってほしい。我々フォークシンガー連中もしっかりやらねばならない」と話すと、五木も笑顔でうなずいた。

2人は長い付き合いで、昨年千春が五木に曲を提供したこともある仲。今回、五木が直接千春に出演依頼して実現した。五木は「ジャンルをこえ『日本の歌手』がみなで力を合わせて…という思いがあった。彼(千春)に北海道から駆けつけてもらって本当にうれしかった。これを機に(競演の)パート2、3をやりたい」。この日の収益はすべて被災地に寄付される。

2011-07-28 (Thursday)

山崎拓 石原幹事長らと会談 / 辻元清美 福島県副知事と会談 他

自民党山崎派の山崎拓会長は27日夜、国会近くのホテルで石原伸晃幹事長、田野瀬良太郎幹事長代理ら同派関係者と会談した。政策グループ「さいこう日本」を結成した甘利明元経済産業相の動向について意見交換したものとみられる。

辻元清美首相補佐官(災害ボランティア担当)は、県庁を訪れ、内堀雅雄副知事と会談した。辻元氏は「風評被害を吹き飛ばすためにも、一人でも多くの方に来ていただくのが大事」と述べ、観光とボランティアを組み合わせたツアーを積極的に推進していく方針を示した。観光庁と協力して福島県内での実施を働きかけるという。内堀副知事は、行政とNPO、ボランティアの調整の場を設けるほか、除染にボランティアの力を借りる考えなどを示した。【関雄輔】

県は27日、今後のボランティア活動を効果的に進めようと、「東日本大震災津波ボランティア連絡会議」を初めて開いた。ボランティア活動に取り組む県内外のNPOなど8団体のほか、国、県や震災後に発足した沿岸13市町村の復興期成同盟会など担当者約50人が出席し、支援のあり方について協議した。

活動報告では企業やNPOで構成する「災害ボランティア活動支援プロジェクト会議」の石井布紀子幹事が「(どの団体の)だれが何をしているのかが分からない。情報を共有し、さまざまな団体がリンクして支援につなげたほうがいい。情報発信の強化も必要だ」などと指摘した。

政府を代表して出席した辻元清美首相補佐官は「1人の力は微力だが無力ではない。心と絆の復興ができて初めて本当の復興になる。今日聞いたことは国の施策に反映したい」と述べた。【狩野智彦】

28日に帰港した北方領土墓参の今年度第2班が国後島沖を航行中に、同島内でロシアが実施している爆弾処理とみられる煙と爆発音を確認した。

確認したのは26日午後0時50分ごろ。一行が入域手続きのため道の漁業取締船で国後島の古釜布(ふるかまっぷ)に向かう途中、同島南西部の泊地区(ロシア名・ゴロブニノ)付近から黒っぽい煙が上がったのが見えた。爆発音は船まで響き、根室市内でも約7分後に同様の音と窓を振るわせる空振が発生した。

同島の爆弾処理とみられる空振は4月以降、根室市内で相次いでおり、在日ロシア大使館は「中古爆弾の処理で、年末までに終える」と説明している。(同行記者団)

第2班は元島民・遺族23人(平均年齢65・7歳)と同行者12人の計35人で、25日に根室港を出港。荒天で上陸が1日遅れ、オダイベケ墓地での慰霊祭は沖での洋上慰霊祭に変更されたが、留別(るべつ)とポンヤリの両墓地は27日に予定通り実施された。

両墓地周辺は砂地のため強風などで地形が変わりやすく、前回、平成16年の墓参時には見られなかった砂丘が点在。クマの足跡やフンも多く、ロシア人ハンター3人が同行し、警戒する中で慰霊祭が実施された。元島民の佐藤正洋団長(69)が墓標の前で「この墓参が自由に実施できる日が必ず到来することを信じて疑いません」と訴え、全員が祭壇に献花した。

◇入植3世「ここが故郷」

択捉島の海の玄関口である内岡(なよか)(ロシア名・キトーブイ)。北方四島を管轄するサハリン州の最大企業「ギドロストロイ」の水産加工場や、季節労働者用の宿舎が港湾沿いに建ち並ぶ。地元住民の話によると、工場の従業員は約2000人で、その8〜9割は夏の繁忙期に大陸のウラジオストクなどからやって来る学生アルバイトら季節労働者だという。ギドロストロイ社は水産加工のほか道路建設やリゾート開発も手がけ、島の経済を支える。

北方四島に舗装道路はまだない。港から択捉島の中心地、紗那(しゃな)(ロシア名・クリリスク)までの道路も土ぼこりが激しいが、平らにならし固められ、舗装の準備が進む。トヨタ製の四輪駆動車で案内してくれた行政府職員のターニャさん(35)は「6月に近くのアスファルト工場が稼働したから間もなく舗装工事が始まり、見違えるようになる」と胸を張った。

ターニャさんの祖父は戦後、シベリアから択捉島に移住。自身は島で生まれ育った「3世」、10歳の娘は「4世」になる。すでに亡くなった父が「幼いころ一時、日本人家族と一緒に住んでいたことがある」と話していたのは覚えているが、戦争直後の詳しい話はそれ以上知らない。日本の領土返還要求について尋ねると、「ここは私の故郷。他のどこにも行くつもりはない」と断言した。

2011-07-27 (Wednesday)

ロシア 北方領土で中国人雇用 / 北方領土での経済活動 日露次官級協議開始

北方領土で進められている住宅建設に中国人労働者が雇用されたことが27日、分かった。雇用された中国人約10人が同日、ロシア極東サハリンから汽船で国後島に到着した。

日本政府は「北方領土のロシアの管轄権を認めることになる」として外国人労働者の北方領土での雇用は受け入れられないとの立場。日ロ間の領土問題の新たな火種になる可能性がある。

中国人労働者を採用したのは、北方領土を含む千島列島(クリール諸島)の社会基盤を整備するロシア政府の「クリール諸島社会経済発展計画」の一環として住宅建設を請け負っているロシア企業。関係者によると、国後島で雇用される中国人建設作業員は将来20人程度に増える見込み。(共同)

【モスクワ=石川陽平】日ロ両政府は27日、モスクワで外務次官級協議を開き、今年2月の日ロ外相会談で「ハイレベルで議論していく」ことで一致した北方領土での共同経済活動の本格的な議論を始めた。日本側は「日本の法的立場を害さないことが前提だ」と主張。両国間で今後、どのような活動ができるかについて対話を重ねる。

共同経済活動を巡ってはロシア側が平和条約締結への環境づくりになると訴えていた。ロシア高官は日本経済新聞に共同での資源開発などを提案する考えを示しているが、管轄権の問題をはじめ実現には障害が多い。

2011-07-26 (Tuesday)

北方領土墓参り 第二班出港

北方領土墓参の今年度最後となる第2班=佐藤正洋団長(69)ら35人=が25日、道の漁業取締船「北王丸」(499トン)で根室市の根室港を出港し、択捉島に向かった。墓参は3泊4日の日程で、当初は同日に同島留別(るべつ)沖に到着するはずだったが、荒天のため船が根室港近くに錨泊(びょうはく)。26日に予定されていた上陸が1日延期となった。

この影響で、オダイベケ墓地での慰霊祭は洋上慰霊祭に変更された。ポンヤリ、留別の両墓地での慰霊祭は予定通り実施する。今回、参加した遺族は23人で平均年齢は65・7歳。出発式で佐藤団長は「墓参団の責任と使命の重大さを痛感し、決意を新たにしている。御霊の安らかなご冥福を祈って参ります」とあいさつした。【田中裕之】

北方領土元島民の孫やひ孫ら「北方少年」の中学生7人が26日、首相官邸に菅直人首相を表敬訪問した。首相は「必ずいつの日か、北方領土を日本の領土に戻していきたい」と述べた。

中学生たちは「一刻も早い返還を願い、署名活動をしている」と日々の活動などを紹介。これに対し首相は「これからも、わが国の領土であることをしっかりといろんな場面で伝えてください」と述べた。

2011-07-25 (Monday)

辻元清美らへの投票を呼びかけるビラを配った元加古川市議に有罪判決

2009年の衆院選で特定候補者への投票を呼びかけるチラシを有権者に郵送したとして、公職選挙法違反(法定外文書の頒布)罪に問われた前兵庫県加古川市議の井筒高雄被告(41)に対し、神戸地裁の三宅康弘裁判官は25日、求刑通り罰金50万円を言い渡した。

判決によると、井筒被告は09年8月、衆院選に立候補していた田中康夫氏(兵庫8区)や辻元清美氏(大阪10区)ら3候補と新党日本への投票を呼びかけるチラシを加古川市内の有権者40人に郵送した。

事件をめぐっては、井筒被告と元高砂市議(45)が罰金の略式命令を受けた後に正式裁判を求め、元高砂市議は有罪判決が確定。井筒被告は「違反文書との認識はなかった」と無罪を主張していたが、三宅裁判官は「犯罪の成立には違法性の認識は必要ない」と述べた。(佐藤卓史)

過去の報道の通り、井筒被告は元ピースボートスタッフ。また記事中で元高砂市議とあるのは辻元清美氏の元秘書の井奥雅樹氏。

2011-07-24 (Sunday)

北方領土ビザ無し交流 日本語講師帰根

北方領土のビザなし交流で色丹島と択捉島に派遣されていた日本語講師4人が23日、根室港に戻り、市内で記者会見した。6月21日から1カ月間の期間で、派遣されたのは紀絵巳(埼玉県)、中澤佳子(千葉県)、岡田有美子(千葉県)、入山美保さん(茨城県)。色丹島では2カ所で、大人と子どもにレベル別に52人、択捉島では子ども1クラスと大人をレベル別に分けて57人に指導した。ロシア人が日本語を学ぶ動機は「ビザなし交流のため」が最も多いという。5回目の派遣となった岡田さんは今回、初めてホームビジットを教材に用いたところ「初心者も短期間で一連の会話ができるようになり、好評だった。向こうのニーズに少しでも近づけて良かった」と話していた。

2011-07-22 (Friday)

国後島で慰霊祭

北方四島への今年度最初の墓参団として国後島(くなしりとう)を訪れていた元島民らが22日、2泊3日の日程を終えて北海道根室市に帰港した。25日には第2陣が択捉島(えとろふとう)に向けて出港し、今年度の墓参は終了する。

今回参加した元島民・遺族は33人で平均年齢70.2歳。同行者を合わせた計44人が北海道の漁業取締船で20日に根室を出港、21日にボートに乗り換えて国後島北東部の礼文磯(れぶんいそ)と乳呑路(ちのみのち)に上陸した。

礼文磯の墓地には85人、乳呑路の墓地には201人が眠る。快晴で天候に恵まれたが、松林やササの葉が生い茂ったクマの生息区域を通らなければならず、墓地へ行くのを断念。2カ所とも墓地の手前に設けられた墓標で慰霊祭をした。

手作りの祭壇には故人の写真、お供え物の果物やお菓子が並べられ、遺族らが冥福を祈った。献花の後、ハーモニカの伴奏で「ふるさと」や「知床旅情」を合唱すると、目頭を押さえる人の姿もあった。

クマ対策のため、現地のロシア人ハンターも同行。乳呑路で墓地行きを断念した直後、ハンターから「草が少ない今年の秋に、道順を調べて目印を付け、次は皆さんがお墓に行けるようにしたい」との申し出があった。

墓参団長を務めた千島歯舞諸島居住者連盟根室支部長の宮谷内亮一さん(68)は「墓へ行けなかったのは残念だが、ロシア人ハンターからこれまでにない友好的な申し出があり、大きな収穫だった。かつて住んでいた場所の散策もでき、団員にとって有意義な墓参だった」と話した。(同行記者団)

2011-07-20 (Wednesday)

北方領土からの空振続く / 北方領土墓参第一陣出発

根室市など根室管内で断続的に発生している異常振動が収まる気配を見せない。ロシア側が北方領土・国後島で中古爆弾を処理している爆風が要因とされるこの空振だが、外務省が地元の要請を受け、ロシア側に自粛を求めてから約10日、この間も10回を超える空振が観測されている。根室市にはいまだに住民からの問い合わせが相次いでおり、市は5回の空振を観測した19日、外務省に空振の回数などを報告、対応を求めた。

北方領土の元島民と家族による北方墓参の今年度第1陣44人が20日午前9時、北海道の漁業取締船「北王丸」(499トン)で根室港から国後島へ向けて出港した。墓参団の最高齢は89歳。21日に国後島に上陸し、礼文磯(れぶんいそ)と乳呑路(ちのみのち)にある2か所の墓地で慰霊祭を行い22日に帰港する。

根室港で行われた出発式では、訪問団長で元島民団体「千島歯舞諸島居住者連盟」の宮谷内亮一根室支部長(68)(国後島乳呑路)が「国後島には201人が埋葬されている。島々に思いをはせて一日も早い領土返還を誓いたい」とあいさつした。

25〜28日には択捉島の3か所の墓地でも墓参が計画されている。

2011-07-18 (Monday)

国後島 道路舗装始まる

北方領土・国後島で新設されたアスファルト工場が稼働を開始し、島の中心地、古釜布(ロシア名ユジノクリーリスク)で18日、アスファルト舗装工事が始まった。同日は約200メートルが舗装された。

現地筋によると、島には1990年代後半に一時、工場があり、1キロ程度舗装されたが、その後設備が壊れて稼働しなくなっており、工場新設は地元では「歴史的な出来事」と歓迎されている。地元当局の計画によると、今年秋までに古釜布と、空港などに通じる幹線道路の一部、計4・7キロを舗装する予定。

メドベージェフ大統領は昨年11月、国後島をロシア元首として初めて訪問した際「ここが発展するよう資金を投入することが大事だ」と述べ、インフラ整備に強い決意を示していた。(共同)

2011-07-17 (Sunday)

松山千春 徳光和夫とラジオ5時間

フリーアナウンサーの徳光和夫(70)がパーソナリティーを務めるニッポン放送「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」は16日、来年、デビュー35年を迎えるフォークシンガーの松山千春(55)にスポットを当て、千春の出身地である北海道・札幌のSTVラジオから5時間20分にわたって生放送した。

同番組が地方のスタジオから完全生放送したのは番組開始以来初。いちアーティストの5時間以上の特集も初めてで、この日は東日本大震災、女子サッカーW杯など、話題は多岐に渡った。

千春の大ファンでコンサートにも足を運ぶ徳光が「生の千春さんに圧倒された」というと、千春は来月20日に「24時間テレビ」でマラソンに挑戦する徳光に「お互い心臓に病を持つ身としては無理をしないで欲しい。勇気を貰います」とエールを送った。

2011-07-13 (Wednesday)

松山千春 五木ひろし公演に出演へ 他

歌手五木ひろし(63)が29日に東京・中野サンプラザで開催する「東日本大震災・復興支援 五木ひろしチャリティーコンサート」に歌手松山千春(55)が出演する。演歌の五木とフォークの千春の競演は初めて。異色のコラボレーションで震災地の復興を強力に後押しする。

五木にとって千春との異色コラボは長年、温め続けてきた企画だった。震災直後「何か自分に出来ることはないか」と考え続けてきた五木は、自ら千春に電話をかけ、出演を直接交渉。千春は当初、「五木さんは演歌歌手でもあるし、演歌の仲間と一緒にやるのがベストじゃないか」と断ったという。

しかし、五木は引き下がらず「とにかく千春と一緒にやりたい。千春以外ない」と言い切ったといい、そんな熱意に千春も「そこまで言ってくれるなら…」と出演を了承した。

6月1日朝刊報道の繰り返し。

北海道根室市などで北方領土の国後島方面から地鳴りのような音が聞こえていた問題で、道は13日までに、在日ロシア大使館から外務省を通じ「中古爆薬の処理をしていた。軍事演習ではない」と連絡があったと明らかにした。

根室市や羅臼町などで、今年4月以降、窓や建物を震わせる空振と大音響が断続的に確認され、住民から不安の声が寄せられていた。根室市は外務省に事実関係の確認を求めていた。

正式回答。

2011-07-12 (Tuesday)

北方領土ビザ無し交流第三陣 帰港

日本側からのビザなし訪問団第3陣となる「北方領土返還要求運動連絡協議会(略称・北連協)主体の船」が11日、国後島と択捉島訪問を終え、チャーター船「ロサ・ルゴサ」(480?)で根室港に帰港した。記者会見では、戦前の択捉島紗那、留別、別飛の各村の住民でつくっていた句会「風雅会」が1912年に紗那市外に建立したという句碑が、クリル発展計画の道路拡幅工事区域に入りながら、ロシア人島民がこれを保存し、さらに土台をコンクリートで強化する作業を行っていたというエピソードが披露された。

消えつつある歴史の記憶−−。今年度の北方領土へのビザなし渡航日本側第3陣の一員として11日根室に戻った長谷川栄子さん(83)=横浜市=が現地で見たのは、かつての職場の変わり果てた姿だった。長谷川さんは終戦時、択捉島の紗那(しゃな)郵便局に勤めていた。故郷に戻ることも、懐かしい風景を守ることもできない現実。朽ちかけた建物を目の当たりにし、長谷川さんは「何でこんなことに……」と悔し涙を流した。

長谷川さんらが旧紗那郵便局を訪れたのは9日朝。市街地を下りる坂の途中から見えた建物は、屋根がはがれ、窓ガラスも外され、崩壊寸前だった。長谷川さんはここに約9カ月間勤務していた。ソ連軍侵攻の直前は、局長を含め25人が郵便、貯金、無線の業務に就いていたと記憶している。

05年のビザなし渡航で訪問した時は、外壁がロシア人好みの青色ペンキで塗られていたものの、建物はきれいだった。「クリリスク郵便局」として現役で使われており、60年前に貯金係として仕事していた椅子に座らせてもらった。その瞬間、18歳当時の記憶がよみがえってきたという。「周りに座っていた人たちの顔が目に浮かんだのですが、ふっと後ろを振り返ると誰もいなかった。みんな死んでしまっているんです」

戦前、北方領土には約3250棟の日本家屋があったとされる。今も残っているのは数棟だけで、紗那郵便局はその中でもロシア風の改造が最小限にとどまり、ほぼ戦前の日本建築の面影をとどめた状態だった。

日本側は建物の保存に向け、04〜05年に調査団を3回にわたって派遣。復元の際に必要になる平面図や断面詳細図を作成した。しかし日露の管轄権の問題などで保存の動きは進んでいない。

「いつか復元されたら、最初に見に来よう」。長谷川さんは05年以降、その日を夢見ていたという。再訪で厳しい現実を突きつけられ「(夢は)崩れてしまったかもしれないですね」と寂しそうにつぶやいた。【本間浩昭】

北方領土ビザなし交流訪問団49人が8日から10日まで、国後島と択捉島を訪問した。8日に訪れた国後島は気温が低く一日中曇り空だったが、建設中の港湾施設や空港などを視察した。

島の中心集落・古釜布にある「日本人とロシア人の友好の家」は、訪問団の交流施設として利用されている。前衆議院議員の鈴木宗男氏とのかかわりが深いことから、国会で「ムネオハウス」と言及されたこともある。(7月8日、鈴木健児撮影)

パノラマ写真はリンク先で。

2011-07-08 (Friday)

北方領土ビザ無し交流第三陣 出発

北方領土へのビザなし渡航日本側第3陣(水谷雄二団長ら49人)が7日、根室市の根室港から国後、択捉の両島へチャーター船で向かった。3泊4日で訪問し、国後島ではロシアの子供らに浴衣を着せて日本文化を体験してもらうほか、オホーツク海に面した海岸でゴミの漂着調査をする。択捉島では東日本大震災の現状などを報告する形の意見交換会を行う。【本間浩昭】

2011-07-07 (Thursday)

ロシア全権代表 北方領土共同開発促す

ロシア極東連邦管区のイシャエフ大統領全権代表は7日、北方領土の経済開発に関連し「日本が来なければ韓国が、韓国が来なければ中国が来る」と述べ、ロシア側が提案している共同経済開発への参加を日本に呼び掛けた。インタファクス通信が報じた。

イシャエフ氏は北方領土について「開かれたロシアの領土」だとした上で「原油もガスもレアメタル(希少金属)もあり、投資家は経済的に魅力的な地域であることを理解している」と強調した。

日本政府は、北方領土の共同経済開発はロシアの管轄権を認めることになるとして慎重姿勢を貫いているが、イシャエフ氏は「日本が受け入れて、われわれと一緒に働くことになると思う」との見通しも示した。(共同)

2011-07-05 (Tuesday)

鳩山由紀夫 日露友好勲章を授与される / 鈴木宗男 松木謙公議員にラブコール 他

民主党の鳩山由紀夫前首相が5日、日露友好関係の発展に貢献したとしてロシア友好勲章を受章した。都内のホテルで行われた授章式で、訪日中のナルイシキン大統領府長官から勲章を授与された。

鳩山氏はあいさつで、友好関係は日ソ共同宣言を交わした祖父の一郎元首相の代からと説明。長男の紀一郎氏はモスクワ大で交通渋滞の問題を研究し、さらに「5代目はモスクワで昨年生まれました」と紹介、日露友好の精神が引き継がれていることも強調した。今後は「信頼関係を深く固くすることが大事」と述べ、意欲を表明した。

ただ、来年3月投票予定の大統領選を視野に、メドベージェフ大統領は北方領土問題で強硬姿勢を打ち出して国民の支持を拡大しようとしており、この時期の授章には対露外交に柔軟な鳩山氏を取り込もうとする思惑がありそうだ。 

不信任案採決では、松木謙公、横粂勝仁両代議士が賛成票を投じ、除籍処分になった。あの状況であえて賛成したのは菅首相の政治手法、震災対応を一貫して批判し、絶えず警鐘を鳴らしてきたからだ。信念、筋を通した政党政治化であり、言行一致の姿である。フラフラする議員が多い中、珍しくぶれない胆力があると評価したい。

松木氏は藤波孝生先生(故人)の秘書当時からよく知っている。藤波先生は不幸にもリクルート事件に巻き込まれてしまった。事件がなければ間違いなく藤波政権ができたことだろう。藤波先生が不遇の時代、秘書として支えてきた松木氏だ。当選3回だが、5、6回にも匹敵する経験をしている。

もともと札幌出身で札幌から選挙に出ていたが、民主党で北海道第12区(網走、宗谷)に国替えとなった。一昨年の政権交代選挙ではあの?偉大なるイエスマン?(編集注・自民党武部勤元幹事長)に堂々と勝利した。松木氏は52歳、これからが政治家としての本舞台である。

この有為な人材を放ってはおけない。松木氏が新党大地・鈴木宗男の応援はいらないと断ってきても私は応援してゆく。

12区で新党大地は5万前後の得票があるので、それなりにお役に立てる。アイヌ民族の権利確立、北方領土問題解決等、新党大地の理念と松木氏の考えも差はないと思うので、こちらからお願いしてでも協力して参りたい。北海道における新しい政治勢力結集についても松木氏と相談したい。私も松木氏も乱世が合っているので、国民目線でしっかりタッグを組んで「北海道が良くなれば日本が良くなる」を実践して行きたいと思う。

来日中のロシアのナルイシキン大統領府長官が5日、東京都内で記者会見し、北方領土問題をめぐる対立から日露平和条約の締結が困難な現状について「第二次大戦の原因と結果に対する双方の異なる見解」に起因すると指摘し、12月にも両国間の歴史を検証するための専門家委員会が開催されるとの見通しを示した。

北方領土問題に関する歴史専門家の委員会設置については今年2月の日露外相会談でラブロフ外相が提案したが、前原誠司外相(当時)が消極的な姿勢を示している。一方、ナルイシキン長官は、委員会開催はロシア側の歴史専門家の決定とし、日本側からも参加するとしている。(共同)

2011-07-04 (Monday)

首相 ロシア高官と会談 / 観光客34人 ロシアビザで北方領土訪問 他

菅直人首相は9日、ロシアのナルイシキン大統領府長官と官邸で会談し、首脳レベルの協議を通じた北方領土問題の打開に意欲を示した。11月のメドベージェフ大統領との会談を踏まえ「領土問題でも経済問題でも首脳同士で話し合うことで合意した。これからしっかり話し合いたい」と述べた。

ナルイシキン氏はこの後、仙谷由人官房長官とも官邸で会談。仙谷氏は「平和条約が結べるところまで互いの理解と協力を得られるよう、尽力をお願いしたい」と強調した。

一連の会談で、北朝鮮による韓国砲撃やウラン濃縮施設建設を受けた北朝鮮情勢についても意見交換したとみられる。

欧州など5カ国の観光客34人が6月、ロシアのビザを取得し北方領土の国後、択捉両島を訪問していたことが4日、分かった。旅行を企画したロシア極東カムチャツカ地方の旅行会社「トラベル・パシフィック」が明らかにした。

日本政府はロシアの管轄権を前提とした北方領土入りは受け入れられないとの立場だが、同社は「日本政府の立場は知らない。ロシアの法律にのっとって旅行を実施した」としている。

一行は英国、ドイツ、オーストラリアなど5カ国の34人とロシア人8人の計42人。6月14日に国後島、15日に択捉島を訪問した。同社によると、9月にも外国人の団体観光客の北方領土ツアーが計画されている。

北方領土にはこうした観光客だけでなく、商用目的の日本人や中国人、韓国人もロシアのビザを取得して入域する事例が絶えない。(共同)

択捉島のオホーツク海側北部を3泊4日で訪れた元島民らの自由訪問第2陣(山本昭平団長ら50人)が4日、根室市の根室港にチャーター船で戻った。副団長の渡辺彰さん(58)=網走市=は記者会見で、国後島沖で行われた1日の入域手続きと4日の出域手続きで、ロシア側が団員全員を一人ずつ顔写真と付き合わせる本人確認作業を受けたことを明らかにした。

本人確認はビザなし交流で下船時や乗船時に実施されてきたが、元島民らが故郷を訪問する北方領土墓参や自由訪問ではこれまでないとみられ、出入域手続きの厳格化がうかがえるという。山本団長は「一室に集められて名前と人相風体を確認された。これまでなかったこと」と話している。【本間浩昭】

2011-07-03 (Sunday)

北方領土の農場 中国人を雇用

日本政府が、北方領土での第三国の経済活動を容認できないとするなか、国後島にある農場が、ロシア当局の許可を得て中国人の労働者を雇用したことが分かりました。

中国人の労働者を雇用したのは、国後島にある農場で、3日午後、6人の労働者が船で国後島に到着しました。これらの中国人たちは、ロシア当局から外国人の労働許可を得ていて、国後島の古釜布などにある13ヘクタールほどの農場で、ジャガイモやニンジンなどの栽培を行うということです。この農場の経営者の男性は、NHKの取材に対し、「中国人はまじめに働き、野菜の育て方もよく知っているので雇った。正式な労働許可もある」と述べ、雇用に問題はないと強調しました。北方領土での第三国の経済活動について日本政府は、ロシアによる実効支配を正当化しかねず容認できないという立場です。しかし、最近はこれに反して、サハリン州政府が北方領土を含む地域への投資を呼びかけるセミナーを北京で開催するなどの動きが目立っていて、今回、中国人の雇用が分かったことで日本側のさらなる反発を招くことも予想されます。

2011-07-02 (Saturday)

松本外相 9月に訪露検討 他

松本剛明外相が9月にロシアを訪問し、東シベリアの開発など経済協力を官民で推進する「円卓会議」の初会合に出席する方向で調整していることが1日、分かった。円卓会議は、2月に前原誠司前外相が訪露した際、フリステンコ産業貿易相らとの会合で合意した。両国の経済協力を拡大し、停滞する北方領土交渉への足がかりを築きたい考えだ。

日露関係は東日本大震災後も続いたロシア閣僚の北方領土訪問でぎくしゃくしたが、5月の仏ドービルでの日露首脳会談で、北方領土問題について「静かな環境下で協議を継続する」との方針で一致した。【犬飼直幸】

亀井静香首相補佐官(国民新党代表)は2日、東日本大震災の被災地視察で訪れた宮城県石巻市で、記者団に対し、菅直人首相が退陣条件に挙げる今年度第2次補正予算案や特例公債法案などの成立について「(要する時間が)短ければ短いほど、被災地の復興が早く進み、良いことだ。そうすれば秋風の吹く頃にお遍路に旅立てる」と述べた。同法などが成立すれば、8月末の国会閉会後には首相が辞任するとの見通しを示したものだ。

視察には菅首相が自民党から一本釣りで起用した浜田和幸総務政務官も同行。亀井氏は浜田氏起用に反発する自民党を「未曽有の大災害で政府を批判ばかりしてはだめ。けちをつける方が悪い」と批判した。

退陣→お遍路が既定路線扱いになっています。

2011-07-01 (Friday)

ロシア大統領府長官 4日来日

外務省は1日、ロシアのナルイシキン大統領府長官が4、5両日、日本を訪問すると発表した。4日に菅直人首相、枝野幸男官房長官とそれぞれ会談、北方領土やエネルギー問題などをめぐり意見交換するとみられる。

COOL ONLINE 無料サービス終了

COOL ONLINEの無料会員サービスが昨日6月30日をもって終了となりました。

2002年当時にはムネオハウス関係のミラーサイトが幾つか作られていたCOOLですが、当方の観測していた範囲では、今回のサービス終了まで生き残っていたページは以下の4つでした。

他のサービス程設備が良くなかったのが幸いしたのか、そのほとんどが作られてもすぐに管理者により削除されていたため、これくらいしか残っていませんでした。