Hatena::ブログ(Diary)

日経BPフードサイエンスの過去記事

2010-09-04

2010年3月にサービス中止された日経BP社のFoodScienceに連載していた記事を暫定的にそのまま掲載しています。文章中にあったリンクは貼っていません。

ここはとりあえずの置き場所ですので移動する可能性もあります。ご承知おきください。

2010-03-24 科学的に評価したリスクに基づいて対策を

 3月9日付で消費者庁から「トランス脂肪酸の表示に向けた今後の取組について」という発表があり、大臣記者会見をもとにメディアでも報道されたようです。渡辺宏さんのブログに報道各社の見出し比較が掲載されていておもしろかったので参考までに。http://www.kenji.ne.jp/blog/index.php?itemid=702

トランス脂肪酸については既にFoodScienceで二度ほど取り上げていますので特に新しいトピックスがあるわけではないのですが、消費者庁の行った「トランス脂肪酸に係る情報の収集・提供に関する関係省庁等担当課長会議」で意見を求められた経緯がありますので少し説明したいと思います。

資料については消費者庁のホームページに掲載されています。

トランス脂肪酸だけではなく、また食品に限ったことではありませんが、いろいろな問題にどう対処するかを決める場合には、何にために対策を行い、そのメリットやデメリットはどうかといったことをできるだけ科学的根拠に基づいて判断することが望まれます。この場合の「科学」には社会科学も含まれます。

政府の目的は国民の健康と福祉の向上であり、国内の多くの事業者にとってもその目的は共有できるはずだと思います。解決すべき課題は、限られた資源をどう効果的に振り分けて、最小限のコストで最大限のパフォーマンスを得るか、ということです。最良ではなくてもより良い解を得るように努力すべきでしょう。そのために食品の安全性の分野ではリスク分析という手法を取り入れてきているのです。

しかしながらリスク分析の3要素(リスク評価・リスク管理・リスクコミュニケーション)のうち、特にリスクコミュニケーションがうまくいっているとは思えないのが現状です。トランス脂肪酸については日本では詳細リスク評価は行われていませんが、食品安全委員会の作成したファクトシートだけでも、リスクはそれほど大きくないだろうと推測できますのでコストのかかる完全リスク評価は必要ないだろうと考えられるのですが、政治的?配慮からか食品安全委員会はリスク評価を行うという意向が表明されています。詳細リスク評価が必要か、あるいは可能かどうかも含めてリスクコミュニケーションなのですが、その時点で既にあまりうまくいっていない印象があります。リスク評価が必要であってもデータがないのでできない場合もあります。日本のトランス脂肪酸については、平均的には問題が無くとも特定の食生活をおくっている人に問題があるかもしれないということがしばしば主張されますが、それなら評価すべきは高摂取群におけるリスクであり、そのためには高摂取群とされる人達の食事摂取に関するデータが必要です。現在日本では例えば英国で設定している「ベジタリアン」や「施設にいる高齢者」「自宅にいる高齢者」といった細かい集団ごとの食事摂取量データはないはずなので評価は困難という結果が予想できます。

トランス脂肪酸をどうこうする以前に、このようなリスク評価の基礎となる地味なデータの集積が必要なのです。私が関係省庁等担当課長会議で意見として言いたかったことは、日本人の疫学データや食事摂取量データなどの地味な基盤研究を長期的視野で支援・整備して欲しいということです。そしてリスクに基づいた意志決定がなされるようになって欲しい。

今週Natureのニュースに掲載されていた記事にイタリアでレストランでの食品添加物禁止というものがありました。

もとはといえば分子調理(例えば液体窒素で迅速冷凍したりというハイテクを駆使した調理法)の隆盛から伝統的イタリア料理を守ろうという担当次官の意向だったようですが、ほぼ全ての食品添加物を禁止したため「伝統的イタリア料理」すらレストランでは作れなくなってしまうという事態になっているようです。これは「新しいものより古いもののほうが良い」「合成品よりナチュラルなものが良い」という、よくある思いこみを持った人による暴挙の一例です。このような規制が誰にとっても利益にならないことは明白なのですが、マスコミに誘導されてポピュリズムに走るとしばしばそういう事態を招きます(この法を作ったきっかけは伝統料理を推進するテレビ番組だそうです)。日本の政治家にも同様の間違った思いこみの強い人たちがいて、「政治主導」で仕組みを変えると主張していますから必ずしも遠い国の関係のないこと、とは思えません。

ただしイタリアの規則は2010年12月に有効期限が切れること、この規則に違反したことによる取り締まりや告発を誰も望んでいないことなどから影響は限定的だろうとのことです。

規制を行うのなら科学的根拠に基づいているかどうかを検討することが必須、ということが世の中の常識にななって欲しいと思います。

これまで、一般的に食品安全上の問題とされている事柄の多くが、真の食品安全上の問題ではなく、コミュニケーションの問題であるという事例をたくさん紹介してきました。いろいろな問題の解決策の一つは、できるだけ多くの方に理解してもらうことだと思っています。

FoodScienceが終了するということで、この場で続けることはできなくなりましたが、もともと私は情報収集・整理・提供が皆様から頂いた税金で雇われている仕事です。そのため原稿料は頂かず、FoodScienceが有料でも無料公開をお願いしてきました。Webmasterの中野様には編集や掲載の作業をサービスとしてやって頂いたようなものです。今後も情報提供は継続するつもりですしFoodScienceの過去記事もどこかに移して公開し続けることを検討しています。何か良い案がありましたら提案して頂ければ幸いです。

2010-02-24 「環境ホルモン」問題はどうなった?BPAの評価を巡る世界の動向その2

 2008年5月、「『環境ホルモン』問題はどうなった? ビスフェノールAの評価を巡る世界の動向『その1』」を書いてから、2年弱がたちました。この間、この「環境ホルモン」という言葉もほとんど聞かれなくなりましたが、実際にビスフェノールAの問題がどうなったのか、まとめてみます。

 まず、これまでの法的措置を見てみましょう。08年の時点では、カナダが世界で初めてほ乳瓶へのポリカーボネートの使用を禁止する予定であるという状況でした。このビスフェノールAを含む乳幼児用のほ乳瓶の宣伝・販売・輸入を禁止するという具体的規制案は、ヘルスカナダが09年6月に発表し、同年9月10日までパブリックコメント募集が行われました。現在は募集期間が終了し、その意見をとりまとめていると思われます。最終報告はまだ発表されていません。

 一方、化学物質管理計画の一環として環境中への排出を削減するため、工場排水中のビスフェノールA濃度の規制案も作成しており、こちらも進行中です。規制については手続きは進行しているものの2年前からあまり変わっていないというのが現状です。

 リスク評価とリスクコミュニケーションに関しては、前回「その1」で、欧州食品安全機関(EFSA)と米・国家毒性プログラム(NTP)の評価についてはお伝えしました。その後、ビスフェノールAに心疾患などとの関連があるかもしれないといった論文が発表されたといったニュースがメディアを賑わせたことが何回かありましたが、その度にEFSAやほかの規制当局は「そのような解釈は成り立たない」という見解を発表しています。主なものは次の通りです。

○EFSA

ビスフェノールAと医学的疾患の関連についての研究に関するEFSAの声明:CEFと評価法専門委員会による合同声明(24.10.2008)(要約)

 JAMAの2008年9月16日号に発表されたLangらの成人の尿中BPAと疾患の関連についての研究は因果関係を示す十分な証拠にはなり得ず、TDIを改訂する必要はない。


○BfR

ビスフェノールAの新しい研究は過去のリスク評価に疑問を呈するものではない(19.09.2008)(要約)

 JAMA(300 (2008) 1303-1310)とPNAS(105 (2008) 14187-14191)に発表された2つの論文を評価した結果、BfRはこれらの知見はこれまでのリスク評価に疑問を投げかけるものではないと結論。

○AFSSA

Stahlhut (2009)らによるヒト尿中ビスフェノールAの論文についてのAFSSAの意見

 この研究(EHP Volume 117 Issue: 5 Pages: 784-9.)は、これまでのリスク評価に影響しない。

 ここで問題になっている論文は、何らかの病気と何らかの物質の存在や濃度に「関連があった」というもので、一般論として相関関係があるということは必ずしも因果関係があるということを意味しないという基本的なことが評価機関によって指摘されています。このような、危険がある可能性があるという論文が出るたびにメディアで大々的に報道され(リスクはないという論文ももちろん発表されているものの、ニュースになることはない)、当局が論文の欠点などを指摘しても一般の人々には危険らしいという印象だけしか残らないという状況はGM(遺伝子組み換え)作物の場合と同じです。

 さらにここにNGOや民間団体からの「告発」が加わります。ドイツでは民間団体がビスフェノールAを使っていないおしゃぶりからビスフェノールAが溶出すると発表したため、BfRが検査を行ってそのようなことはないと発表しています。

○民間団体の発表に対するBfRの見解

おしゃぶりのビスフェノールA −BfRの検査結果(04.11.2009)

 米国ではコンシューマーリポート(消費者団体)が缶詰食品のビスフェノールAについて特集を組み、「ビスフェノールAフリー」と表示してある缶詰からも検出されたと報告しています。検出されているのはppbというレベルです。

○米国コンシューマーリポート(消費者団体)

Concern over canned foods

Our tests find wide range of Bisphenol A in soups, juice, and more (December 2009)

 またカナダでも「ビスフェノールAフリー」として販売されているほ乳瓶からビスフェノールAが検出されたというニュースがあり、そのもとになったのはヘルスカナダの調査結果でした。発表された論文では一部の製品からpptレベルのBPAが検出されており、ヘルスカナダの研究者はこの結果は製造時の混入によるアーチファクトである可能性が示唆され、健康上に問題になる量ではないと言っているのですが、製造業者はこれまで検出されていないと、市民団体はたとえわずかでも検出されたら「BPAフリー」ではないと反論しているようです。食品という極めて雑多な化合物を大雑把に扱っているのが普通の状況下で、検出されたのがppt(1兆分の1、10のマイナス12乗)というレベルならゼロとみなしてもいいだろうと思うのですが、消費者は許せないと考えるらしいです。

○カナダの報道

When BPA-free isn’t(July 30th, 2009)

 そのような状況下でNTPとは別に評価を行っていた米国食品医薬品局(FDA)ですが、09年に政権交代に伴い長官が変わりました。このことがビスフェノールAの評価にどういう影響を与えるかが注目されていましたが、10年1月15日にNTPの結論に合意し、さらなる研究に資金を提供するとともに暴露量削減のための簡単な対策を助言するという発表がありました。

○米国FDA

Update on Bisphenol A for Use in Food Contact Applications: January 2010(01/15/2010)(要約)

 規制を行う根拠となるようなデータは現時点では存在しないため、法的対応はとりませんが、自主的に使用を削減するよう促しているため、前政権時代の長官の意見よりは有害性を主張する意見を重く見たと言えます。

 新たな研究課題としてげっ歯類の行動や神経解剖学といった分野が入っていて、これが簡単に結果が出るとは思えないため、さらに問題が長期化するかもしれないと思います。行動への影響というのは、もともと毒性学的評価方法もヒトでの意味も確立されていない分野ですし、しかもごく微量の影響を検出するという話ですから。ビスフェノールAの微量での影響についての研究は既に10年以上精力的に行われてきました。それでも決定的な根拠は出ていないので、さらに1-2年でめざましい成果があがると予想するのは困難です。

 さらに、フランス食品衛生安全庁(AFSSA)が報告しているように、もし微量での特定時期での暴露による影響がヒトにとって重要な意味を持つのであれば、見直しが必要になるのはビスフェノールAだけではなく、ほかの数多くの天然化合物も同じなのです。

○AFSSA

Bisphenol A: AFSSA recommends the development of new assessment methods(5 February 2010)(要約)

 食品がヒトに全く影響を及ぼさないということはありません。どこまでを有害影響と判断し、どこまでを許容範囲とみなすかという根本的な問題が問われているのかもしれません。しかし、これは答えを出すのがとても困難な課題です。

 ビスフェノールAについてはオーストラリア当局は一貫して冷静です。オーストラリア・ニュージーランド食品基準機関(FSANZ)はFDAの発表を受けて、ファクトシートを更新しています。

○FSANZ

ビスフェノールAと食品容器(要約)

 そしてニュージーランドのNZFSAは、2月のAndrew McKenzie長官のコラムでビスフェノールAの問題を取り上げ、科学的根拠ではなく一般の人々の感覚(これがメディアの不正確な報道に影響されていることは誰もが認識していることです)を基準に政治的判断がなされ、規制などの意志決定が行われてしまうことはデメリットが大きいと述べています。

○長官のコラム

一般の意見により行われたBPAのリスクについての決定(要約)

 今後の予定として、EFSAは今年4月に専門家会議を行い、5月にEFSAとしての意見を採択する予定です。また今年10月にオタワでヘルスカナダが主催するビスフェノールAに関するWHO科学専門家会合が開催されます。日本の食品安全委員会でも、器具・容器包装専門調査会に設置された「生殖発生毒性等に関するワーキンググループ」で審議していた結果がそろそろ出るのではないかと思われます。

 米国の研究成果がどのくらいの期間で出るのかどうかは不明ですが、なんらかの発表はあるでしょう。これらについてはさらに「その3」でお伝えすることになると思います。

2010-01-27 豆乳の憂鬱〜BPAと類似の評価結果なるもメディアの扱いがまるで違う

 2009年12月16-18日、米国国家毒性プログラム(NTP)のヒト生殖リスク評価センター(CERHR)の豆乳ベースの乳児用ミルクの評価専門委員会が会合を行い、豆乳に含まれるイソフラボンが発育に悪影響があるかどうかについての評価を行いました。これは06年に開始されたプログラムで、今回初めて最終段階に差し掛かっています。この段階での結論は、豆乳ベースの乳児用ミルクの有害健康影響については、12人中10人の委員の賛成をもって5段階の懸念レベルのうち下から2番目の「最小限の懸念minimal concern」に分類されるというものでした。

 実は、CERHRは06年にダイズイソフラボンの一種であるゲニステイン単独について評価を行い、その際には成人はもちろん新生児や乳児についても最低ランクの「懸念は無視できるnegligible concern」と結論されていました。今回それが引き上げられたのは、有害影響を示唆する多くの動物実験や1つのヒトデータが出てきたからと説明されています。ただし、ヒトでの質の良い研究データはないとも記されています。

 豆乳ベースの乳児用ミルクについての評価結果を冷静に判断すれば、特に現時点で何らかの制限策が必要ということはなく、普通の生活を送っている分には心配する必要はないということです。何についても同じことですが、そればかりをたくさん食べることは薦められません。研究は今後も継続されますので、何か新しい発見があれば見直されます。

 この内容についてはビスフェノールAの評価書と類似しており、評価結果もよく似たものになっています。つまりビスフェノールAの胎児や乳幼児への暴露による乳腺や女の子の思春期早発についての懸念レベルは「最小限の懸念minimal concern」、脳・行動および前立腺への影響については「幾分かの懸念some concern」であり、その根拠となったのは主に動物実験の結果で、ヒトでの信頼できるデータはない、ということです。

 CERHRの用いている分類では最も上のものが「重大な懸念があるserious concern」、次が「懸念があるconcern」、その次が「幾分かの懸念some concern」という順番です。明文化されているわけではありませんが、何らかの対策が必要とされるのは上の2つ目まで、その下2つは研究費を出すことが正当化される、最後の1つは研究費の配分は必要ない、といったふうに解釈されます。

 しかしながら同じ機関による2つの似たような報告の、メディアでの扱いは全く違ったものでした。ビスフェノールAの報告については、米国メディアはもちろんのこと日本でも大手新聞はじめ各メディアが報道しました。ところがダイズイソフラボンについては米国でもほとんど報道されておらず、日本でも、少なくとも私はこの報告書を伝えるニュースを見聞きしていません。

 豆乳ベースの乳児用ミルクという商品はあまり一般的ではありませんが、日本人なら赤ちゃんの離乳食に味噌汁や豆腐や納豆といった大豆製品を使うことは良くあると思います。米国人よりはダイズイソフラボン暴露量が多いと考えて良いでしょう。でもダイズイソフラボンのホルモン様作用を気にして赤ちゃんにダイズ製品を食べさせまいとするような人は相当珍しいと思います。一方、ビスフェノールAについては徹底的に排除しようと呼びかける団体もあり、心配している人はそれなりにいるのではないでしょうか。

 一般的消費者のそのような認識の違いは、同じような安全上の問題であっても、メディアが一方は何度も繰り返し報道し、一方については無視するためであるということを象徴するような出来事だと思います。メディア側は多分、消費者がそのようなニュースを望んでいるからそうなるのだと言い訳するでしょう。結局のところ科学者がどんなに慎重に公平に判断しても、世間には正しくは伝わらない、ということです。

 ビスフェノールAの評価については「その1」を書いてからかなり時間が経ってしまいましたが、もうすぐ米国食品医薬品局(FDA)の評価結果が出るということですので、それを待ってからもう一度まとめてみたいと思います。

 年末にはもう一つ、豆乳に関するニュースがありました(要約)。オーストラリアで日本産のBonsoyという豆乳飲料を飲んだためと疑われる甲状腺の問題が見られる患者が約10人報告され、製品がリコールされているというものです。患者の一人は母親が妊娠中に飲んだ乳児です。オーストラリアのほかに香港、シンガポール、アイルランド、英国、ドイツなどで食品安全担当機関からリコールに関する情報が発表されています。リコールの原因は豆乳そのものではなく、この製品に添加されていた昆布エキス由来のヨウ素です。

 オーストラリアとニュージーランドにおけるヨウ素欠乏については以前説明したことがありますので参照してください。この商品は平均的日本人が摂っても健康上問題になるようなことはないだろうと考えられますが、ヨウ素欠乏状態にある人がたくさん使うと甲状腺ホルモンの値が異常値を示すことはあるでしょう。

 問題なのはこの商品の売られ方です。オーストラリアでのBonsoy豆乳の販売業者は、Spiral Foodsという味噌や醤油などの日本食品や有機食品などを扱っている、いわゆる「エコ」や「ナチュラル」を指向した業者のようです。企業ロゴが陰陽マーク(大極図)をデザインしたものであることから東洋風のものが好きなようです。Bonsoy豆乳は「日本の伝統のレシピ」として豆乳に昆布エキスとハトムギを入れたものという紹介になっています。このへんで日本人としては疑問に思うところですが、それをミルクの代用品として、コーヒーショップなどでもベジタリアン用のカフェラテを作るのに使ったりしていたようです。

 さらにSpiral Foods社の商品説明コーナーでは、医師に相談した上でとの断り書き付きですが、赤ちゃんにも薄めて飲ませることができると書いています。基本的に赤ちゃん用ミルクは一般的食品とは別の安全基準がありますから、そういうことは薦められません。ミルクアレルギーがある場合でも豆乳は代用品としては薦められません。ましてこの商品は昆布に由来するヨウ素が多く含まれていて、赤ちゃん用には不適切です。

 Bonsoy豆乳のリコールに関する説明文を読んでも、我々の商品が原因であるという明確な根拠はないとか、食品中のヨウ素濃度に基準値はないから検査していなかったということが主張されていて、同社が主張する「健康的で安全な食品」というのは科学的根拠によるものではなくイメージや思いこみによるものだということを示しています。昆布にはミネラルが豊富に含まれると宣伝していながらヨウ素については知らない、ということは普通はあり得ません。

 さらにこの手の自然食品やオーガニック食品を好んで購入する人たちは、そうでない人たちより食品の選択肢が少ないため特定の商品を多く摂る可能性が高いという問題があります。大抵の食品は、それが異国の食べ慣れないものであっても、時々少量を口にするだけなら何の問題もありません。時には珍しいものを食べてみるのも楽しいでしょうし、最初は珍しがられていたものでもやがて現地の食文化に取り入れられて馴染んでしまうこともあるでしょう。しかし健康に良いという触れ込みで、そればかりを食べるような導入方法はリスクが大きくなります。

 もう一つ気になるのは先の記事でも紹介したヨウ素欠乏対策としてのパンを作る際の塩へのヨウ素添加義務が「有機」パンでは除外されているということです。例え公衆衛生上の措置であっても「添加」は認めないという有機食品関連団体の主張で有機食品にはヨウ素は添加されていません。従って有機食品を選択するのなら自分で適切なヨウ素の摂取に努めなければならないのですが、それが周知されているかどうかは疑問です。Bonsoy豆乳を購入していた人たちが、主に有機食品を食べている人たちで、かつヨウ素についての知識が不十分であるとすれば(Bonsoy豆乳には昆布が入っていることは記載されていたので知識のある人ならわかります)、ヨウ素不足になっている可能性が高い人たちに高濃度のヨウ素を含む食品を販売していた可能性があります。

 日本の輸出業者としては商品をほめてもらっているし、たくさん売れるから歓迎したいことなのかもしれませんが、その結果が世界中に流れる「日本産豆乳リコール」のニュースでは、健康被害とは直接関係のない日本や豆乳まで印象が悪くなってしまいます。

 欧米での日本食ブームに便乗して輸出を考えている食品製造業者も多いと思いますが、相手側の商品への理解度やどのような人たちが購入するのかについても十分検討して欲しいと思います。そして相手国の法令遵守はもちろんですが、基準があるかどうかといった表面的なことだけではなく、科学的にリスクを検討して、リスクに基づいた対応をして欲しいと思います。

2009-12-17 トランス脂肪酸の表示に潜む問題

 このたび消費者庁でトランス脂肪酸の表示についての検討が始まったようです。これは、トランス脂肪酸の表示について検討するように福島瑞穂消費者担当大臣から指示があったためであり、福島大臣が指示した理由は消費者からの要望に応え、今までとは違う、目に見える成果を出したいためであるようです。昨年トランス脂肪酸のリスク評価と各国のリスク管理について説明をしましたが、今回はその後の状況についてまとめました。

 リスク評価については特に新しい知見があったわけではないので大きな変化はなく、主にリスク管理の進行状況を概観してみます。

 カナダは2009年2月に食品中トランス脂肪含量についての調査結果を発表し、企業の協力により順調に削減が進んでいることを示しました。

 米国ではニューヨーク市でのレストランにおけるトランス脂肪の使用禁止が08年7月1日から完全実施となっています。一食当たりに含まれる人工トランス脂肪酸の量は0.5g未満でなければならないという規制です。ニューヨーク市に続いてカリフォルニア州などで同様の規制が導入されています。カナダでもブリティッシュコロンビア州など地方レベルでトランス脂肪規制に乗り出すところもあります。

 アイルランド食品基準庁FSAIでは09年4月、ファストフードレストランで提供されている食品のトランス脂肪酸含有量を調査し、多くの食品で総脂肪量の2%以下で問題はなかったと発表しています。問題があったのは飽和脂肪酸含量の方でした。英国でも同様にトランス脂肪の摂取量が健康上問題はないレベルであるのに対して、飽和脂肪の摂りすぎは重大な問題であるとして、09年2月には飽和脂肪に的を絞ったキャンペーンを行っています。

 オーストラリアとニュージーランドでは09年10月23日付で、加工食品からのトランス脂肪の摂取量は07年以降25-40%の削減に成功したと報告しています。オーストラリア・ニュージーランドではトランス脂肪の表示義務化や最大量の規制などは行わず、食品業者による自主的対応が功を奏した形になっています。その結果ほとんどの人たちでトランス脂肪の総摂取量は総エネルギー摂取量の0.5-0.6%と、WHOの設定した目安である1%より充分低くなっています。一部に高摂取集団がいますが、その主な摂取源はミルクや獣脂などの天然由来のものであり、企業の対策や法的規制ではなく個人の食生活改善によってしか解決が期待できないものです。一方飽和脂肪の摂りすぎについては依然として解決されておらず、今後の対策は飽和脂肪摂取量の削減に集中することになります。

 韓国は09年2月にお菓子類のトランス脂肪酸含量調査結果を発表していますが、前年度に比べて着実に減少していたようです。もともとそれほどトランス脂肪含量が多くはなかったのですが、「ゼロ」と表示できる製品の割合が増えたようです。香港や韓国も加工食品にトランス脂肪酸の表示義務はありますが、トランス脂肪だけを表示しているわけではなくて、総エネルギー、蛋白質、炭水化物、総脂肪、飽和脂肪、ナトリウム、糖なども表示義務があります。

 研究者向けにはJournal of AOAC International 2009, 92 (5): 1249-1326が分析法を始め特集を発行していますので参考にして下さい。先進国では概ね摂取量は減っており、問題になるとすれば途上国、それもバターや獣脂を使って調理する伝統的食品のようです。

 以上のように、表示義務の有無や最大含量に関する法的規制の有無にかかわらず、先進国においてはトランス脂肪の削減が進んでおり、その結果リスクは減少してきています。実際に心血管系疾患の減少という当初の目的が達成されるかどうかは今後の調査を待たなければ分かりませんが、現時点でできることはほぼ実行に移されていると考えられます。むしろ対策すべきはなかなか摂取量が減らない飽和脂肪という状況です。日本ではもともとトランス脂肪摂取量が問題になるような量ではなく、飽和脂肪についても西洋諸国に比べれば摂取量は少ないのでリスクは諸外国より小さいと言ってよいでしょう。

 ところで、もし日本でトランス脂肪の表示について検討するとすれば、大きな問題が一つあります。加工食品へのトランス脂肪の表示義務があるカナダや米国はもちろんのこと、条件により表示する必要があるヨーロッパやオーストラリア・ニュージーランドでは、トランス脂肪含量を表示する場合にはそれのみが表示されているわけではなく、食品の栄養成分表示の中で総脂肪や飽和脂肪含量と一緒に表示される、ということです。

 トランス脂肪は脂肪の一種であり、トランス脂肪を削減した結果飽和脂肪や総脂肪が増えたというのでは意味がありません。日本の場合一般的な加工食品への栄養成分表示の義務がありません。本来トランス脂肪を含め、栄養成分の多寡を論じる場合には全体に占める割合、つまりバランスが大切になります。ですからまず基本的な栄養情報があって、その上で特定の成分が多いとか少ないとかいう話になるのですが、日本ではその基本的な情報提供をする必要性をすっとばしていきなりトランス脂肪の表示という話が持ち上がっているわけです。

 技術士からの提言で藤田哲さんがおっしゃっているように「日本の食品表示制度はOECD加盟国はもとより、BRICsを含めて世界で最も貧弱である」のを放置したままいきなりトランス脂肪酸含量だけを表示したところで意味のある情報提供にはならないでしょう。そしてこの世界標準の食品表示を制度化するとすれば、日本人の食生活の最大の弱点であるナトリウム含量の問題がクローズアップされるのは避けられません。日本人にとって食事由来の最大のリスク要因はトランス脂肪などではなく、ナトリウムでしょうから。

 食事からのナトリウム摂取量の削減対策については現在英国が最先端を走っているように見えますが、飽和脂肪とともにナトリウム摂取量を減らすことが多くの国で公衆衛生上の次の課題となっています。

 消費者のため、という枕詞が消費者の「健康の」ためであるならば、リスクの大きい項目について対策するのが先決でしょう。消費者が間違った情報に踊らされている状態を放置したまま「消費者の機嫌を取る」のが消費者庁の役割だとは思いません。消費者にはまず何よりも適切な情報の提供こそが保証されるべきでしょう。