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2014-06-01 「私の望み」に辿り着くまで -ラブライブ2期8話へ至る道のり このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今回放送された第8話『私の望み』はラブライブ2期のひとつの到達点だった。


ここまで謎のスピリチュアルキャラで通してきた希が、

どのようにして『私の望み』を発露させるに至ったか、まとめてみたい。



□ 1期の希はどのようなキャラクターだった?


それでは1期まで遡ろう。まずは第2話。

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「カードがウチにそう告げるんや!」


堅物の生徒会長(絵里)とミステリアスな副会長、ベタだけど良いキャラ配置だ。

その後も要所要所で2年生に助け舟を出したりして、『μ'sの母』というポジションを固めていく



次に10話。


素直になれないでいる真姫ちゃんに対して、希は背中を押そうとする。

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「海はいいよね、見ていると大きいと思ってた悩み事が小さく見えてきたりする。

 …(中略)…ちょっと話しすぎちゃったかも。皆には秘密ね。」


この話は真姫ちゃんの課題と同時に、希という人間の内面にフォーカスが当たる重要な回でもある。



『μ'sの母』というポジションを得て、無償の愛をメンバーに注いできたと思われた希は

その実、自分がやりたいから・自分の『望み』のために動いていたことを吐露する。


そして唐突に混ざる標準語が、希が仮面を常につけていたことを明確に視聴者に理解させるのだ。



この関西弁⇔標準語のスイッチによって、希というキャラクターは視聴者にとって『何故?』はよく分からないが

その逆、言動の位置づけは簡単すぎる程に理解しやすいキャラクターとなった。


しかしそのギャップがある種の悟りを感じさせており、希の『内に秘めた問題』が何なのか見えにくくさせていた。

次に、希は物語上、μ'sメンバーを教え、導く母のような役割を担っているが、

分かりやすい自身の課題(乗り越えるべき壁)が明示されていない点で海未と共通している

(すでに蹉跌を乗り越えた者を体現しているのかも知れないが)。


ラブライブ!二期は何を語り出すのか - WebLab.ota

結局のところ、1期ではこの『希の問題』についてこれ以上触れられることはなかった。


物語の手続きからすれば、課題が示されていない以上それに対する回答や

希のバックグラウンドについて触れる必要は確かに無いのだが、モヤモヤとしたものが残った感じがしていた。



□ 「チャレンジする勇気やない。諦める勇気。分かるやろ?」


では次に2期を見てみよう。


1期の残課題であった『希の問題』について開始早々の2話で、すでに全力投球をしている。


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「山で一番大切なんは、なにか知ってる?チャレンジする勇気やない。…諦める勇気。分かるやろ?」


このセリフは暗示的ではあったが何を意味しているのか、正直この時点では判断できなかった。

ここに至るまでに、希という人間のバックグラウンドが全く明らかにされていなかったからだ。



この時点で言えたことは、2期において希がある種の『起爆装置になりうる』ということだけ。

しかし1期までとは違い、希が『何か』を仕掛けに来ているのではないという予感がここで生まれた。


そして、この予感を裏付けるように、これ以降も希は極めてあやしいポジションに立ち続けることとなる。



例えば6話。


希が部屋の外で、ことりとにこの会話を意味深に盗み聞くカット(※)があったり、

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(※ このシーンはいわゆる「glee騒動」の1カットである。

    glee本編映像を見ると分かるが、このカットで希に相当する人物は、部屋の中のことり相当の人物と目配せをしている。

    (ラブライブでは、廊下に希がいることをことりは知らない)

   つまりこのカットだけオリジナルのglee演出的に明確に異なっている。

   他のカットはカメラワークに至るまで模している中、この1カットだけ異なっているということは

   何かしら明確な意図があるということだ。)



希だけなぜか分離帯の向こう側にいるというベタベタの演出であったり

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特に理由もなくいきなりセンターだったりする。

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我々の中で『希には何かがある』という予感は確信へ変わっていくわけだ。



そして7話…

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あからさますぎる。

あからさま過ぎて、ここまで来ると逆に怪しくないというか、希容疑者疑惑に突っ込むのが怖くなるレベルだ。


また京極監督が笑顔で手招きしているのが見えてしまった。

そして我々は混乱の局地へと叩き落とされることになる。


(中略)


我々はまさに今、京極監督と花田十輝によって喉元に毒針を突きつけられながら問われているのだ。

「さあ、1話を見てお前はどの可能性(エンディング)にベットするのか」と。


ラブライブ神経毒−花田十輝と京極尚彦の企み - stratoscope


□ 「チャレンジする勇気」と「諦める勇気」


さてようやく8話の話をしよう。


8話で希は「このメンバーでラブソングを歌ってみたらどうやろか」と積極的に曲作りを主導しようとする。

しかしメンバーからも反対意見が出て上手く行かず…


「山で一番大切なんは、なにか知ってる?チャレンジする勇気やない。…諦める勇気。分かるやろ?」

8話にして、この台詞の意味がようやく具体的な形を伴って示されることとなる。…が、大切な部分は『諦める勇気』だけではなかった。



『チャレンジする勇気』。このフレーズと対になることでこの台詞は強い意味を持つ。


絵里に話しかけたのは希の初めての『チャレンジ』だった。

μ'sは希のチャレンジであり、みんなで歌を作ることもチャレンジだった。



でも希はこの『山』(=チャレンジ)を途中で諦めようとする。


「たしかに皆の言う通りや。(中略)今見たらカードもそれがいいって。」

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このシーンで重要なのはカードを見せないこと。

希はここに至るまでたびたび自身の言葉をカードに代弁させている。

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このシーンで、本当はカードは進めと言っているのだ。

また、この娘は海未のように穂乃果に自身の夢を預けたわけではなく、「占い」に夢や希望を代弁させている。

※ この「占い」がどの程度希の本心を反映しているのかよくわからないが……

しかし、一体何故彼女は「占い」という皮を被り、自身の言葉で夢や希望を語ろうとしないのかは不明だし、もしかしたら、絵里と同じように「自分の言葉で語らない」ことによって、何かから身を守っているのだろうか?


ラブライブ!二期は何を語り出すのか - WebLab.ota

つまり2話の時点で示されていた希の台詞とその意味する課題は

『チャレンジはする。でも最後の最後まで押し通すことができない弱さ』だ。



そしてこの回では、あわせて希のバックグラウンドがようやく語られることになる。


「ウチにとってμ'sは奇跡…」「ウチはそれで十分。夢はとっくに……一番の夢はとっくに…」

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1期で希が救ってきた絵里・真姫を経て、2期8話では絵里・真姫に背中を押された希が課題を超える。

2期8話は、1期10話の直系であり物語の手続きとして極めて明解だ。


このコンボは美しすぎて正直震えてしまった。



□ 最終話に向かって


8話は真摯な積み上げ回だった。


次回は「想い」「メロディ」「予感」「不思議」「未来」「ときめき」「空」「気持ち」、そして「好き」。

snow halationで泣く準備は万端だ。


これから物語はどこへ向かうだろうか。


μ'sはこのまま「美しい最終回」にたどり着くことができるのだろうか。

はたまた1期のように紆余曲折がまだ待ち構えているだろうか。


まだまだこの勝負、油断することはできない。

2014-04-20 ラブライブ神経毒−花田十輝と京極尚彦の企み このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

早いものでもう2話まで放送されてしまった。3話はおそらく一気に物語が動くはず。

花田先生と京極監督の煽り攻勢が凄まじいので、戒めとして自分用にここで一度考えをまとめておきたいと思う。



□ 画面の向こう側から挑発されている


2期1話を見た時、CM毎に「敵」から先手を取るために頭をフル回転させる羽目にならなかっただろうか。

   「生徒会長の高坂穂乃果です!」(なにィ…!?)

   「ラブライブ出なくてもいいんじゃないかな」(ファッ!?)

   「雨止めーーーーー!!」(oh...)


幸いなことに1期を経た我々はその「敵」が花田十輝だけでないことを知っている

言うまでもなく京極監督その人のことだ。


まずは如何に監督が曲者であるか例を挙げよう。

時はラブライブ1期がノリにノッてる11話へと遡る。

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何気ないワンカットだが、これには驚愕した。

これを見て気づいたのだ。


そう、OPこそがラブライブであるということに


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そして、直感してしまった

「ああマズイ、これなら1クールでこのアニメの物語を終わらせられてしまう」と


放送枠が1クールだという噂は聞いていたが、ある意味安心していた。

「これだけ風呂敷を広げたものを、そんなに簡単に終わらせられるわけない」

「絶対に分割2クールだ」


しかし、このOP=ラストシーン(ラブライブでのライブシーン)

というメタ的なギミックを使えば、

このラブライブというアニメを綺麗に終わらせることが出来てしまう。


ラブライブ11話で分かったこのアニメのメタ構造 - まっつねのアニメとか作画とか

この美しいラストは私にも見えた。


最終話、OPなしで本編が始まり、ラブライブのステージにμ'sが立って、ほのかちゃんが「さぁ行くよ」みたいなこと言って、EDの代わりにOPが流れ始める。

そして、廃校が解決し、春に新入生たちが入ってくるシーンをカットバックして見せる。そんな最終話が……


問:花田十輝的展開を、ラブライブ12話を見る直前、まったく予想できなかったのは何故なのか?

答:11話に美しいラストを見せられたため、12話に対して準備を怠った。


ラブライブ12話:私は何故花田十輝を信じられなかったのか? -WebLab.ota


1期11話を見た人間は誰しもがこう思ったはずだ。


そしてあの12話・・・

花田十輝の野郎、謀りやがったな・・・!」

アイドルマスターゼノグラシアH2Oで闇討ちを受けたトラウマを思い出し、さぞ苦々しく思ったに違いない。


だが本当にそうか?

まっつね氏の指摘にもある通り、これは本当に「何気ないワンカット」だ。

脚本レベルでこんな毒針が仕込まれているだろうか。


この回の担当は 脚本:花田十輝、コンテ:京極尚彦演出(ライブパート演習):綿田慎也(京極尚彦 となっている。


今になって思えばあのワンカットは京極尚彦からの我々への挑戦状だったのだ。(もしかしたら花田十輝が入れ知恵をしたかもしれないが)


京極監督の腹黒さはこういった視聴者への煽りの巧みさに見え隠れしている。



□ さてここで2期1話を見てみよう


まずはアバン。

全校集会で「生徒会長お願いします」→「この度、新生徒会長となりました!スクールアイドルでお馴染み、私!…ハァッ!(マイク投擲)高坂穂乃果と申します!」→ミュージカル→CM

の流れを見ていた人間は提供になった時こう思ったのではないだろうか。


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「この番組はご覧のスポンサーの提供でお送りします!」

(夢落ちか…?Aパート布団から開始はありうるな。いやしかし本当に…)


そう我々は京極尚彦に挑戦されていたのだ。

「さあ!はったはった!ベットできるのはCMの間だけ!90秒間だよ!穂乃果は本当に生徒会長になったと思うかな!?」


しかし普通の作品ならこの挑戦状はそうそう上手く機能しない。

普通なら「ねーよwwwイミフwwwあ、夢落ちっすかwww」で終わってしまうレベルの話のはずなのだ。


これも京極尚彦の腹黒いところでもある。

1期1話を思い出してほしい。


ED直前やはりミュージカルパートがある。

「ああ、これから一体どうすれば…」「どうすれば…」「「どうすればいいの…?」」(♪だって〜可能性感じたんだ〜)


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このパートは現実には起こっていない「極めて誇張された」内容ではあるが、ストーリー的には嘘ではない。


つまり1期を経てきた我々には、この極めて誇張された表現を「ねーよwww」と笑い飛ばせない毒がすでに全身に回りきっていたのだ。



2期1話Aパート以降もこの調子は続く。


Aパートの終わりでは、

ラブライブ出なくてもいいと思う。」でCMへ突入だ。ココらへんまで来ると花田十輝ノリノリである


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京極監督と花田先生が揃って画面の向こうでニヤニヤしてる図が目に浮かぶようだ。



□ そして極めつけはBパートの中盤〜最後


「(にこ)うるさいわね…ズルでもなんでいいのよ!ラブライブに出られれば…!」→雨が降り始める→(中略)→「よ〜〜〜し!!やろう!ラブライブ出よう!雨止めえーーーー!」→晴れる→「うそ…」

コレである。


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緊迫した展開→雨が降り始める→「よ〜〜〜し!!やろう!ラブライブ出よう!」→(自然に)晴れる

は誰もが想像しただろう。王道で美しく大変分かり易い演出である。


常識的に考えたらこの場面では、キャラクターの心情とリンクさせる形で「勝手に雨が降ってきて」「自然に晴れる」のが常道だ。


しかし「よ〜〜〜し!!やろう!ラブライブ出よう!」の後、京極尚彦はこちらを一瞥してから、穂乃果に後一言セリフを喋らせるのである。

「雨止めえーーーー!」と。


そして我々は混乱の局地へと叩き落とされることになる。


この回の担当は 脚本:花田十輝、コンテ:京極尚彦演出(ライブパート演習):綿田慎也(京極尚彦) だ。

そうあの11話と全く同じ。


我々はまさに今、京極監督と花田十輝によって喉元に毒針を突きつけられながら問われているのだ。

「さあ、1話を見てお前はどの可能性(エンディング)にベットするのか」と。



□ とりあえず落ち着きましょう


3話は、おそらくSTART:DASH!!に相当するテーマ挿入歌であるユメノトビラがお披露目になり、A-RISEも本格参戦する。

まだ3話であることを「常識的に考えると」、A-RISEと戦うのであればμ'sは負けるしかないし、

ユメノトビラもパーフェクトver.ユメノトビラとして最終話で我々の涙腺を崩壊させに来るだろう。

もしかしたら1期8話「僕らのLIVE君とのLIFE」のようなサプライズとして「僕らは今のなかで」を使ってくるかもしれない。


だが深呼吸して落ち着こう。

1期の死屍累々を思い出そう。


廃校とは、留学とは、ラブライブとは何だったか。どうなったのか。思い出そう。


まだまだ花田十輝京極尚彦の企みは始まったばかりなのだ。

軽率な判断は死を招く事になる。


ラブライブからはまだまだ目を話すことなどできそうもない。

2010-01-09

エルフェンリートからソ・ラ・ノ・ヲ・ト〜神戸守の愛するクリムト 【ソ・ラ・ノ・ヲ・ト第一話について】

| 13:29 | エルフェンリートからソ・ラ・ノ・ヲ・ト〜神戸守の愛するクリムト 【ソ・ラ・ノ・ヲ・ト第一話について】を含むブックマーク エルフェンリートからソ・ラ・ノ・ヲ・ト〜神戸守の愛するクリムト 【ソ・ラ・ノ・ヲ・ト第一話について】のブックマークコメント


§ エルフェンリートにおけるクリムト


ソラノヲトと同じ神戸守監督作品であるエルフェンリートでもクリムトのモチーフは使われていて


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こんな感じでOPとEDにモチーフとして使用されている。

これはクリムトの「接吻」と「ダナエ」が元になっている。


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これらの絵の女性はファム・ファタール=運命の女のモチーフ。

この場合運命の女、とは恋愛的な意味だけでなく男を破滅に導くような「魔性の女」も内包する。

エルフェンリートと言う物語におけるファム・ファタールディクロニウスを象徴している。



§ ソ・ラ・ノ・ヲ・トにおけるクリムト


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第一話において伝承のイメージとして使用される。

これらもクリムトのモチーフで、「ベートーヴェンフリーズ」によるものだ。


ベートーヴェンフリーズとはベートーヴェン交響曲第9番、いわゆる歓喜の歌をモチーフとして描かれた壁画だ。

「幸福への憧れ」「敵対する無法者の力」「幸福への憧れは詩の中で満たされる」の3枚からなる。

このテーマ、第九の歓喜の主題に基づいて入るのだけれども、クリムト独自の解釈が入っていて面白い。

「歌による全人類の救済」ではなく「女性による」「より個人的な意味での救い」を志向しているあたりがファム・ファタール(運命の女)を好んでモチーフとしたクリムトらしいと言えるのかもしれない。


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(画像は第2、第3の壁のもの。下二枚が第3の壁)


物語構造的な意味をまったく持たない、というのもどうかと思うのでソ・ラ・ノ・ヲ・トは音楽は世界を救うとか、喜びと平和と人類愛を高らかに歌い上げるような人間賛歌作品になるんだろうか?

でもクリムト的には「女による救い」なのかもしれないな。作中でも「炎の乙女」がモチーフになっているし。




§ 静と動のメリハリについて


カメラはフィックスが主で、ナメモノありの構図も多い。

そういった構図の場合、パンフォーカスであることはあまりなくボケの表現にこだわりのあることをうかがわせる。


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音楽もサウンドが鳴っている時間は少ない。特にBパートでは伝承を語っている間の歌曲以外はサウンドがなく、ラッパ・トランペットのシーンの音の動きが際立つ。


音、画面の両面からも併せて受ける印象はとにかく静。加えてその両面とも引き立てたい部分では大きな変化を出すため、ただ静かなだけでなくメリハリが出ている。


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上記みたいなカメラの大きな動きや音が際立つシーンが非常に映える。




§ 色の演出


あと冒頭とかに入るカナタの回想シーンは色の使い方がおもしろい。


多分カナタにとっての「現実」が「音」「色」で表現されている。

アバンの汽車の中で兵士とカナタが会話をするシーンで「休戦して半年」といった内容が出てくるので、この回想シーンの「迷子」は戦争の記憶であるのかもしれない。


シーンの構成は、

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自分以外にヒトのいない世界、かつてそこに人が暮らしていた「人の残り香」としての人工色の青いタイルと廃墟。世界を満たすのはカナタの泣き声と雨音のみ。

青は日常世界とは異なる世界を表す色とされる傾向もあり、中世ヨーロッパまでは死体の色を連想させることから忌避される色でもあった。

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雨の音はするが雨は実際に降っているのかいないのか。

軍服を着ているが武器「ではない何か」をもって登場する女性。雨の世界を割る鈴の音

これが戦争の記憶だとすれば軍人=武力。しかし現れた女性は武器ではなく楽器を持っていた。モノクロの世界で色づく楽器。雨音のみの世界へ響く鈴の音

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女性の頬を伝う雨はカナタの涙と対比される。雨の涙を流しながら微笑む女性。

女性は泣いているわけではない。しかしここで女性がモノクロとなることで、笑っているのかそれとも本当に泣いているのか、実際以上に非常にはかなげな印象を受ける。


追記

そのほかの演出についてはWeblab.otaさんが考察しています。そちらもどうぞ。

→ソ・ラ・ノ・ヲ・トを神戸守や日本神話や演出から見る -WebLab.ota

2009-12-27

アニメブログ年末合同企画

| 23:54 | アニメブログ年末合同企画を含むブックマーク アニメブログ年末合同企画のブックマークコメント

現在id:ill_critiqueさんとid:episode_zeroさん主体でのtwitter発のアニメ同人誌企画が進行中です。

詳しくは以下を御覧下さい。(id:episode_zeroさんからのコピペです)


→twitter発のアニメ同人誌企画が進行中

→twitter発アニメ同人誌の企画まとめ

短縮版はこちら:→1分で分かるtwitter発アニメ同人誌

『未定』

サークル名:未定

  • 第十回文フリマに参加予定
    • 開催日 2010年 5月23日(日)
    • 会場 大田区産業プラザPiO 大展示ホール
    • 主催 文学フリマ事務局
  • 夏コミでも販売予定です
  • 寄稿者:現在交渉中。2010年2月予定のUstream×twitter連携・公開生放送にて発表予定
  • 企画も現在検討中
    • 【特集1】twitterustream連動の座談会2.0(仮)
    • 【特集2】海外アニメサークルとの連携企画
      • 寄稿者・内容は同じく公開生放送にて発表予定

  責任編集:id:ill_critiqueid:episode_zero


これにともないこの同人誌の宣伝などを兼ねた「2009年ベスト/ワーストアニメ」という年末企画に当ブログでもこっそりと参加することにしました。


久しぶりの投稿ということで筆慣らし程度のものですが良かったら見ていってくださいね。

2009年ベスト/ワーストアニメ

| 23:54 | 2009年ベスト/ワーストアニメを含むブックマーク 2009年ベスト/ワーストアニメのブックマークコメント

→【アニメブロガー合同企画】2009年アニメベスト/ワースト@反=アニメ批評、および参加協力者一覧

→アニメ(ブロガー・twitterアニメクラスタたち)の饗宴、あるいは2009年アニメベスト/ワーストのススメ


それではとりあえずベスト3の発表から

 大正野球娘。

ああ!もう可愛いなあ!こいつら。

おっとそこのお兄さん。たかが萌えアニメだろ?と侮るなかれ。この全編にわたる多幸感はちょっと真似できやせんぜ?


全12話にきっちりと折りたたまれたストーリーも見事ながら、画面の端々に出てくるキャラクターの「動き」の可愛らしさはもう本当に一級品です

初心者の女の子同士のキャッチボールをここまで可愛く描ける、というだけでもそれはとても素晴らしいことだと思います。

また女の子のキャラクター付けも王道ながらいわゆる「嫌われるべくしてて生まれたウザイキャラ」がおらず、見ていて幸せになれる作品なのではないでしょうか。個人的にはこういった多幸感を得られる作品は今年のマイブームでした。


またストーリーに関してもいわゆる「段取り」がしっかり行われておりスムーズに没入出来ると思います。最終話ではスポーツものらしいカタルシスも得られるでしょう。


 夢色パティシエール

王道的な展開でありながら、きちんとした作り込みと朝アニメらしい教育的内容が素晴らしいです。

まだ放送中の作品であり、来年以降も継続される作品をランクインさせるのはどうかとも思ったのですが、この作品の魅力は前半でのやりとりにあると思ったためランクインさせることにしました。


この作品の前半では主人公いちごが製菓の専門学校にはいった後の、様々な課題や困難をどう乗り越えるか、にスポットが当てられて話が進んでいきます。

そこにファンタジー・少女漫画的要素としてのスイーツスピリッツとの出会いが入り込んでくるわけですが、このスピリッツはっきり言ってファンタジックな手助けは何もしてくれません。

してくれることいえばスパルタ特訓のみ。嗚呼なんてリアリスティックな存在なんでしょう


周りの登場キャラクターもそうですが、この作品に出てくるキャラは主人公を手助けしてくれる存在ではあれ、主人公の甘えを肯定してくれる存在ではありません。

自の甘えや失敗は自らの努力によってのみ解決される、という非情な大原則が貫かれるとてもリアリスティックな作品なのです。

そこに救いとしての友情、家族との絆を描くなど情報量の多さとその教育的内容は特筆に値します


また原作との違い、天才肌の妹に対するコンプレックスを一話で描くことで「努力すること」の重要性を際だたせることが出来ているのではないでしょうか。(いちごも天才だけど、天才は99%の努力と以下略ってことで)


 青い花

やはり原作が面白いことは良いことだ、と言ってしまうだけではもったいない。


同性愛という悲劇的な最後を常に予感させる、うっすらとした緊張感を漂わせながら淡々と進むストーリーと、世界の空気を感じさせる卓越した演出と映像が高い次元でマッチした作品であったと感じます。特に5・6話の演劇祭の回は是非見ていただきたいと思います。


また幾原邦彦のコンテ演出によるオープニング映像は今年に限らず今までの視聴した中で3本の指に入ると言っていい出来です。

話としては確かに完結していないといえばいない(原作は続刊)のですが個人的にこの終わり方は素敵だと思います。

GAINAX製作の「彼氏彼女の事情」のような『そして彼と彼女の物語は続く----』的な感じで、ね。


ところで原画の田中宏紀さんはレールガンといい近年J.C.STAFF作品への参加率が高めですね。やはりGONZOのry


こうやってみると俺は女の子が姦しくやってるのを見るのが好きだな〜と言わざるをえませんね。

本当は真・恋姫†無双とかけいおんあたりも入れたいところです…が!あまりに趣味だらけになるのでここらで自重しておきましょう。

また上記には劇場作品を入れておりませんが、仮に入れるとすればやはりヱヴァンゲリヲン新劇場版:破を入れないわけにはいかないでしょう。



さてお次のワーストアニメ…ですがマイナス方向へのランキングを決めることが難しいのとあんまり意味が無いと思いますのでマイナス方面のランキングはつけません。

ワースト作品

シャングリ・ラ

GONZOの遺作にするにはあまりにアレな作品になってしまった。嗚呼、愛しのGONZO

大風呂敷を広げすぎてしまったのか、時代がついてこれなかったのか。DVDシリーズも途中で発売中止(BOXで販売)になるという武勇伝を残しGONZOは今、伝説になった。(まだ潰れてないよ!)


けんぷファー

なんだかんだ言われつつ最終話が話題になったのが記憶に新しいところです。俺も最終話は文句いいつつも爆笑して楽しませてもらいました

でもちょっとマジレスしちゃうとこういうセンセーショナリズムで話題を取って大爆発!というやり方は好きではありません。こういうのが局所的にでも流行ったら嫌ですし。

ということで個人の主義的にちょっと否定しておこうかと思います。



---おまけ 4〜10位---

解説を書く時間がなかったため解説なしです。申し訳ない。


---今年一年を通して---

色々とご意見はあると思いますが、やはり今年を代表するTVシリーズ話題作といえばけいおん化物語なのではないでしょうか

ともにブルーレイの初動販売実績を更新し続けるなど世代の移り変わりを感じさせました。

また新アニメ本数は減少傾向にあり、これからの先行きは明るくないと言われがちです。DVDも売れ筋一極化が進み売れませんしね

私の2009ベストアニメ青い花」もセールスは全くと言っていいほどでしたし…


でもどうでしょうね?新クール始まりには「今回は見るものないなぁ…」と言う声が散見されますが、結局なんだかんだでいつも楽しめていませんか?


個人的なことで恐縮ですが、今年の私は「動物的に」アニメを楽しむことを覚えた年だったと感じています


私がアニメを能動的に見るようになったのはここ2〜3年ですが、まずは視野を広げるための知識付けから、ということでスタッフや歴史的な並びなどを気にしてアニメを見ることが多かったように思います。

未だに知識は初心者レベルですが、そろそろ自分なりの視聴スタイルを獲得しよう、と色々試すようになたのが今年だと言えるでしょう。

『良いと思うものが良いんだ!』というといかにも馬鹿っぽい台詞になってしまいますが、頭であまり考えない視聴スタイルというのもこれはこれでなかなか乙なものだったと思います。


昨年までの自分だったら間違いなく大正野球娘とかラインクインさせないと思いますしね。


ただ今年は余りにも頭を使わなかったのは反省するべきかもしれません。スタイルを開拓する、と言いながらも余りに「動物的、感情的」視聴スタイルが楽で快適だったため修練を怠ったかもしれませんね。

来年以降も自分なりの新しい視点、新しいスタイルでのアニメとの向き合い方を探していこうと思います。


最後になりましたがアニメーション製作関係の皆様、今年も本当にお疲れ様でした。

来年以降も勝手ながら期待して待たせていただきます。


今年もそろそろ終わりですが来年がアニメーションを愛する人々にとって良い一年でありますように。

通りすがり通りすがり 2009/12/28 10:29 けんぷファーについてちょっと気になったので
>センセーショナリズムで話題を取って大爆発!
とありますが、監督の黒田さんは5年ばかし前のが〜でぃあんHeartsというOVAで
ほぼ同じことをしていましたので、あれは作風かもしれないです
(無論、狙ってやった可能性も否定しませんが)

スタッフや歴史的な並びを気にしながら見た、とのことで
一言コメントさせて頂きました

2009-10-03

はじめてのラノベレビュー『友だちの作り方』

| 20:40 | はじめてのラノベレビュー『友だちの作り方』を含むブックマーク はじめてのラノベレビュー『友だちの作り方』のブックマークコメント

久しぶりにシリーズ物ではなく、新人作品を読んだのでレビューでもしてみようかと思います。

と普通の前振りをして何事もなかったかのように更新。


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※※※ネタバレ成分多めです※※※



友だちの作り方 (HJ文庫)

友だちの作り方 (HJ文庫)

引っ込み思案でアガリ性の少女・椛(もみじ)は、生まれてこのかた友達が出来たことがない。しかし、学校の屋上にいた不思議な少女・柚木と出会ったことで、椛は人生初の友達を獲得! 友達と過ごす幸せな日々がずっと続くかと思いきや、ある日突然、柚木は椛に別れを告げ、姿を消してしまう。


―あなたと友達になれたら―― きっと明日は楽しくなる。『のり子の!萌えっちじぇい倶楽部』第10回【友だちの作り方】

→友だちの作り方 特設ページへ


しっかりとまとまった作品

ストーリー自体は目新しい物ではないと思いますが、キャラクター性と表現に力を入れた構成が個人的には好みです。

近年の作品にしては珍しい大風呂敷を広げないこのまとまりの良さは印象的ですね。


前半でネタ振りをして後半でしっかり回収する。当り前ですがこの基本に忠実なので安心して読めますし、アクロバティックな手法ではありませんが「転」に相当するストーリーの仕掛けもしっかりある。

こういうベースとなる構成がしっかりしているので後に述べる表現のおもしろさが際だつのでしょう。


少し意地悪な言い方をすると、基本に忠実な分システマティックな部分も多少目に止まってしまうかもしれませんが、これはページ数の関係で仕方のないところも多分にあると思います。逆にページ数増やしてそちらの肉付けに取りかかると、全編に流れるテンポの良さが阻害されてしまう可能性もありますしね。

そういう意味でも、バランス感覚が良いと思います。


それではこの本のキモとも言える表現のおもしろさについていくつか書いてみましょう。



演出の可視性

可視性……なんて小難しく言うと分かりにくいですが、映像演出が想像しやすいかってことだと思ってもらえればいいでしょう。

場面を構築するための描写をする、というのは小説に不可欠な要素ですが、この小説ではそういった静的な描写だけでなく演出的躍動感にあふれる表現が出てきます。例えば、


 椛の思考が駆け巡る。

「……」

 椛は動けなかった。何も言えなかった。

 柚木は、自分のプリンの最後の一片を口に運ぶと、容器を下に置いた。

 柚木は、中腰の状態で椛に近づいた。

 柚木は、自分の両手でスプーンと容器を持つ椛の両手を握り、地面に下げた。

 柚木は、椛の顔に自分の顔を近づけた。

 柚木は、椛の目を覗き、そして、こう呟いた――


「さよなら」


 柚木はすっくと立ち上がり、(中略)建物の中に入っていく。


―友だちの作り方 P.126-P.127


は映像演出的にはスローモーションでしょう。

この作品は全体的に小気味よく場面が進みますが、柚木は、柚木は、柚木は、という非常に「くどい」反復でこの一瞬において時間あたりの情報密度がふくれあがるのを感じます。


そして「さよなら」の後の柚木の行動が、椛(と読者)の時間感覚が正常に戻るまでの一瞬であっという間に行われてしまう。そういった印象を与えているのがカッコイイですね。


また他には、


 椛の頭の中では、かつてないほどに思考が駆け巡っていた。

 屋上に出る時の決意。暑い日差し。自殺。目の前の少女。朝食に食べた目玉焼き。屋上。明日と未来と過去。自殺志願者に励ましは逆効果という知識。私は私。少女の口元に見える八重歯。世界。積み重ね。目の前の少女。自殺


―友だちの作り方 P.23


にもフラッシュバックのような演出的躍動感を感じますし、こういった時間方向への動的な描写が物語の展開する場面で使われていることは非常に上手いアクセントになっていると感じます。



キャラクターの可愛さ

この本に登場するキャラクター、特にメインの二人はとにかく可愛らしいです。

それは外見や与えられたキャラクターとしてだけでなく、言動であったり、思考であったり、それを補完する場面の描写によるものであったりするわけです。


(は!いけないいけない。首がししおどし)

 柚木は眠気からくる前後の運動の事を、自分の中で勝手にそう呼んだ。


―友だちの作り方 P.186

 雲がぷかぷか浮いている。

(今日は『抜けるような青い空』だ。『抜けるような青い空』。あんまり深く考えたことはなかったが、この表現、よくよく考えると大変エロうございますね。『抜けるような』て。どんな空やねん。)

 照れ隠しで変な思考になっていた。


―友だちの作り方 P.186


の表現のような、にじみ出る可愛らしさっていいですよね。


この「表現の可愛さ」に関してはWebLab.otaさんが細かく書いているのでここでは軽くふれる程度にします。

→WebLab.ota | 「友だちの作り方」に「マリア様がみてる」の魅力の片鱗を見た



あとがきのようなもの

作者が何を見せたいか、しっかりと伝わる作品だと思います。

登場人物も必要十分でキャラクターが立っているし、文章の表現がとてもうまいので気負わずに最後まで一気に読み切れました。


あと3章-3の手紙回しの場面とかすごく好きです。ニヤニヤしちゃいます。


(一回読んだ時、どことなく上遠野浩平の匂いを感じたりもしたんだけど。自分でも一体どこからそう思ったのか分からなくなっちゃった)

(つまりただの気のせいじゃねーの。)