Hatena::ブログ(Diary)

コーリング

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2010-03-28

DON'T STOP THE BEAT

23:47

D

ロックンロールの「ロール」の意味を

最初に教えてくれたのは、スライダースだった


きっかけは相米慎二の映画で

スライダースは不良の音楽という

視点で描かれていた。


今で言うビジュアル系の元祖のようでもあり

しかし、時が経つに連れ彼らは類を見ないバンドとして

存在感を増していった。

ロックを唱える音楽は多かったけど、

ロールしてみせた人達は少ない。

口数が少なかった彼らは、ライヴの場で

転がるという意味を体現してみせた。


音楽は続き、グルーヴは紡がれ続けた。

ビートは止まらなかった。

DON'T STOP THE BEAT

フックアップ

23:47

昨日は仕事が終わってから

ふと思いつき、千葉までドライヴ

オープンマイクに参加してきました。


http://blog.goo.ne.jp/islander-works/e/8d02de4462336efae9028ff4ca2cbe68


白眉は、何といっても大島健夫さんの1時間リーディング

静まり返り、緊張感がみなぎるステージで

集中力をキープして、精密な構成力と一定のリズムを持って

山を登っていく姿が圧巻でした。

音楽好きな人にはニヤリとするフックがあり

それが主題にも繋がっているのですが

しかし、この物語のテーマはそこではなかった。

ミッキ・ローク「レスラー」や、望月峯太郎「バイクメーーン」にも

共通する世界感。


決して止まることはできない。どうやって止まっていいか分からない。

そこに野球があるかぎり、言葉があるかぎり、ビートがあるかぎり

あらかじめ定められた、ゴールに向かって叫ぶ。


自分は、最初に読もうと思ったものを忘れたことに気付き(汗)

「ライオネス・コーヒー・キャンディー」をプレイ

観ていた方から、チョイスの面白さについて感想いただいて

なるほどなあ、と思う。


以前mixiでも書いたのですが、自分が今書いているのは

純粋な詩というより、トリックアートに近くて

そこで、言葉の力をどうやって引き出すかを

模索してる最中で、でもそれは

手法というよりも、継続してスキルを高めていくことだな、と

昨日改めて思ったりしました。

あんな凄いリーディングを観たら、尚更。

トラヴェリング

23:49

それと、ビックリしたのが

昨日大島さんのリーディングを聴くために

甲府から訪れた方がいらっしゃったこと。


リーディングの世界では

各地にいる方々が遠征して、それぞれの地で

言葉を交感するというのは伺ったことがあるのですが

目の当たりにして、改めて深さに触れた思いでした。


自分は、その世界に足を踏み入れたんだ。

引き締めていこう。

大島健夫大島健夫 2010/03/29 20:09 27日はほんとにありがとうございました。
uraさんに千葉に来ていただいて、ご参加いただけてすごくすごく嬉しいです。
私にとってはいろいろな意味のある夜でした。
次回は5月の予定です。全力で頑張ります。

uraocburaocb 2010/03/29 22:32 お疲れ様でした!
何というか、雰囲気のある街と空間でした....

当日まで、行くことを決めていなかったのですが
やはり引き寄せられたのだと思います。
貴重な体験でした!

2010-03-25

TAKE ME TO THE BASEBALL

23:13

D


音楽でも言葉でなく

野球のお話です。

いや、野球の話でもないけど。


まだドーム球場ができる前

子供の頃、神宮球場のライススタンドに通っていました。


当時のヤクルトはまだ野村監督が就任する前

万年最下位の弱小球団。

巨人阪神と試合をする時は

ライトスタンドの半分くらいまで

他球団のファンに占領される。

しかし、それでもライトスタンドに集まる人達は

めげることなく、陽気に

スワローズを応援し続けていた。


記憶が正しければ、東京音頭で傘を差す応援が

生まれた試合に自分はライトスタンドで立ち会っていて

あの時は、雨が降ったり止んだりの天気で

得点が入った時に岡田団長が、みんな傘開け開けって

煽って、それで傘の華がバアっと開いた。

つまりあれは傘で応援するのが目的ではなくて

あるものは何でも使って応援しよう、という

発想そのものだったわけです。


岡田団長が現われるのは決まって7回

どんなに劣勢でも、彼が登場するとライトスタンドは沸騰する。

ひょっとしたら、その場所は野球ではなかったのかもしれない

でも、弱いヤクルトと、神宮球場のライトスタンドを

心から愛していた。

それだけは、間違いなかった。

ラストスタンド アゲイン

23:14

ライトスタンドが半指定席化されてからは、

神宮から足が遠のき

ヤクルトは好きな球団でしたが、

そこまでひいきということでもなく

フラットにプロ野球を見ていてました。


気になっていたのは、千葉ロッテの応援

昔のヤクルトにも近い、独特の面白さがありましたが

バレンタイン政権とフロントの軋轢に伴う騒動が

昨年起こった結果、応援団や中心になっていた人達は

マリンスタジアムを去っていきました。

そこに至る過程には、おそらく様々なことが

裏側で起こっていたとは思いますが、

残されたのは事情が分からず、応援団と応援歌を失った

数多くのロッテファン


そこに帰ってきたのが、この人


D


昔からのマリーンズファンには、伝説と呼ばれた応援団員

まさしく孤軍奮闘といった感じで、

ひとりで、新しい応援団とファンを引っ張っている。


D


失ったものは、数多いのかもしれませんが

不思議と一体感を持っているライトスタンド

そこに、嘗ての神宮を重ね合わせてしまいます。


ということで、今年はロッテを応援することにしました。

マリンスタジアムにも行こうと思います。

野球場へ行くのも、久々だなあ。


いや開幕3戦テレビで見ましたが

実際今年のロッテは面白いと思いますよ。

荻野、凄い!

2010-03-17

輝く 幸せな ひとたち

23:45

D


カレッジチャートの常連だったREMが

初めてビッグセールスを記録した「OUT OF TIME」

それまでの屈折したニューウエイブなサウンドから

一変した、カラフルなメロディー

そしてマイケル・スタイプは歌う。

人々が幸せに輝いている、と。

本当に、それ以上の意味を持たない言葉と音楽。


この後、REMはプロダクションをモデルチェンジして

完全にメジャーの潮流へと登っていく

「OUT・OF・TIME」にはその寸前の所で

奇跡的に融合した美しさがある。

それは、裏読みすることもなく

ただただ美しい


ただただ 美しい

KEEP YOUR ATTITUDE

23:46

D

今に始まったことではないのですが

日本語の音楽が好きでした。


音楽も好きだったけど、普段日常で話している

言葉が日常や世界を切り裂いていく、

そのスリリングな光景にゾクゾクした。


元来、日本語をリズムに乗せるという作業には

困難がつきまとう。そして気恥ずかしさを隠せない。

そこからどうやって新しいルールを作っていくのか

その試みが同時進行で動いているものに

昔からシンパシーを感じていました。


やがて

ひとつの鋳型が出来上がると

それをプロットにした換金システムが出来上がる。

そのことを否定するものではありませんが

新しいものを作っていく時の異物感、そして高揚感は

何にも代え難いのも事実です。


例えば

この日本でも頭角を現してきたグライムのMC


D


D


無論、佐野氏と彼らの間にはタイムラグが横たわっています。

しかし、異なる文化に挑戦していくスリリングな言語の

絡み方。

そこに、魅力を感じています。


チャレンジャーは

目を真っ赤に腫らしたまま

草を刈る

毎夜

2010-03-13

人間バーベキュー

22:47

D


オレンジいろの炎のなかの黒い塊がどさっと崩れる

そのときプリントアウトされたバーベキュー


近田春夫は、初めて日本語でヒップホップを作った。

それから、じゃがたらのライヴに感銘を受け

大人数バンドを作って、ステージに立った。

まだ、ヒップホップカルチャーが根付いていなかった時代

近田は日本語と、人々の生活感に拘った。

バブルが崩壊し、徐々に傾き始めた日本で

彼は「調子悪くて当たり前」と投げかけた

ライミングとは別の意味で言葉の情報量が

グルーヴを生み、消費される生活観が描写される

そのアルバムは「エントロピー・プロダクション」と

名づけられた。


ビブラの反社会的なメッセージについて

雑誌で何度も質問を受けた近田は、こう答えた。


「インチキなんだよ。全部」


江戸アケミの、追悼ライヴ。日比谷野音。満員の観衆

ビブラと共にステージに立った近田はこう言った。


「そんなに大事だったら、何でもっと早く観に来なかったんだよ」

世界に航海しちゃおう

22:48

アップストリーミングが流行っている


皆が、好きなことを言って発表できるよって手法は

インターネットでもそうだし、ブログでもそうだし

でもなんか、それらと違う感じがある。らしい。


物凄く簡単に言うと、海賊ラジオ?的な

電波ジャック感がそこにはある。

だから、画質は荒くてもいいし、大きくなくていい


知人が呟いていて、なるほどなあと思ったのが

USTREAMで盛り上がっているのはごく一部で

実は少数派であるということを、忘れがちだと。

確かにそうかもしれない。


DOMMUNEがやっていることを

見ていて思うのは、昔のスペースシャワーとか

都内をWAVEが席捲していた時の、あの感覚

渋谷LOFTの1階を、12インチレコードが埋め尽くした

あの時代の、音楽に情報がしっかりと張り付いて

文化を発信しているという感覚。

そこが強いなあ、と思う。


そういう意味でいうと、実はあのDOMMUNEの発想は

80〜90年代にかけての方法論に

リンクしているのかもしれない。

いとうせいこう氏や、宇川直宏氏とか

関わっている人達にも共通項がある。

彼らはまずテクノロジーありきではなくて

それらが、どうやって人々と関わるのかという

関係性に意義を見出している。

おそらく技術屋の視点では生み出せない関係の中に

余剰だったり、無機能だと思わせるものにこそ

ヒントが隠されている。


そう、情報量とは一体何のために消費されるか

実はそこだけは時代を経ても変わらなかったりする。


文化系的な、消費の促進

還元

2010-03-10

段ボールに宿る 何の理由もないキャンドル

22:39

D


一部では有名なMCメガネスーパーのオープンマイク


自分が見た時は、新宿店だった。

最新情報によると、現在は吉祥寺店で活躍しているらしい

おそらく昨日のような、寒風と雪が吹きずさむ街でも

彼はメガネをフックアップし続けているだろう

例え道行く人達が通り過ぎても

彼のMCは終わることはない。

吉祥寺に住む人々に、メガネがかかるまで

バトルは続く。

そして、また次の店へ。

宣誓

22:41

月曜日は、RUBY ROOMでCODE"CATS"BREAKERでございました。


DJは全員女子、しかも出演者におめでたいことも重なって

サプライズプレゼントもあり、華やかな夜になりました。


元々彼女たち、色々な場所で共演することも

多かったのですが、今はバラバラになってる人もいて

同窓会のようなムードもありつつ

ジャンル的にはヒップホップからテックハウス、

ダブステップまでそれぞれ様々なのですが

見事に繋がっていくのは、

音楽は違えど、共有している時間とか空間とか

感性とか、そういう繋がりなのだろうな、と。

何度も見てきた光景ですが。この日もまた実感しました。


楽しいパーティーを催すことができたと思います。

ユミコちゃんを始め、みなさんありがとうございました!


反面、自分のリーディングについては

前回この場所で行った時の反省が生かされておらず

満足するもの(自分ではなく見ている方)が作れなかった。


元々、クラブで行うことは実験的な意味もあって

まず実体験しなければ分からないという目的もあったのですが

痛感したのは場に流れる「集中力」の違い。

当たり前のことですが、

ライヴハウスはステージに焦点が注がれる。

クラブは常に注意感心が拡散していく。


無論、その注意感心を引かない自分が一番悪い。

そのことで集中力を削がれるのは未熟他ならない。


終演後、友人から色々と感想・意見を聴く。

厳しい感想もあり、それが嬉しかった。

彼らは、人一倍音楽を愛しているし、偏見もない。

その彼らが厳しい意見を出してくれるということは

結果として、そのように映っているということだ。

それは真実のひとつなのだろう。


ということで、決断しました。

暫くの期間、ダンスミュージックが中心になる

クラブスペースでのリーディングを控えようと思います。


今はまず、もっと自分自身がパフォーマンスを磨き

切磋琢磨する時期だ。

それを飛び越して、フュージョンすることはあり得ないし

双方の方々に、失礼なことだ。

いまさら自分が恥をかくことは、何とも思ってないけれど

リーディングの世界にいらっしゃる、数多くの偉大な先輩方に

迷惑をかけることになってはならない。

スポークンワーズは、それだけ深いし

凄いんだよ!ってことを証明するためにも。

今は。


無論、このブログを通して

紹介させていただくことは継続していきます。

ここを含めて最近の自分の活動から

スポークンワーズの世界に興味を持ってくれた

DJもいます。

まずは、できることからこつこつと

続けていきますので、

こんな面倒な自分ですが、

今後とも宜しくお願いいたしたく。はい。

触らなきゃ分からないから 触るんだ

22:41

で、ここからは DJ uraocbとしての話です。


最後の1時間、諸事情で時間があまったので

ブースに立つことに。

よくよく考えると、きちんとロングミックスするのは

1年近くやっていませんでした。家も含めて。


正直に言うと、ダンスミュージックのDJからは

そろそろ身を引いた方がいいのかなと

最近思ってました。

レコードを買うことも、随分やってなかった。

理由は色々あるんですが、

自分自身が追求することに意義を感じなくなっていた

こういう姿勢は、よくないと

決断することが必要だと。


念のために用意していたのはブロークンビーツレコード

2000BLACKとか、PEOPLEとかDOMとかNUBIAN MINDSとか

2000年前後にUKで盛り上がっていたダンスミュージック。

当時買ったのですが、なかなかクラブで回すタイミングがなく

そのまましまっていたようなレコード達。

久々に聴いて、そしてクラブの音量で聴いて驚きました。

太いビートとスネア。何て格好良いんだ。

今まで、自分は一体何を聴いていたんだ。


それからの1時間ほど、楽しくプレイしました。

平日の深夜、人もまばらなスペースで

それらは生き生きと鳴り続けました。


ああ、これなんだ。これを忘れてはいけない。

俺はここから始まったんだ。

具体的な場所は分からないけれど、自分の感覚がそう言ってる。

この場所を捨てるな、と。


ひょっとしたら、まだ自分にしかできないことが

あるかもしれない。

あれがあるから、これができないなんて、嘘っぱちだ。

自分が何を望んで、そしてどうやって歩いてきたのか

だ。


もう少し踏ん張ってみようと思います。


次回CODE BREAKERは5月です!


D

2010-03-05

3/8 CODE"CATS"BREAKER @RUBY ROOM

01:43

f:id:uraocb:20100305235957j:image


毎週月曜日 渋谷道玄坂の夜を彩る

TOKYO FREE STYLE MONDAY

来週月曜日は、CODE BREAKERがオーガナイズです!


今回は、3月という季節に合わせて

DJ陣は全て女性でお送りします!

その名も、CODE "CATS" BREAKER!!!


渋谷で、中野で、はたまた吉祥寺

東京のクラブシーンで地下活動を続ける”CATS”達が

一同に介する、一夜限りのパーティーです!


TFSMがお届けする、1週遅れのひな祭り

ぜひぜひお楽しみ下さい!!!



TOKYO FREE STYLE MONDAY

(EVERY MONDAY@RUBY ROOM)PRESENTS


◆CODE“CATS”BREAKER!!!


2010.3.8(月)@RUBY ROOM(渋谷)

20:00OPEN 26:00CLOSE CHARGE FREE


◆DJ’S


Birdy


Dark Dutch Wife


UR/AN


YUMIKO


AND MORE "CATS".............


DJ'S are girls and “CATS”!!!


◆LIVE(SPOKEN WORDS)


uraocb


渋谷 Ruby Room(http://www.moderndining.com/


 東京都 渋谷区 道玄坂2-25-17 カスミビル

 Tel: 03-3780-3022

 OPEN: 20:00 - Late Daily


 渋谷駅から徒歩の場合

 ハチ公口を出て、109を目指し、そのまま道玄坂を上っていただくと、

 モスバーガーロイヤルホストが右手にあります。

 その角を右に曲がり、すぐ左の坂をあがると、

 右手にホルモン焼肉屋とRuby Roomが あります。

 Ruby Roomは、焼肉屋の上のフロアになります。

とにかくパーティーは 続いた

01:43

渋谷道玄坂にあるRUBY ROOMというクラブで

毎週月曜日に催されているパーティー

TOKYO FREE STYLE MODAY

週代わりで様々なオーガナイザーが演出する

月曜日の夜を、

2008年から2ヶ月に1回

リズムクルーズのユミコ嬢と一緒に

CODE BREAKERというパーティーを催しております。


開始当初は、四つ打ち、テックハウスを

追求していたのですが徐々に変遷していって

そのうちに、私もこんな感じになってきて

今は良い具合に融和したパーティーになっています。


パーティーをオーガナイズする

ということを始めてから、早11年経ちます。

そう書くと長いですけど

間隔が空いていた時期もあったりしますし

本人はいつまで経っても成長しないので

永遠の初心者みたいにいつも佇んでいます。


きっかけは、丁度DJも始めた頃で

でも全然うまくできなかったので

機会を欲して、自分でやるしかないと思い立ち

友人を集めて蒲田オッタンタの門を叩いて

そこから上げていけばきりがありませんが

色々なことがありました。

うまくいったこと、いかなかったこと。

狂騒を生んだこともあれば、

全く集客できなかったこともあります。

どちらかといえば、失敗の方が良く覚えているものです。


あくまでも自分の経験上、の話なのですが

パーティーやそれからイベントもそうかもしれませんけど

一番重要なのは、「空間」や「場」を作ることだと

思っています。

個々のプレーヤー、DJを集めるだけではコンセプトは作れない

そのパーティーで、オーガナイザーが何を表現したいのか

そのコンセプトが明確に見えると、一番分かりやすい。


でも空間は、いつも自分が思っている通りになるとは

限らない。ならない場合の方が多い。

予測外の方が盛り上がったりしたりなんかしちゃったりして

色々考えても、空間を支配する「気」そのものが

最終的には全てを支配する。

でも、その「気」のことを考えていなければ、掴めない。


難しいものです。

だから、やっているのかもしれません。


それと、自分の場合は

その時々で、素晴らしい人との出会いが繋がったからこそ

今にいたっています。

ひとりでは、何もできなかった。


ちなみに、RUBY ROOMで関わっている人達の多くも

10年来つき合わせていただいてる方だったりするし

そもそも、リーディングを始めたきっかけも

クラブ周りの友人から繋がりだったりするのです。

この辺りのことは、またの機会に。

一週遅れの ひな祭り

01:43

勿論、来週のCODE"CATS"BREAKERは

音楽もばっちりです!


各DJの名前を「DJ」をつけてヤホーとかYOUTUBE

検索いただくと、ご覧いただけると思います。

彼女たち、すご腕です!!!


そんな方々に混じって

20分くらいリーディングをさせていただきます。

クラブスペースでの朗読は色々実験中ですが

面白いものをお届けできるよう、奮闘します。

お楽しみに!

2010-03-04

NOBODY LIKE YOU

22:07

D


60年代後半、NYのアンダーグラウンドシーンで出会う3人

同じ時を過ごし、しかし袂を分かつ

そのうちの1人が亡くなり、残された2人は

久しぶりに再会し、友人を追悼するためアルバムを作成する。


1990年ルー・リードジョン・ケイルによって作成された

アンディー・ウォーホル追悼アルバム「SONGS FOR DRELLA」

シンプルな楽器によって浮き彫りになる、ルー・リードの言葉は

実に辛らつで、ウォーホルの虚像を次々に剥いでいく

そして 最後にこう呟く

「君みたいな人は誰も この僕の生涯で

 誰もいなかった」

Poe-tri

22:08


昨日は、大島健夫さんが主催する

Poe-triに足を運びました。


http://www1.odn.ne.jp/goingthedistance/


初めて訪れた池袋3-Tri

噂通り、キャバクラを抜けて地下へ辿り着くと

怪しい魅力が溢れる雑然としたライヴハウス

この場所で、ポエトリーのイベントを

毎月継続されていることに驚きつつ開演


ライヴアクトは、皆さん名うての方々

魅力あるステージでした。

川島むーさんは、体力に裏打ちされた

言葉回しが流麗でしたし

猫道さんは、音楽と融合した

圧倒的なオリジナリティで、ロックしていました。

どの場所で見ても、1ミリも揺るがない強さ。


市毛友里さんは、JET POETに次いで拝見するのは2回目

ステージに立つその佇まいからして圧巻。

実体の後ろから、いくつも像が現われるような、姿。

3-Triの雰囲気とマッチしていました。

そのままセットの一部になっても、違和感がないくらい。


そして、大島健夫さん。

初めて聴いたのはスポークンワーズのCDで

その時からずっと、以前にも大島さんをどこかで

聴いたことがあるような、不思議な心持ちだったのですが

今日じっくりと聴いているうちに、不意に

ルー・リード」という単語が頭をかすめる。

そうだ、この感覚だ。

乾いた言葉が静かに世界のドアを開け、有様を見せていく

物語が閉じられる時、彼の言葉が渦巻いている。

その雰囲気を保ったまま、足早に3-Triを後にすると

上にあるキャバクラから声が漏れ、また現実に引き戻す。

それも含めて、良い体験でありました。

サイレントの間

22:08

オープンマイクに、参加させていただきました。


よくよく考えれば、人前でアカペラで読むのは

10月のベンズカフェ以来2回目。

リーディングの方は、音楽使われないケースが多いので

私が特殊なのですが。

アカペラになると、音で埋め尽くされていた箇所が

露になってくるので、至らない所を確認する。

特に、行間での沈黙。自分ではそれほど怖がっていないはずなのに

どうしても間が詰まって、言葉が流れていく。


オープンマイクで特に印象が強かったのが

カマコさんの即興で、自身の実体験を訥々とつぶやくと

静寂の中で、演者と言葉が一体となって惹き付けられる。

内容もさることながら、パフォーマンスとして

言葉をできるだけ手元に貼り付けることの意味を

考えさせられました。


沈黙の中にも、リズムがあり、タイミングがある。

それを掘り起こしたい。

自分は、まだ形式に拘っているところが強いなあ。

即興というか、半即興みたいな形で

オープンマイクができるよう、少し練習してみよう、と思います。


出演者の皆さん、大島さんありがとうございました!

大島健夫大島健夫 2010/03/04 23:02 昨夜はありがとうございました。
SONGS FOR DRELLA、実は大好きなアルバムなんです。と言いつつ映像は初めて見ました!ありがとうございます。
この余韻。心に突き刺さる言葉。こんなふうに読めたらいいなあと思います。

また是非、ご参加くださいませ。

uraocburaocb 2010/03/05 21:18 こちらこそ、ありがとうございました!
言葉は、突き刺さりました。

SONGS FOR DRELLAは、実は映像作品としても
残っていまして、これはその断片です。DVD化してるのかな?

ルー・リードは、以前ライヴも見たのですが
なかなか面白エピソードですので
今度お会いした時にでも!また伺います。

2010-03-02

1997年のドラム&ベース

23:08

D

http://www.nu-things.com/blog2/2010/02/patric_watson_wooden_arms_1.html


元ロックマガジン編集長阿木譲さんのブログより

元「REMIX」編集長小泉雅史氏の近況を


元々「REMIX」という雑誌は

当時ニューウェイッヴ全般を取り扱っていた

フールズメイト誌がクラブミュージックに特化して

出版した「MIX」誌が母体になっていました。


ドラムンベースという音楽が

日本に根付くまで、REMIX誌でのプッシュは

並々ならぬものだった。

例えば、ハウスやヒップホップは、

ファッション・ダンスといった側面もあるし

ディスコから受け継がれている要素も大きい。

イギリスレイヴミュージックから

様々な変遷を経たジャンルの音楽を支持したのは

クラブミュージックだけではなく

ロック、オルタネイティブ側であった印象が

今でも強く残っている。


長く遊んでいるおかげで

シーンの勃興当時から活躍していた

ドラムンベースのDJの方々と接する機会は

今でもあったりするのですが

全く別の方向へ向かった方もいるし

現役で活動されてる方もいます。

ただ、一様に感じるのは感覚の鋭さ

それは音楽であっても、音楽以外の部分でも

研ぎ澄まされてる、というオーラを纏っている。

エッジの上を歩いているような、ヒリヒリした感覚は

当時のドラムンベースのパーティーでも持っていた印象


実際、そういう人達が遊びに来ていた。

服装もジャンルもバラバラだったけれど

音楽に心を開くという場面においては

等しくストイックであったし、許容量がハンパなかった。

その場所は、確かにクラブスペースであったはずなのに

それ以上の特別な意味を持っていた。

少なくとも、1997年東京では。

http://web.archive.org/web/19981205025952/www.jungleweb.com/cruise/

勿論

23:09

これはあくまでも、私の中の話


私にとっての1997年ドラムンベース

様々な人達にとって存在する、はず。

音楽であったり、映画であったり、演劇であったり。


ただ、そこから離れる、退路を断つという決断を迫られた時

自分は一体どうするのだろう。

考えずには、いられませんでした。