Hatena::ブログ(Diary)

コーリング

2010 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 07 | 09 |
2012 | 01 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 |
2013 | 02 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 06 | 07 | 08 | 11 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 |
2018 | 03 | 12 |

2014-11-26

12月1日(月) ポエトリーリーディングオープンマイク 「SPIRIT」  渋谷RUBY ROOM

00:11

f:id:uraocb:20141127000909j:image


12月1日に、渋谷RUBY ROOMで

SPIRIT」というオープンマイクイベントを

大島健夫と共に共催することになりました。


今まで、スポークンワーズのイベントは

幾つかオーガナイズしていますが、

ポエトリーリーディングのオープンマイクの主催に

自分の名前を連ねるのは初めてのことです。

そのような機会が自分に訪れるとは、

正直思っていませんでした。



初めて朗読のオープンマイクに参加したのは

今から5年前のことでした。

2009年の秋、今や伝説となったポエトリーリーディングの聖地

高田馬場ベンズカフェのスラムです。

その時自分は、詩の朗読という物に興味は持っていたけれど

当時の活動はDJが中心だったので

スポークンワーズとクラブミュージックを融合したイベントが

できないかなあと考え、その現場に足を運びました。

自分が朗読をする人間になるなんて、

この時は毛頭考えていませんでした。


それから5年経ち、いつの間にか

色々なオープンマイクに足を運ぶようになっていました。

オープンマイクの現場では、色々なことを学びました。

十数人の人達が、立ち代わりに5分くらいの朗読をするという

シンプルなスタイルでありながら、

主催される人によって、全くオープンマイクは異なること。

読む方々の順番によって、オープンマイクも違った物になること

その日誰が何を読むのかなんて互いに知るはずもないのに

いつの間にかオープンマイクの場は

オープンマイカーが生み出す流れやグルーヴが

その場を支配してしまうということ。


それは、その場に集まった人達の言葉によって作り出される

インプロビゼーションに近いし

その場でレコードを繋ぎ合わせるDJにも近い空間だなと

自分は思いました。

そして、回数を重ねれば重ねるほど

良いオープンマイクの現場とは、

決して自分一人では成り立たない物だなと

当たり前のことを知るようになっていたのです。


基本的に、オープンマイカーは友人ではありません。

5分間ステージに立ち、僅かな休憩時間に少し話して

すぐに別れていく、そしてまた1か月後に会う。

それを繰り返しているに過ぎません。

しかし、それでもステージの上でマイクの前で

何某かを話すことによって、私たちは何かを共感している。


今回、大島健夫と自分が共催するということについて

皆様の中には、過去にあった幾つかのオープンマイクの風景を

思い浮かべる方もいらっしゃるもしれません。

しかし、私たちには過去の素晴らしかった思い出はそのままにして

更に先に向かう第一歩として、この「SPIRIT」を定義していることを

お伝えしたいと思います。

この2年で、私も大島健夫も取り巻く状況は大きく変わりました。

もし、私たちに以前と変わらないスピリットがあるとすれば

それは、オープンマイクのステージに対する緊張感かもしれないと

解釈しています。

あの最初に触れたベンズカフェのオープンマイク

マイクの前に立った時の途轍もない緊張感は

今でも私の中に色濃く焼き付いて、反映し続けています。

その空間を、あのヒリヒリとした緊張感の中で

人々が話し、言葉を交わす空間を作ること。

それが、「SPIRIT」というオープンマイクの使命になると

私は考えています。


その、記念すべき最初のゲストとして

三角みづ紀さんをお迎えできることは

決して偶然ではありません。

まさに、全身全霊を傾けてひとつひとつの言葉を

生み出していく彼女のステージこそ

私たちのイメージするポエトリーリーディングの先端に

位置すると思っています。


D


12月1日 午後8時間

渋谷RUBY ROOMでお待ち申し上げております。

言葉を交わしましょう。ステージの上で。




POETRY READING OPEN MIC

SPIRIT


2014年12月1日(月)

会場:渋谷 RUBY ROOM

http://rubyroomtokyo.com/


開場 20:00

開演 20:30

入場料 1000円+1ドリンク


▽主宰・出演

大島健夫 / URAOCB


▽スペシャルゲスト

三角みづ紀


※オープンマイクは当日先着12名まで。1名あたり制限時間5分

2014-11-21

表現の自由について

23:22

特別編です。


今年になってから、邦楽ミュージシャンの歌詞について

幾つかツィッターで言及した所、様々な反響をいただきました。

この機会に「表現の自由」について、自分がどのように考えているのか

長くなりますが、少し説明させていただきたいと思います。


まず、前提として

自分が表現の自由を規制し放題の世の中を望んでいるかといえば

勿論そんなことがあるわけがなく、

表現の自由は、できる限りの範囲で守られるべきである。

では、表現の自由とは、一体何であるのか、という所から

話を始めます。


今や名だたるノンフィクション作家となった森達也氏が

テレビディレクター時代に手がけたドキュメンタリーのひとつに

放送禁止歌」という番組があります。

1999年に放送され、後にデーブ・スペクターが監修し

書籍化されたことでも有名です。

この番組は岡林信康「手紙」フォークルセーダーズの「イムジン河」といった

フォークムーブメントの時代に作られながら放送禁止となった

プロテストソングについて、一体どのような形で放送禁止とされたのかを

検証していくドキュメンタリーです。

当時の業界関係者のみならず、部落解放同盟までカメラは向けられるのですが

不思議なことに、テレビカメラの前に立つ関係者は一様に

何故それらの楽曲が放送禁止処分となったのかは分からないと語ります。

そのまま、番組は放送禁止処分を受けたとされる

「手紙」をまるまる一曲流して終了します。


そう、表現を規制する者は(表向きには)誰もいなかったのです。

そこには、表現の自由があったから。


2014年

昨年から社会的問題として取り上げられるようになった

一部の極右による、在日韓国人を中心とする在日外国人に向けた

ヘイトスピーチに対して、規制法を制定することについて

議論が起こり始めました。

ヘイトスピーチに反対する人達の間でも、議論は分かれました。

ヘイトスピーチを規制するということは、

ヘイトスピーチに類似するような表現は全て規制されるのではないか

というのが、規制反対派の意見のひとつとして上げられました。

自分は、ヘイトスピーチ規制法に賛成する立場の人間ですが

同時に、言葉を媒介とする表現に関わっている人間として

この問題については複雑な感情を持っていたのも事実です。


そんな時、規制賛成派の人達の中では

ヘイトスピーチのような物は、表現には値しないのだから

表現の自由には当たらないのではないか、という意見が上がりました。

自分も一度はこの意見に乗りかかりましたが

少し時間を置いてから、その考えを改めました。


何故なら、ヘイトスピーチもまた、表現形態のひとつであるからです。

そして、憲法の下ではヘイトスピーチにも表現の自由は保証されています。

ですから、ヘイトスピーチに反対するということは、

それを無くそうとすることは、表現の自由に反する行為を行っているということです。

ヘイトスピーチ議論についてはもう少し説明が必要ですが、

 今回の趣旨とは離れますのでここまでとします)


繰り返しますが、全ての表現には自由が保障されています。

愛が全てだと言う歌も、

戦争に反対する演説も

良い朝鮮人も悪い朝鮮人も全て殺せというヘイトスピーチ

その意味では全て同じように、自由が保障されているのです。

それが、表現の自由です。


日本国憲法第12条では


この憲法が国民に保障する自由及び権利は、

国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。

又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、

常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。


とあります。

自由とは、天から与えられる物ではなく「国民の不断の努力によって」保たれる物であり、濫用されてはならないと憲法は言っています。

これは、当然表現の自由にも当て嵌まります。


その意味で言えば、私は表現の自由には、2つの側面があると思っています。

ひとつは私的な表現の自由。つまり、表現をする者個々の自由

そしてもう一つは公的な表現の自由

つまり、表現を守るために必要な公共自由


公的な自由と、私的な自由

この2つは、同じ言葉でありながら、常に相反する関係を持っています。

個人の自由が尊重されることで、公共自由が犯されることもあれば

公共自由を守るために、個人の自由が脅かされることもある。


これまた繰り返しますが、自分は表現の自由を縛ることを

第一に考えているわけではありません。

何を話してもいいし、何を語ってもいいと思ってます。

それと同様に、それを受け取った側もまた、どのようにも解釈していいわけです。

表現の自由とは、何も表現する側だけではなく、受け取る側にも存在します。

その双方がやり取りをする中で、つまり「不断の努力によって」生み出されるのが

公的な意味での表現の自由だと、私は考えています。


では、

私的な表現の自由が、公的な表現の自由を脅かすのはどのような場合なのか

大別すると、これもまた2つのケースがあると考えています。

ひとつは、狂信的な思想からくる確信的な妄想

在特会や、嘗てのオウム真理教のようなカルト集団がこれにあたります。

狂信的な思想と、表現の表層的な意味が同一であるというケース

少なくとも、私が知る身近な表現者には、その形態に違いはあれど

そういった人達はひとりもいない。


そして、もうひとつは、本人が必ずしも意図していなかったが

その表層が結果として物議を醸しだすような内容になってしまった場合

本人にその意図はなかったとしても、別の立場から見れば

それが差別や偏見を生む結果になってしまうということ。

それが、本当にやむを得ないと判断される場合においてのみ

公的な表現の自由を守るために、私的な表現の自由について

意見が出てくる場合がある。


さて、偉そうに書いてはおりますが

今まで自分が書いてきたことは、当然自分にも当て嵌まります。

つい最近のことです。表現そのものではありませんが

自分の言動が、相手の心象を多大に害していたということが実際にありました。

その時に分かったことは、そういった行為を犯した場合に

自分ひとりの力では修正ができないこともあるということ、

そして、仮に強制的であったとしても他の方からの

強い指摘がなければ気づくことができなかったということ。


表現の自由とは、与えられた物ではなく

表現をする者、それを受け取る者との相互努力によって

守り続けていかなければならない物であると自分は思います。

人間の道徳観や基準など、それこそ多種多様でありますから

当然ぶつかり合うことはあるでしょう。

そのリスクをも持ち合わせるのが、「自由」であることだと

私は考えています。

何かを発言したり、発表すれば必ずリアクションが起こります。

勿論、それを恐れて寡黙になってはならない。

しかし、互いの価値観を戦わせることもまた

決して恐れてはならない。

その双方のコミュニケーションによって、表現の自由は担保され

より強度を高めるのだと私は思います。

今実際に起こっている幾つかの表現に対する意見についても

決して一方をやり込めることや表現を規制することを目的としているのではなく

表現の自由を保障するための相互理解を深めようとしていることを

少しでもご理解いただければと思い、今回敢えてこのようなテキストを書きました。

そして、前述したような自分の経験も踏まえて書いたつもりです。

ご意見ありましたら、また議論できればと思います。


以上乱文乱筆、失礼いたしました。