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ドラクロワ&キュクレイン

2018-11-13

観月

00:15

『ろうそく』

針がまわって一分間。

数字が巡って同じ時間。

よくできた時計のおかげで

人の世の中はとても便利になった。

むかしはこのように

太くて重たいろうそくの

とろりとろり溶け落ちるまでを──

よく数えたものじゃ。

白いろうそくに

揺れるのは──

赤く空を求めてうねる炎、

震えて怯えるような青い炎。

きっちり決まった時間で

なくなるというものでもないが

もともと時の刻みとは

針が進むようには行かぬ。

ここ数日は暖かくて

今年の秋はのどかでよいと昼寝もしていたのに

ある日灰色の雲がかかっただけで

あわててタンスに駆け寄り

上着を探す寒さ。

難しいことを何にも知らない子供たちも

のんきに縁側で寝転がることもできぬ。

足音もなく近づく冬は

まったく恐ろしいものじゃ。

こんなに静かに

忍び寄られてしまうようでは──

寒さの染みる冬や

鈴を鳴らすクリスマス

近づく年の瀬に

週末の東京ドームライブなどの

面白いことやにぎやかな声に混じって

小さないたずら小僧だったり

嫉妬深い雪女やら

おなかを空かした貧乏神などが

気を抜いたところへこっそりと

やってきたりしたらいけない。

ろうそくを一本拝借して

探す場所は──

かくれんぼばかりしている子供がいたら

ここに来るであろう

小さなすきまのような部屋。

わらわはこういうところを見つけるのが好きなのじゃ。

そうして、人目を避けた場所をねぐらにする

あまりよくないものがいたら

めっ!

いけませんのじゃ!

と、あるべきところへ追い返すのも──

寒さと共にいろんなものがやってくる時期の

赤い炎を灯したら

なぜか消えるまでは

山すそを染める朱色はとどまり続け

晩ごはんの時間までしっかり役目を果たすようにと教えるので

わらわもきちんと見張りができるということになる。

寒い日が続くとこのようなお仕事も

かくれんぼもおっくうになってしまうから

毎日いい日差しが出れば

わらわもそのへんで昼寝ばかりしているはず。

こっそり隠れたり

遊ぼうと出てきたりする

明日のわらわの運命は

揺れるろうそくの炎みたいに踊って

誰もどうなるかを知らぬようじゃ。

2018-11-12

00:13

『暗黒』

人が生まれる前から

夜は暗く──

人が消え大地が塵に帰った後もなお

燃え上がる星の祝福がなければ

宇宙はいつまでも闇に包まれたまま。

太陽の炎がいつか消え去る遠い未来を思わせて

天の川を遠く見つめ浮かぶ球体の

光が当たらない面は──

寂しく心細い暗闇の奥底にある。

この闇に潜み

一時の命を楽しむものたちは

朝の光が届くのをじっと待ち望み

あるいは暗がりに紛れて

モデルが頭に載せた本を落とさないように歩く

練習があると聞いたことを唐突に思い出して

今ならばと誰にも見られないように真似して見せたり

もしくは楽しんでいた本を優しく撫でて

愛情を込めてページをめくっていると

不意打ちで書かれていた突っ込みどころに

口に含んだ飲み物を噴出す瞬間を──

誰にも見られなかった夜の帳に感謝し

一応部屋の戸締りと廊下の様子確認してみたりする。

夜が私たちに与えるのは

目にしていた全てが生まれも育ちも問わず

たちまち見えなくなる恐怖──

同時にもたらすのは

人の覗き込まない暗がりに抱かれる心地よさ。

怖れも安心感も、

もしかすると悲しみも喜びも

光の反射を遮られるという

ひとつの現象がもたらす一枚のコイン、

めまぐるしく表と裏を入れ替えるその回転に過ぎないと

一日という概念が疲れた体をそっと横にするとき

私たちはいつも知ることになる。

夜ははしゃいだ時間が迎える寂しい終わり。

夜は優しい暖かさへ潜り込んで目を閉じる安息の始まり──

まあ明るいうちも横になって休んでも別にかまわないが。

しかし誰しも例外はなく

夜はトイレに起きることもある──

そしてたまたまその日に

読んでいた本の内容や

見ていたテレビ番組の過激さの度合いによっては

闇の安らぎよりも漠然とした不安のほうがやや上回ることは

往々にしてありえるので

そういうときは人類に行使を許された

自由と行動という選択肢に頼っていい。

部屋の電気をつけておくのは

あらゆる怖がりの権利なのだ。

たとえどれほどに止めようとも──

どんなに怒られようとも

私に強い気持ちがある限り

自分の意思を貫くことをやめてはならないと

夜はたまにそんな大事なようなことを教えてくれるような気がするような

まあそういうようなこともあるんじゃないかな。

2018-11-11

吹雪

03:28

『ミステイク』

人が積み重ねた経験が

本棚の百科事典に収まり

歴史と呼ばれるようになる。

私が両手で持てる重さの

一冊の書物

人間たちの好奇心と情報集欲の集積によって

際限なく湧き出す知恵の泉となり

私たちに豊穣な時間を与える。

両手で広げたページを満たす文字の羅列には

どれほどに人の心を魅了し

時間も空間も渡らせて

見たことのない場所へ私を届ける力があるか

そのエネルギーを計算するのは大変に難しいようです。

また、小さなデバイスが世界中の知識とつながり

手のひらの上で最新の情報の一端に触れることもある。

かつてはスピンドルメディアおよび入力デバイスの大きさの

限界に従うしかなかった情報機器の重量は

日進月歩の技術開発競争が

数え切れない革命的な変化をもたらし

今に至る──

もはや誰一人として

明日の人間たちの姿を予測できないと

認めざるを得ないのが

私たちの日常。

はたしてこの時代が

歴史にどのように記されるのか

現代を生きる私たちの答えはない──

それが情報端末の現状です。

この状態を

便利になったと──

言うのだそうですね。

私の近くにいる人たちの影響力が強いのはもちろんのことだけど

いまだ会ったことのない人たちの過ごした日々は

ほんの一年生になったばかりの私さえも──

想像もできなかった景色のある地へと連れて行く。

情報量の多さは

見た目の体積とは必ずしも比例関係がなく

私は自分から望んで

たくさんの知恵を得ることができる──

ああ、それでもなお

知識は成長中の現時点における

体の限界を超えられないのではないかと

無力を実感するばかりなのはなぜでしょうか。

経験の不足も手伝っている可能性がありますが

一本のにんじん、

一個のピーマンに

新鮮さや味の良さを判断するどれだけの情報量があるのか

今の私には正確な理解が難しく

買い物においては結局、

ショッピングカートを運ぶお手伝いにとどまるのみ。

トランプのゲームをして

私の手札から正確にジョーカーだけを残して持っていく

氷柱姉の指先の動きなどは

考えても考えても答えが出ない。

どうやら知識の助けにすがるだけでは

人は無力なのかもしれないけれど。

この手の上に集めた無限に思える知恵が

例えどれだけ役に立たなくても

私の目を奪う美しい知識たちと

それを求めようとする感情に価値があるのだと

思い込みだとしてもそうであって欲しい。

ただ一人で願うだけです。

現在はそう考えていますが

もしも情報を求める行動に

何も役に立つ理由がないとわかった場合を想定しても

私は個体の意識、

言い換えれば個人的な好みに支配されて

結局最後まで行動は何も変わらないかもしれません。

私がどうするのか、今はわからなくても

いつか答えは出るのでしょう。

2018-11-10

虹子

00:00

『しっぽ』

いきものみーんな

しっぽがある。

いぬのおしりに

しっぽ。

にげるねこがふりふり

しっぽ。

おさるにも

ペンギンにも

ピカチュウにも

しっぽがあるのだから

にじこにかわいい

しっぽがないのは

なぜ!?

ほんとうは

あるんじゃない?

あるつもりで

しっぽをふります。

しっぽ〜

しっぽ〜

おしりのほうからよくみえる。

だから

にじこ、おしりをむける。

しっぽってね

げんきがないときは

しゅーんとなるよ。

うれしいときは

ちぎれるまで

ぶんぶんふりまわす。

あら

こまったな。

にじこがしゅんとしたとき、

よいこでなみだをこらえたとき

おにいちゃんに

かくせなくなっちゃう──

ピーマンをのこして

かくれても

すぐみつかっちゃう。

あーあ

にじこが

もうかくれなくなっちゃう。

おにいちゃんが

にじこ

どこかな?

と、まわりをみたら

いつもぶんぶんふっている

しっぽがみつかって──

にじこと

あそびたいなと

おにいちゃんがよぶと

すぐでてくる

しっぽのはえたこ

にじこ。

おにいちゃん!

しっぽをつかむと

とれるかもしれないから

つかむのは──

いちにちいっかいまでね。

あとはだめ!

にじことやくそくよ。

2018-11-09

春風

00:07

『かわいいおそうじ娘』

春風は小さい頃からずっと

かわいいおそうじ屋さん。

ママのあとをついていって

ほうきを貸してもらった

あの日から──

ほうきが手を離れることはない。

春風の背丈よりも大きかったほうきが毎日

教えてくれるお仕事。

廊下の隅がよごれている、

縁側の前にほこりがたまっていると

汚れを追いかける目利きを育てながら

毎日を共にしたほうきは

出会ったとき、おそうじの先生になり

やがて同じ目標を共にする仲間となり

今ではベテランの春風の手元で

くるくる踊る友達

ほら見て!

春風が胸を張って歩くと家の中は

術をかけられたようにきれいに変わり

子供たちの汚れた靴下が元気に足跡をつけられるよう

どこまでも明るく切り開いていく。

次にお掃除をするのを──

みんながどたどた駆け回るのを待ちながら

ほうきは今日も踊る。

ママから娘へ受け継がれた

年季の入ったほうきは

いまだに衰えることなくその腕前を見せているの。

あの無邪気な妹たちの

無垢で真っ白な笑顔にも

いつかは春風のほうきを受け取る

たくましい細腕の種子が眠っているのでしょうか。

いったいいつの日になることか──

楽しみですね。

だから春風は

初めてほうきを持ったときのように

今日も変わらず──

かわいいおそうじ娘の歌を歌いながら

家をきれいにする。

白雪姫と暮らす働き者の小人のように

愛する家族と笑顔でいたくて

どこもかしこもぴかぴかに輝かせるお仕事。

ほうきのリズムと

換気するさわやかな風に乗って

どこからか春風の歌が聞こえるとき

みんなの気持ちは明るくなる──

そんな話が語り継がれるようになるまでもうすぐです。