観月

『夏の夜は』

まだ宵ながら明けぬるを
雲のいずこに月宿るらむ。
西から夕焼けの朱に染まる時刻。
雲の間に溶けていく
一日の終わりの色は。
広がり続けて
お山を包んで。
さくらと虹子の手をとって、マリー姉じゃと青空を追いかけて
歌いながら家に戻る途中で
ふと気になって振り返ったら
そのまま膨らみながら
大きな大きな夕暮れがまだ続きそうな
夏の帰り道。
晩ごはんをとって
小さな妹たちの寝かしつけに夢中になって
ふと思い返すと
あの夕焼けは、今頃どうなっているであろうか?
どこまでも広がっていた日暮れの色は
本当に、沈んでいく日光についていって
寝床へ帰っていったのか。
ひょっとして、今もまだ
外に出ると、名残でも木の枝に引っかかって
そのへんで見つかるのではなかろうか?
うとうとしながら考えていたら
知らないうちに薄い掛け布団を引き寄せていて
もう、朝に目覚めるまで
大事にしたかった一日の過ぎ去る後姿は
重いまぶたと、かすみがかった眠気の向こう側。
夏の夜がどれだけ暗いのか見もしないまま、今日も過ぎていく。
闇が深まる夏の夜は
謎を探索するには、その時間は短すぎるよう。
ましてや、わらわは幼児。
巫女の定めも
布団にもぐれば、今夜はお休みにして
いい子で眠っていないと
おばけが悪い子を探しに来たら
さくらも怖がるからの。
うむ。
残念じゃ。
密度の濃い暗がりに
不思議なものどもが身を寄せ合い、寄り集まる夏は
力試しに出て行くにはちょうどいいのに
小さい体では
なかなかいつも、そうはいかないのじゃ。
もし、本当に何かが待っていると気づいて
深い闇の懐へと飛び出して行ったら
みなを心配させてしまって
怒られるので。
雄大に広がった夕焼け色が
どこかへ帰る道を探す楽しみも
少しばかりは我慢をして。
ときどき、こっそり出て行くだけにしておこう。
たまに。
カーテンの隙間から、きちんと閉めたはずの窓になぜかかすかな隙間が開いて
風鈴を吊るした記憶のない場所から届く鈴の音と一緒に
意思があるように、当てもないものを探して漂う煙の向こうに
かまってほしそうな無邪気な瞳が
子供たちを狙っているのを見つけたら。
例えば、そんなとき。
あるいは、それに近いようなことがあるなら
きちんと帯を締めて
清らかな衣装に包まれて
気合を入れて、
そっと起き出し、様子を探り
修行を積んだ退魔の技を振るって、いたずらものを懲らしめても
夏の夜はそれも仕方のないことではあるまいか?
抜け出したとしても、あまりきつく叱ってはいかん。
わらわが相手をするつもりはなくても
やつらは、やってきて誘い出そうとするのだし。
あまり心配させてしまうようならいけないので。
不思議な力の気配がある兄じゃが付いて来てくれるようなら
わらわも心強い。
どうであろう?
今日は家に帰ってきてからも不思議だった話題。
さくらがいくら探しても見つからない、小さなくつした。
みんなで花壇の世話を手伝って
水撒きで濡れないように脱いでおいたくつしたは
さくらのお気に入りだけは、いまどこに?
大きく広がる夕焼けが、たちまちねぐらに向かっていく不思議と同じように
どこかわからない道のりを辿って、
くつしたを奪う妖怪があらわれた気配がする。
そんなあやかしを、はっきり目にすることができるとしたら
それは暗く短い、こんな夏の夜と
ずっと昔から決まっている。
目を閉じると、またたきのようにすぐに終わってしまう
ひとときの、
暗い夜。
ずっと同じ不思議を求めていたくても、短い夜。
もしも身を寄せ合って過ごせるなら
この夜にするべきことは
たくさんあって。
普段過ごせない時間に、兄じゃを引っ張り出して
あっちやこっちをさまよいつつ。
今日はさくらのかわいいくつしたをうばった
まだ見ぬ怪異をつかまえないといけないので。
時間が足りなくて焦り出す
わらわと兄じゃの夜を
どうにかして納得いくまで過ごさなければ。
何かが潜んでいるはずの暗がりも
やがて、日の光にたちまち暴かれてしまう。
物陰に本当にいるはずのものを
ちゃんと見つけるために
急いで、兄じゃを連れ出して行かねばならぬ。
わずかな時間の
この夏の、百鬼夜行の気配の中へと
手を繋いで飛び出して行くのじゃ。