『言霊』
カレーライスが好きだ。
美しい桜の花が好きだ。
さあ、歓喜の地が私たちを呼んでいる。
などと言葉にしていれば
それを聞いた春風が
たまたま晩ご飯の献立を考えている途中かもしれないし
桜の花もいつまでも咲き続けて散らないかもしれない。
しかし言葉にしていると
だんだん……
カレーライスにつられたら
桜の花びらに包まれる妖艶な景色の
ほのかな香りが楽しみにくくなってしまうこともありそうな
心配がちらほらと湧き上がってくる。
ここは──おにぎりがいいのだろうか。
なるほど、持ち歩きやすく食べやすく
いっさい桜の鑑賞を阻害することのないお弁当に
おにぎりを選ぶのは理にかなっている。
今年の春も──
おにぎりを食べたな。
また花を見て食べるときが来るのだろうか。
うめぼしのおにぎり。
おかかのおにぎり。
味噌味の焼きおにぎりも──よいものだ。
では今日は
おにぎりが好きだと言って歩こうかな。
うーん、だがそれでは
カレーライスが好きな気持ちをごまかすことにならないか。
いつも一番に好きなものを
好きだと言い続ける事で
運命は変わり──
神か天使か精霊か、私たちの周りにある力を持つものたちは
春風が献立を考えるのと同じ調子で
宇宙の仕組みを守り続ける光を放つ途中に
うっかり永遠に咲く花を作り出して
近くに置いてくれる奇跡も
長い宇宙の寿命が来るまでには
誰かのところに起こるかもしれないじゃないか。
うん、ありえる。
まちがいなくどこかであるはずだ。
やがて終わりを迎えるこの宇宙でなければ
次の宇宙、
そのまた次の宇宙、
終末を両手に受け入れて塵と消えた私たちが
幾度か、もしもあったらいいなと望んだ未来を
どこかで歯車が噛み合った果ての偶然が引き起こすのならば
私の言葉が運命の歯車のひとつとなったと考えても──
罰は当たらないかも、
当たらないといいな、
そもそも、もう罰を当てる私は快楽を尽くして消えているのだ。
だから、よし!
どこかの宇宙で起こる素晴らしい出来事に
私の言葉が干渉するはずだ、
間違いなくその瞬間は訪れるのだと
ここで宣言しよう。
正しいか間違っているかまで責任を取ることではないからいいんだ。
もう葉桜の緑が目立ち
まもなく青葉がまぶしい季節が巡ってくる。
そう、私は昔も今も変わりなく
この移り変わる景色をオマエといる毎日が好きだ。
うれしいな──
今日もオマエと一緒に
騒がしい家の中にいる。
この日々が好きだ、
永遠に続いて欲しいと
口にしたら──
どこかで聞いた誰かがうっかり間違えて
遠い知らない宇宙の片隅に
こんなに楽しい場所をもうひとつ
作ってしまって
そこで私たちはまた幸せに生活を続けるのかな。
フフ──そのためにまず
毎日の好きを言葉にする訓練で
おにぎりかカレーライスを決めなくては
少なくとも、晩ご飯には間に合わなくなってしまう。
自分の胸に問い
時には人生を振り返って
つかみとる未来を
早く決めたいとあせる気持ち──
難しいものだな。
いつも好きを伝え続けるとは。
せめて一番好きな弟には
眠る前でも欠かさず
愛していると伝えて忘れずにハグもしてみるとしよう。