ふと疑問に

純粋にふと疑問。「アはアイウエオのア」というフレーズの初出はなんだろう?ブラッドベリ
と思いながらとりあえずGoogleで調べてみたところなんかすごいページがひっかかってきた。
http://www.ssfk.or.jp/p/a/106294.htm←ここ。気になるフレーズを引用。

愛ダス  宇宙は「愛」に満ちている/加納眞士著
今からあなたを幸せにする、愛のエネルギーがいっぱい詰まった「魂のギフト」あげます!「あ」から始まる45篇の、あなたを光のオーラで包んでくれる、愛と癒しのエッセイ集。

生長の家関係の出版物らしい。ひっかかったのは目次。

あ あ・うんの愛/い 一期一会の愛/う ウは、宇宙の法則のウ ほか

引用もここまできたらすごいな。ブラッドベリから生長の家まで。超長旅だよ。感心したのでクリップ。

言挙げ

「言挙げ」という言葉があって、ダイアリ内でも何回か使ったが、自分ではこの使い方はなんとなく使ってみただけで、個人的には全くのところ「言挙げ」といえばヤマトタケルノミコトだろうと思っていてそういう感じで使っていたのだが、なんか実は言論分野で結構使われていると気がつき、おやおやまあまあと思った。タームとまではいかないがちょっと癖のある言葉遣いなので、気づいた以上は控えようと思う。癖のあるそれらしい言葉遣いに浸るとろくなことないと思うので。

うつくしいうつくしさ

一体今日は何回書き込むんだろうか。依存症ですな。つか逃避。間違いない。キモ>自分。それはさておきはてなダイアリ漫遊の旅で、うつくしい文章のダイアリを見つけた。すごくうつくしい。読みふける。でもリファ飛ばして言及するとうつくしさを損ねるような気がして名を挙げるのが憚られる。とりあえずそっとアンテナに入れてみた。本当にうつくしくて素晴らしい。こういうところにぽろりと出会えるという偶発性だけで、キーワードシステムって素晴らしいやと思う次第。

わからないことの楽しみ

ARTIFACTの以下の記事から旅立ち。探索。で、感想。
http://artifact-jp.com/mt/archives/200403/individualgoodwill.html
「個人サイトのあり方に読者が注文をつける」という話とは少し違うが、「それはわからないからこっちの話をしてくれ」という態度、確かによく見るなあと思う。いつも不思議に思っていた。わからないことをわからないまま受け取る楽しみ。わからないことを調べてわかる楽しみ。そういう楽しみがあると思う。少なくともネット上のサイトにアクセスしているんだから、検索くらい出来るだろうに、どうして調べないのか。また、直接作者に注文をつける度胸があるなら、わからない/知らないから入門の手引きはどうしたらいい?って聞けるだろうに。つくづく不思議だ。別にわからなくっても支障ないなら流そうよ。先輩や兄姉の話がわからなくて、でもわかりたくて、背伸びした思い出ってないかなあ。

歴史が繰り返しているのかな

長い前置き:「セカイ系」という言葉を何かと耳にしたため、定義を確認して語意を理解しようとしたところ実は明確な定義というものは特に存在せず、各人がおもいおもいに語を使用していることがわかった。それ自体は大して問題ではないが、無数の泡沫のような語りとは別に、ある程度の権威を有している批評家がこの言葉を用いて何かを語ろうとしているようであり、なおかつその言葉にふれようとする手つきがあまりにも危ういのに驚きを覚えて、その方の名前をあげてセカイ系で何かを語ろうとすることについていろいろ書いた(中にはかなり激しい態度で反感を表している、と読める記述もある。書いた方としては数時間とはいえいろいろと流れがあるわけで、いきなり激しい態度を表していると言うよりは、最初は期待混じりだったのが激しくなっているというところに目をやって欲しいが、批判的、冷笑的といわれても仕方ないというくらいには思っている)。実際にここの中で書いたことについては、このダイアリをセカイ系で検索してもらえば読めると思う。同じような感覚を批評家に覚えた人は少なくないようで、ここと比較的似たような姿勢で批評家氏に対峙するサイトもある。その辺も、過去の記事からリンクをたどれると思う。webが保持する莫大な空間からすれば、ほんの片隅のことではあるが、氏にとっては不快な表現をする群れがあったということだ。それに対して、氏は言論人としてのご自分の評価を不当におとしめられてはかなわん、とばかりに、そのような扱いは筋違いな上に迷惑だ、という旨、発信された。↓
http://www.hirokiazuma.com/archives/000066.html
この記述はまことに隙だらけで、いろんな点からつっこめと思うだが、それについては省略する。氏自身は、まだ語っていないうちから断じるな、といいたいのかな、と解釈しておく。
ここから本題:今日、偶然に以下のようなページを見つけた。同人誌生活文化総合研究所内に収められた「小川びい東浩紀との往復メール」という文章である。
http://www.st.rim.or.jp/~nmisaki/topics/btoazuma.html
前文を引用すると

 以下に公開するメールは、hirokiazuma.comの「近況 2002.7.14」を巡って交わされたものである。  東の記述の一部分に対して、小川が事実誤認と訂正を求めたのをきっかけに、何度かメールがやりとりされた。最終的な合意には至らなかったものの、妥協案として、両者のメールをここで公開することが提案され、この形となった。これについては、東による「近況 2002.7.28」も参照してほしい。どちらの主張を支持するかは、このメールを読んだ人間にゆだねたい。  なお、メール本文については、誤字・誤記も含めて、ほぼ原文のままである。

1年と半年くらい前のことのようだが、この中で既に批評家氏はお相手から

まさに東さんの「こういうやつがいるからネットとか日記って侮られるんだよなあ」という感想を、そのまま返したい気持ちです。

と言われているのを見て、可笑しくなってしまった。この時批評家氏が批判されているあれこれはほとんど固有名詞をセカイ系に置き換えても成立するように思う。氏は不用意にものごとを扱い過ぎなのだ。しかし現代社会を生きる若者として、社会・文明批評をする以上オタクとその周辺を無視できない、とする姿勢は立派だと思うので(実際にそういう姿勢かどうかは実は知らない)、こういうことにこりごりになって現代思想の砦に帰ってしまわれても困るので、すっこんでろ!とはいわない。じゃんじゃんやってください。じゃんじゃんいちゃもんつけますが。でも、言論ってそういうもんでしょ?(実はこの往復メールを見て、氏のもう一つの悪弊は、自分がひどい目にあっている!という宣伝が好きな点なんじゃないかとも思ったが、それは事例が2つしかないのでそう思っただけ、という印象論にとどめておく。いや戦略的な問題ではなく、傷つきやすい人なだけなのかも)。
この引用は対話メールの中の一部分を自分の感覚で恣意的に抜き出したものであることを断っておくと同時に、この記述の絶対的な真偽はわからないと明記しておく。しかしどちらを支持するかは読者にゆだねる、ということで公開されているのだが、氏の公式サイトが移転したためか、発端の文章が参照できないのは残念だ。どこかにあったらご教示下さい。追記)と思ったら見つけた。http://www.hirokiazuma.com/oldinfos/diary2002.html 
とまれ、当方を批評家氏とのあれこれがらみで興味深くお読みの方にはぜひ上記引用ページを全文お読みいただきたい。なんつーか、別冊宝島リアルでよくある○○○○大研究!ってシリーズ(立花隆とか筑紫哲也とかさ)の次には氏を推したくなるなあという感想を抱いた。ある意味、前より好きになってきたよ!
さらに追記)自分はアニメは見ないので「セーラームーン」をどう分類するかという本質的なところには全く不明である。ただ議論の枠組みや外側が実に今回の話と似ているなと思った次第。とはいっても自分はメール出してないし出す気ないから向こうがテンパらなかったら類似なんぞといいださなかったのになとは思う。先様の発信でこのように周辺ネタを仕入れるようになり、不幸な情報ばかりを集めてしまって誠に残念。でもまあ新たな楽しみ方を見いだしたからいっか。

東浩紀氏の近況2002.9.28より引用

 経験的に言って、明示的な根拠を挙げず、「だれだれは結局なになにでしょう」みたいな噂話口調で他人を批判し始めたら、もうそのひとの話はまともに聞かなくていい。

この辺の感覚はいっしょなんだけどなあ。こう思っている人がどうして一足飛びに「だからネットはなめられる」とか言うのか極めて不思議。

参考資料

google:東浩紀 小川びい
一応ここに出てくる記述は全部読んだ。“Google使えれば評論出来ると思ったら大間違い”ではあるが、まあ内容からしてネット媒体上の記述を全部読めば何となく雰囲気もつかめるんじゃないかなと思う。
で感想だけど、内容について語っている記述もあるが(セーラームーンをどう位置づけるか、のことね)、扱う手つきのずさんさ/軽薄さに疑義を呈している記述もないではない。うーん。もうこういう人だとおもって諦めろ、ということなのかな。個人的には、それも芸のうち、という理解に落ち着きつつある。少なくともセカイ系の語意とか定義よりも氏自身のありようの方が圧倒的に面白いことは間違いない。
追記)セカイ系についていまさら語ることの時代遅れぶりに恥じ入っていたが、この手のロジックによる東浩紀批判も時代遅れだと実感しますます恥じ入る限り。しかしテンパりぶりがなんら変わってないのを見るにつけ、この人はきっとドリフのようなお約束コントを演じるのが好きなのだと思うことにした。今後、東さんが似たようなテンパり→だだもれを起こした場合は、しむらー!うしろ!うしろ!みたいな態度でつきあうのがいいのだろう。とは言え、うへぇ愛好家としてはそれでよいのだが、氏の批評家としての悪質さはやはりきちんと批判されるべきだと思う。ここはやっぱり「ヒガシヒロキの大研究」が熱望される。唐沢俊一に期待。
参考:http://www.tobunken.com/diary/diary.html (裏モノ日記)
まさかネットの無名の雑記にあそこまで過剰反応して、記名の有名人のここまでの当てこすりに無反応と言うことはないでしょうね?どちらが言論人としての評判に関わるかはいうまでもないと思いますが。それとも「降りる自由」ですか?(もっとも氏のテンパリ記述には憤りのソースが明記されていないし、唐沢氏の記述にはただA氏とあるだけなので、一はてな子が邪推するような関連があるとは断言できません。悪しからず。)
さらに追記 21:08)ネット上にはid:motidukisigeruをはじめとしてまとまったリソースがある。ネットを利用する人で多少なりとも疑いを抱く向きにはいくらでも自分で判断できる。それに比べてネットでないところに批判的検証が少ないのではないかと。一方で、世代間断絶をつなぐつもりがあるのか、東がおじさん主体らしい論壇むけに「ネットはこういうところでこういうよいとこがあってでもこのへんはだめで」とかいってる割に、わかいもの主体らしいネットではヤツわかってないなーと言われつづけるという空虚さが妄想されてどうにも気持ち悪い。この項、完璧に印象論でデータないので悪しからず。デマだし妄想です。あと一部で「東浩紀村」とも目されるはてなで普通に批判しちゃって悪かったなと思った。はてな子になったのは自分の方があとなんだから、そりゃ気分害するよね。ゴメンネ!

プライド

連絡待ちなのでネットやりつつプライド(月9 キムタクさん 野島)を観ているんだけど、なんかすごいんだけどいいんですか?こんなの月9じゃないよ。ほぼ初めて観た自分が言うのもなんだが、雨振るの見て「ハルが泣いてる…!」とか言う台詞すごいよ。竹内結子すごいよ!彼氏に暴力ふるわれておびえる様が普通じゃなくきてるよ!女優魂だよ!
ていうかエキストラに怪我させてしらばっくれてたドラマで、主人公がヒロインに暴力ふるうヒロイン彼氏にぶち切れるってなんかすげー。メタだ!
あと今日のスマスマの煽りはクソ。