「HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)の嘘」の検証(1)HPVワクチンは前がん病変のリスクを44.6%増やすのか?

<2011. 11. 3追記>
検証の内容を、専門用語少なめでわかりやすくまとめたバージョンを作りました。
難しいのがイヤな方、概要を知りたい方はこちらをどうぞ。
「HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)の嘘」の検証をわかりやすく


日本では、サーバリックスに加えガーダシルが承認され、二種類のHPVワクチンが市販されることになる。
これらのワクチンについての基本的な情報は産婦人科日記P サーバリックス vs ガーダシル等を見ていただければと思う(この記事に、過去の子宮頸がんワクチン関連の記事へのリンクがある)。


一方、これらのワクチンについて、「実はものすごく危険なものなのだ!」という言説がネット上に見られる。これは、どのていど信ぴょう性のある話なのだろうか?
本ブログでは、上記のサイトの子宮頸がんワクチン③でも簡単にまとめられている、「反対派の言い分」のうちいくつかについて、元の資料をたどって少し丁寧に検証してみたい。

検証するのは

特別レポート HPV(子宮頸癌)ワクチンの大インチキを暴く

こちらのサイトは、マイク・アダムスという人物によって書かれた、HPVワクチン告発文とも言える文書で、多くの「反HPVワクチン派」の論拠とされているようだ。今回および次回は、この文書の元資料などを読んで、検証してみる。

「HPVワクチンにより前がん病変リスクが44.6%増える」?

今回取り上げるのは、「HPVワクチンにより前がん病変のリスクが44.6%増える」という説である。
上記サイトの中ほどから。

HPVワクチンは前癌病変のリスクを増やすのか?
(略)

精度の高いHPV遺伝子型判定を提供するPCR方式のHPV検出機器が、現在、より緊急に求められている。FDAのVRBPAC背景文書「ガーダシルHPV4価ワクチン」(2006年5月18日、VRBPAC会議、www.fda.gov/…)によると、既にワクチンと関連した遺伝子型のHPVの陽性がPCRおよび血清反応で示されている女性に対するガーダシルのワクチン接種は、高悪性度の前癌病変の発達を44.6%上昇させる危険があることが判明しているからである。

Natural Newsでは、上記文中のURLの正しいものをFDAの記録文書庫から見つけ出し、バックアップのコピーを保存した。http://www.NaturalNews.com/download…

予感の通り、この文書は、ガーダシルのワクチン接種によって引き起こされる、とんでもない危険を知らせる驚愕の情報を含んでいた。13ページに次のような記述がある。<サブグループ(小群)における主要評価項目分析に関する懸案事項>

このBLAの効果レビューの過程で、二つの重要な懸案事項が明らかになった。一つは、ベースラインでワクチンと関連した型のHPVに持続的に感染していた形跡のある被験者のサブグループにおいて、ガーダシルが病気を悪化させる潜在力があったことである。もう一つは、ワクチンに含まれていない型のHPVのために、高グレード子宮頚部上皮内癌(CIN 2/3)もしくは更に悪い症状が観察されたことである。他の型のHPVによって引き起こされる病気の症状は、ワクチンに含まれる型のHPVに対するガーダシルの有効性を打ち消す潜在力を持っている。

1.ワクチン接種前にワクチンと関連ある型のHPVに持続感染した形跡のある被験者で子宮頸疾患を悪化させるガーダシルの潜在力の評価。研究013のサブグループの調査分析結果によると、次の表に示した通り、ワクチンと関連した型のHPV陽性がPCRおよび血清反応で示 されている女性は、CIN2/3または更に悪い症状になる件数が増える。

観測された有効性 44.6%

ガーダシルを受けた研究013のサブグループの被験者では、偽薬(プラシーボ)を受けた者と比較して、CIN2/3または更に悪い症状を発達させるリスク要素が増大した可能性が伺える。

元資料、「VRBPAC背景文書」とは

VRBPACとは、FDA内の「Vaccines and Related Biological Products Advisory Committee(ワクチンおよび関連生物学的製剤諮問委員会)」であり、FDA管轄下にあるワクチンなどの安全性や有効性、適切な使用方法についてのデータを審査、評価する委員会だ。
この文書は、2006年5月18日にガーダシルの諮問委員会が行われた際の資料で、ガーダシルの臨床試験(治験)の方法、結果がまとめられている。

データを見てみよう

ここから先、統計の話が出てくるので、読みにくく思われる方もいるかもしれない。
しかしこの「ガーダシルが前がん病変を悪化させる説」の真相解明にはどうしても臨床統計の基本の理解が必要となる。耳慣れない方は有効性・安全性に関する統計用語集を一読されることをおすすめする。


さて、問題のデータはこれである。



VRBPAC Background Document
GardasilTM HPV Quadrivalent Vaccine May 18, 2006 VRBPAC Meeting p.13

試験013は、16-23歳の健康な女性を対象とした、無作為化二重盲検プラセボ対照試験*1である。被験者は、HPV感染の有無と無関係にガーダシルもしくはプラセボ接種群に割付けられている。
左の灰色の部分がガーダシル接種、右のPlaceboプラセボ(偽薬)接種である。
それぞれ左から、被験者数、CIN2/3以上の病変の数、被験者数に観察年数を掛けた数(人年)、100人年あたりのリスクを示している。


確かに、CIN2/3以上の前がん病変の発生率はガーダシル群で高くなっている。予防効果(efficacy)は-44.6%で、これはガーダシル投与群で、前がん病変の発生率が44.6%高かったという意味になる。


しかし、ここで注意しなければならないのが、一番右のカラム。「95%CI」が「<0.0%, 8.5%」となっている。


臨床試験では、限られた数の患者により試験を行う。その結果、「有効性(この場合は『予防効果』としている)」が何%、というひとつの数値(推定値)は出るけれども、この数字には偶然によるバラツキ(誤差)が含まれている。そこで、このバラツキを考慮し、「本当の値が、95%の確率でここからここまでに含まれる範囲」を統計学的に計算したのが、95%CI(95%信頼区間)だ。この区間に、「有効率0%」が含まれる場合、その結果が表すのは「ガーダシル接種と、前がん病変の発生率には、関連性があることを示す統計学的な根拠があるとは言えない」ということなのである。*2
ガーダシル接種と、病変の進行に関連があるとはっきり言うためには、有効性の95%CIが「マイナス〜マイナス」の値をとっていなければならない。*3
臨床試験の結果では、「有効性」の値と共にこの95%CIも合わせて示されなければならないのだ。


上記データでは、95%CIが<0.0%(マイナスの予防効果=リスクを増加させる)から、8.5%の間であり、0%を挟むので、統計学的には(マイナスにもプラスにも)関連性があることを示す根拠がない、と言える。


ただし、下限値が明記されていないものの、マイナスに偏った95%信頼区間ではあり、懸念を払拭しきれない部分もある。
しかし、この試験はもともとHPV感染者/非感染者を合わせた被験者集団を対象としており、HPV感染者の割合が試験参加者のうち6%程度であったために、サブグループとしては被験者数が少なくなってしまった(150程度)という問題があるのだ。そのため、ガーダシル接種群と、プラセボ群のあいだで、病変が進行するリスク因子に差があった可能性があるとしている(表18)。



VRBPAC Background Document
GardasilTM HPV Quadrivalent Vaccine May 18, 2006 VRBPAC Meeting p.14

臨床試験開始時にワクチン関連HPV型PCR陽性および血清反応陽性者の特徴」
上から、「サブグループ人数」「現在喫煙している」「膣頸部の感染または性感染症の履歴」「HSILによるパップテスト(子宮頸がんの細胞診)」


これをふまえ、次の解析が行われた。


別の試験(試験015)における、HPV持続感染者のサブグループのCIN2/3以上の病変数を解析した。試験015も、試験013と同様、HPVの感染の有無にかかわらずに割付けた、無作為化二重盲検プラセボ対照試験である。ただし、今回は前回より被験者数が多く、バックグラウンドのリスク因子の差が少なかったとしている。その結果は以下のとおりだった。

VRBPAC Background Document
GardasilTM HPV Quadrivalent Vaccine May 18, 2006 VRBPAC Meeting p.14


今回は、前がん病変の発生率はプラセボ群よりガーダシル群が低く、95%CIは<0.0-39%となっている。
つまり、やはりガーダシル接種と、病変の発生には関連性はあるとは言えないという結果であった。


最後に、これら2つの試験に合わせ、別の試験007の結果をすべて合わせて解析した表と結論の訳が以下になる。


これらの結果から、臨床試験013における(HPV陽性)サブグループには懸念が残るものの、それは、ガーダシル接種群が、CIN2/3以上に病変が進行するようなリスク因子がもともとプラセボ群より高い、偏ったサブグループだったためであることを示す、ある程度の証拠はある。
さらに、3つの解析結果を合わせると、ガーダシル接種群、プラセボ群の間の差はさらに小さくなっている。
結局のところ、ガーダシルには、接種前にHPVに接触し、除去できなかった(PCR陽性かつ血清反応陽性)女性においては、治療効果が得られないという有力な証拠があるということである。このような女性は、臨床試験参加者全体の6%程度にのぼる。


VRBPAC Background Document
GardasilTM HPV Quadrivalent Vaccine May 18, 2006 VRBPAC Meeting p.14


このように、報告書を丁寧に読めば、「44.6%リスクが増える」というのは、ある1つの解析の結果の一部分を切り取ったもので、全体としての結論は別であることがわかる。


少なくとも、この資料は「ガーダシル接種が前がん病変を悪化させる」という根拠を示したものとは言えない。
「見かけ上、そういう傾向があるように思われたが、統計学的に有意とは言えず、判断は保留する」というのが、このデータの常識的な解釈だろう。
特に、「44.6%」という数字をひとり歩きさせるのは、被験者数の少なさ、偏りを考えれば不適切である。


臨床試験では、被験者数が増えるほど微妙な差がはっきりわかるようになる。
今回の試験の規模では、サブグループ解析であったこともあり、「HPV感染者の前がん病変発生率にガーダシルが及ぼす影響」については、はっきりわからなかったのだ。
この件については、さらに多くの人数を調べた市販後調査等が期待される*4

*1:治験・医薬用語集 治験ナビ参照

*2:ただし、関連性がないことをはっきり示すものでもない。

*3:繰り返すが、有効性・安全性に関する統計用語集参照。相対リスク=1が、有効性0%に相当する。

*4:今回調査した限りでは見つからなかった。情報募集中です。