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2014-06-05

新薬開発までの成功率と期間-「○○のメカニズムが解明」されてからの話

基礎医学の発見を扱った報道の締めの言葉として、よく「新薬の開発につながる可能性がある」というフレーズが出てきます。難病や、現在治療法のない病気の場合には、当然、新薬が早く実用化されることが期待されます。しかし、その一方、薬には副作用がありますから、有効性と安全性についてしっかり確認する必要があり、その過程で、「ボツ」になる可能性もあります。では、上記のようなニュース記事から、実際に実用化されるまで、どれくらい待てばよいのでしょうか?また、開発成功率はどれくらい期待できるのでしょうか。一つの論文の試算を紹介します。

(タイトル訳:研究開発の生産性をいかにして向上させるか-製薬業界の大課題)


この論文は、製薬業界で研究開発コストが高騰してタイヘンなので、いかにして新薬開発の成功率を上げ、コストを下げるか、ということについて論じたものです。著者はイーライリリーの研究グループです。その中に、新薬開発の時間とコストのモデルがありました。

f:id:usausa1975:20140527220523j:image
How to improve R&D productivity: the pharmaceutical industry’s grand challenge, Steven M. Paul et. al., Nature Reviews Drug Discovery 9, 203-214 (March 2010) Figure2より改変(赤字の日本語を追記)

上記は、新薬開発のステップごとに、成功率(次のステップに進める確率)とコスト、期間等について試算したものです。元になったのは13の製薬大企業のデータとイーライリリーの内部データです。コストは百万ドル単位です(トータルのコストはなんと、約1800億円!)。このモデルは、まったく新しい薬(New Molecular Entity)を一から研究開発することを想定しています。


これを見る前に、新薬開発のステップについての知識が必要です。

上記のページに解説があります。ごく簡単にまとめると、目的の作用を持った物質を見つけ、薬としての望ましい性質をもつよう最適化する(基礎研究)→培養細胞や動物を用いて、安全性、毒性、代謝などを調べる(前臨床試験)→ヒトを対象とした臨床試験治験)→承認申請および審査、と分けることができます。一般に前臨床試験までを「研究=Research」、ヒトを対象とした臨床試験以降を「開発=Development」と呼びます。上の図ではそれぞれ茶色と青で示されています。ここには、「薬のターゲットになりそうな生命現象を探す」部分は含まれていません。例えば、「Aウイルス感染症の治療薬」を想定すると、「ウイルスAは増殖時に酵素Eを発現する」という現象が見つかったとして、「酵素Eを阻害する物質が薬になりそうだ」と探し始めるところからがスタートとなります。


科学ニュース「Aウイルス増殖のメカニズムを解明!」から…

では、「Aウイルスの増殖には酵素Eの発現が必要であることが解明された」という架空のニュースから、「ウイルスA感染症治療薬」開発までの道のりを上記モデルに基づいて見てみましょう。上記モデルの「成功率」はステップごとなので、掛け算していく必要があります。

  • 酵素Eを阻害する物質が見つかって、新薬候補化合物として最適化される割合=51%。ここまでで4.5年。

(上記モデルの「Lead Optimization」まで…0.8x0.75x0.85=0.51)
なんと約1/2です。つまり、「○○のメカニズムが解明」されても、薬に使えそうな物質が見つかる確率は半々、ということになります(酵素Eを阻害する物質が見つかっても、例えば生体内の他の酵素も阻害しまくってしまうとか、水に全然溶けなくて薬として使えないなどで実用化できないこともあります)。

  • ヒトを対象とした臨床試験まで進める割合=35%。ここまでで5.5年。

新薬候補化合物を動物や培養細胞で試験して、薬効や毒性、薬物動態(吸収、分布、代謝、排泄)を調べます。生体内で薬効が示されなかったり、十分に吸収されないなどの問題や、毒性の問題があると、ここでアウトになってしまいます。

  • ヒトでの臨床試験をパスし、承認審査に合格して、販売される割合=4%。ここまで13.5年。臨床試験開始からは8年。

つまり、新薬開発をスタートさせたうち、成功するのは24.3個に1つしかないのです…。ちなみに、ヒト対象の臨床試験を始めるところからの成功率は約12%、8.6個に1つです。臨床試験でアウトになるのは、重篤な副作用が頻発した場合はもちろん、有効性を統計的に示せなかった場合などもあります。また、動物とヒトで薬物動態が異なり、思ったような薬効が得られなかったり、毒性が強く出るようなケースもあります。基礎研究を含めた全過程の中で最もボツになりやすいのが臨床試験のPhaseIIです(成功率34%)。ここは、薬を初めて患者さんに投与する段階となっています(PhaseIでは健康な人に投与します)。


もちろん、これは一つの試算、モデルですので、この数字が絶対というわけではありません。しかし、ニュース等で「××のメカニズムが解明。新薬に期待」というものがあったとしても、まだまだ道のりは長く、結局実用化できない可能性も高いということを念頭に置いておく必要はあるでしょう。


ちなみに、必要期間の計算は米国のデータですが、日本国内では「9〜17年」であると製薬協のHPには書かれています。また、研究開発のコストは国内では500億円程度のようです。

さらにちなみに、他の人たちが計算した同じ様なモデルについてはここの「Supplementary information S2 (box)」にあります。この論文の試算とそこまで差はありません。