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大フィル・大植英次さよならコンサート


大植英次スペシャルコンサート』に行ってきた。

大植英次スペシャルコンサート
2012年3月31日(土)15:00開演(14:00開場)
ザ・シンフォニーホール
―万感の想いをこめて9年の響きが輝く―
指揮:大植英次
<プログラム>
ブルックナー交響曲 第8番 ハ短調(ハース版)


大植英次さんが2011年度のシーズンを最後に音楽監督を退任するというアナウンスがされたのが2010年12月。大植さんは前音楽監督の故・朝比奈隆氏と同じように、いつまでも大フィルの音楽監督のままでいてくれると思っていた。率直に言って、「寂しい」。その最後のシーズン、私は定期演奏会に一度も行けなかった。そして今日。3月31日。今日が本当の最後の日。


クラシック音楽の演奏会は約3年ぶりとなる。私が転職をしたり、チェコハンガリーに旅行に行ったり、子供が生まれたり、職場を異動したり、引っ越しをしたりで、生活がなかなか落ち着かない3年だった。しかし3月31日は絶対に行かなければならないと思っていた。仕事が入るならその仕事をズル休みしてでも、仮にインフルエンザに罹ったとしても、行かなけらばならなかった。これは人生の区切りなのだ。


さて、何を書こう。大好きなブルックナーの大曲、8番。心をよぎる3年間。この気持ちは言葉にできない。第3楽章で、恥ずかしながら私は涙を滲ませてしまった。


でも「言葉にできない」では話が始まらないので、今でも目頭が熱くなるものの、書くことに挑戦してみよう。


◇  ◇  ◇


開場は午後の2時。私が会場に着いた頃は、もうすごい熱気だった。全国の大フィル、大植ファンが集結という雰囲気だ。定期演奏会は2回公演だが、この公演は1回きりの公演だ。そして音楽監督の任期を終える今日という日でなければならない公演なのだ。



クラシック音楽の演奏会に限らず様々なイベントにおいて、女子トイレの混雑は女性にとって大きな悩みの種だが、ブルックナーの時は男子トイレが混雑する。ブルックナーのファンは男性が多いからだ。ただ今日は女子トイレもいつも並に込んでいた。長大なブルックナー。プログラムは関係ない。今日の演奏会は特別なのだ。私もトイレに並んで待って、開演5分前に席に着く。


指揮者の両翼に第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンが位置する対向配置。第一ヴァイオリンの隣にヴィオラ。その横のチェロ、その横から後ろへコントラバス。定刻を2分ほど過ぎてコンマスの長原孝太さんが登場する。この人も今シーズン限りでの退任が決まっているので、最後の演奏会である。いままで何度も素晴らしい演奏やものすごい技巧を聴かせてもらった。ありがとう。


そして主役が登場する。無数の温かい拍手が迎える。今日はみんなあなたを観に来たんです。今日が最後というのが信じられない。


大植英次 大阪フィル

大植英次 大阪フィル


大植監督によるブルックナーの8番と言えば、これらのCDの録音がポピュラーだが、今日はそれとはずいぶん違っていた。CDも名演ではあるが、今日と比べると、いわば「汗はかくが、のた打ち回らない」演奏というか、まだオーケストラを追い込んでいない。今日はものすごく追い込んでいた。叱咤し、煽り、賞賛した。ブルックナーなのに、マーラー交響曲が描き出す世界のように、歪んで見えたり、透明だったり、変化に富んでいた。コンマスの長原さんのソロは、艶めかしく、ひとりだけ別世界を旅するようだった。


全体的に、テンポは所々で入れ替わり、感情移入たっぷりだった。マーラー風?バーンスタイン譲り?なにわ流?大柄でいながら細部に美学が敷き詰められているかのような、大植スタイルの完成を見た。


第2楽章、第3楽章と進むにつれ、終わってほしくないと心底思った。梅田で仕事をしていた当時、仕事帰りに急いでシンフォニーホールに走った懐かしい日々を思い出して、胸が詰まる。


暴走気味の管楽器、打楽器と、思い入れたっぷりな弦楽器。よくも悪くも大フィルサウンド全開。最後の最後の本当に最後でもアイデンティティーを発揮した大フィルらしさ。いま日本のオーケストラで、これほど全身全霊をかけて演奏する団体が他にあるだろうか。こんなブルックナーは二度と聴けない。今日の大フィルは世界一のオーケストラだった。


第4楽章のコーダでは鳥肌が立った。これまでの大フィルの演奏会のことを思い出した。私の横に座ってた女性はハンカチで涙を拭いていた。会場のどこかからすすり泣きの声が聞こえた。最後は、もう想像する限りを超えた感動が待っていた。呆然として私は拍手ができなかった。音楽の力の偉大さを感じた。何秒か思考停止した後、我に返り、一生懸命拍手をした。会場全体がスタンディングオベーションで指揮者とオーケストラを称えた。9割以上が立っていた。こんな演奏会、記憶にない。


今日で大フィルの音楽監督を辞める大植さんは舞台に五回も呼び戻された。オーケストラの団員が全員、舞台から去った後、一人で舞台に現れた。最後は舞台を降りて観客席にまで飛び込んでいって一人一人と握手を交わす。舞台に戻り、背伸びをし、手を伸ばして二階席の観客の手を握る。こんな指揮者が過去にいただろうか。これほどの音楽性とカリスマ性とスター性を兼ね備えた人だったのかと、改めて、いま、大阪が失ったものの大きさを実感する。


今日で最後というのがいまだに信じられないが、日常のチマチマした生活は続いていく。職場に朝7時40分に行ったり、牛乳を買って帰ったり、子供のおむつを替えたりする、そのチマチマした生活はそれなりに幸せなのだ。明日からまた元気に歩いて行かないといけない。大植&大フィルのコンビから9年間、大きな力をもらった。今までありがとう。今後も大フィルの演奏会に可能な限り足を運ぼうと考えている。


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