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『きっしゃん』で「一人焼肉」ランチ


その日は連休の最終日だった。連休なのにたいした用事をせずに、休みの最終日を迎えていた。


遠くに行けば、相応に充実した一日を過ごせそうだが、翌日の仕事に障りそうだ。かといって家で寝ているのも勿体ない。そうこうしているうちに時間が無情に過ぎていく。せめて、何か、旨いものを食べよう。そうだ、肉にしよう。焼肉を食べに行こう。とはいえ、そんな急な思い付きに付き合ってくれる友達も家族もいなかった。第一、その日は私の休日であっても、世間は平日だったからだ。


そもそも私は「一人焼肉」が好きで、時々、思い出したように一人で行っている。「一人焼肉」とは文字通り、一人で食べる焼肉のことだ。焼肉という、大勢で集まることのできるイベントを、たった一人で孤独に楽しむ。そんな寂しい、「一人焼肉」を、私は、よくあるカウンターの、一人向けの店の、いわゆる焼肉定食ではなく、大勢で来られることを想定した焼肉屋でおこなっている。多くの場合、周りは宴会、横を見ると家族、なんとなくアウェイ、という環境の中、最初の時は、場違いなように自分でも感じられたが、何度も行くうちに抵抗がなくなった。ホームかアウェイかは気分の問題、というのが私の結論だ。


私は、休みの最終日に、突如、焼肉を食べに出掛けて行った。なんばまで行って、高島屋エスカレーターで8階に上がる。向かったのは『きっしゃん・なんば店』という店だった。


『きっしゃん』の本店は大阪の西中島にある。私が知っているのは、なんばの高島屋天王寺近鉄百貨店にある店舗だ。店の前を通ったことはあるが、入るのは初めてだ。内容的には、高級店に属するのかもしれない。佐賀牛をメインにA5ランクの国産牛を一頭買いしているらしい。デパートの中の店舗ということもあって、大阪・鶴橋の焼肉屋が密集するエリアの店のような座敷で食べるのとは雰囲気が違う。雰囲気はお洒落で、『叙々苑』(よりは安いが)みたいな感じだろうか。


店に入るとまず、テーブルが目に入る。二人掛けの席が多く、一人での食事が苦手な人も大丈夫なはずだ。実際、ランチタイムは、ハンバーグの定食などもあって、一人客も多かった。女性の一人客もいたので、女性にも入りやすい店だと思う。他には、私のように、一人黙々と焼肉を食べる男性客、買い物の途中らしい年配の女性、30代くらいのカップル、年配の夫婦という客層だった。人気店だが、平日であり、混雑していなかった。


私は、3,800円(税抜き)の『一頭ランチ』を注文した。 様々な部位がセットになっているランチ限定のメニューだ。内容は、焼き物としては、クラシタ、和牛赤身ロース、特上カルビ、特上サーロイン、野菜に、サラダ、スープ、牛肉のしぐれ煮とキムチ、そして最後にデザートが付く。 



タレは、特製の焼肉だれに加え、塩だれ、ポン酢が用意される。付き出し的なキムチに牛肉のしぐれ煮。それだけでご飯一杯は食べられる。肉が来る前に、ご飯が進んでしまう。



肉が出てくる。すごい肉だ。霜降りの上等な肉だ。ステーキにも使えるような、見るからに高そうな肉。3,800円というとランチにしては高価だが、夜に同じ内容を食べたら、倍近くかかるのではないか。ランチはリーズナブルだ。


肉はたれに漬け込んでおらず、塩コショウで最低限の味付けがされているだけだ。塩コショウでそのまま、肉自体を味わっても良いし、3種類のたれを好みで選んでも良い。


焼くのが勿体ないが、焼かなければ始まらない。焼肉は、複数で来ると最初は集中して焼いていたのに、最後の方は食べることが第一目的であることを忘れたように、焦がしてしまったりすることがあるが、一人だと肉に集中できる。


脂が多めなのですぐに火が通る。口にいれると、普通の肉ではない。私が普段食べているような肉ではない。肉を極めると肉でなくなる。出来立ての豆腐のような柔らかさ。そして甘い。これは、なかなか味わえない肉だ。なんとも贅沢。


肉を焼いている時、私はなぜかガラス職人とか、そういった類の職人になったような気持ちだった。経験と技術を駆使して、肉に向き合う。周りは目に入らない。大体二枚一セットで焼いていく。それでも多いくらいだが、これが三枚となると追い付かないし、一枚なら時間がかかる。二枚一セットというのが私のテンポだ。


火加減と、鉄板の状態によって、状況が変わる。一枚目と二枚目では違う。表と裏でも焼く時間が違う。表は丁寧に、裏は適度に。間に1ミリ〜2ミリくらい赤い部分が残る程度が私の好みだ。自分の技術の確かさを確認する。出来上がった肉を見て、やり方がどうだったのか顧みる。職人のように。


3種類のたれはどれもオリジナリティーがあった。塩だれは、珍しいのと、素材を引き立てる感じ。焼肉にポン酢というのはあまり私は好みではないが、この店ではありだ。肉がこういう肉なのでさっぱりした味付けが合っていた。特製の焼肉のたれは王道で、最後はこれで締めようと思った。


良い肉すぎて、大体、3〜4枚食べたところで満足しているのだが、まだ折り返し地点まで来ていない。そして(一人なのに、あってはならないことだが)少し焼き方が雑になっていく。いま惰性になっている。心の声が警告する。なかなか最後まで集中してできない。職人としてはまだまだだ。しかし一回反省すると次はまた上手に焼くことができる。ご飯が足りなくなったのでお代わりをもらう。


最後の肉を焼き終えて、お代わりしたご飯もなくなる。肉を食べ過ぎた。好きで食べに来たのに、肉を嫌いになりそうだ。デザートが運ばれてくる。焼肉を食べ終えた時、最後に必ずこう思う。もう当分、焼肉は食べたくない。しかしきっと2〜3週間もすれば、また焼肉を食べてくなっていることだろう。そんなふうにして、その他にたいしたことのなかった連休の最後の日、「一人焼肉」という充実した出来事が終わった。


【黒毛和牛焼肉 肉處 きっしゃん なんば店】

住所/大阪府大阪市中央区難波5-1-18 なんばダイニングメゾン 8F
営業時間/11:00〜23:00(L.O.22:00)ランチは11:00〜16:00