記識の外 このページをアンテナに追加 RSSフィード

記識(きし)…… 書きつける。記しておく。

外(そと)…… 表に現れた部分。表面。外面。

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2005-03-03

[][]反省。

一文字カルトさんの日記から。

 折にふれて感じることなのだが、どうしてゲイ界には「教え上手のセンセイ」というのがいないのだろうか? 仕事柄、業界内各分野でリーダーシップをとっている(とされている)人間の発言には可能なかぎり耳を傾けるようにしているのだが、著書を読んでもトークを聞いても、言ってることの半分以下しか理解できなかったりすることが多いのである。なんちゅうか、わざとインテリ様同士でしか通じない符丁ばかりを選んで使ってる感じ。だからインテリではないこちとらチンプンカンプンなわけさ。まじでアクビが出るよ。もしも担任とかだったら不登校の原因にもなりかねない。

 オレはゲイであると同時にオタクでもあるもんだから(度合い的には後者のほうが強い)どうしてもあちら側の識者(という言い方も鼻につくんだけどね)と比較してしまうのだが、オタク系の作家サンの書くものだとか言うことというのは、非常に明解(しかし単純ではない)なのね。なんというか、すべてが無理なくすぅっと頭に入ってくる。これはきっとサービス精神の差なんだろうなぁ。

「あたいの知ってることはみんなも知ってるはず☆」

 というオゴリにまみれたゲイ識者たちと違い、オタク識者は客(読者・聴衆)を飽きさせないための工夫を随所に凝らしていて、アクビなんかしている暇がないって感じなのである。これぞプロ! と感心させられることもしばしばさね。

 ゲイというのはいわれのない差別偏見や中傷にさらされることが多かったものだから(まぁ、それは別にゲイだけに限ったものではないんだけれどね)、他者に対して「シンプルな自分」というものをさらすことができにくい傾向がある(ように思う)。やみくもに理論武装したり、必要以上に尊大ぶったりするヤツらとかが異常に多いのだ。

(中略)

 お願いだからゲイ界のセンセイ方よ、早くその妙なプライドだとか優越感だとか選民意識だとかと決別し、オレらのような下々の者にも理解できるような話をしておくれ。「宮台真司」なんて学者、みんながみんな知っているわけではないのですよ。もしも「宮台真司」を話題に持ってくるのなら、まずはそれが何者なのか、という部分から話してほしいのです。

「宮台も知らないようなヤツなんかこの世にいるわけがない☆」

 だとかもしもホントに思っているのだとしたら、そういう人間が中央でのさばっているのだとしたら、ゲイ界の夜明けはまだまだ先、と言わざるをえないよなぁ。

http://www.ric.hi-ho.ne.jp/karuto/karuto/karutu-souki/karuto-souki-2005-02.html

確かにこないだの内田センセ批判(id:using_pleasure:20050215#1108435239)は某所では「分かりづらい」との評判だったし、もうちょっと分かりやすい文章にせにゃいかんなぁ。きちんと推敲して、読みやすい日本語にしなければ。この一文字カルトさんの文章の宛先は僕ではないのだろうが、基本的に固い文章を書く身としては、たとえ他人事であったとしても十分に反省したいと思う。

ただ、これからほりえもんの言うような「エンタメ路線」へ行くかと言うと、僕のパーソナリティ上難しいと思うので、その辺は暗中模索していくほかないなぁ。これからも小難しい話を取り上げていくだろうし、書いていくことだろう、きっと。

ところで、「小難しいことを書く」ということについて、常々(でもないけど)僕が念頭に置いているのは橋本治が『ぼくらの最終戦争(ハルマゲドン)―貧乏は正しい! (小学館文庫)』の中で書いていた次のような下りだ。

世の中には、バカみたいにむずかしいことが好きで、ただそのことばっかりにのめり込んじゃう人間が当たり前にいて、そういうやつは、“バカみたいにむずかしいことが好きじゃない人間”を、平気でバカにするからだ。私は、そんなバカみたいな人間にバカにされたくなんかないから、それへの対抗上、“バカみたいにむずかしいこと”を自分なりに処理しているだけだ。

(中略)

私は“クソむずかしいこと”なんか全然好きじゃないが、しかし私は、“むずかしいこと”なんか全然こわくない。そんだけの話である。

(ibid:92)

ぼくらの最終戦争(ハルマゲドン)―貧乏は正しい! (小学館文庫)

ぼくらの最終戦争(ハルマゲドン)―貧乏は正しい! (小学館文庫)

なんだろ。逆に不思議なのは、ゲイセクシュアリティ界隈で「むずかしい」話を業界内部のトピックだけに留まらずブログなどでやっているヒトというのがあまり見当たらない、ということかな。べつにみんながそういう話を書けば良いなんてことは全然思わないんだけど、ここ5年くらいの「ゲイ業界は非常にモノカルチャー化していて、とても頑固に構築されてしまった「ゲイ」という世間に囚われてしまっているようにも見え、その結果blogでの活動なんかについても、どこか抑制が効いたものになってしまっているのかな、という印象を受ける。

たぶん、この20年くらいのゲイ業界は、「リブガマ*1−非リブガマ」「純愛志向(特定の一人としか性関係を持たない)−ハッテン志向(特定の一人ではなく、ハッテン場などで不特定多数と性関係を持つ)」みたいな二軸によるマトリックスで秩序づけられているんじゃないか、と思う。それがとても強固な解釈枠組みとなってしまい、関係を束縛してしまっているんじゃないかな。

※タテ軸は政治意識の高低、ヨコ軸は性関係に対する意識の違い。それぞれの軸の両極は、基本的に対立的な関係にある。

[]メモ「女性学の権威主義」。

ジェンダーとメディア・ブログエントリ

最後に、最近の女性学会では、男性学者ばかり前に出てくることについても一言言いたい。2002年ポルノグラフィーについての議論のときも男性学者ばかりをパネリストに上げていておかしいと主張したが、なんだか、常に男学者がしゃしゃりでてくるような土壌になったようだ。『論座』や『世界』などがジェンダーバッシングを取り上げる際も、男の学者を起用するようになった。

男の学者に「退却戦略は有効か?」などと女の代理であるかのような顔をしてほしくない。女たちは一体どこに退却したのか。女が退却したことと、女性学の威圧、自粛要請は深く関係していそうだ。女が退却して男女の権力関係の変革は望めるというのだろうか。そのような方略があればぜひ聞きたい。

妥協策であったはずの男も女も共に参画という国の「男女共同参画」政策だが、女性学の現状をみると、誘導されたか、自主的な戦略だったのかしらないが、女性学もいつのまにかこの色に染まっているようだ。

(中略)

女への批判に、自分達の中に少数しかいない男を代表に立てて反論する女性学会は、男女の権力関係に則った上で女を叩くという男社会の反撃のやり方を率先して踏襲している。しかも、男学者である伊田さんがフェミニズムの「いきのいい入門書」としてとして推奨しているのがベル・フックスやサンドラ・ヘフェリンといった欧米フェミニスト本だというのはなにをか況やである。伊田さんや伊田さんの主張を載せた日本女性学会こそ、《 男>女、欧米日本 》という既成の文化秩序を利用しているのではないのか。

http://d.hatena.ne.jp/discour/20050303

僕も性自認としては男なので、どうしても男からの発言ということになるけれども、このid:discourさんのエントリには非常に共感をおぼえる。ジェンダーフリー・バッシングに対する批判を行うにしても、そこで多く見られるのは男の側がフェミニズムの方針のマズさを「指摘」したり「批判」したり「指導」したりという矢鱈にパターナリスティックな態度だったりする。男の側が男の立場からアンチ・ジェンダーフリー陣営を批判するということはあまりなく、多くの男たちは「フェミニズム」という虎の威を借りて、あたかも自分こそが女よりもずっと物が分かっている「フェミニスト」であるかのような顔をして自説を述べる。

けれども、それで本当に「男」が自分の問題としてジェンダーフリーを語ったことになるのだろうか?男がフェミニズムを騙ることにはなるにしても。女性学としても、そうした男の論者がジェンダーフリーについてアンチ陣営を批判していくことは頼もしく見えるのかもしれない。けれども、その結果「軒を貸して母屋を取られる」結果になってしまうのだとしたら洒落にならない。

僕がジェンダーフリー政策バッシングに対して感じている危惧は、その結果持ち上がることになる過剰な「男らしさ」「女らしさ」の称揚であり、そのことがマイナーセクシュアリティ社会的立場を抑圧することにつながりかねないということだ。「ゲイ」や「レズビアン」あるいは「バイセクシュアル」である、と感じている人々は、どこかしらで既存のジェンダーの枠には収まらない感覚というものを抱いていて、そのことが単純に想定される「男」「女」というジェンダーに対する批判へとつながっていく。簡単な例を挙げれば、日常会話においてよく登場する「お前も男なんだから気になる女とかいるんだろ?」とかいうような会話。ここでは「男」というジェンダー属性として「女好き」であることがあらかじめ組み込まれてしまっている。この場合、「女好き」ではない「男」はあたかも「男」ではないように前提されてしまっており、このような発想が青春バカ・モリケンの「オカマ」発言を背景で支えている。

アンチ・ジェンダーフリーな人々に問いたいのは、「ではあなたはゲイレズビアンといった人々は自らの生活の幸福を望んではいけないと思うのですか?」ということだ。今までの「男」「女」といったジェンダーモデルが存在するのは構わない――けれども、それ以外のモデルが存在したっていいし、それを選択する権利がきちんと認められなければならない。「ジェンダーフリー」という言葉が象徴的に示していたのはこのような理念だったはずだ。

女性学は女性学で問題設定を行っていけばいいし、ゲイレズビアンバイセクシュアルはそれぞれで問題設定を行っていくだろう。そうであれば、男もまた男としてジェンダーフリー政策によって獲得しうるはずの利得というものをもっと強調していけばいいだけの話ではないのだろうか。それがなぜフェミニズムに仮託して自らの主張を通すなどという話しになってしまうのだろう。

男には男としての困難が山ほどあるはずで、それは労働現場における過剰な職務の背負い込みであったり、男であることで自爆寸前なまでに抱え込むことになる社会責任であったり、それを処理しきれないことに起因する自殺の問題だったりと解決しなければならない問題は深刻だ。そうした問題を解決するための糸口としてジェンダーフリーという用語はもっと活用できるはずであり、それを「フェミニズムvsアンチフェミ」というどうしようもなく矮小化されてしまった図式に落とし込んでしまうこと自体が間違いであるし、罠であるだろう。男はフェミニズムにいらぬお節介をするまえに、もっと自分の問題解決のために「ジェンダーフリー」という理念を活用していくべきなのだ。

*1ゲイリベレーションなどの権利獲得運動等に興味を持っていたり、実際に活動をしているゲイのこと

tntn 2005/03/04 12:27 面白かったんですが、一つだけツッコミをば

gay(male homosexual)である以上、
poly”gamy”、mono”gamy”じゃないと思います。

相手が男な以上、poly”andry” mono”andry”というべきでわ?

using_pleasureusing_pleasure 2005/03/04 19:45 「-gamy」「-andry」という表現自体が異性間での婚姻を前提としたターミノロジーなので、同性間カップルにおいてどのような表記を使えばよいのか、というのは難しいですね。

june_tjune_t 2005/03/04 20:02 それに、”polyandry”って言っちゃうと、「一妻多夫婚」の意味がもともとありますからねえ。まあ、”-gamy”は”marriage”の意味なので、”marriage”概念の再定義ですますという手はありますが。手抜きですかね。

using_pleasureusing_pleasure 2005/03/05 03:40 手元の英英辞典(ロングマンの95年版)を見てみたら、「-gamy」は「marriage to a particular number or kind of people」となっている一方で、「-andr-」は「concerning males or men」となっていますね。少なくとも現代英語的には、「-gamy」という言葉に「結婚」「婚姻」の意味を含めてしまっても良いのかもしれません。

tntn 2005/03/06 09:57 いろいろお騒がせしてすんませ〜ん。

どうやらわたしは、polygamyとpolygynyを取り違えていたようです(自爆)ご指摘のように、-gamyは”marry”の意味であり、-andry(「男」)の反対語としては-gyny(「女」)が正しいですね。

ところで最新のMerriam Webster’s Collegiate Dictionary 11th ed.には、”marriage” としてこんな定義も掲げられています。

the state of being united to a person of the same sex in a relationship like that of a traditional marriage

o-tsukao-tsuka 2005/03/30 11:01 アンチ・ジェンダーフリー陣営批判には同志細谷実がおるのでは

using_pleasureusing_pleasure 2005/04/07 03:46 細谷さん、mixiではお見かけしたんですが、blog開設してくれないかな。

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