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倒錯委員長の活動日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2014-07-30

裸になるタレントと収入を暴露するタレントの共通点

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最近の芸能人、テレビで収入言いすぎじゃね? と思う。

あくまで記憶した範囲の話だが、ぼくが熱心にテレビを見ていたころ(たぶんアナログ放送が終わるまでだから2011年?)までは、番組内で収入の話題になっても、タレントは最後の最後まで具体的な数値はいわなかったものだ。

仮に言っていたとしても、ピー音や銃声などのSEで遮られて放送では聞こえない。スタジオの共演者や観覧客の驚いた顔で察してください、という感じ。どこか、本当の額をいうことはタブー視されていた。

けれどここ数年は、誰かが決めたのか、なし崩し的にか、そのタブーが急速に弱まっていった。もはや躊躇なく額が口にされるようになったのだ。週刊誌による憶測記事なんかじゃない。全盛期にいくらもらっていただ、1本出演でいくらだっただ、本人が平気で口にするのである。

探せばネット上にいくらでも記事がある。今日もこういう記事を見かけた。

女子プロレス全盛期のレスラーが当時のギャラを暴露「大技1回で20万円」「死ぬ覚悟で飛んだ」 - ライブドアニュース


別に収入を明かしてはならないという法律があるわけじゃない。自分の収入なのだから明かすのは自由なのだけれど、給料の額がおおっぴらに語られる光景には、ちょっと抵抗感がある。かつてテレビが引いていた収入額までは語らないという線引きは、妥当なものだったように感じる。

この抵抗感の源には何があるのだろうと考えていくと、これって陰部をみせる「ポルノ」と同じことなのだ。


人の陰部と収入には共通点が4つある。


・大小などの違いはあれど、みんなが持っている

・みんなが持っているからこそ、他人のが気になる

・普段は隠しておくことになっているが(なっているからこそ)、露わにすると無条件に注目を浴びる

・見た/知ったところで「へぇ」としか言えない(見たい/知りたいと思った自分への虚しさが残ることはある)


こう考えてみると、裸になるタレントも収入を暴露するタレントも総じて現状では「イマイチ」な人が多い理由がよくわかる。

能力で注目を集めることができないからこそ、脱ぐ/収入を暴露するのだ。どんな人のどんな収入であろうと、ある一定以上の興味は引く。

売れっ子タレントが収入を発表しないのは、市井の視聴者が働くのが嫌になるようなトンデモない額だからということもあるだろうが、発表する必要がないということでもある。

一方、陰部と収入にはただ一点重大な違いがある。陰部はテレビで映せないのだ。逆に言えば、収入とは「テレビで明かされても咎められない陰部」と考えた方がわかりやすいかもしれない。


ぼくは、他人の収入への好奇心と、収入の暴露を売りにする番組をさもしいものだと思う。と言いつつも、気になってしまう心根も同時にある。その葛藤の内にいるときふと頭をよぎるのだ、「さもしいと思っても、気になるんだろ?」と笑う作り手側の笑みが。それは、知性的でありたいという人間の願いをバカにした笑みだ。


収入の暴露と陰部の共通点は、もうひとつあった。

それは「一度明らかにされたら、その価値は下落していくしかない」ということ。

タレントに収入額を語らせることで、テレビは幾分かの視聴率を上乗せできたのかもしれない。短期的にはそれでよしなのだろう。

でもぼくはそのとき、視聴率以上に大切な何かを、テレビが失っているような気がしてならないのである。


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