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夢の枕木たち〜私を支える音楽と言葉 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-03-30 70・泡銭から恩返しを-哀悼ヤマチク- このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

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 先日、業界紙をパラパラとめくっていたら、石川県を中心として営業してきたCD・DVDショップのヤマチクが倒産した、というニュースがあった。京都出身、東京在住の私などは、全チェーン合わせても過去に2回ほどしか買い物をしたことがないけれど、それでも何だか長年お世話になっている人生の先輩が亡くなってしまったほどの衝撃を受け、心にぽっかりと穴が開いたように淋しくなった。

 思えば、私がヤマチクを初めて知ったのは、1999年ごろ。山田蓄音機以来の95年間(素晴らしすぎ!)の歴史に比べれば、たったの10年間しか存じ上げていなかった。90年代の私は、ネット活字で誰でも見られる数字のみからヒット傾向を調べていた。それでも1997年音楽業界に来てからは、全国を総計したランキングのみならず、オリコン業界版(週刊誌なのに5000円!なので会社で購読してくれているのが大変有難かった)から地域別ランキングを見ることも出来て、「あー、日本って色んなヒットがあるなー、行ってみたいなー(でも、お金&休みも自由にないし無理だなー(泣))」とおぼろげながら思っていた。

 そうして過ごしているうちに、2年間毎週データを見ていて、北陸地区のランキングだけシンガーソングライター系もバンド系も演歌クラシック洋楽全般も、とにかくヒットの兆しが早いのに気付いた。当時関西と首都圏の状況しか知らず、それで十分だと思っていた私は、「なぜ、北陸が??」と半ば上から目線で、挙句の果てに、これはちょっと集計方法がおかしいのでは?と穿った見方をしていたほどだった(嗚呼、頭でっかちだった自分の悲しい性!)。

 それで、当時オリコンの編集長だった垂石さん(現在オリコンリサーチの社長様)に、色々とご相談にいった折に、お話してみたら「君は本当に、細かいデータをよく見てるね〜」と半ば呆れつつも、笑いながら

 「それはね、金沢FM石川とヤマチクがあるからだよ」

と教えていただいた。と、前置きが長くなったが、この時に初めてヤマチクの偉大さを知った。タワレコ山野楽器(もしくは、90年代新星堂)の良い部分を併せ持ったようなチャート動向に、「こ、この選択眼、イケていて悔しい〜〜!!」と勝手に敵愾心むき出しでジェラシーしていたほどだった。

 その2年後、執筆した記事について「事件は会議室で起きてるんじゃない!」と誹謗中傷されたのを機に(詳しくはコチラ)、全国のCD店を回るようになり、最初に行ったのがヤマチクだった。今、ブログ検索をしてみると、クラシックや輸入CDについての回想録が多数見受けられ、「そういった低シェアのジャンルに偏っていたから倒産したのでは?」とのご批判もあるかもしれないが、実際は、「そういった低シェア・ジャンルの音楽にうるさいファンですら、一目置くほどのお店」だったのだ。売れるのが分かってから100枚単位でドッカドカ仕入れる全国店ではなく、たとえ利益が少なくとも売れる前から1枚単位でしっかりレコメンドするようなお店。各店の品揃えから、しっかりしたセレクターがいるのが確かで、こういうCDショップで働きたい、こういうお店を開きたい、と思った地元少年少女も多かったはず。しかも、演歌・歌謡曲をバカにしている風潮すらなくて(但し、最近のタワレコは、一部店舗で同ジャンルの売場をしっかり拡大していて感心)、前述のジェラシーを通り越して、降参し、私はお布施としてその時欲しかったCDをあれこれ買ったほど。実際に、川中美幸の「金沢の雨」とか、清らかな歌声で今後ブレイクして欲しいな〜と常々思っている松原健之(たけし)君の「金沢望郷歌」がそこそこのヒットになったのは、ヤマチクでの初動時のプッシュが大きかったはず。(そう考えると、今後「金沢の○○」なんて演歌ヒットが少なくなるのか??)

 さらにその数年後、私の半ば呆れるほどのオタクっぷりから、お仕事でヤマチクの社長さんとお話しする機会があり、ヤマチクさんは地元の蓄音機館に過去のハードやソフトを提供されたり、県内の課外授業の講師を定期的に務められたり、とその地域社会への並々ならぬ貢献度の高さに、ただただ感心するばかりだった。石川県は、人口で見たら全国35位と下位でありながら、全CD・DVDシェア相対的な高さは、実はこういった教育見地からも説明できるのではないか、と妙に納得した。

 そんなこともあり、今回のニュースは本当に他人事ではないと痛感した。今は幸運にもお仕事をあれこれいただいている私も、数年先などどうなることやら分からない。

 そういった状況を100%覆すことなどもはや不可能だ。しかし、何か動いていないと気がすまない。高利益のみならず、音楽の啓発活動考慮した先人たちがいたからこそ、今の自分がいるのだから。私のできることなど微力でしかないが、やっぱり時にはそういった人たちにお金が回るような消費の仕方をしてみるべきかな〜と思ってしまう。近いところでは、定額給付金というバブリーなお金を、あの個人経営のお店や、あそこの地元店で使ってみよう。そうそう、3月4月は、変なCDの企画やら選曲やらに沢山関わってしまっていることだし(爆)。

 ということで、皆さまも泡銭が生じた場合は、音楽に限らずどんな消費財でも、自分ルーツとなった店でお買物されることをオススメしたい。意外とそんなことが精神的にも経済的にもこの国が立ち直るキッカケなのではないだろうか。先日、京都に帰省して、ガイドブックにも載っていないような裏通りのお店が、ジモティーだけで繁盛しているのを見て、(実際に、青山や表参道でツンケンした態度で出される料理よりも美味しくて、しかも安くて!)より強くそう感じた。

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